2. 調査課題とその背景
調査課題は、国の研究開発の仕組みや法制度の抱える問題点を総合的に提示することを意図し、「IT研究開発拠点の国内立地とその発展のための条件は何か?」というものとした。この課題設定の第一の動機は、わが国を世界一流のIT技術の研究開発拠点とし、それと同時に高付加価値製品の製造拠点とするためには、どのような改革が必要かを示唆しようとしたことである。
また、この課題設定は、米国が1970年代に日本やドイツの追い上げに遭い、国内産業が競争力を失ったとき産業競争力再生のためにとったアプローチが、わが国にとっても可能か否かを検討することにもなる。
1980年代に、米国は国を挙げて産業の強化に向けた政策の実施や産業の新陳代謝に向けた投資を行った。その特徴は、コンピュータやネットワーク技術などITへの重点投資とプロパテント政策の実施であった。ITへの重点投資は、従来からの産業に取って代わるものとして、ITに関する新技術開発、新産業育成を狙ったものであった。その結果、米国は世界一のIT研究開発拠点となり、特許などのIPRやライセンスを産み出した。また、IT関連の新しいソフトウェアやハードウェア技術など、基礎研究から積み上げた技術を生かし、ライセンスで防御して、後発諸国が容易に真似のできない先端的、かつ高付加価値技術を有する商品の製造拠点を作り上げた。
代表例は、インテルのマイクロプロセッサチップ、マイクロソフトのWindows、Ciscoのルータなどである。このほかにも世界を制覇する商品を次々と産み出した。その中でも、インターネットは単なる商品ではなく、世界共通インフラとなり、アメリカンスタンダードを世界のスタンダードに拡大し、米国産業の世界市場への進出を支援した。米国製の数々のビジネスモデルは、インターネットに乗って世界に広まった。
IT革命は、見方によっては、従来のECやアジア経済圏などアメリカ経済圏と一線を画していた地域に強引にアメリカ的手法を持ち込み、アメリカ企業の市場拡大を支援する一面があったと言えよう。これは、インターネット上の応用ソフトウェアなどには、先行者の総取り(Winner
takes all)と言われる性質があることにもよっている。
以上、述べたような戦略が成功し、米国はIT市場のリーダーとなった。NITRD計画の進捗報告書ともいえるBluebook 2001は、その冒頭で、1995年以降の米国の経済発展の1/3以上をITが稼ぎ出し、1,300万人以上の雇用を生み出したと高らかに勝利宣言を行っている。
グローバルマーケットにおける競争は激しく、わが国は、次々と新しい技術や製品、サービスを提供してくる米国と、安い人件費を武器に後から追い上げてくるアジア諸国に挟み撃ちされている。わが国産業は、製造拠点の国外脱出や、海外からの技術シーズの輸入などで凌いでいる。しかし、このような状況は望ましいものではない。やはり、米国のようなIT研究拠点や高付加価値の製造拠点を国内に確保し、容易に真似ができない技術、製品、サービスを生み出して行くことが望まれる。
以下、米国が産業再生を目指して新産業の創成と従来産業の新陳代謝のためにとった手法は、わが国についても適用できる部分があるのではないかという観点から、「IT研究開発拠点の国内立地」をいかにして達成するか、そのために何をなすべきかを検討することを試みる。