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第1編 国が支援する情報技術研究開発のあり方

2.7 研究のゆりかごとなる大学の充実の必要性

■研究機能と教育機能との分離、産官学間の流動化が必須である。
 研究機能と教育機能との分離、及び、産官学の間の流動化が必須である。産官学の流動化が行われていないために、研究者は象牙の塔にいて、ビジネスを考えるのは卑しいと思う風潮が残っている。流動化がうまくいけば、ものつくりの場と教育の最前線の距離が短縮されて、情報科学系の大学教育にニーズ発想のすすめが可能になる。

■大学の制度改革には、キャリアデベロップメントモデルの作り直しが必要。
 大学が独法化しても、職員は公務員並で、定年制があるといった既得権が残ってしまうが、グローバルスタンダードの中では、それは通用しない。キャリアデベロップメントモデルをもう一度作り直す必要がある。抵抗が起こっても突破するしかない。

■大学は自らが意識を持って変革すべし。
 大学の改革は自らが行わないと結局は無理である。今一番必要なのは、人材確保のための大学院の充実である。また、大学院生への奨学金、マネジメントスタッフの充実、大学教員の論文至上主義の是正と、特許取得意識、事業化意識の向上が必要である。

■研究と同時に教育のレベルアップも必要。
 文科省の方針だと大学は研究で評価されるが、主な仕事は教育で、予算もほとんどが教育予算である。しかし、大学の先生になる人のうちで、「教育」そのものについて教育された先生はほとんどなく、資格も不要である。大学のレベルを上げるためには研究と同時に教育のレベルアップも必要である。

■情報系教育やベンチャー起業サポート等の教育の充実が急務である。
 日本の大学ではプログラミング・テクニックのような実務的な教育は軽視される傾向にあり、結果として日米の学生のプログラミング能力の差となって現れている。この差が米国との間のソフトウェア産業の差になっているのかも知れない。また、米国ではベンチャー起業サポートの教育にも力を入れており、実際にベンチャー関係者を外部講師として招いて教育を行っている。日本でも、こうした実務的な教育の充実が急務である。

■技術者の採用および評価基準に対する企業側の意識改革が必要。
 日本企業の多くは社員採用時に専門性を重視せず、入社後の教育で専門性を身に付けさせる。この方針は専門性を重視する米国と比べて、教育期間分の遅れや、教育資金などの負担を企業に課し、国際競争の激しい今では不利な面が多い。さらに社員採用時の専門性の軽視により、大学卒と大学院卒の待遇は年齢による差とあまり変わらないレベルであり、これが大学院への進学意欲を失わせる大きな要因となっている。
 例えば、プログラムテクニックなども採用基準とはならないし、専門能力としての評価は低い。プログラミング作業のレベルは下に見られていて、正社員にはやらせず、外注に出されたりしている。ソフトウェア技術者の評価が低いことが日本の情報関係における一番の問題かも知れない。

■ソリューションビジネスが育ちやすい教育環境の整備を。
 米国には各分野の専門家の中でコンピュータを使いこなせる人材が桁違いに多く、これらの豊富な人材からソリューションがどんどん出てくる。この背景には、米国との教育制度の差がある。日本でも複数専攻(経済学と情報工学等)を容易にするなど、学際的な人材を育成する環境を整備することが必要である。

■大学に優秀な人材が残れるようもっと資金投入を。
 日本の大学は、欧米と比較して人材が不足しており、優秀な人材を大学にもっと残すようにすべきだ。研究室を見れば、大学が貧乏であると分かる。もっと資金を投入して設備を充実させ、人も抱えられるようにしないと、企業にとっても大学を活用することが出来ない。大学に優秀な人が残って欲しいのは、良い成果を出して欲しいからである。

■カリキュラムの改革、大学間の講座共有などの思い切った施策を行うべし。
 情報系教育が重要なのは明らかであるから、他の講座をつぶしてでも、情報系の講座を増やす、理論に偏った旧態依然のカリキュラムをビジネス志向に改革する、e-Learningを活用して大学間で講座を共有するなどの思い切った施策が必要である。

■産業界と連携するための組織や制度を整備すべし。
 大学院では、産業界と事業化までを含めた共同研究を行うために、TLOや人員雇用などの制度の改革が必要である。大学のなかで事業化につなげたり、成果を産業界というビジネスの世界に移転したりするために、仕組みや制度を改革すべきである。

■企業は大学での研究成果を雇用時の待遇に反映させるべし。
 企業側も、優秀な成果を出した大学院生は、高待遇で雇用する必要がある。大学でいくらいい研究をしてもビジネスの世界で評価されないとなると、大学の研究からビジネスへという道は廃れてしまう。人材の金銭的な評価において、その人にしか出来ない技量があるにも関わらず、単なる工数として値段を計算するのは大きな問題である。

■大学間・産学の連携を志向した研究開発拠点作りを。
 これまで「大学の中でいろいろな知識が渦巻いていて、そこで新しい知識も生まれる」という考えに基づいて、学内での共同研究に期待してきた。しかし、実際には大学は学科や学部の縦割りが激しくて学内の共同研究がほとんど無く、多くは大学外のメーカや、他の大学の同じ分野の先生との共同研究である。こうした現状から、今はネットワークを介して大学・企業間を連携した分散型の研究開発拠点を志向するのが良い。

■日本は大学の研究者から企業への積極的なアプローチが少ない。
 欧州の大学の先生は、企業へのアプローチに関して日本の先生よりはるかにアグレッシブである。産学協同に対して何の躊躇もなく、積極的にアピールして企業から金をもらってきて、大々的に成果を発表したり、その企業に学生を送り込むことも行っている。
 英国の場合、大学の先生が学校で仕事をしながら、大学との契約以外の空いた時間を使って会社を起こし、そこで仕事をするというケースが多く、そういう先生が実質的な研究活動を展開している例をいくつか見ている。

2.7.1 A氏意見
(1) 研究機能と教育機能との分離、産官学間の流動化が必須
 当然、大学の充実は必要である。ただし、研究機能と教育機能との分離、及び、産官学の三つの間の流動化が必須である。これが行われていないために、研究者は象牙の塔で、ビジネスを考えるのは卑しいと思う風潮が残っている。それは、産官学間の流動化が出来れば、解決する問題かも知れない。始まったばかりの民間経営手法の導入による研究成果の評価とその処遇への反映は、もっとすべきである。それが出来て初めて大学の充実がある。研究者のキャリアデベロップモデルに産官学間の流動化を組み込むような社会的なコンセンサス作リも必要である。例えば、大学には生涯で3回以上関係するというようにすれば、それが新しいヒューマンネットワークを作って、クリエイティブな種を発想するチャンスを増やす。その流動化がうまくいけば、ものつくりの場と教育の最前線の距離が短縮されて、情報科学系大学教育にニーズ発想のすすめが可能になる。今は、ニーズ発想をしないで、シーズを詰め込むだけだから、ターゲットクリエーションの教育はほとんど行なわれていない。しかし、その方法論の教育が始まり出した。
 大学の充実化の判定基準の一つとして、グローバル化が進んでいるか否かがある。国内のお山の大将だけでは充実しているとは言えない。世界的に見てトップレベルにいるかどうかが、充実しているかどうかの判定基準である。そこが出来上がるまでは、充実化の努力をしなければならない。お金をつぎ込むことや建物を立派にすることが充実ではない。
 とにかく、クリエイティブな研究テーマを発想する役割を大学が担うとすれば、ここを充実させることは必須である。必要ですかという感性の問題ではなくて、どんなミッションを与えて必要としますかという議論をしなくてはいけない。そのミッションを明確に意識してミッション毎にどんなアウトプットを出すか、といった民間の経営手法でその目的を果たすということがまだ行われていない。それは30年たっても無理だという先生もいるが、米国を負かすという目的を持つなら、やらなければならない。

(2) 大学の制度改革には、キャリアデベロップメントモデルを作り直せ
 大学が独立法人化しても、職員は公務員並で、定年制があるといった既得権が残ってしまう。日本はあまりにも既得権に寛容である。グローバルスタンダードの中では、そのようなロジックはない。だから、切り替えをいろいろ考えなければいけない。そこで、キャリアデベロップメントモデルをもう一度作り直さないといけない。将来に対する希望が持てる提案をするしかない。提案するということは、そのビジョンを実現する施策を実施するということであるが、それが今なさ過ぎる。例えば、小泉首相が特殊法人改革を行うと、なにか抵抗が起こる。起こっても突破するしかない。突破しないと前と同じであり、段々日本の国力が落ちる。国力をキープしようとしてもそんな仕組みは破壊していく。

2.7.2 B氏意見
(1) 大学は自らが意識を持って変革すべき
 よく企業側から大学を変えられないかという話がある。いろいろやっているがこれは不可能に近い。企業も週何日かは、大学の教職を兼務出来るようになり交流はしているが、企業が大学を変革することは出来ない。大学自らが変わらないと結局は無理である。

(2) 大学院の充実は急務
 今一番必要なのは大学院の充実であろう。現在のように日本の大学の修士や博士が圧倒的に少ない陣容では、米国に対抗しようとしても全く無理な話である。
 大学でも自身で変えようと議論はし出して来ている。お金を大学院生にスカラーシップとして与え、マネジメントスタッフも充実させないと変革は難しい。情報と名の付いた大学は多いが、実際に研究出来る大学を作り上げ、金を投資することが非常に重要である。
 更に、大学の先生がこんな良い研究をしたので事業化してくれと企業に言い出すようになるぐらいの事業家意識を持つことが課題である。

(3) 大学における特許に対する意識改革が必要
 米国は大学、研究機関、中小企業が特許を多く取得しているが、日本では特許は大企業が主体で取得している。米国では大学の教授になるときも特許を持っていることがかなり評価されるが、日本ではほとんど評価されず、未だに論文至上主義である。よって大学では特許を取ろうという意志も極めて弱いといえる。
 申請、メンテナンスにもかなりのお金がかかるので、国の費用で面倒を見ることが必要である。大学の中でも、比較的意識の高い企業出身の先生や米国の大学を経験した先生を中心に改革を行うことが急務である。

2.7.3 C氏意見
(1) ベンチャー起業をサポートする大学教育が不足
 米国の大学ではベンチャー起業をサポートする教育に力を入れており、実際にベンチャー関係者を外部講師として招いて教育を行っている。日本ではベンチャーの創出が重点課題に挙げられてはいるが、現状では大学におけるこうした教育が不足している。

(2) 大学における研究と同時に教育のレベルアップも必要
 文科省の方針だと大学は研究で評価されるが、主な仕事は教育で、予算もほとんどが教育予算である。しかし、大学の先生になる人のうちで、「教育」そのものについて教育された先生はほとんどなく、資格も不要である。大学のレベルを上げるためには研究と同時に教育のレベルアップも必要である。
 大学の評価項目の一つとして、いかに良い卒業生を出したかというのも入れるべきではないか。

(3) 大学における情報系教育の充実が急務
 日本と米国の学生の間でプログラミング・テクニックを比較してみると、全体では圧倒的に米国の学生の方が高い。米国の大学では授業によりプログラミング・テクニックをみっちり教育しているが、日本の大学ではこうした実務的な教育は軽視される傾向にあるため、それが上記の比較結果につながっているものと思われる。場合によってはこの差が米国との間のソフトウェア産業の差になっているのかも知れない。
 現在、大学のカリキュラムとして何を教育するかというのが改めて議論されている。情報と名の付いた大学や学部、学科が増えているが、適切な情報教育がなされているかという目で見たときには大きな疑問がある。情報という名前だけを冠しても先生は変わらず、実態は昔のままで何も変わっていない。

(4) 企業が人を採用する際の専門性の軽視
 これは企業側の問題だが、一般的に、日本企業は人を採用する際には専門性を重視せず、入社後の教育により社員に専門性を身に付けさせるやり方をとってきた。しかし、このやり方だと専門性を重視する米国と比べて、社員を採用した時点ですでに半年なり1年なりの教育期間分の遅れがあるし、教育のための余分な資金が必要になる。現在のように競争の激しい時代にあっては、もはやこのやり方が有効ではなくなってきている。
 日本企業が社員の採用に際して専門性を重視しない方針できたことにより、大学卒と大学院(修士、博士)卒の初任給の差は年齢による差とあまり変わらないレベルである。つまり、余分な学費を出して大学院で学んでも、企業に入社したら待遇は大学卒とあまり変わらないということで、これが大学院への進学意欲を失わせる大きな要因となっており、結果として日本の産業競争力低下に結びついている。

(5) 企業におけるソフトウェア技術者に対する低い評価
 日本の企業では、概してプログラムテクニックが人を採用する場合の評価基準とはならない。出来上がったソフトウェアの機能としての評価はされるが、それをいかに短いプログラムで早く作ったかという評価のされ方はしない。プログラムテクニックが評価されないから、プログラミング作業のレベルが下に見られていて、正社員にはやらせず、外注に出されたりしている。ソフトウェア技術者の評価が低いことが日本の情報関係における一番の問題かも知れない。

(6) ソリューションビジネスが育ちやすい教育環境の整備を
 ソリューションビジネスを行うためには、本質的にユーザの業種に関係する専門知識を必要とする。日本と米国を比較したときにもっとも大きな相違は、ユーザがコンピュータを使いこなす能力(コンピュータリテラシー)である。米国には各分野の専門家の中でコンピュータを使いこなせる人材が桁違いに多く、これらの豊富な人材からソリューションがどんどん出てくる。
 米国でソリューションビジネスに適した人材が多数輩出する背景には、大学における教育が大きく関係していると思われる。日本では2つ以上の学部を卒業した人は非常に少ないが、米国では例えばコンピュータと経済学の学位を持っていても、それほど珍しいことではない。これは、米国との教育制度の差が大きな理由であり、複数専攻を容易にする等、学際的な人材を育成する環境を整備することが必要である。

2.7.4 D氏意見
(1) 大学に優秀な人材が残れるようもっと資金投入を
 日本の大学は、欧米と比較して人材が不足している。優秀な人材を大学にもっと残すようにしないといけない。博士課程を修了すると、優秀な人でもどこかに行かざるを得ないのはもったいない。研究室をみれば、大学が貧乏であるとよくわかる。もっと資金を投入して設備を充実させ、人もかかえられるようにする。そうしないと、企業にとっても大学を活用することが出来ない。
 情報系の修士は多いが、さらに大学の博士課程に残るか、企業に就職するかという選択になると、企業の方が居心地が良いと考えるようである。しかし、本当に研究をやろうという人がいるなら、もっと大学でどんどんやって欲しい。研究が面白いからというインセンティブは、物理学にはあって情報学にはないということではない。設備が充実しているから企業を選ぶということであれば、大学にも資金を投入し、整備させるべきではないか。大学に優秀な人が残っていて欲しいのは、いい成果を出して欲しいからである。

(2) 情報系の講座数を増やす
 日本の大学では、情報系の講座の数が少ない。一気に資金を投入してIT産業を振興しようとしても無理である。産業界に投入するのと同じくらい大学にも投入し、少し長い目で人材を育成しなければならない。情報系の講座を増やすために他をつぶさなければならないとすると、なかなか進まない。情報系だけは純増でもいいというような、思い切った施策が必要である。

(3) カリキュラムや制度を改革し、もっとビジネスを志向する
 即戦力という意味では大学院生に期待が掛かるが、即戦力のIT技術者の養成という観点で、学部のカリキュラムにも問題があるし、仕組みが遅れている。大学は理論や基礎研究を志向しており、研究者の評価においては新規性や論文が重視されるといわれている。評価の観点では、他でやっていない目新しい事というのが非常に強く、事業化に繋げる事というのは非常に弱いと見受けられる。
 改革案として、まず人材育成のためのカリキュラム改革があげられる。大学のカリキュラムは、もっとビジネス志向にしなければならない。電子情報技術産業協会(JEITA)に企業と大学における人材育成のための改革を検討する分科会があり、アンケート調査を行った。その結果によると、大学は旧態依然として理論に偏っており、カリキュラムのビジネス志向が非常に弱い。

(4) e-Learningを活用し、大学間で先進的な講座を共有する
 先進的な教育という観点では、もっとe-Learningを活用するべきである。ある分野で先進的な講座があれば、いろいろな大学の間で共用する。早稲田大学や慶應義塾大学では、e-Learningが導入されるようである。これを、より広く展開していくべきである。

(5) 産業界と連携するための組織や制度を整備する
 大学院では、産業界と事業化までを含めた共同研究を行うために、TLOや人員雇用などの制度の改革が必要である。大学のなかで事業化につなげたり、成果を産業界というビジネスの世界に移転したりするために、仕組みや制度を改革する。

(6) 企業側は大学での成果を評価し、雇用するときの待遇に反映させる
 企業側も、優秀な成果を出した大学院生は、高待遇で雇用する必要がある。大学でいくらいい研究をしてもビジネスの世界で評価されないとなると、大学の研究からビジネスへという道は、廃れてしまう。企業のなかでは、成果をあげると「フェロー」といったような制度によって給料が社長よりも上がり、高待遇になる。大学での成果も同じように扱う必要がある。
 人材の金銭的な評価において、その人にしか出来ない技量があるにもかかわらず、並みの単価に時間をかけて値段を計算していることは、大きな問題である。

2.7.5 F氏意見
(1) 大学間・産学の連携を志向した研究開発拠点作りを
 研究施設を作る際に、集中型なのか分散型なのか、つまり、大きな規模のものを一ヶ所に作るのか、小規模のものを分散的にあちこちに作るのかといったことは結構大きな意味を持っている。ハードと連携するようなところに日本の強みがあると考えると、一ヶ所に集中させるのではなく、いろいろな分野との交流をやりやすくするために、分散的に拠点を幾つか作っていくと言うやり方が、より日本に合っていると思う。一ヶ所に集めるほどの人材が、日本の中にいるのかということもあるので、分散型の拠点作りのアプローチが今は良さそうに思える。
 「大学の中でいろいろな知識が渦巻いていて、そこで新しい知識も生まれる」という考えで、これまで学内ネットは非常に高速なものを作り、学外へはそこそこの速さのものを作ってきた。大学内部の多くの先生は「この考えは正しくなく、大学というところは、学科とか学部とかの縦割りが激しくて、学内の共同研究というのはほとんど起きないので、多くは大学外のメーカとか、他の大学の同じ分野の先生と共同研究をやっており、実は、学内に速いネットワークは今のところ必要がなく、トラフィックは学外との方が多い」と言われる。その意味でも分散型の研究拠点という考え方が現実的だと思う。

2.7.6 G氏意見
(1) 大学の研究者から企業への積極的なアプローチを望む
 日本の大学では、一般的に先生は非常に保守的で、何らかの予算を取ってくることには非常に一生懸命だが、その成果を出すことには消極的という意見をよく聞く。それに比べて、ヨーロッパの大学の先生は、はるかにアグレッシブである。産学協同に対して何の躊躇もなく、むしろ積極的にアピールして企業から金をもらってきて、大々的に成果を発表する。場合によっては、その企業に学生を送り込むことも行っている。
 イギリスの場合は、大学の先生が学校で仕事をしながら、大学との契約以外の空いた時間を使って会社を起こし、そこで仕事をするというケースが多い。そういう先生が実質的な研究活動を展開している例をいくつか見ており、我々も研究委託の格好で仕事をお願いしている。

(2) 即戦力となる人を生み出す教育を
 ヨーロッパでは学生は日本よりはるかによく勉強し、卒業するとすぐにそれなりのことができる。日本では、職場で手とり足とり時間をかけて教育し、その中から抜きん出てきたものだけが使い物になる。教育でしっかり基礎をたたき込む必要があるのだが、日本ではそれが出来ていない。教育を変えていく必要があると思う。
 ヨーロッパでは質の高い人を雇いやすい。ヨーロッパは、大学教育がきちんとしていてポテンシャルのある人たちが多く、産業がそれほどなくその人たちの働く場があまりないということから、企業にとって採用は日本よりも易しい。もちろん市場の流動性があるから、雇ってもすぐにいなくなる危険性はある。

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