3.4.1 ディジタル映像の歴史
ディジタル映像の歴史は、まさにコンピュータの発展と共にあったと言え、コンピュータの処理能力の向上に従い、コンピュータグラフィックス(以下、CG)で作り出される映像もますますきれいになり、現実感を増してきている。そして、現在CGの最も活躍している場といえば、映画の特撮シーンである。本章では、CGとコンピュータの歴史、および特撮映画との関係について、10年区切りで述べていく。
3.4.1.1 1950年代−黎明の時代
1945年にアメリカのペンシルバニア大学で、真空管を18000本ほど使用した世界初のディジタルコンピュータ「ENIAC」が誕生した。その後、コンピュータが飛躍的な発展を遂げたきっかけになったのは、1947年のトランジスタの発明であり、1955年には最初のトランジスタ計算機TRADICが誕生した。トランジスタの発明以降、半導体はICからLSI、VLSIへと進化し、その集積度は着実に上がっていく。
1950年代のアメリカの国防計画SAGEプロジェクトには、現在のCGの要素技術が数多く含まれており、例えばターゲットを映し出すためのCRTや、ライトペンなどが挙げられる。CGの父と称されるSutherlandがMITの博士課程の研究にて、これら2つのデバイスを用いた対話的CGシステム、「SketchPad」を発表した(1963)ことが、CGの歴史の始まりと言われている。当時の計算機へのデータ入力はバッチ処理がほとんどで、SketchPadのように計算機に対話性を持たせることは画期的な考え方であった。また、対話的CGという言葉がCADと同義語のように使われ、その可能性に非常に注目が集められていた。
一方、怪獣などを登場させる特撮映画では、ストップモーションによる手法が主流であった。例えば、時代は少し古くなるが「キングコング」(1933)や、「シンドバッドの冒険」(1958)などが、その例として挙げられる。これらの特撮シーンでは、ミニチュアのキングコングや骸骨を1コマずつ少しだけ動かして撮影していき、動画を制作していった。コンピュータが映画の世界に入り込まない時代の、非常に根気のいる特撮技法である。
3.4.1.2 1960年代−基礎技術確立の時代
1960年代の前半までは、CGイコールCADであり、CGとはコンピュータによる図形処理という1つの技術にすぎなかった。Sutherlandは、1965年のIFIP(国際情報処理連盟)の会議で「CGにおける10の未解決問題」という論文を発表し、CGの発展方向を示唆した。この問題は、CGの基礎技術の研究テーマになった。その後、CADとCGはそれぞれ応用する分野に違いが現れ、次第に別個のものとして扱われるようになる。すなわちCADは製造業でのツールとなり、CGは放送や映画、娯楽などの分野でのツールとなっていったのである。ただし、この時代においては、CADの活発な技術開発とは対照的に、CGの発展はさほど目立ってはいない。ラインプリンタに文字の濃淡を用いて人の似顔絵などを打ち出すコンピュータアートのブームはあったが、現在のようなCGの応用分野は確立されていなかった。一方、「CGにおける10の未解決問題」で提示された隠線消去の問題は、当時
XYプロッタやベクトルスキャン・ディスプレイが出力デバイスとして主流であったことと、CADにおける不可欠な技術であったため、盛んに研究された。
映画のほうに目を向けてみると、1954年は世界的に有名な「ゴジラ」がスクリーンに誕生した年である。特撮で有名な「円谷プロ」は、その後、1960年代に数々の怪獣映画を生み出していった。1961年にはザ・ピーナッツの唄で有名な「モスラ」が誕生し、1966年には「ウルトラマン」がお茶の間に登場する。そして、「ウルトラマン」のような巨大なヒーローから、やがて等身大の変身するヒーロー「仮面ライダー」が誕生する。このように、この時代の日本の特撮は、着ぐるみ怪獣や着ぐるみ怪人が全盛であり、背中にファスナーが見えようが、怪獣の首にのぞき穴があろうが、ほとんど気にされることなく、やり過ごされていた。これらの怪獣映画も、30年以上経った現在ではCGを駆使して制作されている。
3.4.1.3 1970年代−発展実用化の時代
1970年代になると、CGの研究は急速に進んでいった。そのきっかけとなったのが、1968年にSutherlandがEvansに誘われてUtah大学に移ったことである。Utah大学で
Sutherland が目指したテーマは、より現実感のある3次元映像の生成法であった。これには、ディスプレイ、特に半導体の技術革新が大きく影響を及ぼしている。すなわち、従来のベクトルスキャン・ディスプレイに代わるラスタスキャン・ディスプレイが登場したことが、その後のCG研究の大きな要因となった。これにより、面の塗りつぶしが可能になり、隠面消去と陰影付けが実現できるようになったのである。
Sutherlandらは、フライトシミュレータをCG研究の応用分野と想定していた。一方、ソ連がスプートニクを打ち上げたことにアメリカ政府は非常に危機感を感じており、すべての軍事分野へ惜しみなく研究費をつぎこんだ。CGはコンピュータのインターフェイス技術の研究として位置付けられており、実際にUtah大学もアメリカ国防省のARPAの援助を受けていた。このような指導者や資金などの環境面での充実が、Utha大学に多くの研究者を引き付ける力となり、H.Gouraud(グーロシェーディング)、B.T.Phong(フォンシェーディング)、J.Clark(シリコングラフィックス社、Netscape社創立)、J.Warnock(Adobe社創立)、E.Catmull(Pixar社設立)、J.Blinn(NASAでの惑星のCG)、A.Kay(ダイナブック、Alto、Macintosh)、J.Kajiya(毛皮の表現)など、その後のCG界をリードする人材が集まっていた。
この年代に研究された、より現実感のある3次元画像の生成技術としては、隠面消去、拡散反射面や鏡面反射面のシェーディングモデル、多面体近似された曲面を滑らかに陰影付けするためのスムーズシェーディング、そしてテクスチャマッピングなどが挙げられ、今日のCGではごく当たり前に使われている基礎技術となっている。中でも1974
年にE.Catmullが考案した Z バッファ法は、現在ではビデオゲームなどのリアルタイムCG に応用されている。しかし、Utah大学の研究グループの関心は、その後アニメーションの基礎研究に移行していき、スポンサである国防省と意見が対立し、1974年に研究グループは解散してしまう。
Utah大学の研究グループが解散した年に、ニューヨーク工科大学(NYIT)にCGラボが設立され、Utah大学の多くの研究者がここに移った。1975年には、E.CatmullがCGラボの主任になり、アニメーションの研究を進めた。その後、Xerox
PARCでペイントシステムの開発をしていたA.R.SmithもNYITへ移り、アニメーションの研究が本格化され、テレビ番組の制作なども始められた。NYITのアニメーション作品は、アメリカで開催されるCGの国際会議であるSIGGRAPHのビデオショーにて公開され、CG映像の人気を高めた。この頃から、MAGI(1968)、Robert
Abel and Associates(1971)、III(1972)などのCG制作を行う会社が設立され始めた。
一方、1977年に公開された「スターウォーズ」では、コンピュータが映画の世界で積極的に活用されている。それは、モーションコントロールカメラと呼ばれるコンピュータで制御されるカメラで、繰り返し撮影や素早いカメラ移動でのブレをなくすことを可能にした。この年代では、コンピュータは映画の前面に出ることなく、あくまで裏方としての映像制作のツール的役割を果たしていた。
3.4.1.4 1980年代−ダウンサイジングの時代
この年代になるとLSIの集積度の上昇に従ってメモリの価格が下がり、高嶺の花であったラスタスキャン・ディスプレイが急速に普及し始めた。一方では、マイクロプロセッサを使ったパーソナルコンピュータ(当時はマイコンと呼んでいた)が、一部のマニアの間でもてはやされるようになる。PET(Commodore社、1977)、TRS-80(TRS社、1977)、AppleII(Apple社、1977)の3機種がマイコン御三家と呼ばれていたが、その利用目的はあくまでも趣味の領域であった。その後、1981年にIBM-PCが登場してから、一般ユーザもPCへ注目するようになる。IBM-PCの爆発的なヒットが呼び水となり、各社がこぞってPC市場に参入してきたが、革命をもたらしたのは、GUIを取り入れたApple社のLisa(1983)およびMacintosh(1984)であった。
一方、ワークステーションは1970年代からXeroxのPARCにて研究されてきていたが、本格的に商品化が行われたのは、マイクロプロセッサの生産が軌道に乗ったこの年代であり、Apollo
Domain(1980)、Xerox STAR(1981)、SUN-1(1982)などが代表として挙げられる。また、1982年には、CG界のリーダー的存在であるシリコングラフィックス社が設立され、最初の3次元CGワークステーション「アイリス1000」を開発している。
このように、CGの研究環境はメインフレームコンピュータから、ワークステーション、PCへと次第にダウンサイジングしていった。それに伴い、テレビのコマーシャルや映画の特撮シーンにもCGが積極的に取り入れられるようになり、画像生成の技術もさらに高度なものが求められるようになる。この年代に研究されたテーマとしては、レイトレーシング、ラジオシティ法、フラクタル、ボリュームレンダリング、テクスチャの生成などがあげられ、いずれも生成される画像のリアリティを追求する技術である。
初めて映画へ本格的にCGを応用した作品は「トロン」(ウォルト・ディズニー、1982)であり、CGを利用したシーンは15分ほどであった。残念ながら、この映画は一般の人々の興味を引くほどではなかったが、CGの存在価値を知らせるという役割を果たした。その後、Cranston
Csuri Production(1980)、Pacific Data Image(1984)、PIXAR(1986)、Rhythm & HuesなどのCGプロダクションが次々と設立され、日本でもJCGLやトーヨーリンクスなどが設立された。
いくつかのプロダクションはその後消滅していったが、現在も生き残り、かつCG研究者の間でも一目置かれているのがPIXAR社である。同社は、Apple社の創設者S.Jobsを会長に迎え、NYITからルーカスフィルムに移ったE.CatmullやA.Smithらが独立して創設した会社であり、高品質なCG映像を作ることで有名になった。PIXAR社が、毎年夏に開催されるSIGGRAPHのビデオショーにて上映した短編CGアニメである、Luxo
Jr.(1986)、Red's Dream(1987)、TinToy(1988)、Knick Knack(1989)などの作品は、CGプロダクションに多大な影響を与え、このうちのTinToyはアカデミー賞を受賞している。その後、ディズニーと協力して、全編CGで作成した映画「Toy's
Story」を発表した。
3.4.1.5 1990年代−バブルの時代
1990年代に入ると、マイクロソフトのWINDOWSが登場した事も手伝って、CGの制作環境は、一部のハイエンドシステムを除いて、ほとんどPCベースの環境へと移行している。また、ネットワーク環境を駆使した、分散処理による制作のスループット向上も試みられている。
CGプロダクションが経営を維持するために従事した仕事は、テレビのCM制作であった。1980年代には斬新なCMが数多く作られ、お茶の間に次第にCGが浸透していく。その後、番組のタイトル作成や天気予報、選挙速報、災害や事故の解説など、CGの活躍の場は爆発的に拡大していった。そして、1990年代には、CGはもう日常的なものとして人々のなかに溶け込んでいった。
一方映画に目を向けると、1980年の後半から、特撮と言えばCGと言われるほどになっている。参考に、表1にCGの使われている映画のタイトル一覧を挙げておく。
現在の映画におけるCGの利用形態は、以下の4つに大きく分類される。
1)ノンリニア編集・ディジタル合成用のCG
ハードディスクに記録された映像を編集したり、スタントマンをつるしたワイヤーを消したり、いくつかのレイヤーに分けられた映像を合成したりする作業である。「フォレスト・ガンプ」では、負傷した兵士の足を消したり、過去の人物と現代の俳優を合成するなどの数々のディジタル合成を成功させている。
2)背景用のCG
再現の困難な自然現象を、CGでシミュレーションして作成する。例えば、竜巻や、津波、火事、火山の噴火など、最近流行の災害映画によく見られるシーンである。
3)キャラクター用のCG
着ぐるみ怪獣をディジタル怪獣に置き換えて仮想空間に配置し、実写との合成をする。または、何千人というエキストラを雇う費用を削減するため、数名のエキストラを複数コピーして配置し群集を表現する。また、調教の難しい動物をCGで表現し、しゃべらせたり笑わせたりする。
4)大道具・小道具用のCG
飛来する宇宙船や建物、チャーターにお金のかかる軍用機やミサイルなどの、作品を盛り上げる道具たちを、CGで作成する。
以上のように、1990年代はまさにCGバブルの時代であった。CGで表現できないものがあるとしたら、それは人間の頭の中で想像できないものであるとまで言われているが、一番困難なものは、実は一番身近にいる人間なのである。人間の肌の質感、表情の豊かさ、髪の柔らかさ、複雑な身のこなし、どれをとっても未解決の問題として残されている。これが解決したら俳優は不要になるという意見を持つ人もいるが、それは考え過ぎである。人は人に感動するのである。CGはそれをバックアップする手段であるに過ぎない、あくまでも脇役なのである。
一方、アニメーション映画におけるCGの利用は、ディズニーの「美女と野獣」や「アラジン」、「バグズライフ」、スタジオジブリの「もののけ姫」や「となりの山田君」などで盛んに行われており、かなりの成功を収めている。今後、この分野におけるCGの利用は、確実に増えていくことだろう。
|
表3.4-1 CGの使われている映画のタイトル(抜粋)
|
|
映画タイトル
|
公開年
|
CGの主な使用箇所
|
|
| ウェストワールド |
1973
|
ロボットのガンマンからの視野をモザイクで表現 | |
| 未来世界 |
1976
|
クローン人間の生成過程 | |
| トロン |
1982
|
コンピュータ内の世界、バイク | |
| スタートレック2 / カーンの逆襲 |
1982
|
ジェネシス計画(炎に包まれる惑星) | |
| スターウォーズ / ジェダイの復讐 |
1983
|
デススターのワイヤーフレームモデル | |
| スターファイター |
1984
|
宇宙船、惑星 | |
| ヤングシャーロック/ピラミッドの謎 |
1985
|
ステンドグラスの騎士 | |
| ウィロー |
1988
|
モーフィングによる変身 | |
| ロジャーラビット |
1988
|
実写とアニメの融合 |
★
|
| インディ・ジョーンズ / 最後の聖戦 |
1989
|
人間のミイラ化 | |
| アビス |
1989
|
知性をもつ海水(先端部が顔に変形) |
★
|
| レッドオクトーバーを追え |
1990
|
スクリューによる海水のかく乱、マリンスノー | |
| ダイハード2 |
1990
|
マット合成 | |
| トータルリコール |
1990
|
X線セキュリティシステム |
★
|
| ロボコップ2 |
1990
|
モニター内の顔 | |
| プレデター2 |
1990
|
エイリアンの表現 | |
| ターミネーター2 |
1991
|
液体金属T1000 |
★
|
| 美女と野獣 |
1991
|
CGセットとセルアニメの融合 | |
| アラジン |
1992
|
マジックカーペット | |
| ジュラシックパーク |
1993
|
恐竜 |
★
|
| クリフハンガー |
1993
|
転落シーンでのワイヤー除去 | |
| トゥルーライズ |
1994
|
ミサイルの発射 | |
| マスク |
1994
|
実写の顔をアニメーションのように変形 | |
| フォレスト・ガンプ |
1994
|
過去の人物との競演 |
★
|
| ライオンキング |
1994
|
ヌーの大群 | |
| ベイブ |
1995
|
しゃべる豚 |
★
|
| アポロ13 |
1995
|
アポロ13号打ち上げ | |
| ジュマンジ |
1995
|
サルなどの動物の毛 | |
| キャスパー |
1995
|
半透明なオバケ | |
| トイストーリー |
1995
|
全編CG | |
| ミッションインポッシブル |
1996
|
トンネル内のバーチャルセット | |
| インディペンデンスデイ |
1996
|
飛来するUFO群 |
★
|
| ロストワールド |
1997
|
恐竜 | |
| もののけ姫 |
1997
|
ディダラボッチ、たたり神 | |
| メンインブラック |
1997
|
各種クリーチャー | |
| フィフスエレメント |
1997
|
エアカー | |
| タイタニック |
1997
|
甲板上のバーチャルヒューマン |
★
|
| ディープインパクト |
1998
|
惑星衝突による津波 | |
| 奇蹟の輝き |
1998
|
油絵タッチの背景 |
★
|
| マイティージョーヤング |
1999
|
ゴリラの毛の動き | |
| スターウォーズ・エピソード1 |
1999
|
宇宙船、クリーチャーの戦闘など | |
| マトリックス |
1999
|
弾丸をよけるシーンなど | |
| スチュアート・リトル |
1999
|
リアルなネズミ |
|
★はアカデミー賞ビジュアルエフェクツ部門賞受賞作
|
3.4.2 ディジタル映像産業の現状
本章では、ディジタル映像産業の現状について、ディジタル映像技術の応用領域や米国との比較に重点を置いて述べる。
3.4.2.1 ディジタル映像技術の応用領域の拡大
ディジタル映像技術の応用領域のなかで、第1章で振り返ったような映画における応用が一番華やかで、人目を引くものであることは明らかである。では、他の領域ではどのようなものが挙げられるであろうか、以下に各事項について簡単に触れる。いずれも映像的には地味ではあるが、大変重要な領域であることは間違いない。
3.4.2.1.1 見えないものを映像化する
物体から発せられた光が網膜に結像されて、我々は物体を見ている。したがって、ビル周囲での風の動きや、車体にかかる衝撃力、シリンダー内の燃料の流れなどは、直接見ることはできない。このような、人間の目では見ることのできないものをコンピュータ処理することにより映像化する技術を、ビジュアライゼーション(可視化)と呼んでいる。ビジュアライゼーションとは、例えば、衝撃力の強さを数段階に分けて色分けして表示するなど、数値データを映像化することである。この技術は、エンジニアリングの領域において、不可欠な技術となっている。
3.4.2.1.2 仮想空間の構築
仮想空間(VR)の構築には、ディジタル映像の技術だけではなく、各種デバイスの技術的発展が不可欠である。仮想空間の構成要素は、人からの反応を受け取るセンサー、センサーに入力されたデータを解析し仮想空間内でのふるまいを計算するシミュレータ、シミュレータの結果を人へ出力するディスプレイの3要素がある。ディジタル映像技術は、主に、シミュレータの結果を画像化し、ヘッドマウントディスプレイなどに出力する部分に応用されている。
仮想空間の構築は、人が介在するのが危険な場所(例えば事故の起きた原子力発電所内)での作業を遠隔操作したり、建築前の建物内部を検証するなどの応用が考えられる。
3.4.2.1.3 映像シミュレーション
映像シミュレーションとは、設計段階の建築物を建設予定地の実写画像に合成したり、整形手術後の想定形状を作成するなど、さまざまな検証をする目的で行われる、映像によるシミュレーションを指す。応用分野としては、前述の建築や医療分野だけではなく、戦場のシミュレーションや、再現の困難な事故(飛行機事故や列車事故など)の原因解明なども挙げられる。
3.4.2.2 アメリカとの比較
アメリカと日本におけるディジタル映像産業の比較をしてみると、アメリカは映画産業、日本はビデオゲーム産業が中心となっていることは自明である。
アメリカの映画産業は、現在ハリウッドが中心となっている。ハリウッドにおける映画制作は非常にシステマチックに行われており、ほとんどの映画会社では、「Movie
Magic」という映画製作のマネジメントソフトウェアで、映画制作を管理している。このソフトウェアは、シナリオを指定すると、シーンの過不足を提示したり、予算を概算して俳優を選定するなどといった作業をしてくれる。ハリウッドでは、俳優や映画スタッフの能力や賃金などのデータベース化がかなり進んでおり、予算組みも非常にクリアにされている。このあたりが、いわゆるどんぶり勘定で運営されている日本の映画産業と一線を画している部分であろう。日本の映画産業の建て直しを考えた場合、予算管理の見直しから始めるべきであろう。
一方、ハリウッドの映画産業で働くスタッフの人件費の高騰などの理由から、21世紀には、主な映画会社がオーストラリアにスタジオを移転する計画が進行中である。この傾向は、日本のアニメ産業が、コスト削減のためアジアへ進出したことに、よく似ている。
ディジタル映像で日本が世界的に勝っているのが、ビデオゲーム産業である。これには、任天堂やソニー、セガといった家庭用ゲーム機のハードウェアメーカと、スクェアやナムコ、コナミといったコンテンツメーカの両輪が、うまく歩調を合わせて進んできたことが大きい。また、昨年では、任天堂のビデオゲームから登場した「ポケモン」が、日本だけでなく、アメリカの子供にも絶大な人気を得た。
全体的に見て、アメリカのディジタル映像技術の圧倒的な優位性は否定できないが、その理由としては、以下のようなことが考えられる。
(1)映像産業の規模の違い
アメリカでは、娯楽としての映画の地位は確固たるものであり、映画産業の規模は日本のものとは比較にならない。したがって、最新の映像制作に用いられているディジタル映像技術の需要は高く、研究資金の面ばかりでなく、学生の就職先としても有望であるため、研究者およびクリエータの裾野がひろい。
(2)CG教育の普及の高さ
(1)で述べたことに起因して、アメリカの大学におけるCG教育の充実ぶりには目を見張るものがある。アメリカにおけるCGのコースを持った大学はすでに400近くあるのに比べて、日本ではCGの基礎を学べる大学は少なく、その大多数は工学部に設置されている。また、映像制作にかかわるクリエータの育成機関は専門学校がほとんどであるが、最近では、芸術系の大学においてCGの基礎から応用まで教育するコースを設置するところが増えてきており、工学系の知識を持ち合わせたクリエータの育成が行われ始めている。
(3)人材の流動性
ディジタル映像の分野に限ったことではないが、経験豊富な研究者やクリエータのいる機関に、有能な人材が集中する傾向にある。また、ディジタル映像の分野では、高性能な映像装置やコンピュータが要求されるので、企業からの援助を受け易い実績のある大学や成長企業に人材は集中する。アメリカでは、有能な研究者やクリエータが容易にこのような組織に移籍するので、新技術が一気に開花することも珍しくない。日本でも、企業のみならず学術機関での人材の流動性を高くし、組織の活性化を早急に図るべきであろう。
3.4.2.3 CGの最新技術の動向
最近のCGの研究動向は、以前と比較して実用に直結した研究が目立ってきている。このことは、映像産業への技術応用の要求が高いことが大きな要因のひとつであろう。最近では、以下のような研究項目が注目されている。
(1) イメージベースモデリング&レンダリング
1995年に米国アップル社が発表したQuickTime VRの技術に端を発する、実写画像をもとにしたモデリングおよび画像生成法である。QuickTime VRでは、複数の視点の異なる2次元画像からパノラマ画像を作り、仮想空間内をウォークスルーしたり、3次元モデル化された商品をさまざまな視点から見ることが可能である。また、コンピュータビジョンの技術を応用して、複数枚の写真から建築物のような大きな物体を3次元モデル化する手法や、1枚の画像から奥行きのある擬似3次元空間を構築しフライスルーする手法などがある。映像コンテンツを制作する場合、すべての物体をモデリングするのは非常に手間のかかる作業であるため、実写画像から比較的容易に3次元モデルを構築できるこれらの手法は、今後大きな注目を浴びると予想される。
(2) ノンフォトリアリスティック・レンダリング
光学などの物理法則に基づいた現実感のある画像生成手法は、フォトリアリスティックレンダリングと呼ばれる。一方最近では、油絵や水彩画タッチ、ペンタッチの画像生成手法や、セルアニメーションをCG手法で実現する手法などが多数報告されており、これらの手法は前述のフォトリアリスティックレンダリングの反語として、ノン・フォトリアリスティックレンダリングと呼ばれる。一例として、「もののけ姫」では、手書きのセル画とCGで作成したキャラクタ(タタリ神など)を違和感なく合成するために、CGキャラクタをセル画タッチに変換する手法が用いられている。
(3) サーフェイス簡略化
表示したい形状モデルを、画面に表示される大きさなどに応じて、モデルデータの精度を変化させる手法である。例えば、牛のモデルを画面に表示する場合、近くで草を食べている牛は細かいモデルでないと不都合が生じるが、遠くで放牧されている牛はかなり粗い形状データで表現しても、見た目にはさほど影響はない。この手法は、例えば、インターネット上でのデータ配信や、リアルタイムでの形状データの表示など、CGの実用レベルで重要な技術である。
3.4.3 ディジタル映像産業の発展のために
以上では、ディジタル産業の歴史と現状について述べたが、つづいて、ディジタル映像産業の将来について触れてみたい。
3.4.3.1 フルディジタル化へ向かう映像産業
ディジタル化の波は映画産業にも及び始めている。フィルムを主メディアとした、現状の撮影から上映までのプロセスを、すべてディジタル化しようという試みがすでに始まっている。撮影に関しては、フィルム撮影がCCDカメラによるディジタルデータの記録に置き換わりつつある。撮影されたシーンの編集では、コンピュータによるノンリニア編集作業が数多くのプロダクションで行われている。また、特殊効果や映像合成では、CG技術がすでに幅広く使われている。出来上がった映像作品は、圧縮、暗号化され、衛星通信や光ファイバーネットワークなどを介して、各劇場へと配信される。配信先では、受信したデータの解読、伸長処理が行われ、高解像度・高輝度のプロジェクタによりスクリーンへと投影される。
このようなフルディジタル化された映画では、映像の品質管理・維持、フィルムの複製作業に伴うコストの削減、配給費用の削減、海賊版の防止、世界同時封切り、劇場ごとの柔軟な上映スケジュールなど、制作者、興行者、観客すべてにとってメリットが数多くある。
3.4.3.2 日本のディジタル映像産業の将来
アメリカに大きく水をあけられている感の強いディジタル映像産業であるが、日本がどのような分野でアメリカに優位性を示すことができるであろうか。現状では、ビデオゲームの分野が最有力であるが、楽観視はできない。ソニーが「プレイステーション」(以下、PS)を全世界で7000万台以上販売し、後継機の「PS2」を先日(平成12年3月4日)発売したばかりである。PS2に限らず、セガの「ドリームキャスト」などの家庭用ゲーム機は、単なるゲーム機という位置付けではなく、ネットワークの接続端末としても機能する。マイクロソフトは、この分野に乗り出すべく、「X-BOX」という名称の家庭用ゲーム機を発表した。このことにより、PC向けのビデオゲームを作成している数多くのソフトウェアメーカが、一気にこの市場に参入することは間違いなく、日本のゲームソフトメーカとの混戦が予想される。
ビデオゲーム以外で今後期待される分野としては、WEB上でのコンテンツ制作、ディジタル放送に向けての映像制作、福祉への応用など挙げられる。WEB上でのコンテンツ制作では、インターネット上での電子商取引の爆発的な拡大に伴い、商品のディスプレイや機能説明の映像などを、ネット上に電子的に展開していく必要性がある。ディジタル放送に向けての映像制作では、番組制作にかかるコスト削減の観点から、効率のよい映像コンテンツの制作、そのための映像素材のアーカイブなど、映像制作のためのインフラ技術の整備が必要となるであろう。また、高齢社会を迎える日本では、福祉への応用は無視できない。例えば、外出できない方のためにディスプレイ上で自由に鑑賞できる電子美術館や、リハビリテーション目的の映像コンテンツの制作、手話を仲立ちしてくれるCGキャラクタなど、今後の研究開発が期待される。
3.4.4 あとがき
ディジタル映像に関わる動向と題して、ディジタル映像の歴史とディジタル映像産業の現状、およびその将来像について述べてきた。
将来の日本の産業界はコンテンツ産業に負うところが多くなるであろうことは、いろいろなところで言われている。そのためには、技術の向上を推進するだけでは不十分で、ビデオゲームやCGアニメーションなど、コンテンツ制作に携わる人材の育成基盤の確立や地位の向上なくしては、日本の未来は明るくはない。コンテンツ産業におけるインターンシップ制度や、技術者とクリエータとのコラボレーションの場の提供およびコンサルティング、クリエータの著作権保護など、社会全体の仕組みを早急に整える必要性がある。