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3. IT技術と研究開発領域及びプロジェクト

 本調査では、米国政府出資のIT研究開発の特徴と強みを見い出すために、技術の大分類とそれらへの出資について調査し、現在ホットな研究分野を特定、調査を行なった。その結果、米国の仕組みの成功は、正しい分野・技術を政府が選んで出資するのではなく、広く種々の分野に対して目標を掲げ、それに到達するための技術は技術間の自由競争をさせ、総合的なシステム開発的な括りでプロジェクトに出資するという方針によっていることが分かった。

3.1 米国のIT研究開発ホット分野

 米国のIT研究開発分野を大きく分けると、5つの大分類に分けられる。それらは1)コンピューターシステム、2)コンポーネント、3)インテリジェントシステムとヒューマンインターフェイス、4)情報管理、5)コミュニケーションである。

 それぞれの大分類毎のホット分野を本節では記述していくが、ホット分野には、短期的に相当の商業化のインパクトがありそうか、あるいは長期的に見て大きな影響を与える可能性のあるものを選んだ。それらは専門家のインタビューを初め、政府諮問機関の答申等の見比べも行なった上で判断した。

* Please note : this list is illustrative. Omission / inclusion should not be taken as indicative of importance

図II−21 米国のIT研究開発分野大分類とホット分野(ADL作成)
Category High-Leverage 'Hottest'
Research Areas
Key Projects and Places*
Computer Systems Hardware and Software Technology and Architecture ・hive computing
・mobile computing
・NOW (Berkeley),
 FLASH (Stanford)
・Infopad (Berkeley),
 Dataman(Rutgers)
Components ・scalable parallel I/O
・computational semiconductor
 prototyping
・molecular computing
・HPSS (Lawrence Livermore),
 SIO (Caltech )
・CP21SS (Stanford)
・USC, Princeton, Xerox PARC
Intelligent Systems and Human Interface ・multimodal user interfaces
・augmented reality
・Human Language Interface
 Projects(CMU)
・Vu Man (CMU),Virtual Retina
 Display (Washington)
Information Management ・distributed, scaleable multimedia
 databases
・information retrieval
・Digital Library (Berkeley)
・Image Querying (Washington)
Communications ・all-optical networking
・high-confidence networking
・Optical Networks ( Princeton )
・NetBill (CMU), Secure Internet
 Routing (BBN)

3.1.1 コンピューターシステム

この節のポイント

  • 群コンピューティング:ネットワーク化されたデスクトップコンピューターによる協調処理
  • モービル・コンピューティング:持ち運びできる端末を途切れることなくネットワークに接続できる(Ubiquitous Computing)環境の総合開発
  •  コンピューターシステムの大分類には、ハードウェアのアーキテクチャー、コンピューター演算の理論的モデル、ソフトウェア技術及びソフトウェア製作のエンジニアリング等を含む。この分野においては、群コンピューティング(Hive Computing)とモービル・コンピューティングがホットな2分野である。

     A)群コンピューティング

     群コンピューティングの概念は、ネットワーク化された複数のデスクトップコンピューターが協調処理をすることである。コンピューター群がCPUプロセス、メモリー、記憶装置等をネットワークを介して共用し、1つのコマンドに対して全ての資源を使って効率的に処理を行なう。これまでのパラレル・コンピューティングの研究開発の成果を利用できる面も多いが、新たに分散共有メモリー、アクティブ・メッセージ伝達、パラレルプログラムのスケジューリング、プロセス中の動的負荷平均化、等の課題がある。
     
     群コンピューティングは5〜10年で商業化され大きなインパクトを与えると見られている。この分野の研究は既に10年の歴史を持つ。しかし、この概念を成立させる必要技術が一定以上の性能・経済性を持って揃ってきたのは最近のことで、そういった背景の充実によりこの分野は今ホットとなっている。それらの開発により群コンピューティングは巨大パラレルマシンとの競争上益々有利になってきて、研究の注力もそれに合わせて移行してきた。
     
     群コンピューティングの分野では、UC BerkeleyのNOW(Network of Workstations)プロジェクトが最大規模で注目も集めている。NOWプロジェクトでは、群コンピューティングという全体を構成する色々な領域の研究がその傘下で行なわれている。それらには、高性能ネットワーキング、ネットワーク管理、スケーラブル(可変)ファイルシステム及びメモリー、アプリケーションの子プロジェクトがある。プロジェクトチームはDavid Patterson教授により指揮されている。彼はRISCプロセッサーとRAIDの研究開発に深く関わった経験を持つ。他にパラレルと分散コンピューティングに長年の経験を持つDavid Culler準教授と、O/S及びパラレルコンピューティング専門のThomas Anderson助教授が指導に当たっている。以下は大学院生等約20名の研究スタッフから成る。同プロジェクトは色々な政府省庁、州政府、そして産業界から出資を受けていて、それにはAT&T、DEC、Intel等大手10社が入っている。
     
     もう一つの代表的プロジェクトは、Stanford大学のFLASH(FLexible Architecture for SHared memory)プロジェクトである。同プロジェクトでは、メッセージ伝達と共有メモリーという群コンピューティングの2つの主要概念を中心に、群コンピューティングの重要な点を全て範囲に含んでいる。その目標はハードウェア、アーキテクチャー、大規模アプリケーションを含む完全なシステムのプロトタイプに到達することである。プロジェクトチームはJohn L. Hennessy教授により指揮されている。彼はVLSI RISCの発明に深く関わった経験を持つ。計6名の教授陣を初めとして、40数名の大学院生が研究に携わっている。同プロジェクトは、DARPAのInformation Technology Officeと産業界(大手6社)、及び国立研究所(Jet Propulsion Lab)の出資・協力により開発されている。このプロジェクトはHPCCプログラムの一環にもなっている。

     B)モービル・コンピューティング

     モービル・コンピューティングの分野では、ソフトウェアとコミュニケーションの面が最大の研究対象になっている。即ち、持ち運びできるホストを使って場所に依存せずにどこででも情報を拾い読みできるようにするプロトコルのサポート、モービル基地ホストの違いを超越したスムーズな電波範囲間移動、等が課題になっている。比較的単純な種々の端末を途切れることなくネットワークに接続する考え方(Ubiquitous Computing)が、80年代にXerox PARC研究所から生まれてきて、それを実現するための研究が現在中心となっている。
     
     代表的なプロジェクトとして、UC BerkeleyのInfoPadプロジェクトは、ワイヤレス・コンピューティング環境全体の完結したプロトタイプを作ることを目標としている。同プロジェクト全体としてはその対象範囲があまりに広いために、6つの子プロジェクトそれぞれが相当な規模のプロジェクトとなっている。端末、ユーザーインターフェイス、基幹ネットワークサーバー側、ネットワーク接続性、ワイヤレスコミュニケーション、そして低電力システムの子プロジェクトがある。またこのプロジェクトではUC Berkeley学内を越えた他大学や産業の研究所との協力関係を生み出し、 MIT、 Stanford、 UCLA、 Carnegie Mellon等の大学と、モトローラ、HP、Texas Instruments等の企業と共同で行なわれている。政府からの出資としては、DARPAのGlobal Mobile Inforsystems(GloMo)プログラムから資金が出ている。
     
     もう一つの代表的プロジェクトは、Rutgers大学のDatamanプロジェクトである。同プロジェクトでは、ワイヤレスでの「オンライン」接続に関してのプロトコルやサービス他の課題について研究している。InforPadがプロトタイプ規模でのモービル・コンピューティング環境を作ることを目標としているのに対し、Datamanではワイヤレスに接続されたコンピューターに関するあらゆる課題についての究明を目指していて、分散アルゴリズム等理論的研究、ツール開発、アプリケーションの開発まで含んでいる。プロジェクトのチームはまだ小さいが、DARPAのGloMoプログラム等から、かなりの出資を受けている。

    3.1.2 コンポーネント

    この節のポイント

  • スケーラブル・パラレルI/O:入出力系の並列化によるパフォーマンスの大幅向上
  • 半導体製造のコンピューター・プロトタイピング:コンピューターによる多種・複雑な半導体部品製造の自動化
  • 分子コンピューティング:DNA組み替えの高速演算、低エネルギー消費、高データ密度性を利用した、新しい原理のコンピューター
  •  コンポーネントの大分類には、電子部品や材料に始まり、システムを構成する部分、即ちデータ記憶、画像処理、バス等や、それらの製造法も含む。この分野においては、スケーラブル・パラレルI/O、半導体製造のコンピューター・プロトタイピング、そして分子コンピューティングがホットな3分野である。

     A)スケーラブル・パラレルI/O(可変並列入出力)

     スケーラブル・パラレルI/Oの概念は、入出力系を並列化してデータ転送を速めることである。パラレルな入出力、パラレルな記憶装置、データの分割、データとコントロール情報の伝達経路の分離、ネットワーク接続された周辺機器、そして周辺機器間の直接データ転送等の部分から成る。この分野は、トータルな高性能コンピューティングのための一部分として、現在大きな注目を集めている。これはシステムの中で、CPUの演算速度向上に対して、記憶装置、入出力の側のパフォーマンス向上が遅れていて、トータルなシステムの中でボトルネックになっているためである。
     
     この分野では、歴史的に国立の研究所が重要な役割を果たしてきた。代表的なプロジェクトは、NSL(National Storage Lab)で行なわれているHPSS(High Performance Storage Systems)プロジェクトである。そこでは、パラレル処理アーキテクチャーのための汎用的スケーラブル・パラレル記憶装置を開発している。NSLはIBMとDOEのラボ間の産官協力関係から生まれた組織であり、その参加企業や政府省庁は広がっている。 HPSSプロジェクトは9つの小分野別チームから構成され、それぞれのチームは色々な研究所(7つの国立研究所)に分散して活動するメンバーから成っている。資金はDOE、NASA、そしてIBM、Cray、Intelを初めとする産業界10社から受けている。
     
     もう一つの代表的プロジェクトは、Scalable I/O Initiativeというプロジェクトであり、それはConcurrent Supercomputing Consortiumという複数の大学、国立研究所、産業界の協力によるコンソーシアムの活動の一環として行なわれている。HPSSが大量データの記憶装置システムに注力しているのに対し、Scalable I/O Initiativeでは、入出力のパフォーマンスを改善するシステムソフトウェアの開発に力を置いている。そして、それらを元にしたプロトタイプの開発も目指している。多数の研究者やマネジャーが政府省庁、大学・研究所、産業界から参加し、この技術の技術的完成だけでなく、その結果の産業での採用、ユーザーの利用に関してまで協議がされている。

     B)半導体製造のコンピューター・プロトタイピング

     半導体製造のコンピューター・プロトタイピングは、半導体部品の製造を助けるもので、CADが設計を容易にしたように、製造の側を容易にしようという意図の研究である。コンピューターにより部品・回路等をモデル化、プログラムして、そのデータを直接コンピューター制御のプログラマブル工場に送ることにより製造する。半導体部品がより種類が増え、また複雑になってきたことにより、半導体開発の投資も膨大になってきていて、この分野の研究もホットになってきた。主な課題は回路の形式の部品と接続性に与える信頼性の影響、重要な部分での部品の大きさの変動、レイアウトによる信号の干渉と劣化、等である。
     
     代表的なプロジェクトとしては、Stanford大学のCP21SS(Computational Prototyping for 21st Century Semiconductor Structures)プロジェクトがある。このプロジェクトは、2つの目標を持ち、1つはプロトタイプを開発することで、もう1つはこの研究に関して国中の研究機関を結ぶ相互協力・資源共有のネットワークを運営することである。元々CP21SSは、Stanford大学の「21世紀の半導体製造」という、より長期視野・広範囲のプログラムから派生したプロジェクトである。そのプログラムでは、コンピューター上の仮想工場(virtual factory)で設計、プロトタイプ作成をできるだけ行ない、コンピューター制御のプログラマブル工場でできるだけ効率良く製造するとの構想の実現を目指している。CP21SSプロジェクトは、DARPAの共同研究プログラムの一環となっている。Stanford大学のJames Plummer教授を筆頭とした38名のグループに加え、MIT、Intel社、Hewlett-Packard社等が共同研究に入っている。また相互協力ネットワークの方には、40以上の研究機関が参加したい意思を表示している。

     C)分子コンピューティング

     分子コンピューティングの分野は、DNAを使って分子レベルで演算を行なうという発想から生まれてきた。DNAの組み替えにより極めて速い速度で求める条件の組み合わせが作られたり、その過程に使うエネルギーが現在のコンピューターに比べて数十億分の一で済み、またその情報記憶効率が数兆倍の密度である等の理論的な利点がある。まだ極めて研究の早期段階にある分野だが、大変興味深い分野として注目されている。一般にこの分野の創始者はSouthern California大学のLeonard Adleman教授とされている。もう一つの中心となってきたグループは、Princeton大学のRichard Lipton教授の所である。また分子コンピューティングの考えは、ナノ・コンピューティングの分野とも関連している。ナノ技術とは原子を配列することによって物を作ることであり、そうして作られた部品を元に作られるコンピューターが、ナノ・コンピューターである。今日のコンピューターと同様の性能のものは、今日のトランジスタ一つの大きさに収まる計算になる。ナノ技術、特にナノ・コンピューティングの分野は、Eric Drexlerにより1981年に始まった。それからナノレベル技術の研究は幾つかの大学で行なわれるようになり、日本もこの分野で活発である。NSFはNational Nanofabrication Users Networkという5大学の協力関係による研究に出資している。分子コンピューティング及びナノ・コンピューティングともに、研究分野としてはまだ緒に付いたところで、専門家も汎用的なナノ・コンピューターができるのは数十年先との見方をしている。

    3.1.3 インテリジェントシステムとヒューマンインターフェイス

    この節のポイント

  • マルチモーダル・インターフェイス:音声認識と自然言語処理
  • バーチャル・リアリティー:眼鏡型ディスプレイと、拡張現実感の応用
  •  この大分類には、ヒューマンインターフェイス、AI(人工知能)、音声認識、自然言語認識、ロボティクス、等が含まれる。大きな流れとしては、かつてAIについての研究が盛んであったが、現在ではAI、あるいはインテリジェントシステム一般について、それはヒューマンインターフェイスを向上させるための一つの手段、一つの技術に過ぎないと見られるようになった。従って研究の注力も他の分野に移行した。そういった中で現在ホットなのは、マルチモーダル・インターフェイス、特に自然言語の面と、バーチャル・リアリティー(仮想現実)及び拡張現実感(Augmented Reality)の2分野である。

     A)マルチモーダル・インターフェイス

     マルチモーダル・インターフェイスはコンピューターとの多面的なインターフェイスを開発するものである。その分野でも特に、人間の言葉でのインターフェイスが注目を集め出資も受けていて、且つ短期的に商品化されるものが続々と出てくると期待されている。より難しい面、例えば目の動きや顔の表情の認識等の分野については、研究者の目は引くが政府の出資は非常に限られている。
     
     Carnegie Mellon大学は人の自然言語インターフェイスの面で、学界研究の中心となった。プロジェクトとしては、Center for Machine Translationにおける音声同時通訳や機械翻訳、またInteractive Systems Laboratoryにおける筆記体綴り認識や、電子メール朗読等の研究が行なわれている。これらにはDARPAとNSFの他、アップル、マイクロソフト、松下等からの出資も入っている。
      その他DARPAではIBMやDragon Systems社等の産業界に対しても、連続的音声認識システムの開発に対して出資を行なっている。

     B)バーチャル・リアリティー

     バーチャル・リアリティー及び拡張現実感の分野では、前者に加え後者の分野がまだ早期段階ながら注目されてきた。拡張現実感の構想は、モービル・コンピューティング及びユビキタス・コンピューティング(Ubiquitous Computing)の構想を補完するものとなる。
     
     拡張現実感の分野は幾つかの場所で研究が行なわれている。Carnegie Mellon大学のVuManプロジェクトでは眼鏡のようにかけるコンピューターのプロトタイプの開発を行ない、作業をしながら手を使わずに情報にアクセスできるような応用を目指している。Columbia大学のArchitectural Anatomyプロジェクトでは、建物の内部構造をバーチャル・リアリティ的に表示し、診断を行なえるようにする研究をしている。これらのプロジェクトには、政府特にDAPRAからの出資が付いている。
     
     この他にも、Carnegie Mellon大学はこの分野の中で、作業指示を行なうモービル・コンピューターを開発してきた。3世代にわたるコンピューター・アーキテクチャーとプロトタイプの開発を既に行なっており、それらは仕事の生産性向上に役立てられる。Washington大学のVirtual Retina Displayプロジェクトは、コンポーネントの面とバーチャル・リアリティー及び拡張現実感の面の両分野にまたがる研究である。
     
     また、Washington大学のVirtual Retina Displayプロジェクトは、同様に眼鏡にかけるコンピューターディスプレーを開発しているが、その性格はコンポーネント開発の面と拡張現実感の両面的な研究である。

    3.1.4 情報管理

    この節のポイント

  • 分散マルチメディア・データベース:デジタル・ライブラリ情報インフラの実現
  • マルチメディア情報検索:マルチメディア入力による検索、マルチメディア情報の検索・出力
  •  情報管理の大分類には、情報管理システム、データベース設計や管理、検索言語、等が含まれる。過去には情報管理の分野に政府の出資も使われていたが、90年代に入って、出資を受けることは難しくなってきている。そういった中で比較的ホットなのは、インターネットとの関連の部分である。分散マルチメディア・データベースとマルチメディア情報検索がホットな2分野となっている。

     A)分散マルチメディア・データベース

     分散マルチメディア・データベースの分野は、HPCCのデジタル・ライブラリ・プログラムという国の情報インフラ構築のための一技術分野として、必要視されている。この分野では、接続切断の多い環境での情報の複製、速度の遅い機器に対する検索や、データの統合、マルチメディアデータ配信時の自然なデータ品質低減、等が主な課題になっている。
     
     HPCCのデジタル・ライブラリ・プログラムは、場所が分散して収集されている全ての情報をネットワークで結び付け、本を初め、ビジネス、科学、販売カタログ等、あらゆる情報にどこからでもアクセスを可能にするという構想である。そこには有料の情報提供や、アクセスの制限等も組み込むことができる。
     
     代表的なものとして、UC Berkeleyのプロジェクトでは、超大量の分散データベースから、数テラバイト規模の写真、ビデオ、地図、文書等のあらゆる形態の収集情報にアクセスできるようなインテリジェントな技術の開発を目指している。そのプロトタイプとして、カリフォルニア州の環境情報提供システムを開発している。同プロジェクトでは、デジタル・ライブラリの可能性を追及・実現するために必要となる重要な技術面を研究していて、それには内容をキーとして多種の情報ソースから検索を可能にすることや、データの取り込み技術の開発等がある。このプロジェクトはNSF、NASA、DARPAのデジタル・ライブラリ・プログラムの一環として、またCalifornia Environmental Resource Evaluation System(州の環境資源評価システム)構築の一環として、4年間にわたり$400万の出資を受けている。その他大手9社との協力関係もある。

     B)マルチメディア情報検索

     マルチメディア情報検索の分野では、マルチメディア入力による検索、大データ量のマルチメディア情報の表示、マルチメディア情報の概念による検索、等が研究課題となっている。
     
     この分野で典型的な事例は、Washington大学で行なわれている画像による情報検索の研究プロジェクトである。そこでは、画像データベースを検索するのに、ユーザーが粗い手書きの絵かスキャナー及びデジタルカメラで読み込んだ画像を入力として検索が行なえるような方法を研究している。

    3.1.5 コミュニケーション

    この節のポイント

  • 光ネットワーキング:完全光化技術による超高速ネットワーキング
  • ネットワーク・セキュリティ:インターネットのセキュリティ・プロトコル
  •  コミュニケーションの大分類には、コミュニケーションのハードウェア及びソフトウェア技術、高速ネットワーキング、ワイヤレス、ネットワーク・セキュリティ、等が含まれる。現在コミュニケーションの中でホットな分野は、光ネットワーキング、モービル・ネットワーキング、そしてネットワーク・セキュリティ(High-confidence networking)である。

     A)光ネットワーキング

     この分野では、全部光によるネットワーキングを実現することで、光電気変換を省略し、100 Gbps以上のパフォーマンスレベルを目指している。研究課題としては、空間交換(space-switched)による光ATMネットワーキング、テラヘルツ級光非対称信号分離技術、光での時分割多重化、自己ルート制御光パケット交換、等が主なものである。
     
     代表的なプロジェクトとしては、Optivision社の「完全光化・ギガビットLAN」プロジェクトがある。同プロジェクトは、末端から末端まで全て光で交換も行なわれる高信頼性のネットワークを開発しようというものである。これは政府のSBIRプログラムによる小企業に対する出資の良い一例でもある。
     
     この研究成果はTBONEというテスト用プロトタイプに活かされている。TBONEのプロジェクトは同社と他の独立系ラボの協同で行なわれていて、光ネットワーキングの研究成果の実環境での性能評価等を行なっている。これに対してもDARPAの出資が出ている。
     
     また別の例としては、Princeton大学の100 Gbps光ネットワークプロジェクトでは、マルチホップ方式、空間交換で、リアルタイム・ルート制御が各ノードで行なえる光ATMネットワークを設計している。

     B)モービル・ネットワーキング

     この分野では、モービル・コンピューティング環境におけるワイヤレスのネットワーキングに関する課題を研究する。内容については3-1-1.のB)を参照のこと。

     C)ネットワーク・セキュリティ

     この分野では、ネットワークにおける遍在・汎用的なセキュリティの仕組みを、ルート制御、管理、ディレクトリ等のプロトコルの中に組み込む技術の開発を行なっている。ネットワーク・セキュリティは、インターネット等の公衆ネットワークが情報インフラとしてビジネスや軍事に重要性を増すにつれて、重要な研究開発分野となった。ホットな研究課題の例は、セキュリティ機能付きルーター、マイクロトランザクションのサポート機能、ノーマディックホストのアクセス権管理、高信頼ATM通信、等がある。この分野の研究開発は、歴史的にはネットワーキングと公開キーの暗号技術の両分野の研究から発展してきた。
     
     代表的なプロジェクトとしては、Carnegie Mellon大学のNetBillプロジェクトがある。そこでは、文書、ソフトウェア等の情報商品の売買を可能にするミドルウェアを開発している。NetBillの仕組みにより、買い手のクライアントプログラム、売り手のサーバープログラム、そして銀行等金融機関を結び、売買の決済を行なえるようにしている。同プロジェクトはDARPAとNSFからの出資を受けており、Visa社とMellon銀行との共同研究も行なっている。

     別の例としては、BBN社では将来のインターネットのプロトコルにどうセキュリティを組み込むかを研究している。この研究はDARPAにより出資されている。DARPAはBBN社のギガビット次世代ルーターの開発にも出資している。

    3.2 研究開発プロジェクトのタイプ分類とその影響

    3.2.1 研究開発プロジェクトのタイプ分類

    この節のポイント

  • 研究開発のプロジェクトは、その段階と範囲の広さでタイプ分けすると大きく4タイプに分けて捉えられ、各タイプそれぞれの性格や成功要因がある。
  •  これまでに数々のプロジェクトを見てきたが、それらの大きな括りでの性質を考え、共通点や相違点、研究開発活動全体への影響等を考察する。

    図II−22 研究開発プロジェクトの2つの性質と分布(ADL作成)

     まず性質の第一として、技術の発展段階、時間軸的なステージがある。技術の発展は一般的には基礎研究、応用研究、そしてプロトタイプ開発へという流れで見ることができる。

     性質の第二としては、プロジェクト・あるいは技術領域の広さがある。広い技術領域のプロジェクトと言った場合、例えばInfoPadのようなプロジェクトが相当する。InfoPadでは、モービル・コンピューティング全体について、端末、O/S、ワイヤレスのプロトコル等、全てをプロジェクトの範囲に含んでいる。逆に狭い技術領域のプロジェクトと言った場合、例えばモービル・コンピューティング分野の中で、違った質の電波地域間移動における通信の質のスムーズな移行、といった特定技術だけを範囲とするプロジェクトを指す。

     この2つの性質を軸に、プロジェクトを分類してみると、4つのタイプに性格付けを表現することができる。

    図II−23 研究段階・範囲によるプロジェクトのタイプ分類(ADL作成)

     タイプ毎の性格により、プロジェクトの目標、背景や環境、組織、産業との関係、出資等が違ってきて、そのためプロジェクトの成功要因や、必要となる人材の質も変わってくる。

     「分野創造リサーチ」タイプは、理論的・実験的なレベルで、何かITに大きなインパクトを与える可能性のある新分野を探求するのが目標である。典型的にはプロジェクトよりはラボの形の組織で、小人数、少ない学生比で行なわれる。時に大学や研究所同士の協力関係があるが、産業とはほとんど交流はなく、出資は基本的には政府から、といった形態になる。これを成功させるためには、自由で多面的な発想、そのための学際的背景、そして長期的な当該分野でのキャリアを持つ人材が重要と考えられる。それらに加え、性質上リスクを取ることや、運も必要であろう。

     「スペシャリスト・リサーチ」タイプは、特定分野の中での一部分を埋めるような研究をするもので、成果はしばしば論文のみである。非常に小人数で一人の研究員と1〜2名の学生程度の場合が多い。他のスペシャリストと専門的コンファレンスで情報交換したりするが、他大学や産業との協力はほとんどないし、資金も乏しい。そういった中で成功するには、しっかりした科学的研究方法論を持つことや、スペシャリストとしての評判の高い人物、等が必要になる。

     「システム総合開発」タイプは、はっきりした目的と計画の下に、システム全体の完全なプロトタイプを開発することを目標とする。可能性としては短中期的に産業を大きく塗り替えるほどのインパクトを起こしうる。通常大規模なチームを組み、多くの学生、専属の技術員や事務員、等から成る。他大学や研究所ともある一面の研究を委託するような形での協力が多く、産業とも密接に協力、出資も受ける。政府出資はしばしば$2〜4Mにも及ぶ。大きな資源を動かすこと、大プロジェクトの管理運営、そして産業とのつながり等が、リーダーの人材に求められる。

     「部分開発」タイプは、システム全体中のある一部分についてのプロトタイプを開発することを目標とする。通常中規模のチームを組み(多くて20名程度)、学生比も割合多く、技術専門要員がいることも多い。産業の出資が典型的で、政府出資はまちまちだが、比較的少ない。リーダーとしては、商業化に向けて産業とのつながりを持てることが重要である。

     マップ上に主な研究機関を並べてみると、それぞれの研究開発の性格の傾向が見て取れる。国全体としては各種の性格のプロジェクトが混在しており、各種タイプ全体がカバーされている。

    図II−24 各研究機関のIT研究開発の性質の傾向(ADL作成)

    3.2.2 システム総合開発型プロジェクトと、IT技術の発展

    この節のポイント

    ●システム総合開発型のプロジェクトは、産学間や基礎研究・応用開発間の交流・フィードバック交換を活発にする。これは歴史的なIT技術発展のパターンと合致し、米国の強さの源となっている。

     米国の強みとして一つ考えられるのは、「システム総合開発」タイプのプロジェクトの存在及び政府のサポートである。このタイプは3つの波及効果があり、国の研究開発活動全体に寄与する面があると考えられる。

    図II−25 「システム総合開発」タイプの波及効果(ADL作成)

     まず第一にこのタイプは、個々の「分野開発」プロジェクトに全体的な方向性を示すことができる。全体としての統合、他分野との同調等の観点から、フィードバックを相互に受け与えできる。次に、商業化へのつながりにも利点がある。システム全体を開発しているので商業化しやすいことに加え、産業との連携も早くからしやすい。そして商業化を近視野に入れた開発であることから、そこからの新たな課題等を、別の研究開発プロジェクトへフィードバックすることができる。

     勿論このタイプだけがあれば良いという訳ではないが、全体のタイプの配分の中で、最も米国のIT研究開発に寄与の大きい部分ではないかと考えられる。

     ITの技術の発展のプロセスを見てみると、過去の大技術の歴史を見ても分かるように、それは必ずしも基礎研究、応用研究、プロトタイプ開発、商業化といった順に進んでいくわけではない。むしろ見て取れるのは、基礎研究と開発とのやり取りのフィードバック、あるいは大学・研究所と産業との行ったり来たりのやり取りであり、それらを通じた中で、時にはある所で予期しなかった発明が出たりしながら、イノベーションが生まれる、という反復的プロセスである。

    図II−26 ITのイノベーションを生むやり取り・フィードバックの
    反復的なプロセス(ADL作成)

     これは過去の大技術の発展の経過を見てもそういうことが言え、国の出資の研究、産業での研究・開発の間を人やアイデアが相当行き来している。最終的にはその中から、しばしば予期しなかった方向で、大きな商業化につながっている。

    図II−27 IT技術の創始から商業化への発展と、
    その間の国と産業での研究・開発のやり取り

     そういう意味でも、「システム総合開発」タイプのプロジェクトはこういったやり取り・フィードバックを活発に行なうのに最も適した形態であると言え、米国IT研究開発、ひいては米国IT産業に貢献が大きいと考えられる。

    まとめ

     この章では米国でのIT研究開発領域について見てきたが、そこから学べることを以下に挙げる。

  • 研究開発領域はコンピューターシステム、コンポーネント、インテリジェントシステムとヒューマンインターフェイス、情報管理、コミュニケーションの大分類に分けられ、それぞれホットな分野がある。
     
  • 研究開発プロジェクトは、その技術の段階と対象範囲の広さにより分類ができ、それぞれ違った性質と成功要因を持っている。
     
  • ITの技術の発展は、科学と工学、基礎研究と応用開発、大学/研究所と産業界等の間に、人・アイデアのやり取りやフィードバックが反復的に起こるプロセスから生まれている。
     
  • システム総合開発型のプロジェクトは、このやり取り・フィードバックのプロセスを生み出す土壌となる。
     
  • 米国では同タイプのプロジェクト領域設定が多く、政府の出資も多く受けている。これは米国IT研究開発、ひいてはIT産業の強さの源の一つと考えられる。