付属資料2 ADL社調査結果に対する
      委員による分析結果

 本付属資料は、アーサー・D・リトル(ADL)社による「米国政府による情報技術研究開発運営の現状と技術開発動向」の調査結果に対し、その技術的検証を行ない、また今後の調査研究の方向付けや調査方法等の検討に役立たせるために、「米国における先端情報技術動向委員会」の各委員の分析結果をまとめたものである。

 ここでは、次の項目に焦点を当てて各委員の自由な意見を出していただいた。

  1. 本調査の結果や分析に対してのコメント
  2. 米国の情報技術の現状認識
  3. 本調査に関連して日本として必要な対応策
  4. 日本の情報技術を発展させるために今何が必要かなど

委員分析1

[米国の情報技術の現状認識]

 第1章の米国政府による研究開発運営の現状では、米国政府の研究開発全体の年間予算を約700億ドル、その中の科学技術の研究開発予算を約375億ドル、その中のIT分野の研究開発予算を約27億ドルと見積もっている。日本における、IT分野における研究開発予算は、最近の補正予算を加えてもおそらく数百億円の単位であろうから、まず、予算の総量的に見て、米国は恵まれているという印象を持った。

 また、IT分野の研究開発予算約27億ドルの中身であるが、DARPA、NASA、DOE、NSF の4省庁から予算がバランスよく配られている。当然ながら、日本にはDARPAやNASAに当たるものはない。強いていえば、DARPAは防衛庁、NASAは宇宙開発事業団に相当するのだろうが、そういった機関が、研究開発予算を広く供給するということはまず考えられない。

 NSFは、いわば文部省的な、基礎的なファンディングをする機関と考えられる。しかしながら、文部省の科研費をNSFと比較した場合、NSFの方が、はるかにIT分野に対して好意的である。例えば、文部省の科研費で情報科学分野は複合領域とみなされ、そこへの科研費の支出も極めて少ない。科研費の重点領域研究などでも情報科学分野のテーマはほとんどない。工学や物理学などの、いわゆる伝統的な分野が尊重され、情報科学分野は、予算面でも立ち遅れている。(これは、日本における、大学教育が、いわば基礎教育指向、教養指向で、みずからリストラができず、変化する科学技術に取り残されていることとも関係があろう。)

 DOEは、エネルギー省であるが、日本では、エネルギー省に該当するものがないために、DOEの重要性が認識されていない傾向がある。私が、米国の大学院で大学院生であった時も、指導教官はエネルギー省のサポートを受けていた。DOEのサポートは、NSFほど基礎的でもなく、DARPAほど戦略的でもない。米国の研究開発において、エネルギー省は、中核的な役割を果たしていると思われる。

 DARPA、NASA、DOE、NSFの4省庁の出資先の資金配分の特色については、報告書の第2章に、きわめて適切にまとめられている。個人的に持っている印象とも良く合致していた。

 日本では、一度プロジェクトが開始されると、途中で中止されることはあまりない。報告では、DARPAにおける、年間のproject retirement rateを20%としているが、これは米国の素晴らしい特色であろう。計画経済においては、例えば、会社は絶対に倒産しない。会社が倒産するのは不幸なことであるが、経済的に採算がとれない会社を存続させることは、赤字を限りなく出し続けることでもある。研究開発の場合、よりチャレンジングなテーマに挑めば挑むほど失敗する可能性も高くなる。したがって、開始したプロジェクトに関して、どのような、レビューを中間、終了時に行なうのか? 途中での計画変更、あるいは、終了はどのように行なっているか? について、米国における詳しい情報が欲しいと感じた。

 研究開発における政府の出資に関しては、Peer Review、Strong Program Managerという2つの方式が紹介されている。Peer Reviewは、NSFなどで用いられている方式で、rejection ratesが20〜60%と紹介されている。この、数字は、文部省の科研費の採択率が20〜25%であることと比較するとかなり大学教官についてはやる気の出る数字である。一般に、日本においては、公募されるテーマについて、競争率が異常に高くなる傾向があるが、それにくらべNSFの数字は現実的であろう。また、Peer Review、Strong Program Managerのどちらの方式にしても、Program Managerが存在し、決定権を持つことは変わらない。あまり、個人の名前が表面に出ない日本との違いを感じた。

 また、IT分野の研究開発予算の約27億ドルのうち、約11億ドルが、HPCC関係の予算であるというのは、正直なところ、驚きである。HPCC関係が、景気がいいのは聞いていたが、まさかこれほど資金が集中的に投資されているとは思わなかった。一方、情報処理分野は、明らかにHPCC分野だけではない。米国は、ここにそれだけ集中的に投資して平気なのか? という印象も持った。

[本調査の結果や分析に対してのコメント]

 ADLの最終報告については、良く調べられているという印象を持った。本調査の最大の特色は、技術移転を促進するための法的な枠組として、1980年のBayh-Dole Actに焦点を当てたことであろう。これは、大学・研究所および研究者個人に金銭的なインセンティブを与える法律であり、米国における技術移転の考え方を象徴する法律である。

 技術移転の促進については、日本人と米国人のメンタリティー、会社へのロイヤリティーの違いなどが良く論じられるが、ここでは、そういった面だけでなく、法的な枠組からも調査を行なっている点が素晴らしい。これらについては、日本も大いに参考にすべきであろう。

 報告書の第2章では、大学・研究所からの技術の商業化として、スピンオフを強調しているが、たしかに、転職、休職を含む人事の流動性が、重要な一つのメカニズムとなっていることは事実であろう。しかしながらこうしたドライな労働慣習が日本の世界に馴染むものかどうか、疑問の残るところである。最近、文部省もベンチャービジネスラボラトリの制度を補正予算で開始したが、米国に見られるようなベンチャービジネスが、日本においても可能かどうか、学生を教育する側として、どうしても慎重になってしまう。

 スピンオフだけでなく、会社のコンサルティング、報告のときに議論があったようなnot for profit organizationの役割をも含め、総合的に判断すべきだと思われる。

 日本では、特に大学教官においては、大学を象牙の塔ととらえ、実用研究を好ましいとしない。また、金銭的利益を得ることへのためらいも存在する。一方、米国の場合には、経験に照らして考えてみると、素直に、リッチになるのは良いことであるという信奉が残っているようである。

 一方、ADLの最終報告書で、やや物足りない点は、報告の基本的なトーンが、米国は優れているというトーンでまとめられていることである。米国の大学に、大学院生として在籍し、研究上で、米国の大学の教官と交流のあるものとしての感想を率直にいうと、確かに米国の制度には学ぶべきものも多いが、一方、明らかに、欠点も多く存在する。

 会社経営などに関しては、米国式経営と日本式経営の長短が良く論じられるが、基本的には、長所の裏には、欠点も存在し、そこまでを観察しないと、日本に米国的な制度を持ち込んだところで成功するとは限らない。

 米国において給与を9カ月しか支給しないこと、私企業でのコンサルティングを週1日は許容すること、あるいはtenure、sabbatical等の制度、これらについては長所と同時に、短所もあると考えられる。特にtenureの制度は、最近での米国での運用を見ていると、マイナスの面が目立つようである。

 したがって、報告においては、米国式の研究開発の欠点、例えば、短期の研究成果を追った長期的なビジョンの欠如、人件費の高騰による研究費の高騰、人材の流動性の過剰による研究の中断、などの例も(もしあれば)挙げて欲しかった。

[本調査に関連して日本として必要な対応策]

 この報告には、あまり触れられていないことであるが、日本の大学と米国の大学では、基礎体力が全く異なるという印象を持っている。米国の大学は、それ自体が一つの産業であり、極めて複合的かつ戦略的な機能を持っている。それと比べると、日本の大学は、清貧をもって潔しとする気風がある。また、社会の求める教育への適応も遅れている。情報科学関係の学科/大学院の充実がなされたとはいえ、米国の研究者層と比較すると、まだまだ人材の層は薄い。また、米国で大学/大学院の卒業生は、即戦力として働くが、日本では、即戦力としては期待されていないし、日本の教育制度の貧困からか、学生はそれだけの実力を持っていない。

 このように基礎体力が異なるので、日米を同一の次元で論ずることは困難であるが、本調査に関連して、日本として、必要な対応策の一つは、研究開発の実用化のための枠組を、法整備を含めて作ることである。日本人のメンタリティーを、米国人と同様にすることは困難であろうが、競争原理を導入し、研究者個人に研究開発へのインセンティブを与えていかないと、研究の実用化は、今後いよいよ困難となっていくであろう。

 また、資金の導入に当たっても、個人の名前を表面に出さない、集団無責任な体制ではなく、決定権を持つProgram Managerを積極的に育てていくことが重要であろう。また、研究投資にあたって、政府からの出資だけでなく、民間からの出資を義務づけること、中間のレビュー、評価を外部評価を含め行ない、テーマの内の何パーセントかについては、テーマの中止を行なうことなどが、必要かと思われる。

 また現在日本では、政府による資金投資の他、様々な財団が公的な資金援助を実施しているが、審査の手間や質を高めるためにもmatching fundなどのシステムの積極的導入や、それに関する税金の優遇処置なども重要となろう。

 日本人は、基礎指向が強く、応用を軽視する傾向がある。お勉強が好きで、オリジナリティーを尊重しない。applicationという言葉は、「適用する」とか「応用する」という以上の良い語感をもっていると考えられる。単なる基礎研究指向の研究開発からは、研究成果は出てこないのではないか?例えば、基礎研究所という概念は米国では通用しない。それゆえ、基礎研究所の英訳としてAdvanced Research Lab.と言っている日本の研究所も多い。日本でも、企業の研究所は、本当に企業のために役に立つ研究をしているのかという見直しの機運がある。研究成果は、産学が現実の問題にぶつかることから生まれるのではないか? 例えば、エレクトリック・コマースなどは、非常に応用指向の強いトピックであるが、今後、こうした問題指向型の研究開発が増えてくるのではないかと思われる。

 また、産学の人材交流という観点からは、産から学には、最近人材が流れるケースが増えてきたが、逆の学から産には人が流れない。学側の人間にそれだけ魅力のある人間が少ないということかも知れないが、双方向の交流を活性化し、それによりキャリアパス、給与、年金などの面で不利とならないようなきめこまかな制度の充実等も重要であろう。

委員分析2

 米国における情報技術の研究開発の現状を把握するという点では十分な情報を得たと思うし、ADLのまとめや指摘には納得できる部分が多い。しかし、これは飽くまで米国の社会構造という文脈における観測データであることを念頭において理解しないといけない。

 米国政府からIT分野への年間支出は2,700億円となっているが、例えば研究者1人当たりに換算するとどうなるのか、企業、大学、政府系研究機関それぞれの研究者の比率はどうなっているのか、ということも合わせて理解する必要がある。また軍の予算が全体の 1/3 程度を占めているが、これは金額の多寡という問題だけではなく、国防という具体的、大規模かつ優先度の高い研究目標が設定されている状況で、様々なサブプロジェクトの遂行が統一的に管理されているということにも注意しなくてはならない。

 本委員会のミッションが『IT分野の技術振興のために国は何をすれば良いのかを探ること』だとすると、ADLの報告書にあるような米国の状況から、我々日本にとって役に立つ教訓や方策を読みとりたい。つまり、日本という社会構造の中でも有効に機能する教訓とは何だろうか、また同時に、IT技術がより発展しやすいような社会構造への変革を促すような方策にはどのようなものがあるのかを考えていきたい。

(1)ホットな分野とは何か、プロジェクトのテーマ設定の巧みさ

 ADLの報告書に従って研究開発のホットな分野を概観すると、その多くが、商用化に近くかつ幅の広いプロジェクトに位置付けられることに気付く。逆にホットな分野の定義がこうなのだととらえてもよいだろう。しかし例えばintelligent system/human interfaceのホットな分野の箇所で、より純粋なAIに近い領域は話題に上がらなかったという記述がある。このような狭い領域を対象とする研究は、プロジェクトの対象にはなり得ず、従ってホットな分野にもなり得ないのであろう。

 そして、そのようなホットなテーマのプロジェクトを推進していく時、現実にどのような基礎技術を組み合わせれば良いのか、どのような基礎技術を研究開発すべきなのかという点にフィードバックがかかる点も見過ごせない。報告書でも指摘されているように、このフィードバックがうまく機能することで、産業に対するインパクトと、基礎研究による技術レベルの底上げが同時に達成されているというのが、米国の研究開発体制で最も見習うべき点の1つと言って良いだろう。

 ここで、プロジェクトのテーマ設定の巧みさを再認識すべきである。テーマとしては次の3つの要件を満たすことが必須である:

  1. 時宜を得ている。
  2. ニーズについてのはっきりした目標やイメージがある。
  3. 特定の技術のみに偏ったり限定することがない(報告書では総合的という用語が使われている)。

 またこれら注目すべき研究プロジェクトのテーマ一覧から、メガトレンドとして米国が考える近未来の計算機システム像というものを汲み取ることもできる。

 それは以下のようであろう。

  • かなり多くの複数の計算機がネットワーク(結合は疎/密両方あり得る、必ずしも物理的な位置の制約を意味しない)で相互に接続される。
  • 計算機群全体が協調して何か1つの仕事をこなす。
  • 扱う情報は、静止画、動画、音声、テキストなどで大規模である。
  • 知的なユーザインタフェース、入出力、問い合わせが可能。
  •  このようなイメージ自体には目新しさは少ないが、この目標をブレークダウンして技術的に理解できる目標やテーマに分解していく巧みさに感心してしまう。

     また、こうして掲げられた研究目標はニーズ指向的に設定されており、個々の要素技術までは具体的に特定していない。あるテーマの傘の下で、1つの目標に対して複数のプロジェクトが、協調しつつ一方では競合して柔軟に走ることができるような設定になっている。

     さらに目標設定が巧みなのは、国家レベルだけではなく、研究所レベル、大学レベル、プロジェクトレベル、個人レベルでも言えることである。

    (2)幅広く厚くバランス良く、時折重点項目を混ぜる

     ADLの報告に、マクロなレベルでどの分野にどれくらい予算が流れているかを観察しても動きが少ないため、それほど意味のある結論が導き出せない、という発言があった。これはつまり、予算が急に増えることもなければ急に減ることもないということである。例えばHPCCやNIIなどは、研究プロジェクトという範疇を越え、国家的なかなり長期にわたるプロジェクトに位置付けても良いだろう。その間は、一貫した大方針のもとで予算の執行や細かい計画の策定などが行なわれる。それにより、基礎、基盤、応用のどのフェーズにも偏ることなく予算を配分することが可能となっている。NSFとDAPRAが相補的な関係にあるのも見逃せない。

     基礎研究など、ある一定の成果が出るまで時間がかかる研究を推進するためには、長期にわたり安定して資金を提供する必要がある。それに必要な予算が比較的多いような場合には、長期にわたる国家的なプロジェクトを興す必要があることが分かる。

     また、米国では研究の各フェーズに適した研究予算プログラムが用意されており、各研究予算プログラムの持つ性格づけがはっきりしていると思う。一方日本の、例えばIPAの提供している研究予算プログラムを見ると、どれがどんな目的でどのような研究を助成するのかが明確に区別できないように感じる。これでは結局内情に精通した小人数の研究者しか利用しないという結果になってしまう危険がある。

    (3)経済的、名誉的なインセンティブと人材の流動性

     米国では、資金源によらず、研究の知的所有権はその研究を行なった個人またはグループに帰属したり、商品開発のための資金援助プログラムが充実している。さらに、大学教授が2年間ほどベンチャーの起業に従事しても、その後、教職へスムーズに復帰できるような制度があるようだが、このように組織としてベンチャーを興すことが奨励されている。

     日本の企業内で特許を申請しても、それが個人の業績として認められ、個人の経済的に十分反映されるかというと必ずしもそうはなっていない。また大学の研究者は、組織として特許出願の支援を受けるようなことはないので、自分でその出願の手間を負担してまで特許を申請するかと考えると、否定的にならざるを得ない。

     そのような日本の環境で育った研究者は、その後輩や学生に対して、やはりインセンティブの少ない環境での研究者のあり方を指導し、その資質は継承されていく。では米国で育った研究者なら良いかと言うと、それは米国という環境の中でのみ有効な振舞いであり、日本の社会的構造が米国式インセンティブを持った研究者を受け入れるかどうかは疑問である。日本は、米国式でない新しいインセンティブの与え方を模索するしかないだろう。

     人と技術は一体であり、技術を持った人が流れないと、その研究も新しいフェーズに移らない。米国では人材の流動性が社会構造の一部となっている。日本でも最近一部、研究者が流れるようになってきたが、それでも多くの企業研究者や大学の研究者は、終身雇用の枠組の中で、研究者としての殆んどの時間を(かなり狭い意味で)ある1つの組織の中で過ごす。これでは技術が流れないだけでなく、研究開発の環境としてもかなり刺激に乏しいものとなってしまう懸念がある。また研究者だけでなく、開発やビジネスに従事する人も巻き込んで人材が流動しないと意味がないのではないかと思う。

    (4)職業としてのprogram manager と program officerの確立

     ARPAのprogram managerとNSFのprogram officerは職業として成立しており、上で述べた人材の流動性を支える1つのポジションとなっている。

     このprogram managerやprogram officerは、実際米国では研究者のキャリアの1つとして認知されている。このような認知が生じる背景としては、日本では、研究者が研究そのものを行なう能力だけが問われて、かなり高いポジションに就くのに対して、米国では、数人のチーム・リーダのレベルから、研究そのものだけでなく、マネージメントの能力も同時に要求されているからであると考える。これは非常に正しい考え方だと思う。

     また、IFSの委員会でも話題に上がったことでもあるが、正しく予算配分をするためには、予算配分のマネージメント業務が職業として成立しなければならず、これはつまり、それ相応の人件費や経費が必要であることを意味する。日本のように、予算配分のための技術的判断をすべてボランティアに頼っているのは、かえって無駄が生じてしまうのではないだろうか。

    (5)産官学の一体感

     ADL の報告の中に、政府からの資金がトップダウンに流れ、研究者からボトムアップに研究計画が提出され、それらがうまく協調して進んで行く点が指摘されていた。しかし、トップダウンと言っても、政府は第一線の研究者や技術者のビジョンを元に方向を策定しており、またボトムアップと言っても、研究者もそのような政府の動きに合わせて自分の研究テーマを変更したり取捨選択している。

     むしろ(1)〜(4)の結果として、米国では産官学が常に連絡を密にして協力しあっており、資金の流れと有効な研究計画の流れがきちんと対応付けられるのではないかと考えられる。このように産官学が共有できる問題意識や目標が設定されていることに起因するのだと思う。

     そして、研究者、技術者、政策の策定者、予算の配分者など、各ポジションに居る人々が明確な意志を持って役割をはっきりと自覚し、協力的に業務を遂行しているという印象を受ける。その結果、米国の国防や産業に対してcomputer scienceの果たした役割とその重要さを国全体のレベルで認識している。一方、日本の計算機科学や工学が産業に与えるインパクトは、残念ながらそれほど大きくはない。日本でも計算機科学や工学はそれなりに産業を支えてきているのに、技術的な高さと経済的な効果が、表向きリンクしていないように感じられるのは、産官学に一体感が欠けているからではないかと考える。

    (6)その他

     ADLの調査はマクロな立場から米国の実情を調べたものであり、これを個人で行なうのは非常に難しいだろう。ADL の調査ではあまりカバーされていなかったミクロな個々の事例については個人ベースで把握できるだろう。この意味で、今回の調査方針は大変うまく切り分けられていたと思う。

     ADLの報告では、米国は日本と比べてより競争社会であると強調されていたように思うが、日本の技術者は、競争すること自体にはそれほど抵抗感は持っていない。むしろ好ましいとさえ考えていると思う。健全に競争できる社会状況さえ用意できれば十分であり、ことさら競争を煽り立てる必要はないだろう。

     米国の予算申請書の審査方法に用いられているピア・レビューがベストではないという発言があった。確かに、競争相手が審査することによる弊害はあるだろうが、現実にはピア・レビューより優れた審査方法が存在しない以上、やむなしだろう。

     ある程度の予想はつくものの、さらに欧州での事例調査も加えると良いだろう。

     社会構造全般の話なら、政治、経済、法律などに関しても議論すべきだが、往々にして議論の内容が散慢になり、抽象論一般論に帰結することが起きがちである。今後議論を進める上で、気をつけるべきポイントであろう。

    委員分析3

    1.はじめに

     ADLの「米国政府による情報技術研究開発運営の現状と技術開発動向」調査結果では米国での政府の研究投資の仕組みや現在盛んに研究開発が行なわれている分野がうまくまとめられている。また、調査資料2第3章での分野ごとの重点分野や個別プロジェクトの紹介は大変参考になった。現状調査という点ではよくできていると考える。欲を言えばこれらの研究投資がどのように役立っているのか(または役立っていないのか)や、なぜ役立っているのか(またはいないのか)についての分析があるとより役に立つと思われる。また、中間報告段階からいろいろ指摘があったように時系列的な変化や将来予測などもあると良かった。さらに、米国についての調査でも他の国との比較によって初めてその特徴が分かる場合もあるので、この調査を元にして今後検討していく必要がある。一部の記述については理念が先行し十分な裏づけがあるのかどうかはっきりしない部分が見受けられた。理念やキャッチフレーズは総論としては良いが、現実にそうなっているかどうかはきちんとした分析が必要である。これらの検討なしでは「米国がこうだから日本もこうすべきだ」という短絡的な議論になってしまう可能性がある。

    2.研究開発投資額

     全研究開発投資額が$182Bで連邦政府研究開発投資予算が$70Bなので約38%である。これに対しIT分野では$22.5Bと$2.7Bで12%であり、平均と比較して非常に低い。政府予算からIT関連を抽出するのが困難なための誤差もあるだろうが、ある程度は実態を反映しているものと思われる。常識的には情報産業は先端産業なので政府予算による研究開発の比重が大きいと考えても不思議ではないが、実態は政府の比重が他の産業に比べて低いようだ。この理由はなんだろうか。この点を分析すれば情報関連産業における研究開発の特徴と政府の役割がはっきりするのではないか。

     情報関連産業で政府予算の占める比率が低いことについて考えられる理由を思いつくままにいくつか挙げてみよう。

  • 軍事研究や宇宙開発・高エネルギー物理など産業ベースで採算が取れにくい分野への投資がかなり大きく、それらの分野での政府予算の比重が高いため全体での比重が高まっている。IT 分野は低いというよりは通常の産業並みである。
  • IT分野では産業界の研究開発投資が非常に活発で政府の比重は小さい。
  • IT分野は新しい分野で政府の対応は遅れている。
  •  データがないのでこれ以上は議論できないが、他の産業の研究開発投資の現状と比較すればこの疑問への答えは得られると思われる。また、日本との比較も興味深い。

    3.研究開発の仕組み

     まとめとして以下の5項目が挙げられている。

  • 研究開発政策のトップダウンでの運営。
  • 横断的プログラムなどによる運営。
  • 技術間に競争原理を働かせる。
  • ボトムアップの提案により研究者間に競争原理を働かせる。
  • 短期指向・特定領域指向と長期指向・広領域指向の存在によるバランス。
  •  これらの項目は理念としては良いことばかりである。このため、各国の政府などによる研究開発では多かれ少なかれ行なわれていると思われる。日本でも「横断プログラムによる運営」については分らないが、他の点は行なわれている。したがって、問題はこれらの項目が米国の仕組みの特徴として特筆すべきものであるかどうかだろう。この点は米国と他の国などとを比較してみないと分らない。

     上記の項目が米国の研究開発政策の特徴だとした場合は以下の2点が問題となる。

  • これらの項目を実現するためにどのような方法を取っているか。日本とどこが異なるのか。
  • これらが米国の情報産業の振興にどの程度貢献しているのか?
  •  報告書の最後のまとめから上記の点については「DARPAの得意とするシステム総合開発型プロジェクト」が多いことと、それが米国産業の振興に非常に役立っていること、が米国の政策とその効果の特徴のように感じられる。それらと上記5項目がどのように関連するのか今後検討が必要と思われる。関連の分析によって理念とその実現の間のフィードバックがどのようになされているかが理解できるので、日本での今後の方針を検討する参考になると思われる。

    4.民間への技術移転

     米国の研究開発政策の3つの基本方針として以下が挙げられている。

    1. 自由市場・競争原理の仕組みを最大限取り入れる。
    2. 実用化のための仕組みを政策的に運営。
    3. 産業による商用化を最大限推進。

     このような政策方針の元に自由市場メカニズムをより良く働かせる仕組みを提供するためのサポートが行なわれている。米国の理念としては「成果の移転による私企業の利益は当然のもの」というのは理解しやすい。しかし、これらの理念を部分的に適用すると全体としては理念に反する事が起こる場合がある。

     商品開発に政府資金による研究開発成果を利用できる企業は他の企業より競争では有利になる。大企業の方が人材・設備などが豊富なので受託で自由競争をすると有利になりがちである。従って、政府資金による研究開発に企業を参加させる場合にはこの点に対する配慮が必要になる。政府資金の受託を自由競争にした場合は実績のある企業が参加できる可能性が高くなり、結果として政府資金が市場での自由競争を阻害することがある。すなわち、政府資金が新しい企業の市場参入への障壁になる場合もある。このような事態は自由競争の理念からは好ましくない。

     市場での自由競争を理想とする場合は、政府予算による研究開発自体が自由競争への介入・制限になる場合がある。独占禁止法の存在を見ても自由競争の理念とその実現が単純な関係にはないことがわかる。この問題(部分的な自由競争が全体的な自由競争を阻害する〕を回避するには受託を自由競争にするだけでは駄目で、評価項目の設定などにおいて十分な配慮が必要になる。米国ではSBIRやSTTRなどベンチャー企業支援の仕組みもあるが、これらの予算はそれほど大きくはない。主力のプログラムで全体的な自由競争を保証するために配慮が行なわれているかどうかが重要である。特に本報告書で重要と考えている「システム総合開発型プロジェクト」のような大きな予算の場合に自由競争を保証する仕組みがどうなっているかによって、この理念が本当に実践されているかどうかが分かるのではないか。

     政府の研究開発予算の45%が産業界に配分されているが、それらの内訳と運用が問題である。

  • 産業界への配分の企業の規模別の割合。
  • 企業への配分が行なわれたとき、どの程度の割合で商用化が行なわれてきたか?
  •  これらの点の検討なしで、理念だけの自由競争を日本で適用すると逆効果になる可能性がある。日本では実績が重視されベンチャーの育ちにくい風土がある。その中で「自由競争が重要」といっても、応募を自由とするだけでは政府予算は既存企業中心に配分される可能性が強い。それによって研究開発成果があがり、産業界が活性化すればそれでも良いだろうが、そのことが直ちに「自由競争による結果」とはならない。自由競争を旗印にして実際は新規参入を妨げるようなことでは意味がない。自由競争の理念を導入するかどうかの検討と共に、もし導入する場合にはどのように競争を保証する仕組みを作るかが重要である。

    5.何が役に立っているか

     米国の情報産業、特にソフトウェア産業は世界で最も成功している。OSやDBを初めとして、各種のパッケージも米国企業が世界の市場を席巻している。これに対して、日本を含めた各国は情報産業関連の公共出資の研究開発を行なっても「プロジェクトの目的は達成したが、情報産業の振興にはあまり役立っていない」状態である。このような状況で「米国の政府予算による研究開発はこのように優れている」という報告書を読むと良いことばかりのように思えてくる。

     しかしながら、最初に述べたように米国の情報関連の研究開発に占める政府予算は他の分野に比較して非常に少ない。従って、米国の情報関連産業は民間の研究開発によって支えられており、政府による研究開発支援はあまり大きな役割を果たしていないと考えることもできる。この見方を取ると、

    1. 米国では政府の研究開発支援の役割は小さいので、その仕組みはあまり重要ではない。
    2. 米国では政府の研究開発支援の予算は小さいので、より効果的に使用するために優れた仕組みができている。

    の2つの可能性がある。

     実際にどうであるかは政府予算による研究開発がどの程度産業界に役立っているかを検討する必要がある。これは政府予算で実施されたプロジェクトの成果を検討するだけでは分からない。また、直接的な成果だけでなく、プロジェクトで育った人材が産業に貢献するようなものも考慮すると一層把握しにくい。しかし、現在までに育った技術について政府の研究開発予算がどのように役立ったのかを調査すればある程度分かるのではないか。

     これに関連し、3章のまとめとして、「システム総合開発型プロジェクトは米国の成功にきわめて重要な役割を果たしている」とある。この記述は実際のデータに基づいていると思われるが、3章の中には直接この記述に導くものが見当たらない。3章の大部分は現在のプロジェクトの記述であり、これらがどのような成果をあげるかはまだ分からない。章末にいくつかのトピックスの歴史のチャートがあり、いずれのテーマにもなんらかの形で政府予算による研究開発が関係している。しかし、このチャートは簡単すぎてこれらの研究開発が「システム総合開発プロジェクト」として実施されたものかどうかわからない。Arpanetのように明らかにこの型であることが知られているものもあるが、良く分からないものもある。例えば、産業界での研究開発が先行している場合などは政府予算がどの程度役立ったかは詳細に分析しないと分らない。また、政府予算での研究開発が先行した場合でも、それがどの程度役に立ったかは場合によって異なるはずである。このため、この章の結論は多少論理の飛躍があるように感じる。これらのトピックスについて政府予算がどのような形で配分されたのかのデータを追加したり、その成果には何があったかなどの分析を行なえば、この章の結論はより説得力のあるものとなると思われる。

     報告書としては「これが役に立つ」という処方箋的なものに重点を置くのはやむを得ないが、1章で述べているように長短期のバランスにも意味がある。そうだとすれば、直接役立っていない部分についてもいろいろな考え方があるだろう。

  • 直接役立たなくても産業界の裾野を広げるのが政府予算による研究開発の役割(NSFや日本の科研費はもしかするとこういう位置づけ?)
  • 役立たないものは無駄なので、本当に役立つものに集中投入すべきである。
  •  これらの両極端の考えのどちらを重視するかによってどの程度で「バランス」が取れているかについての考え方は異なってくる。この問題については報告書では分析があまりされていないので今後の検討課題である。

    6.調査をどう活かすか

     公刊資料とインタビューによる調査では得られた情報の処理の仕方によって結果がかなり異なってくる。また、同じデータを元にしても切り口や分析の方法によってその解釈は異なってくる。調査結果を活かすには結論をうのみにするのではなく、調査で得られた情報をもとにその解釈や意味付けについて再度議論してみるのが良いのではないか。ここでは報告書の記述に基づいて別の解釈の可能性や疑問点などをあげ検討を試みた。報告会の場では明解に思えた事項も別の観点から検討するといろいろな解釈の余地があることが分かる。

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