2. 調査課題とその背景
米国は、研究開発に関しては、官産学や省庁間の壁を取り除き、指揮・調整系統を一体化して、「フロントランナー構造」を作り上げた。そして、この構造が、米国産業の再生・発展のエンジンとなったと考えることができる。この構造は、わが国のIT産業の強化、育成や他産業のIT化の遅れを取り戻し、新産業を育成し産業の空洞化の進行を食いとめるための、構造改革の目標でもある。
よって、今後の議論や提言の土台となることから、ここで、わが国の現状との比較を行いながら、この構造の主要部分を説明する。
この構造の要点を図示すると、その全体は図2.1のようになる。
いかにして、アイデアを新技術研究開発に結びつけ、新商品を生み出し、企業を育成し、新市場を形成し、税収を増やし、国を富ませるかが、ポイントである。

図2.1 米国のR&D計画立案から市場創成段階までのシームレスな支援構造
(フロントランナー構造)
(1) R&D計画全体の方向付けと個々のプロジェクトの省庁横断的管理
図の一番上には、大統領情報技術諮問委員会(PITAC)、国家科学技術政策局(OSTP)、国家科学技術会議(NSTC)など、R&D計画(連邦政府のR&D
Initiative)の立案や国全体の研究開発戦略立案・実行管理、省庁横断的に研究開発の重複部分の統合や、重要分野の追加などの調整を行う組織の存在が示されている。
R&D計画の全体的目標やビジョン、技術分野の追加や削除、予算の追加などは、主に大統領情報技術諮問委員会(PITAC)が行う。PITACは、現役のIT関係の実業家や大学の教授クラスよりなり、米国がIT研究開発に関してどのような目標やビジョンを持ち、どのような分野の研究開発を強化すべきかなどを具体的に提言し、各分野に割り当てられるべき予算額までも含む勧告を行ってきた。わが国のR&Dは、とかく目標が不明確でビジョンが無いと言われるが、それは、このようなITの現役専門家よりなる、十分な権限と実行能力を与えられた組織を作らないことによるのではないだろうか。
OSTPやNSTCは、わが国でよく指摘される省庁間縦割りの研究開発体制を解消する役割を持っている。R&D計画に対して、個々の省庁はそのミッションに沿った多くのR&Dプロジェクトを提案し、予算を得て実行しようとする。この時、各省庁のミッションの境界は重複しているから、重要課題に関するプロジェクトはいくつもの省庁から重複して提案されてくる。
OSTPは、個々のプロジェクトの内容を精査し、類似プロジェクトはグループ化し、一人のプログラムマネージャの管理下にまとめてしまう。また、一つのプロジェクトが複数の省庁から予算を獲得する場合もあり、このときもプログラムマネージャを一人に絞り、予算も一本化する。
このような省庁横断的なプロジェクトの統合や切り捨て、管理の一本化を行い、省庁間の壁で仕切られ、類似プロジェクトが独立に走るような無駄を省く。このような荒業により、類似プロジェクトは、競争関係や協力関係を持つように再配置される。このような調整は、省庁の権益や研究者の立場を超え、競争原理が効果的に働くように、また、ひたすら、優れた市場価値の高い成果を得ることを目指して、計画の途中でもしばしば行われる。この結果、優れたプロジェクトは複数の省庁からファンディングされ拡大してゆく。わが国と異なり複数のソースから予算をもらっても合算使用が可能で、プログラムマネージャも代表1人にしぼられ、成果も複数のソースに切り分けて納入するような余計な作業は無い。研究者の事務的負担を減らし、研究に没頭させようとの明確な意識が存在する。
(2) 研究開発における各省庁の役割と優れたプロジェクトの発掘と拡大の仕組み
図の2番目から下に、研究開発の上流、中流、下流段階の特徴が示されている。
① 上流段階
上流段階の役割は、R&D計画の目標、もしくは、範囲(アンブレラ)の中で、できるだけ多くの優れたアイデアを発掘し、組織的研究開発を開始させることである。とはいっても、アイデア段階とは、まだ、種から芽が出る以前の段階であり、どのような芽が出るのかは、実際に研究を進めてみないとわからない。従って、この段階を主に担当するNSFやNIHは、グラントと呼ばれる予算を持ち、ピアレビューにより提案を選択し、小額の予算を多数の研究者個人や、研究者グループへ与える戦略をとっている。
NSFのグラントを例にとると、個人や少人数のプロジェクトを対象とする「ティピカルグラント」では、平均予算は年間7.5万ドル、期間は最長3年である。多くの研究員よりなるグループプロジェクトを対象とする「主要プロジェクトイニシアティブ」は、グラントの規模は通常年間100万ドル以上で、期間は最高5年間である。このグラントの受給者の選択は、「ティピカルグラント」よりも厳しいものとなっている。
グラントの成果は、原則「知識」であり、具体的には、技術論文が中心で、そのほか、プログラム、特許などである。成果には、バイドール法が適用される。
このポケットマネーと呼ばれる小額だが極めて多くの極小プロジェクトを支援する仕組みが、米国の大学や国研、その他の非営利の研究機関に多くの研究者(NSFの支援で2万人弱)を生息させ、アイデアという卵を生ませることを可能としている。研究者の抽象的アイデアを、より明確に記述された知識にまとめ発表させて、多くの研究者にその知識を共有させ、多様な発展へと導くことを意図した仕組みである。優れたものは、継続的に支援し、システム開発へと発展させる。これらの競争の中から、中流段階へ進むものが出てくる。
② 中流段階
NSFやNIHの予算で育ち、しっかり芽を出した研究開発は、より規模の大きな予算を持つNASAやDOE、DODなどの省庁の支援対象となる。このような省庁のプログラムマネージャは、その省庁のミッションに沿った分野に関係する優れた研究を取り込むための競争を繰り広げている。
一つのプロジェクトが複数の省庁から予算を獲得することも多く、そのような場合はOSTPが予算を一まとめにして管理するプログラムマネージャの代表を決め、プロジェクトのディレクターが複数の省庁のプログラムマネージャと交渉するオーバヘッドを生じないようにする。
中流段階では、プロジェクトは数十人以上に拡大し、国研や企業と連携するものも多々出てくる。予算額も数億円以上となり、通常はコントラクトの形式をとる。成果としてはシステムが求められ、省庁による管理、監督も厳しいものとなる。
IT分野は、現在、ソフトウェアが中心的成果であり、多くの研究者や研究補助者がプロジェクトディレクターの判断で雇われ、大きなプロジェクトチームが形成される。ハードウェアを含む開発も行われ、そのためのエンジニアも雇用される。
バイオテクノロジーのプロジェクトでは、生物学者がたんぱく質の機能解析プログラムやデータベース開発のためにIT研究者を雇用し、自然と学際的研究が実施される。バイオテクノロジーの研究は当初から、NIH、NSF、DOEなどで行われた。各省庁とも、そのミッションとの関係とは裏腹に、将来、大きく発展しそうな分野を先行して取り込むことを第一に考え、ファンディングを行う。わが国のように、萌芽的研究段階から絞り込むことはせず、有望テーマほど大勢に激しく競争させることを基本としている。
現場のプロジェクトディレクターは、プロジェクト予算により、異なる分野の研究者や研究補助者をほとんど自由に雇用できる。これは学際的分野の発展とその分野の研究者の育成が自然発生的に行われることを意味している。産学連携も、米国では、大学や国研と企業という組織間の関係ができるより先に、このような個人ベースの流動が起こる。この人の流動は、研究現場のニーズに基づくため、極めて迅速に発生し、大学と企業の組織間の交渉などで時間を浪費したり、研究開発の進捗を遅らせることもない。
このような米国の仕組みに対して、わが国では、大学・国研におけるプロジェクト予算による人の雇用は、極度に制限されている。(幸い、この規制が平成15年度から解除されるようである。総合科学技術会議提言)このため、大学院へ進学しても、その先にリサーチアシスタントのようなポジションが存在しないため、進学意欲を低下させたり、企業から一時的に大学院に戻り新しい知識を身につけようとしても適当なポジションが無いなど、大学に研究者が居られないという不思議な仕組みとなっており、長年続いたこの仕組みがわが国の人材不足を作り出した第一の原因となっている。
また、学際的研究の実施において、異なる分野の研究者の雇用が必要な場合でも、上記の米国のような人集めは困難である。当然、学際的研究開発において不利になり、また、学際的分野の人材育成の大きな障害となっている。現在、国立大学の独立行政法人化が計画されており、非公務員型の雇用形態が検討されている。個人レベルの流動化を自由にし、組織管理面での縛りを弱めるような仕組みに改革し、迅速な人の流動化を促進し、研究開発競争力を強化する改革が望まれる。
③ 下流段階
下流段階では、商品化を展望した実証システム試作が中心的課題となる。アイデアから開始された研究開発は、この段階にたどり着くまでに厳しく絞り込まれ、市場で競争していける可能性を持つものが残ることになる。当然、この段階以前で、研究成果は、商品化されたり、特許などの形で企業に買い取られることも多い。
新しい研究開発成果は、多くの場合、より大きなシステムの一部を占めるに過ぎない。そのため、新たに開発した試作部分を実際に稼動させ評価できるためには、その周辺に相当量のハードウェア、もしくはソフトウェアを作り、まとまりのある機能を持つシステム、もしくは部分システムとして組み上げる必要がある。この周辺部分の規模は、新規に開発したものより多くなることさえある。
このような実証システムを試作することで、市場にある商品との比較評価が可能となる。米国政府は、実証システム試作は多くの資金や人が必要であるにも拘わらず、推奨している。このような評価によって、新たに開発された技術の客観的、かつ信頼性の高い評価が可能となるからである。そして、このような評価によって新しい開発物の市場価値も明確化する。さらに、当初の機能や性能が達成できなかった場合でも、その原因追求が可能となり、研究開発への再挑戦を可能とする。また、成功した場合は、商品化に向けての次の第一歩を踏み出すことになる。
一般に、新技術開発の成功は、必ずしも商品化の成功を意味しない。技術的に優れたものが、市場に受け入れられるとは限らないからである。市場参入に先立ち、市場調査を行い、販売戦略を練り、宣伝を行うなど、次なるリスクへの挑戦が控えている。
下流段階での実証システム試作は、米国では、大学や国研、企業が単独で行う場合、およびこれら組織の共同プロジェクトとして行われる場合がある。米国の大学は、プロジェクト予算により必要な人の雇用やスペースの確保が可能であるから、大学においても、商品レベルの試作が可能である。
よって、実証システムの試作を通して、即戦力となる学生が育成される。また、大学から直接スピンオフしてベンチャー企業を起こすことも容易となる。企業への技術移転も、大学において、商品一歩手前までの実証システム試作と評価が行われるため、企業としては、技術移転のリスクが少なく、追加研究投資も少ないことになる。
この下流段階を大学において実施できることが、日米の大きな較差を生んでいる。わが国では、大学の教職員は学生定員に応じて人数が決まっており、研究費による研究者や研究補助者の雇用は制約が多く、物作りの戦力は大学院の学生が頼りである。よって、論文執筆のための、動作確認を主目的とする局部的なソフトウェアやハードウェアの試作にとどまらざるをえない状況にある。これは、同時に米国のような即戦力の物作り経験のある学生や研究者を育成したり、ベンチャー企業を起こすに足る技術レベルまで研究成果の完成度を上げることが難しいことを意味している。
このような状況から抜け出せない原因として、従来から大学の論文至上主義などが挙げられてきた。しかし、大学への投資が少なく、設備も買えず、人も雇えない状況が物作りをしない大学を作り出したとも考えられる。米国のフロントランナー構造などを研究し、大学、国研における産業の技術シーズにつながる基礎研究の早急な強化が望まれる。
米国のフロントランナー構造においては、「税金を用いて行った研究開発成果は、商品化して市場に出し、納税者の手に触れるようにすることにより、はじめて納税者への利益還元が達成される」との国民的コンセンサスに裏打ちされており、研究開発の下流段階の後にさらなる支援が続く。
この支援の仕組みが、企業規模を問わず支援する先端技術開発プログラム(Advanced Technology Program, ATP)、従業員500人以下の中小企業やベンチャー企業を支援する中小企業革新的研究プログラム(Small
Business Innovative Research Program, SBIR)、中小企業技術移転プログラム (Small Business Technology
Transfer Program, STTR)である。
ATP、SBIR、STTRなどの、強力な支援の仕組みをみると、米国がつぎつぎと新技術を持って市場参入を行うベンチャー企業を増やそうと、いかに努力しているかを実感する。その徹底ぶりを見ると、わが国のこの種の支援の仕組みは、ほとんど無きに等しいと思われるほど格差は大きい。これらの支援のうち、特に注目すべきものは、SBIRとSTTRであり、これらについては、次節で説明する。
ATPは、企業における新技術開発を支援することを目的としており、商品化のための開発は支援しない。よって、下流段階に属するものである。ATPは商務省に属するNISTが担当しており、企業規模によらず、企業の新技術の研究開発を支援する。商品開発段階は含まない。個々の企業への投資額は、原則$2,000,000までで、10%程度の自己負担を求めている。また、期間は3年となっている。
FY2001におけるATPの実績は、支援件数59件、1件あたりの支援金額の平均は、$2.8M で、ATPファンドの全体額は、$164Mであった。ATPは、補助金であり、直接費のみが支援対象である。中小企業としてはSBIRの方が使い勝手がよく、また、大企業支援は国民の支持が得にくいとのことで、予算総額は減少傾向にある。
(3) 商品化、起業段階、および市場創成段階の国の支援
研究開発が実証システムの試作、評価をもって下流段階を終了した後に、この段階が存在するのが、米国と日本を大きな違いの一つである。日本において、日本版SBIRなどと呼ばれる仕組みが準備されるようになってきたが、概して短命であり、予算規模も小さい。ここでは、米国のSBIR、STTRなどの支援以外の、間接的な中小企業(従業員500人以下)支援について説明する。これらは、わが国では見られないものであり、なおかつ、わが国での実現が難しいと思われるものである。(以下、米国のいうSmall
Businessを、わが国で聞きなれた、中小、ベンチャー企業と訳す)
| ① | SBIR、STTRのような中小企業向けの国の投資(これについては次節で詳述) |
| ② | 連邦政府調達の30%を中小、ベンチャー企業への優先調達枠として提供している。企業の経営者が女性であったり、マイノリティであったりすると、さらに高い優先度が与えられる。(30%を達成できなかった省庁は、不足分が翌年に繰り越され、期限内に達成できない場合は罰金が課せられる) |
| ③ | 国や公共機関は、アーリーアダプターとして、率先して新技術を抱えて市場参入してきた中小、ベンチャー企業の商品や新技術を採用することが推奨されている。 |
| ④ | 国や公共機関の調達するソフトウェア開発などにおいては、当初の開発とその後のサービスがアンバンドリングされている。また、ハードウェアとソフトウェアを一括発注せず、ハードウェアとソフトウェアを分割して発注するなどして、中小、ベンチャー企業が、国や公共機関の調達に参加しやすいようにしている。 |
これらのうち、②、③、④は、支援というより、中小、ベンチャー企業の育成に対する米国流の考え方、もしくは風土という方が適当であろう。米国では、市場において、中小、ベンチャー企業を、営業や宣伝などの機能の整った大手企業と競わせることはフェアではないと考えており、5年程度の猶予期間を与え、ベンチャー企業の足腰がしっかりするまで一定の優遇処置を設けるとの考えがある。
これはまた、高付加価値の新しい商品の製造拠点であり続けるためには、市場に継続的に新しい技術に基づく商品を供給するメカニズムがなければならず、中小、ベンチャー企業はその役割を担うものであるとの合理的な考えでもある。
このような中小、ベンチャー企業の育成は、国の産業の継続的な繁栄の維持に不可欠の仕組みであるとの考え方は、米国以外には、あまり見られないものであろう。わが国においては、官公需の調達の80%近くが、少数の大手企業によって受注されていると言われる。また、発注する官公庁側に専門家がいないことから、いろいろな設備を含め、ハードウェアとソフトウェアは一括して発注されることが多く、中小、ベンチャー企業は、調達に参加できないことも多い。
さらに、このようにして調達されたシステムの保守や拡張などは、当初に調達した企業に継続的に発注され、米国のようにソフトウェアの保守のみ分割して発注されることも少ないため、中小、ベンチャー企業が、その後、参入することができない構造となっている。このような構造が、わが国では、流通系のベンチャーは成功例が多いのに対して、技術系ベンチャーは成功例が少ないという現象となって現れている。
IT革命がおこり、インターネットがグローバルマーケットを形成し、中小の部品製造企業までもが、世界中の企業との競争にさらされることとなった。既存の業種は、インドや中国などの追撃を受け、コスト低減競争に耐えられない企業は市場からの撤退を余儀なくされている。国の繁栄を保ちたければ、競争力を失った企業を容赦なく市場から撤退させ、それに代わる新しい業種へと投資先を切り替えねばならない。そして、IT革命とインターネットは、この変革の速度をドッグイヤーに短縮してしまった。
このような状況においては、「全ての大企業もかつてはベンチャーであった」という国民的コンセンサスのもとに、上記のように国を挙げて新興の中小、ベンチャー企業を育成し、競争力を失った企業と差し替えて行く構造を確立している米国は、きわめて有利といえる。これに対して、わが国は、国も国民も、このような境地に至っておらず、日米格差は、表面に見える以上に大きなものがあるように思われる。