第III部 HPCCにおける
National Challengesの現況
1.HPCC(High Performance Computing
and Communications)プログラムの概要
(1)HPCCプログラムの概要(注1)
連邦政府のHPCC(High Performance Computing and Communications)プログラムは、科学技術分野における技術・アプリケーションの飛躍的発展を促進するものとして、目的付けられている。このプログラムは、GII(Global
Information Infrastructure)構想を実現するための情報技術研究開発における計画・調整・投資基盤のモデルとなることを想定されている。
(注1) |
これについては、National Science and Technology Council, Committee
on Information and Communicationsのレポート''High Performance Computing
and Communications (Foundation for America's Information Future )''1996を基本としてまとめた。詳細については、http://www.hpcc.gov/を参照のこと。 |
HPCCは、米国の科学、数学、工学分野におけるリーダーシップを確立し、さらに、雇用の拡大や経済発展を促進する。また、情報技術の効果的な活用により、国家的セキュリティを強化し、健康で教育の行き届いた市民生活の質の向上を図るものである。この情報技術は、世界中の科学者集団だけでなく、米国の経済競争力、国家安全保障、全ての米国民の生活の質のために不可欠なものである。その情報技術の発展を加速することは、この社会における米国のリーダーシップを維持し、米国の技術優位性を高めるものである。
そのため、連邦政府はHPCCプログラムにこの役割を託し、連邦各関連部局、関連団体の参加と幅広い民間の参加を手助けするものである。
HPCCプログラムは、1991年のHigh Performance Computing Act(Public Law
102-194)から始まっている。現在では、外部環境の変化に応じて、技術開発の方向性をダイナミックに修正し続けることが求められる。
HPCCの到達目標は以下に示すとおりであるが、その中でも、長期的かつ学際的で広範な範囲を対象とするGrand
Challengesと情報集約を可能にする技術の開発に特化したプログラムとしてのNational
Challengesとがある。Grand Challengesは、いわば基礎研究に該当するもので、その影響範囲は科学技術に留まらず、経済全般に及ぶ。National
Challengesは、国民生活の向上や国家的競争力に直接影響を及ぼすアプリケーションを主体としている。
(2)HPCCプログラムの到達目標
HPCCプログラムにおいては、次の3つの到達目標が設定されている。
高度コンピュータ技術及びコンピュータ通信技術において、米国の技術的リーダーシップを確保し続けること
経済的競争力、国家安全保障、教育、健康増進、地球環境維持などの発展と革新を促進する技術の広範な普及と適用を図ること
NII(National Information Infrastructure)構想を実現するためのキーテクノロジーを提供し、NIIをベースにしたアプリケーションのいくつかをデモンストレーションすること
(3)HPCCプログラム関連機関
HPCCプログラムに関連する各関係機関は次の通りである。
- AHCPR (Agency for Health Care Policy and Research, Department
of Health and Human Services)
- ARPA (Advanced Research Projects Agency, Department of Defense)
- DOE (Department of Energy)
- ED (Department of Education)
- EPA (Environment Protection Agency)
- NASA (National Aeronautics and Space Administration)
- NIH (National Institute of Health, Department of Health and
Human Services)
- NIST (National Institute of Standards and Technology, Department
of Commerce)
- NOAA (National Oceanic and Atmospheric Administration, Department
of Commerce)
- NSA (National Security Agency, Department of Defense)
- NSF (National Science Foundation)
- VA (Department of Veterans Affairs)
(4)HPCCプログラムの構成
HPCCプログラムは、次の5つのプログラム要素からなっている。これらの中で、Grand
ChallengesはASTAに、National ChallengesはIITAに含まれている。
HPCS(High Performance Computing Systems)
- 米国の技術優位性を確保するために、スケーラブルコンピュータ技術の開発を行なう。そこでは、テラops(Operating
per Second)以上の性能を確保する。並列かつ分散型のコンピュータシステムは、巨大かつ高性能のシステムの利用をワークステーションから可能にする。また、このワークステーションは、ポータブルかつワイヤレスなものへの拡張を図る。
NREN(National Research and Education Network)
- 高度コンピュータ・通信技術を用いて、教育・研究等の学術研究機関間のネットワークを開発、構築する。これによって、国家レベルでの有線・無線・衛星通信、光ファイバー通信、標準プロトコル、インターフェースなどのプロトタイプも開発対象に含まれ、電気通信業界の技術革新に寄与する。
ASTA(Advanced Software Technology and Algorithms)
- Grand Challengesのような巨大な問題を解決するためにHPCCで開発されたツールやメソッドを使えるソフトウェアやアルゴリズムの開発を行なう。そこでのソフトウェアや初期のプロトタイプシステムは、高度コンピュータ・通信システムを用いてテスト・評価する。そこでは、気象観測、気候予測、環境監視、エネルギー効率のよい自動車・航空機、基礎科学研究などが含まれている。
IITA(Information Infrastructure Technology and Applications)
- 分散型アプリケーション、知的インターフェース、仮想環境などNational
Challengesの情報技術開発を行なう。それらは、教育、生涯教育、電子図書館、健康管理、製造技術、電子商取引、環境監視などの情報集約型のアプリケーションである。IITAは、HPCCの技術をベースに、これらの技術市場を拡張し、GII構想実現のための産業開発を促進する。
BRHR(Basic Research and Human Resources)
- HPCCの資源を活用して、研究、訓練、教育、コンピュータ工学、情報基盤の拡充などを支援する。
(5)HPCCプログラム評価項目
HPCCプログラムの評価項目は、次の7つである。
- a. 関係性/貢献性
- 研究開発は、HPCCプログラムの目標・戦略に対して全般的に関与していなければならない。
- b. 技術的/科学的メリット
- 提案プログラムは、技術的/科学的品質を備えておかなければならない。また、成果物は技術的/科学的計画・検討プロセスを経たものでなければならない。
- c. 客観性
- 計画プロセスは、明らかでなければならない。また、そのプログラムの成果をデモンストレーションしなければならない。
- d. 適時性
- 提案内容は、HPCCプログラムの要素のうち1つ以上に、タイムリーに適合しなければならない。
- e. 連携性
- 提案団体は、産官学の協調をはかるための施策、プログラム、活動を設置しなければならない。
- f. 予算
- HPCCの資源分配なども含めて、資源調達を明確に示し、共同出資や長期資金調達に対する方策などを明らかにすること。
- g. 機関の了解
- 提案プログラム・活動は、関連機関レベルで政策的な合意がとれていなければならない。
(6)HPCCの予算
HPCCの1995年度決算、1996年度予算は次に示す規模になっている。
FY 1995 Budget (Dollars in Millions)
---------------------------------------------------------
Agency HPCS NREN ASTA IITA BRHR TOTAL
---------------------------------------------------------
ARPA 111.4 55.8 31.3 113.0 12.7 344.2
NSF 22.1 52.1 127.9 38.8 56.1 297.0
NASA 9.6 19.1 77.8 21.3 3.6 131.4
DOE 8.6 16.0 64.5 3.0 20.9 113.0
NIH 4.9 2.7 25.0 24.4 11.5 68.5
NSA 21.3 11.3 6.9 0.2 0.2 39.9
NIST 2.2 3.6 19.3 25.1
EPA 0.7 10.5 1.3 12.5*
NOAA 3.6 2.8 6.4
---------------------------------------------------------
TOTAL 177.9 163.5 351.3 240.0 106.3 1,039.0*
---------------------------------------------------------
FY 1996 Budget Request (Dollars in Millions)
---------------------------------------------------------
Agency HPCS NREN ASTA IITA BRHR TOTAL
---------------------------------------------------------
ARPA 91.0 51.7 33.9 168.4 18.1 363.1
NSF 23.5 54.7 132.6 42.7 60.1 313.6
NASA 7.6 20.9 77.0 21.8 4.0 131.3
DOE 8.7 17.0 64.3 3.0 20.5 113.5
NIH 4.1 2.3 28.1 32.6 11.7 78.8*
NSA 16.8 10.4 12.4 0.2 0.2 40.0
NIST 2.2 3.6 28.3 34.1
VA 0.2 23.4 23.6
ED 11.4 2.3 3.5 17.2
NOAA 0.7 7.4 0.5 15.4
EPA 0.7 9.3 1.0 1.0 12.0
AHCPR 0.0**
---------------------------------------------------------
TOTAL 151.7 167.6 380.0 324.2 119.1 1,124.7
---------------------------------------------------------
*Updated from the President's FY 1995 and 1996 Budget Requests.
**As a new agency to the HPCC Program,
$8.4 million AHCPR funds are not included in the total.
図III−1 HPCCの1995年度決算、1996年度予算
また、組織的には、次のような構成になっている。HPCCの活動の中心は、左中程の「HPCCIT
Subcomittee」と事務局である「National Coordination Office」である。

図III−2 HPCCとそれを取り巻く関連機関
(7)HPCCの将来方向及び課題(注2)
HPCCの今後の方向性、およびそこでの解決すべき課題は、1995年のHPCCの状況及び主な活動検討委員会では、次の13項目が各分野ごとに示されている。
(注2) |
これについては、National Research Council, Computer Science
and Telecommunication Board; Envolving the High Performance Computing and
Communications Initiatives to Support the Nation's Information Infrastructure
(1995)を中心にとりまとめた。レポートの内容については、http://www.nap.edu/nap/online/hpcc/index.htmlを参照のこと。 |
全体的課題
- a. 情報技術開発への支援の継続
- 情報技術開発への支援は、今後も継続的に続ける必要がある。主要な出資機関、特にNSF、ARPAは、他の特殊なプログラムから独立したコンピュータ及び通信の研究開発を強力に推進するべきである。
- b. HPCCそのものの継続
- 国家的な情報基盤の発展によって脚光を浴びている研究開発をより推進するものとして、HPCCIの活動を継続すべきである。
高性能コンピュータ
- c. 並列コンピュータのソフトウェア・アルゴリズムへの投資の継続
- 並列コンピュータのソフトウェア・アルゴリズムの開発に対して、強力に実証研究を行なうプログラムへ出資し続けることが必要である。
- ただし、現在商用化されているアプリケーションを、新しい並列コンピュータに移植するようなものに対しては、特別な研究開発の必要がない限り出資してはならない。
- d. ハードウェアベンダーへの出資停止
- コンピュータ・ベンダーによる商用ハードウェアの開発や「産業界の活性化」を目的とした機器購入に対する出資は、HPCCからは直接やってはいけない。HPCCの支援は、コンピュータアーキテクチャの前競争環境における研究開発までで、この研究開発は、大学または大学と企業の共同研究レベルにおいてなされるものでなければならないし、システムやアプリケーションのソフトウェア側からのニーズに沿って行なわれるものでなければならない。
- e. テラフロップ・コンピュータの方向性への注力
- テラフロップ規模のコンピュータの開発は、その用途より研究の方向性という観点から扱うべきである。むしろ、用途研究を行なうより、テラフロップ以上のマシンを確実に開発する方向へ発展を続けなければならない。
ネットワーク及び情報基盤
- NII構想の発展のためには、新しい基礎的(潜在的)研究開発に対応した、新しいアイディアが必要とされる。現在もHPCCでは、基礎的研究開発に主眼を移しつつあり、既にこのシフトは始まっている。このシフトは、今後も維持されなければならない。
- f. 通信・ネットワーク技術への注力
- HPCCは、通信・ネットワーク技術の研究開発を増大させなければならない。特に、規模や物理的分散性が内包する課題に対する研究開発に注力すべきである。
- g. 基礎的研究開発プログラムの充実
- これまでHPCCプログラムで開発されてきた資源をベースに、巨大かつ高信頼性、高性能分散型情報システムの構築を目指した基礎的研究開発を実施しなければならない。その研究開発は、まだ実現していないNIIを「より発展させること」が目的であり、そこでは拡張性、物理的分散性、共同運用型アプリケーションの開発が鍵である。
- h. 情報基盤技術への注力
- 新しいアプリケーションやパラダイムの開発とともに、情報基盤技術の開発に寄与するNational
Challengesに照準を合わせた研究プログラムを拡充しなければならない。
スーパーコンピュータセンター及び
Grand Challengesプログラム
- i. NSFの方向性の転換・基礎分野への出資の継続
- NSFにおけるスーパーコンピュータセンターの役割は引き続き重要である。しかし、NSF
は、新しい方向性や基本的な出資機構、新管理体制、センターの全てのプログラムの評価機能を持ち続けるべきである。NSFは、現在と同レベルの資金援助を続けることも、額を増減することも可能であるが、HPCCの資金は、潜在的なコンピュータと通信技術の発展に寄与するアプリケーションに使うべきであり、既に十分開発の進んでいるアーキテクチャに対して、通常の利用をアプリケーションの開発者が行なうような場合の支援は、徐々にHPCC以外の資金を使うべきである。
- j. Grand Challengesに対する出資の範囲限定
- Grand Challengesプログラムは、学際的・組織を越えた研究チームを編成する革新的な試みである。しかし、HPCCからの出資は、そのプログラムが主として新しい高性能コンピュータ及び通信に関するハード/ソフトウェアの開発に寄与する場合だけに限定するべきである。HPCCから資金提供されているGrand
Challengesは、高性能コンピュータ・通信技術とそのアプリケーション領域への貢献度によって評価されなければならない。
調整とプログラム管理について
- k. HPCCのNCOの運営について
- HPCCにおける協力体制を維持し、外部からの参入機会を増やすとともに、NCO(National
Coordination Office)の力を強める必要がある。
- できるだけ早く、HPCCに広範かつ有益なインプットやその他効果的なものをもたらす組織として、議会任命型のアドバイザリー委員会の設置が必要である。また、HPCCの専属コーディネーター、プログラム広報担当、弁護士の採用が必要である。
- l. HPCCの目的検討のプロジェクトの必要性
- 各プロジェクトの目的がHPCCの活動に適している場合のみ、HPCCプロジェクトに加えるべきである。研究開発に関連する連邦政府の各機関は、将来のHPCCから独立して支援がなされなければならない重要な長期研究開発分野を、現在、どれだけHPCCが出資しているかを明らかに示さなければならない。
- m. コンピュータ及び機器調達の適正化
- 各機関でのコンピュータの調達は、その機関が担っている役割からのニーズに限定すべきである。また、装置調達に関しても、実際にそれらを管理する立場にあるレベルでの意思決定に委ねることを奨励すべきである。
まとめ
このように、13の解決すべき課題をみると、明らかに現在のHPCCそのものが、各機関(省庁)の要請により肥大化しており、本来のHPCCの目的からかなり離れた分野までも背負わされている現状が浮かび上がってくる。
しかし、情報技術の発展維持のためには、HPCCの活動そのものは不可欠であることが強調されており、今後数年間にわたっては、現状レベルでのHPCCの活動は維持されるものと予想される。今後数年間でHPCCを取り巻く外部環境整備がなされれば(具体的には、他の出資機構や民間からの出資体制が整備されれば)、HPCCそのものの見直しが徐々に進められていくものと思われる。
現状の中では、HPCCのラベルさえ貼ってあれば、資金調達が簡単にできるという風潮の危険性が指摘されており、そこでの明確な活動評価、目的との整合性評価などが必要とされており、アドバイザリー委員会の設置が指摘されている。
また、HPCCのNCOにおける専従調整担当者や広報担当者が必要であることも指摘されており、NCOの機能強化と中立性が早急に必要とされているといえよう。
これまでのHPCCでの手法のうち、特に、Grand Challenges/National Challengesによる省庁間、組織間の壁を越えた柔軟かつダイナミックな研究体制づくりは成功したといえよう。しかし、そこでも研究領域の発散や商用技術への傾注など、いくつかの問題が提起されており、当初の目的通りに各プロジェクトを進行させることの難しさを示しているといえよう。そこでは、Grand
Challengesの中では、明らかにHPCCの目的と分野が異なる研究範囲については、HPCCの支援範囲から除外すべきであるとの問題提起もある。そういった意味でのプロジェクト管理のあり方そのものが解決すべき課題になってきている。
ただし、このような目的に合致しているかどうかについて限定を進めていくと、本来持っている研究開発のダイナミズムが失われる可能性があり、同時に現在の我が国の支援制度のように硬直化が現れる可能性も高い。
このように13の解決すべき課題は、HPCCの活動そのものが各技術的側面での課題よりも、運営・管理体制・制度面での問題が多いことを示しており、HPCCそのもののコンセプトや方向性といった面での明確化が必要とされている。また、各関係機関間の利害調整も各課題の間に見え隠れしており、より上位レベルでのコントロール機能が必要であるといえよう。
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