第II部 |
米国政府による情報技術研究開発運営の現状と技術開発動向
|
この節のポイント |
米国のITに対する研究開発支出は、年約$27億に上る。これは全政府研究開発支出中3.9%に当たり、科学技術予算中だとその7%をも占める。政府のITへの大きな予算割当により、米国のIT技術の発達と産業の強さを支えている様子が窺える。
Sources
-Battelle / R&D Magazineユs 1995 Annual R&D Forecast
-Science and Engineering Indicators 1993
-Peter Coy, "R&D Scoreboard", Business Week, June 28, 1993,
pp-102-104
-ADL projections and calculations
次に、動向を理解するためにここ近年の傾向を見ると、まず米国政府全体の研究開発支出は約$700億で安定的に推移していることが分かる。名目で微増、実質で横這いである。
Source/Notes
これら研究開発支出を対GDP比で見ると、まず全体予算は漸減傾向である。これには軍事及び宇宙航空分野の減少が響いていると見られる。ところが、ITを含んで新分野への政府出資をより反映している政府科学技術予算(Federal Science and Technology: FS&T)については、相対的に重要視され、GDP比を一定に保っているし、政府全体予算の中での相対割合は増していることになる。
但し、全体予算の減少は軍事関係を中心に今後も続き、特にこれから数年間に相当急速な減少も予想される。95年には$20億が予算からカットされ、96年の大統領予算案では実質20%のカットが96年から2000年に向けて計画されている。更に議会案では2002年までに33%のカットが計画されている。
この節のポイント |
IT分野の年研究開発支出約$27億の見積もりに当たっては、米国政府の統計では、研究開発支出をその応用分野や出資省庁組織で細分化しており、研究開発の性質では分けていないため、ITへの研究開発支出を直接読み取ることは不可能であった。従って今調査ではITの研究開発支出を3段階の方法で見積る工夫を行なった。
![]() |
|
第一段階として、米国政府のIT研究開発を捉えようとする時、まずその中心的プログラムであるHPCC(High Performance Computing and Communications)を見る必要がある。HPCCは、政府のITに関する研究開発の中心となる調整機関で、現在12の省庁でのIT研究開発がHPCCプログラムの一環として含まれる。HPCCとしての支出は92年にプログラムが始まって以来大きく伸び、96年には$11.7億にまで成長している。しかしその背景としては、各省庁が年々HPCCに参加したり、既存の研究開発活動をHPCCの一環として再分類したことが響いており、紙上での増加という面が大きい。従って最近のものほど実際に近い数値を表しているはずだが、このHPCC登録額だけで正確なIT研究開発支出の額を量るには不足と考えられる。
第二段階として、このHPCC非登録のIT関連の研究開発出資を含める必要がある。政府の情報通信委員会(Committee on Information and Communications; CIC)が、その部分を含めたHPCC参加省庁の総IT研究開発支出を約$20億と見積っている。
第三段階としては、HPCCにまだ参加していない省庁の分を含める必要がある。そのために、関連する数値として、93年に出された政府省庁毎のコンピューター科学研究割当というのがある。この割当によれば、HPCC非参加省庁は、全体額の25%を占めている。従って、$20億にその分を加えると、政府全体で約$27億との見積もりに達する。
HPCCとして指定されている研究は12の省庁下での研究開発にわたり、その大部分を占めるのが、
(注1) | 1996年3月までDARPAはARPAと呼ばれていた。 |
の4省庁である。これらだけでHPCC支出の内82%を占め、政府総IT支出の63%を占める。
DARPAでの研究の多くの部分はITに関連しており、ITの軍事利用への戦略的重要性を反映している。
NASAでのIT支出は、全ての部門に平均的にまたがっている。
NSFでのIT支出は、CISE(Computer and Information Science and Engineering)とEngineeringの2部門に集中している。
DOEでのIT研究開発は、主にエネルギー研究へのコンピューターの応用と、軍事関連の研究において行なわれている。
これら純粋に政府出資として見積もりのできる$27億に加えて、ITの研究は見積もりのできない他分野との境界部分でも行なわれている。まず研究分野としてIT関連かそうでないかを明確に区別できないことによよる曖昧な領域がある。次に出資元として、企業と政府のどちらが分担しているかが曖昧で、どの程度が純粋に政府出資分かが分からない領域が存在する。この部分では、米国政府は研究開発への投資効果を高めるために、特に意図的に産業からの資金を併せて確保させるようにしている背景がある。
以上のことを考え合わせると、米国政府のIT研究開発出資は低く見積って約$27億、実際にはそれ以上な可能性が高いと言える。
米国政府の研究案件選択と出資の仕組みは、トップダウンの「環境創造」及び「テーマ設定」と、ボトムアップの「アイデア創出」との組み合わせにより成っていると特徴付けられる。
この節のポイント |
トップダウンの流れは、大統領や議会の政策レベルでの方針が、研究開発の重点領域という形で大きな方向性を作り出すことである。トップダウンでの調整により、ITの研究開発全体として幾つかの大きなテーマ領域に重点を置くことができ、それは米国の仕組みの中での大きな強みと考えられる。政策的な大きな方向性が出されると、それは大統領直近の機関を通じてより具体的なテーマ領域となり、各省庁との調整を通じて個々の研究テーマまで影響を及ぼす。
トップダウンの仕組みの頂点に立つのは、政策策定、方向性の設定、予算の管理等、全ての面において名目上の責任を持つ大統領である。大統領は方向性決定において、大変強い影響力を持ち、中心的役割を果たす。大統領から直接テーマ設定が出たこともあり、例えば93年のクリントン政権の選挙キャンペーンで重要政策とされたNII(National Information Infrastructure)が挙げられる。また方針を予算として実施するに当たっては、大統領は予算案の議会への提出、また承認予算の実行の権限を持ち、方針の運営に当たっては、大統領は自らの直近に研究開発方針に関する諮問機関や、実施に関する調整機関の設置も行なう。
大統領直近の機関としては、主として4機関が研究開発政策に関わる。まずOMB(Office of Management and Budget)は予算の作成、各省庁の予算の監督等を行なう。省庁間の予算使用や政策の効果についての評価も行なっており、研究開発プログラムの効果についても、一歩踏み入って数量的評価を取り入れてきている。
OSTP(Office of Science and Technology Policy)は、科学政策策定に関して大統領の補佐の役割を果たす。OSTPは大統領へのアドバイスの他に、議会との窓口、下位機関(PCASTやNSTC(後述))の監督等の調整的役割を行なう。しかし実質的業務については、予算はOMB、政策策定はPCASTやNSTCが責任を持っている。
NSTC(National Science and Technology Council)は、政府の科学技術政策の効果改善のための調整機関として、93年に大統領令により設立された。これまでに省庁の枠を越えた科学技術に関する対話や、数々のプログラムを行なってきている。
PCAST(the Presidential Committee of Advisors on Science and Technology)は、大学と産業の代表者からなる諮問機関で、大統領とNSTCに対して科学技術政策のアドバイスを行なう。
議会はOMBからの予算案について、修正・承認等を行なう。しかし、特に専門的に研究開発政策にまつわる部分の予算を審議する仕組みはない。上院・下院の各関連委員会での(例えば下院のScience Committee)審議に一応含まれるが、そのレベルは例えばNASA、NSF、商務庁、環境庁の予算を一緒に審議するような大括りな物でしかなく、政策に貢献するとは言い難い。
これらトップダウンの仕組みを構成する大きなテーマ領域とその調整機関により、省庁間の議論が促進され、各省庁での研究開発が共通の目的に向かって方向性が揃えられる。
科学技術政策は、国家としての研究開発の大きな方向性を示し、関連省庁レベルでの研究開発方針に影響を与える。それにより具体的研究開発活動を、大きな共通の目的に向かわせる働きをする。そういった政策を受け各省庁では、関連する部分でその方向性に従った形での実際の予算割当を行なう。
ITに関する政策的方向性の実現のための施策としてHPCC(High Performance Computing and Communications)がある。この施策では、各省庁でのIT関連の研究開発について、情報交換、内容のレビュー、プログラムの開発等の推進・調整を行なう。
HPCCの最大の目的は、各省庁でのIT研究開発の方向性をある程度統合し、共通の目的に向かった舵取りを行なうことにある。そのために、実際には5つのプログラムを設定し、それらにより方向性を示し、共通の目的として推進している。
HPCS |
|
NREN | "National Research and Education Network" |
ASTA | "Advanced Software Technology and Algorithms" |
IITA | "Information Infrastructure and Technology Applications" |
BRHR |
|
このようにHPCCのプログラムとして具現化された政策的方向性は、ある程度広い括りで設定されている。そうすることの意義は、研究開発の大きな目標を示すことであり、その目標に辿り着くための方法としての個々の技術の選択は研究者の自由になっている点である。例えばHPCSを実現するための技術的方法としては、Massively Parallel Computer、Workstation Cluster、Vector Super Computerが挙げられるが、それら違った技術を競合させ、最適なものを勝ち残らせていく意図が見える。これは例えばWorkstation Clusterという特定技術領域を取り上げてプログラムとして出資していくのとは、全く異なるアプローチである。
HPCCを設立した法律は、今年その見直しの時期であり、今後もHPCCのような施策が継続するかどうかははっきりしない。しかし、HPCCの行なってきた省庁間の情報交換は相当定着したと言えるし、その努力の成果は認められる。
この節のポイント |
研究開発の現場から上がってくるボトムアップの研究のアイデアは、予算決定を行なう省庁・機関と、研究者との間のやり取りから生まれ、研究者、研究のアイデア間の競争を生み出している。
研究のアイデアはプロジェクト案として研究者から出資機関に寄せられる。これは出資機関から募集するテーマ領域に対してであったり、募集領域と無関係の場合の両方がある。
このボトムアップのやり方には幾つかの利点がある。まず研究者が自らの興味・アイデアで提案をすることにより、研究者にとってのモチベーションが高まる。次に、出資に対して公平な競争が行なわれることで、研究者の自己研鑽が行なわれる。そして、研究者の自己提案の仕組みから、革新的なアイデアを許容し、取り入れることができる。
募集テーマ領域に対する出資と、非募集(研究テーマを指定しない)でのプロジェクトに対する出資とは、その件数がほぼ半々の割合であると見積られている。しかしDARPAにおいては特定領域の研究に範囲を絞っているので、プロジェクトはほぼ全件が募集方式による出資となっている。
この節のポイント |
研究開発プロジェクトを実際に選定し、出資を決定するのは、各省庁のレベルで行なわれる。また、トップダウンの政策的方向性と、ボトムアップの研究アイデアが出会い、その2つの流れを勘案し最適なプロジェクトを実施する決定を行なうのも、この各省庁レベルでのプロジェクト選定である。
出資領域選定の仕組みには大きく2つのモデルがあり、長期安定型と、短期プログラム型がある。NSFに見られる長期安定型の出資形態では、比較的長期にわたって同一領域への安定出資が行なわれる(例えばAIの領域で継続的にプロジェクト出資が行なわれる等)。この長期安定型の領域選定により、長期的視点を持った基礎研究が可能となっている。
これに加えてNSFでは具体的なプロジェクトの選定に際して「ピア・レビュー」と呼ばれる方式を採用している。そこでは学界・産業界等違う分野におけるその研究領域の識者が集まり、合議的にプロジェクトが選定される。従って純粋に学問的水準の見地からプロジェクト提案を比較評価できるし、逆に若干領域外の研究テーマでも面白いものを拾い上げることができる。その半面、審査員は同領域のライバルの研究者の提案を評価することとなり、システムの濫用が常に懸念される。
一方、DARPA、DOE、NASAに見られる短期プログラム型の出資形態では、例えば3年おき等で出資領域が変更される。出資するプロジェクトもその時点でのホットトピックや、短期的成果の期待される応用に近い領域になりがちである。
この短期プログラム型の出資形態に対しては、具体的なプロジェクト選定はプログラムマネジャーの判断で行なわれている。従ってプログラムマネジャーの選任は重要であり、その領域でのエキスパートであり、技術の詳細とビジョンの両方を併せ持つことが要求される。実際にはプログラムマネジャーも識者の意見を仰ぐことも多いが、最終的には自分で判断を下す。相当な権限の下に、トップダウンの方針に従った特定領域を強力に推進することができる。専任として登用され、一人で$2千万もの予算を任される、責任とやりがいの両在する職務であり、給料も公務員としては相当高い。
これら2つの出資形態と選定の仕組みを持つことは、国家としてはバランスが取れていると考えられる。中長期的な基礎研究と、短期的・実用的な研究開発の両方が結果として同時に推進されている。また、学問的に面白い新しい研究領域を取り上げつつ、且つ一方では求める成果が明確な研究への配分もある。そういう2面でのバランスが実現されている。
この章のまとめとして、米国の研究開発に関する政策運営から学べる点を以下に挙げる。