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米国の連邦政府R&D計画における省庁間の役割分担と連携の仕組み

第3章 省庁間連携を成立させる諸要素:プロセスと組織

要約

省庁間の連携は、単純でもあり複雑でもある。通常、省庁間連携が効果的に機能するのは、単純な発想と複雑な関係が融合している場合である。本章では、連邦政府内の連携を効果的に機能させるプロセスと組織の基盤を構成する多数の要素について概説する。このような構成要素について考える枠組みとして、互い同士で、矛盾しないまでも、 競合し合うことが多い省庁/機関の目標を調整する方法と仕組みを特徴付けるモデルを提示する。こうしたモデルについて考察することは、省庁間プログラムの内部的な働きを深く掘り下げて評価するのに役立つであろう。

3.1 省庁間連携の起源

第2章で述べたように、連邦政府は、米国の研究開発ポートフォリオに対する大規模な投資の担い手である。少なくとも10を超える連邦政府機関と省庁が、科学技術の基礎分野と応用分野を対象とした大規模な研究イニシアチブを運営している。科学研究は国家目標(年々変化するものではある)の達成に必要不可欠であるが故に、連邦政府の研究開発資源を効率的に利用することは、国益の実現の絶対条件である。残念ながら、1950年代から1960年代にかけての長い年月にわたり、連邦政府の組織構造は、効率性と実効性の両方を達成するために必要な連携の仕組みを備えていなかった。

1976年、連邦議会は、国家科学技術政策組織優先法 (National Science and Technology Policy, Organization, and Priorities Act、PL-94-282) を可決し、この法律に基づいて、科学技術政策局 (OSTP) が創設された。その任務は、科学技術に関連する問題について大統領に提言すること、そして科学技術分野における連邦政府の取り組みを相互に調整して連携させることである。また、この法律によって、連邦科学工学技術調整委員会 (FCCSET: Federal Coordinating Council for Science, Engineering, and Technology) も設立された。FCCSETは、後年、大統領の諮問機関である国家科学技術会議 (NSTC: National Science and Technology Council) に置き換わるが、設立当時のFCCSETは、OSTPの長官を議長とし、12の省庁からの閣僚またはその代理、科学技術に関係する他の政府機関の長、そして行政管理予算局 (OMB) の代表者から構成されていた。立法措置によって省庁間連携の起源がどのように生み出されたかを理解するためには、この法律によってFCCSETに与えられた任務に触れておく必要があるだろう。

・連邦政府の科学、工学、技術プログラムをより効果的に計画および運営する方法を提供する。
・研究ニーズを明らかにする。
・連邦政府機関の科学技術資源/施設をより効果的に利用する (正当化できない重複を排除することも含む)。
・科学、工学、技術の国際協力を推進する。

FCCSETは、さまざまな機関や省庁による行政措置によって編成される委員会、小委員会、および作業部会 (ワーキング・グループ) を通じて運営された。NSTCに引き継がれるまでの1980年代全体を通じて、FCCSETは、6件の重要な省庁間イニシアチブ (先端製造技術、高性能コンピューティング/通信、地球環境変動研究、先端材料/加工、バイオテクノロジー研究、そして科学/数学/工学/技術教育) で参加機関の調整を担当した。こうしたイニシアチブは、国家の目標や優先課題の変化と政治的/社会的な懸案に対応しながら、徐々に発展してきた。しかし、FCCSETの活動に参加することは任意であり、関係機関の自発性に任されていた。特定のイニシアチブに関心を持った政府機関は、そのイニシアチブに機関の資金を投入することができ、資金投入が決定および承認されると、その参加機関にはその資金の使途を決定する権限が与えられた。しかし、FCCSET自体には、いかなる理由でも、資金の使途を変更したり、資金の使用を差し止める権限がなかった。それどころか、当時、OSTP、OMB、議会の予算局の間での主要な合意事項として、FCCSETは厳密に調整役だけを果たすように定められていた。つまり、優先課題を定める、政策を方向付ける、予算編成プロセスに関与する、といった権限は認められていなかったのである。

FCCSETには関係機関を政策決定や予算配分の面で拘束する権限がなかったので、FCCSETは、進行中のプログラムやイニシアチブに関する委員会や作業部会の複雑な仕組みを徐々に確立してゆくことで、省庁間の連携を拡大しようと試みた。中でも3つの委員会は、議会の働きかけによって設置されたものである。最盛期には、FCCSETは、約50の委員会と作業部会を擁する規模まで発展し、各委員会/部会は10〜40人のメンバーから成り立っていた。FCCSETの執務手順書によると、FCCSETイニシアチブを選定するプロセスは、FCCSET全体と若干の委託機関 (委員会に対して情報提供や計画立案を行う機関) による4段階のレビューから成り立っている [4]。複雑な仕組みにもかかわらず、FCCSETは、年月の経過とともに、参加機関の間に価値のあるコミュニケーションを育成し、さまざまなプログラムや行政の実務レベルで省庁間の連携を改善するプロセスと管理スタイルの発展に大きく貢献してきた。

変革の必要性

FCCSETの下で政府機関同士の調整/連携と情報交換が実現し、連邦政府イニシアチブの発展に重要な役割を果たしたが、この仕組みを抜本的に改革する必要があることも明らかになった。真の組織連携は、単なるコミュニケーションと友好関係の促進を超えたものでなければならない。政府の研究開発資金が抑制される時代に入り、連携を通じて研究開発政策を立案し、実施できるような仕組みが必要となったのである。この仕組みは、目標の定義を助け、その目標の達成に向けた資源の投入を支援できるものであることが絶対条件である。この種の実効性を上げるためには、第一に、行政府の中の単一の組織が研究開発政策を立案する責任を担うこと、第二に、関係政府機関を指導して相互に協力させ、OMBやOSTPとも連携しながら政策に沿った研究開発予算を編成するように促す権限をその組織に付与することが不可欠である。この新しい要件を満たすことが政府の研究開発の管理構造の必須条件であることが認識されたことにより、FCCSETは、1993年11月、クリントン政権によって、国家科学技術会議 (NSTC) へと衣替えすることになった。

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