第1編 国が支援する情報技術研究開発のあり方
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■「民が主体」、「実業モデル尊重」の発想が欠如し、民にとって邪魔な省庁間の壁。 ■省庁間を跨って予算等を議論できる機構を早急に整えるべし。 ■ベンチャー向けに、米国並の支援の仕組みを作るべし。 ■省庁間の縦割り構造を超えた効果的な役割分担を望む。 ■ベンチャーが生み出す新しいマーケットを育てる、国の支援制度が必要。 ■基礎研究を事業化、産業競争力強化にまで結びつける一貫した国の仕組みが必要。 ■研究開発支援においては、継続的視点を持つべし。 ■人材育成は金を出すだけでなく、その人の進路に応じたサポートの仕組みを。 ■企業が苦しい今こそ、国は基礎研究分野をおろそかにすべきではない。 ■全体のグランドデザインに基づいた国の仕組み・施策が必要。 ■制約を最大限に取り払った国家プロジェクトを試行せよ。 ■ソフトウェアの研究開発の特性に適合した予算化と実施制度を。 ■日本の文化に合ったやり方を追求すべし。 ■国のプロジェクトの成果をより実質的に評価し、良いものには継続的支援を。 |
2.6.1 A氏意見
(1) 「民が主体」、「実業モデル尊重」の発想が欠如、邪魔な省庁間の壁
日本では天下りという言葉はあるが、官下りという言葉はない。ということは、官が主体で民がそれに仕えろという根本思想であって、民が主体で、官が仕えるという発想はない。基本的に考え方が間違っている。
官が主体でも、つい最近までは日本株式会社で結構うまくいっていた。しかし、日本が世界のトップに近くなったため、変えなければいけなくなった。自身がクリエイトしていく主体でなかった後追い時代には、官が主体で良かった。今のアジア諸国がそうである。アジアがITで日本より上だというけれど、結局は後追いモデルである。国際会議などに行っておもしろくないと思うのは、クリエイティブな提案が出てこなくて、ここまで出来ていますという発表ばかりだからである。
日本は、クリエイティブな方法論が少なすぎる。みんなで縄張りをはって、その中で平和に暮らす方向が、国家全体のコンセンサスとして国民が共有出来るような考え方になっている。それは正解ではなくて駄目だとわかってきたけれども、それがどうしても残っている。それが間違いだということを、国民のコンセンサスにしなければいけない。そのためには、モデル自身を変えなければならない。クリエイティブな構造を作るには、待ち伏せ研究を行わなければならない。当然、待ち伏せ研究は無駄もあるだろうけれども、当たったら大きい。
二番目の問題は、前述の「裸の人件費」に見られるように、官には実業をやっているというモデルを尊重する発想が欠けすぎていることである。研究開発における人件費が給与相当で、間接的経費が無視されるというようなことは、実際のビジネスではあり得ない。国の研究開発の補助金の人件費設定を給与相当に置くことは、官が民の実業モデルを尊重していないということを意味している。
三番目の問題は、省庁間の壁がありすぎて、主役の民にとって邪魔な存在になっていることである。しかも、これを排除するとか、無くそうとかする発想がない。もし民が主体であれば、庇護する対象としての民ではなくて、活躍する主体としての民に何をすべきかという発想から、「庇護なしにたくましく成長する活力をどうやって作るか」が行政の目標となるべきである。
2.6.2 B氏意見
(1) 省庁間を跨って予算等を議論出来る機構が無い
今予算は省庁縦割りの構造になっているが、ITのような新しいことをやるなら情報省を新設するぐらいでないとうまくいかない。少なくとも現状では省庁がジョイントしようという話が出てこない。
総合科学技術会議、内閣府がやるべきことかもしれないが、手を付けられていない。内閣府は、プランニングはするが、省庁間の予算の調整をする権限も陣容もない。米国は長官クラスの人が集まって横刺しで予算を見る機構があり、うまく機能している。日本も特定の省庁が見るとか、省庁間を纏める部署を作って、そこに権限を与える機構を早急に考えなくてはいけない。
(2) 激動のこの10年間には新しいIT企業が生まれず、また生まれにくい構造があった
今まで日本は企業が自分の中で変革してきた。通信や半導体といった新しい分野に乗り出すことにも成功した。逆に米国の企業はそれが出来ずに新しい企業に変わっていった。しかしこの激動の10年間に日本ではそのような会社がITの世界で出てきていない。出ないのは既得権とかで縛りの構造になってしまったためだろう。
(3) ベンチャー向けに米国並の支援が必要
新しいビジネスは当初は小規模なのは仕方がなく、大企業だと20億円は端金かもしれないが、ベンチャーにとっては1億円でも十分である。そこを政府が支援する、米国並の仕組みを作る必要が有る。
2.6.3 C氏意見
(1) 省庁間の縦割り構造を超えた効果的な役割分担を
日本の研究開発プロジェクトは文科省、経産省、総務省といった省庁の役割がはっきりしない。縦割りになっており、どの省庁も同じような結果を要求し、同じような企業におちてくる。企業を維持、発展させるための政策なのか、国の基礎研究をレベルアップさせるための政策なのかという区別をもっと明確にする必要があるが、今は非常に分かりにくくなっている。
日本の省庁の場合、縦割りで互いに喧嘩しているようにすら見える。これを何とかして欲しい。
(2) 日本のユーザや企業の保守性を考慮したベンチャー支援の仕組みが必要
ニッチでもいいが、従来なかったような新しい技術やサービスを持つベンチャーに資金を回すことが重要である。従来のビジネスモデルではなく、新しい産業になりうる可能性のあるところを見つけ出し、そこに資金を回すことがベンチャー創出のためにもっとも必要なことである。
ところが、新しい技術を持ったベンチャーを作っても、日本ではユーザや企業が保守的でなかなか製品を買ってもらえなかったり、M&Aによる事業の拡大があまり一般的でない等により、なかなかマーケットが育たない。米国でも新しいマーケットを育てるのは容易ではなく、育つかどうかの判断は困難なため、国の資金でビジネスになるかどうかの実験をしたり、官公庁が自ら調達を行う(設立5年以内のベンチャーに対する30%の調達枠等)などのベンチャー育成の仕組みを設けている。日本にもこのような仕組みが必要ではないか。
米国では、商売出来るかどうかを国の金を使って実験出来る。例えば電子政府をとってみても、将来の電子政府の形を見込んだ実験的な要素があるはずであるが、日本の電子政府の開発は調達方式であるため、リスクのある先進的な提案は出て来にくく、現在のシステムを電子化するだけといった保守的なものになりがちであり、新しい技術やサービスの出現に役立っていない。
(3) 現在の産官学連携の議論で欠けている視点は大学改革
総合科学技術会議における産官学連携の議論は、今の大学に人材が十分あるということを前提にしていて、単に産官学連携を押し進めればうまくいくと考えている様にとれる。実際には、米国のような産官学連携を行うためには、人材や教育の問題を含めた大学の改革をセットで考えていくことが必要である。
2.6.4 D氏意見
(1) 基礎研究を事業化に結びつける仕組みが出来ていない
国全体として、産業競争力を強化するための先行的な技術開発が出来る仕組みとなっていない。今日の企業は、収益優先のため、中長期的研究に掛ける資金が減少している。基礎研究を大学や国研に期待したいが、これらの組織は、事業化に結びつく研究へのインセンティブに欠けている。これを解決するためには、大学、企業の改革と、両者の連携の強化が必要である。
(2) IT産業の競争力強化には国のリードが必要
国全体のIT投資のありかたとしては、科学技術の強化とともに産業競争力の強化にも軸足を置き、①IT技術貿易のインバランスを改善する、②新産業の芽を創出する、③雇用の拡大を目指すといった点で、国のリードが必要である。
(3) 国は開発した技術をもっと率先して活用すべし
国の支援で開発した技術は、作りっぱなしにしておくのではなく、国による率先活用が必要である。とくに、コミュニティや電子政府といった公共分野において、国は活用までをリードするべきである。活用を阻害する要因として、例えば、有料道路自動料金収受システム(ETC)は、せっかくシステムが出来ているのに、端末が4万円と高いため誰も利用しない。国の政策として、端末をサービスにバンドルし、無料で配るといったような政治的な努力が必要ではないか。
2.6.5 E氏意見
(1) 研究開発支援における継続的視点の欠如
米国は、例えばHPC ACTみたいな時限立法ができて、それに応じて動きが起こり、それが次に続いて流れがうまく繋がっている。日本では人が代わると断片ができる。かといって同じ組織が継続して担当すれば良いかというとそうでもない。例えば(旧)電子協的なところが継続的に同じ視点で動けるかというと、必ずしもそうではない。やはり諮問委員会とか、それ自身の視点でのアウトプットが出てくる。全体を見た、あるいは継続的な視点が欠けているのではないか。
(2) 人材育成は金だけでなく、モチベーションと育成後のサポートも重要
「研究者を育てるのに、年間、仮に1000万円で1000人育てるとしても100億円。 これが2年間かかるなら200億円。つまり毎年200億円をかければ1000人ずつ育っていく。」という話を以前にした。しかし、金だけではないのではないか。
例えばコンピュータサイエンスをやったとして、米国では、最後にはベンチャーを作って儲けようとする人が多く出てくるが、日本ではそうはなっていない。そういった夢、サクセスストーリが描けないので、「一生懸命がんばっても・・・」ということになる。そちらの方が問題だ。
人材育成に金を掛けるのは重要だが、それだけでは駄目で、その先、その人がどう育って欲しいのかを考えて、それをサポートする仕掛けを作る必要がある。一つは、起業家としてやっていく人に対しては、(融資でなく)投資がすぐに出来る仕組み。もう一つは、その人がもっと研究したい場合に、それに対する補助。その人がどう育つか、逆にどう育って欲しいかによって、それぞれの道をサポートしてあげる仕組みがあるとよい。
ではどういう方法があるかというと、実は今までの本委員会のレポートに大体は出ているので、それを実施することが重要となる。
(3) ベンチャー支援は融資でなく投資で
今までのベンチャーへの資金援助の方法はほとんどが融資だが、そうではなくて投資の位置づけにしないと駄目である。元々が税金だということから危険の多い投資を避け、融資がメインになっている。融資ではハイリスク・ハイリターンのビジネスは生まれない。
(4) 企業が苦しい今こそ、国は基礎研究分野の支援を
産総研のオープンハウスを見学して、今度の制度(独立行政法人化)に良い面と悪い面があると感じた。独立採算のため「我々と何か一緒にできませんか?」との言葉が結構多かった。企業が金を出しやすい研究だけでなく、やはり、もう少し基礎的なこともきっちりやって欲しい。今、企業はだんだん儲からなくなってきており、基礎研究分野に金が付けられなくなっている。だから、そういうところを是非、国が進めて欲しい。勿論それを企業サイドに委託してもかまわないし、もう少し大学と企業が一緒になってやろうという形でもいい。
このような研究所にあまり独立採算的なことばかりを求めると、基礎研究分野がおろそかになっていくのではないか。遊びばかりで研究されても困るが、遊んでもらわないと困るところもある。
(5) 断片的でなく、全体のグランドデザインに基づいた仕組み・施策が必要
本委員会の一番最初の時に作ったグランドデザインのコンセプト(平成9年度報告書、第4章参照)が気に入っている。縦割り行政のところをこういう形でやろうとか、政策、戦略、戦術、そこでは何をするとか、今実際ある組織に対してR&Dセンターを作ろうとか、そういう絵があったが、やはりその発想が重要だと思う。
国としても、そういう仕掛けを作っておくことでベクトルが合ってくる。ベクトルが合わないと、金をつぎ込んでも全然役に立たない。例えば、ある人が担当の課長になると、その人の意向であるテーマに補正予算が付いたりするが、人が代わると継続されず別のテーマが採択され、常に途切れてしまうことになる。
本委員会のレポートがあちこちに配布されて、それなりに評価され、部分的には結構吸い上げられていると思う。この点は良かったとは思うがやはり部分的だ。全体的視点に立って国の方針を考えないと、何時までたっても負け犬ということになるのではないか。
(6) 単発的な個別対応の施策では全体としての問題は解決されない
個別の制度の問題とか、仕掛け、仕組みは確かに問題はあるが徐々に良くなってきている。全体的なベクトルが合っていないところに本質的な問題がある。たとえば会計制度が良くないと言った場合には、関連した部分の施策が個別に実施されているため、全体としての繋がりが無くなっているところに本当の問題点がある。戦略立案部門のようなところに入って行かないので、個別には部分的な解決がされても、全体としては解決されていない。実質的な戦略立案部門というのがほとんど無いのだと思う。したがって、まだまだ時間がかかるというのが今の日本の実状だと思う。
委員会や検討会のようなものはいろいろあるが、結局ばらばらに見える。ほんとうにこれでいいのかと思う。
(7) 実質的な戦略立案組織が必要
PITACのようなものを絶対に作って頂きたい。そこが一番の原点だ。個別の施策は日本もそれなりだと思う。制度の問題やその他いろいろあるけれども、なんだかんだ言いながらも、徐々には変わりつつある。しかし、一番欠けているのは全体的視野に立った政策や戦略だ。
国としての明確な大きな目標から、戦略、具体策へと徐々にきっちりと落としていく仕組みが必要である。
(8) 制約を最大限に取り払った国家プロジェクトを試行せよ
通常のプロジェクトでは、もろもろの課題や制度など、足枷もいろいろある。これを、「全面的に国が面倒を見るから、やってみろ」ということで、適当な規模のプロジェクトで、ある意味では可能な限りの枠を全部取り払ってやらせてみてはどうか。プロジェクトの進捗に伴って、いろいろなところでいろいろな課題が出てくるはずだ。一気通貫で課題が見えるし、そこをどう乗り越えればいいか、制度としてどう変えていけばいいか、解決策も見つかるのではないか。
IPAの未踏ソフトウェア創造事業のプロジェクトは、これに近い発想といえるかもしれない。プログラム・マネージャ制を初めて取り入れ、実力のある大学の先生やベンチャーキャピタリストにプログラム・マネージャになってもらい、「スーパークリエーター」を発掘しようという目的を持って行われた。
しかしこれは、ベンチャーの種を見つけるという観点ではおもしろいと思うが、対象を個人から数名のグループだけに絞った予算規模も小さい実験的なものであり、単発のものなので効果の程度は限られていると思う。
2.6.6 F氏意見
(1) ソフトウェアの研究開発の特性に適合した予算化と実施制度を
ソフトウェアの研究開発は、いくつかのフェーズに分けられる。日本の投資は、従来は研究開発部分にのみ向けられ、普及フェーズへの支援はほとんどなかったが、最近では実証実験の部分への支援も行われるようになり、この点では評価できる。
ただ、この分野への政府投資のほとんどが補正予算により実施されることが多く、実質1年程度の短期間で研究開発部分に投入される。補正予算で研究開発を行うと、新規性が必要で、短期間で、かつ規模が大きいものが要求される。この結果、得られたソフトウェアは実用システムとしては完成度が不足し、研究的意義の面でも時間的な制約がありすぎて不十分であり、中途半端な結果になってしまうという研究開発と制度との不整合が発生する。
補正予算は景気対策が狙いなので、ソフトウェア分野で予算化する対象は研究的要素を含まない大規模システム開発あるいはインフラ整備に振り向けられるべきである。
ソフトウェア技術の成熟に要する期間は、Redwineらの論文にも見られるように、数十年単位の かなりの長期間を必要とするのが一般的であり、研究開発にしても、戦略的な方向性をもって数年継続して実施することが重要になる。
| C: Concept Exploration (コンセプトの提示) D: Development & Extension (開発されて拡張される) Ei: Enhancement & Exploration(internal)(内部で使用される) Ee: Enhancement & Exploration(external)(外部でも使用される) |
4年〜10年 6年〜14年 9年〜18.5年 11年〜23年 |
(2) 技術の発展は、計画ではなく、競争原理の中での選択・継承からもたらされる
図2.1は、重要な技術が国のプロジェクトと民間の活動によって商用化までどのような課程を辿ったかという議論で、よく引き合いに出されるが、それぞれの技術は計画的に連携し意図してこのように商品化できた訳ではない。この図は、それぞれ技術の流れを無理やり結びつけた感じがしないでもないが、例えば、マルチタスクといったら、今や各種のワークステーションやマイクロソフトのWindowsでもやっているわけだが、ルーツは米国政府支援のCTSS(タイムシェアリング)だったということは既に記憶から消えている。
発展しつつ継承されていくというのは、競争原理の中で、一番良いと思う技術を種に使ったということであり、そういう発想を誰かがガイドした(計画した)ということではない。競争の中で選ばれつつ、発展していったということである。また、ファンディングの中でも勝利していき、最後にはこういう図になったということで、最初からこの図が意図されていた訳ではない。
(3) プロジェクト間での技術の継承が必要−このためには情報公開が重要
ソフトウェアの普及発展にしても、途中の継承関係というのは、まさに競争環境の中で自然発生的に起こったものである。この意味からすると、わが国の補正予算などによる研究開発についても、単年度とはいえ次々に打ち出され、そこで情報公開とかソースの公開とかがなされれば、良い技術は次のプロジェクトに継承されて生き延び、広く使われる可能性がある。研究開発では、このようなプロジェクト間で継承されうるような技術の情報公開が非常に重要なことになる。

図2.1 米国連邦政府支援の研究開発プログラムと民間の活動の結び付き
(出典:CSTBレポート)
2.6.7 G氏意見
(1) 日本の文化に合ったやり方を
ヨーロッパ流、米国流のやり方をすれば、日本が生き残るとか、改善していくとは必ずしも思っていない。それぞれの国では、契約社会だとか、個人主義とか、国の豊かさとか、横に人間がいない自由に動ける国土の広さとか、そのような要素を含めた上でのそれぞれの仕組みになっているはずである。仕組みの部分取りがどこまで機能するか疑問に思う。慎重に考えてやっていかないといけない。日本なりの、横を見ながら、責任を曖昧にしながらも、集団で最後にものを創生していくという文化は、やり方とターゲットの狙い方によっては成果が出てくると思う。過去において我々がやってきた訳だから、それを簡単に捨てる必要はないし、捨てようがないのではないか。
ただ、日本が今のままで良いとは少しも思っていない。特に大学の受け皿とか、活性化に問題がある。日本なりの答えの出し方があるのではないか。
(2) プロジェクトの実質的な評価と優れた研究に対する継続的支援を
日本のプロジェクトが、とにかくあるストーリーがあって、成果報告書にある程度の厚さがあって、一応説明がつけばそれで終わり、というのに対して、例えばEUのプロジェクトの評価はもっと実質的でダイナミックである。審査もオープンな環境で行われ、域内からそのプロジェクトの成果を評価する識者を集めて、その識者に成果はどうかを評価させて、最終的に良否を判定するという仕組みである。そして、成果が良と判定されると次のプロジェクトに予算が付けられる。
日本には、もっと成果を実質的に評価して、優秀な研究については継続して支援を行えるような仕組みが必要である。