第1編 国が支援する情報技術研究開発のあり方
1.4.1 調査のまとめ方
ヒヤリング調査のそもそもの質問は、「IT研究開発拠点の国内立地とその条件」を問う、簡単に回答することが難しいものである。そこで、これを7つの細かな項目に分解して尋ねた。各項目は、いずれも、わが国のIT研究開発とその仕組み、法制度、実施体制をどのように改革すべきかを問うものである。これらの項目については、1.3節に示すように、多岐にわたる回答が出された。(個々の回答者の意見を、質問項目ごとに分離せず示したものは、2章に示した)
また、米国のフロントランナー構造の調査、特に、米国の大学の果たしている役割や、SBIRやSTTRという新分野に限定したベンチャー企業の支援制度も、わが国が新分野の研究開発拠点や高付加価値を持つ新商品の製造拠点を持つための方法について、重要な示唆を与えてくれる。
ここでは、ヒヤリング調査と米国のフロントランナー構造の調査の、両方の結果をもととして、いくつかの提言を行うこととする。
1.4.2 調査研究の結論
ヒヤリング調査で得られた意見を、わが国のIT分野を始めとする中核的産業の空洞化の防止という観点からまとめなおしてみると、次のような研究開発機構の構造改革の重点目標が明確化してくる。
| (1) | わが国が繁栄を維持するためには、フロントランナーとならなければならない。
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| (2) | 国全体のIT投資を公共投資のレベルまで大幅に増額すべきである。
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| (3) | IT研究開発拠点の国外流出が不必要となるくらい国内の環境条件を充実させるべきである。
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| (4) | わが国の研究開発支援構造の欠落部分を補い、シームレスな構造を構築することが重要。
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| (5) | 研究開発の重要部分を占めるべき大学を改革強化し、産業との連携を密接化すべきである。
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| (6) | IT研究を行う国研が極めて弱体であり、その強化が急務。国研を補う機関として、企業の中研や基礎研が国の研究開発を請け負うことも検討すべきである。
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これまでのわが国の研究開発の構造は、産業の将来ビジョンや研究開発戦略が、諸外国との競争を前提として作られたものではなかった。オリジナルなアイデアから産業の技術シーズを生み出し、グローバルコンペティションに勝ち残るために、産官学の連携や省庁間の競争・協力関係を築くことや、大学が産業の技術シーズの創成と蓄積の要となる時代の来ることも予想外であったと言えよう。このため、国全体としてみると、競争より協力、変化より安定を指向してきた。
このような状況の転換点は、1980年代の米国の産業再生を賭けたプロパテント政策とITへの重点投資の開始である。この結果としてIT革命がおこり、従来の産業の戦略や、国の研究開発のあり方を変えてしまった。
ITを含めほとんどすべての産業は、進化を継続することが不可欠となった。立ち止まっていることは、追撃してくる諸国に追いつかれることを意味する。製造拠点を海外へ移し、その研究開発拠点まで移した企業は、やがてその国に飲み込まれ、日本からその存在を消していくことになる。その結果、国内の空洞化が進行する。
空洞化を防ぐためには、追撃してくる諸国に真似のできないオリジナルな新技術開発とそれに基づく付加価値の高い新商品を製造し、新市場を創成することである。しかし、そのような新技術や新商品も、遠からず追撃する諸国へ技術移転され、国外へ出ていってしまう。継続的な国の繁栄を目指すためには、常に新産業を起こし、競争力を失った産業に置き換える新陳代謝を継続させることが不可欠となった。
このような状況の中では、国全体の研究開発のリソースを増やすことと、それらのリソースを効率的に配置して、新技術開発と新産業育成を、競争相手国より少しでも能率よく実行できる構造を作り上げることが、勝者となるための条件となる。
フロントランナー構造の整っている国では、研究者は、より多くの起業のチャンスと成功への期待を持つ事ができる。これは、国外から優秀な研究者を集め、リスクの大きな研究開発の初期段階を充実させ得ることを意味する。
わが国は、また、米国のようなフロントランナー構造が形をなしていない。ITは、バイオ、機械製造、環境などの他分野を発展させる基盤的技術(インフラ)となるから、IT研究開発のためのフロントランナー構造の構築は急務である。
このような観点から、わが国がまず改革すべき点をいくつか取り上げ、提言として次項に挙げる。
1.4.3 IT立国実現に向けての提言
フロントランナー構造を構築する上で重要であるにも拘わらず、わが国においては弱体であるか欠けている仕組み、法制度がいくつか存在する。ここでは、そのようなものを指摘し、その改革を提言する。
| (1) | 国のIT研究開発プロジェクト全体を省庁横断的に監視し、指導する継続的な組織を置く。メンバーは、現役のIT研究者や企業家で、研究開発の実施内容、進捗について強力な指導力を有すると同時に、その結果に責任を持つ組織。 (米国のPITAC相当。日本のこの種の会議は、現役のIT専門家、企業家がメンバーとなっていることが少なく、重要分野であるはずのソフトウェアや先端ITの専門家がほとんど見当たらないことが多い) |
| (2) | 省庁間の壁を越えて、類似プロジェクトの運営管理の統合や、管理するプログラムマネージャの一本化などの調整を行い、競争や協力関係を作り出す調整組織を設置する(米国のOSTP相当)。同時に、国研等の独立行政法人化や、今後の国立大学の独立行政法人化に向けた、会計制度改革の実施。具体的には、これまで国立大学を悩ませてきた、国の予算による人の雇用の自由化(これは、最近の総合科学技術会議で認める方向が打ち出され一歩前進。)、複数年度会計、複数のソースからの予算の合算使用の導入などの、予算の使用に関する種々の制約の解除(米国の研究予算並みの使い勝手の実現)など現場への予算管理権限の委譲促進。 |
| (3) | 研究開発段階の中核となるべき大学に係わる種々の規制解除。これから改革が進むと思われる、プロジェクト予算による人の雇用の規制解除によって大学に多くの研究者のポジションを作ること、および流動化を促進すること。また、大学において、商品化を展望した実証システムを試作できるだけの投資や設備整備を行うことなど、米国の大学のような機能を持たせること。 |
| (4) | 大学の充実に時間がかかると思われること、およびわが国は、IT研究を実施している国研が少ないことから、これを補うために、大手企業の基礎研や中研などを、米国の国研と同様の大規模システム試作など、国のプロジェクト実施機関として活用すること。 |
| (5) | 大学や研究機関からのベンチャーの起業支援に係わる投資を大幅に増額すること。現在、ベンチャー支援は、各省庁や傘下の団体が実施しているが、その応募条件、金額、期間などがバラバラで、分かり難いものとなっている。米国のSBIRやSTTRのような分かり易く使い易い仕組みに統合する。 |
| (6) | 産学連携の促進策として、STTRのような個人レベルで使える仕組みを設ける。また、大学と企業間での産学連携予算において、間接経費のプロジェクト予算への算入を認め、中小やベンチャー企業の参加を促進させる。 |
| (7) | 米国のSBIRやSTTRに見られるように、新分野開拓を目指すベンチャー企業を対象に、官公需における優先枠の設置や、国の機関などにアーリーアダプターとしての役割を義務づけるなど、市場における育成策を整備する。また、ハードウェアとソフトウェア、サービスの分割発注など、ベンチャーの育ち易い市場へと改革する。 |
以上、米国のフロントランナー構造とわが国の研究開発構造の比較において、わが国の弱点となっている2つの段階の強化策に重点を置いて提言した。
弱点の一つである大学の強化については、最近は大学の独立行政法人化や非公務員型の雇用形態の提案、プロジェクト予算による人の雇用の規制解除など、大学の研究開発における最大の問題であった研究者の増員を可能とする改革が前進している。
しかし、研究開発投資は増額されつつあるが、国として重点分野に取り上げているソフトウェア分野への投資が少ないなど、一貫性に欠ける部分が残されている。
2つめの弱点であるITベンチャーの起業支援については、上で述べたように米国のSBIRやSTTRのように、仕組みが明確で使い易い形に統合されておらず、利用者の立場にたった改善が望まれる。
わが国の場合、米欧やアジアの情報先進国と比べ、大学における研究開発の充実度に大きな較差があり、ベンチャーを多数生み出すほどに技術シーズが蓄積するまでには、まだ時間が必要である。しかし、STTRのような使い易い仕組みを整備することで、大学の研究者の起業インセンティブを向上させ、大学における研究開発のレベルアップと人材育成を加速することが重要である。
そのほか、直接空洞化防止につながる支援として、大学発のベンチャー支援と同等以上に、既存の中小ソフトウェア企業の新技術開発を支援し、市場における競争力強化と事業拡大を促進することが重要である。わが国のソフトウェア企業の多くは中小企業であり、その競争力強化は、自前では困難な状況にある。今後、中国などアジアのソフトウェア企業の日本市場への進出と競争の激化が予想され、これに対処するための新技術開発や新商品開発の支援も急務といえよう。わが国のIT立国の鍵を握っているのは、ソフトウェア産業であり、この分野への投資は国家戦略上これまで以上に重視されねばならないと考えられる。