ADLの調査により、米国政府のIT研究開発の中心的プログラムは、NIIを推進する政策であるHPCC(High Performance Computing and Communications)であり、米国政府のIT研究開発支出の総額の約40%の11億ドルがHPCCに支出されていることが示された。
このため、以下ではHPCCの概要とHPCCのなかで応用を指向した目標を持つNational Challengesについてその概要を示す。
連邦政府のHPCC(High Performance Computing and Communications)プログラムは、科学技術分野における技術・アプリケーションの飛躍的発展を促進するものとして、GII(Global Information Infrastructure)構想を実現するための情報技術研究開発における計画・調整・投資基盤のモデルとなることが想定されている。
HPCCプログラムは、1991年のHigh Performance Computing Act(Public Law 102-194)から始まっており、次の3つの到達目標が設定されている。
HPCCプログラムは、次の5つのプログラム要素からなっている。これらの中で、Grand ChallengesはASTAに、National ChallengesはIITAに含まれている。
HPCCプログラムは、1991年のHigh Performance Computing Actから始まり、変化する世の中のニーズに応じて技術開発の方向性をダイナミックに修正し続けることが求められている。National
Research Council のComputer Science and Telecommunications Boardの1995年のレポート「Evolving
HPCCI to Support the NII」では、今後どういう方向で進むべきか、解決すべき課題について報告している。
このうち、全体的課題として、次の2点をあげている。
情報技術開発への支援は、今後も継続的に続ける必要がある。主要な出資機関、特に、NSF、ARPAは、他の特殊なプログラムから独立したコンピュータ及び通信の研究開発を強力に推進すべきである。 国家的な情報基盤(NII)の発展によって脚光を浴びている研究開発をより推進するものとして、HPCCIの活動を継続すべきである。 |
この報告によると、情報技術の発展維持のためには、HPCCの活動そのものは不可欠であることが強調されており、今後数年間にわたっては、現状レベルでのHPCCの活動は維持されるものと予想される。
HPCCにおけるNational Challengesは、実用面を重視した製品、サービスなどの応用技術研究が主体の大規模な研究開発プロジェクトである。
1996年予算ベースでの具体的な研究テーマは、次のとおりである。
Public Access to Government Information Electronic Commerce Civil Infrastructure Education and Lifelong Learning Energy Management Environment Monitoring Health Care Manufacturing Processes and Products |
本報告書の第Ⅲ部では、上記9テーマのうち、Civil Infrastructure、Health Careを除く7テーマについて現況を報告している。
ここでは、このうち最も広範に、多くのプロジェクトで実施されているデジタル・ライブラリについて概要を示すとともに、各テーマについて概観する。
1994年、NSF、ARPA、NASAは共同でデジタル・ライブラリ研究および技術開発に対して4年単位の出資を行なった。その対象である6つの研究グループは、それぞれリーダーとなる大学と10以上の団体(図書館、博物館、出版社、学校、コンピュータベンダー、通信事業者など)によって構成されている。
| リーダの大学 | プロジェクト名 | 研 究 概 要 |
|---|---|---|
| カリフォルニア大 バークレー校 |
環境ライブラリ (拡張性のある知的分散型ライブラリーのプロトタイプ) |
カリフォルニア州の環境をテーマとしたデジタル・ライブラリ |
| ミシガン大学 | ミシガン大学デジタル・ライブラリプロジェクト | 地球および宇宙に関する科学データの巨大なマルチメディア環境を創造すること |
| カリフォルニア大 サンタバーバラ校 |
アレキサンドリアプロジェクト | 地図、画像さらには将来の電子ライブラリで行なわれるであろうサービスについて |
| スタンフォード大 | スタンフォード知的デジタル・ライブラリプロジェクト | 多数のネットワークで接続された資源および蓄積へのアクセスを一つの巨大な「仮想」ライブラリとして扱う統合技術 |
| イリノイ大学 | NCSAのMosaicをカスタマイズ | |
| カーネギー・メロン大 | インフォメディアプロジェクト | 双方向のデジタルビデオのライブラリシステムの開発 |
NASAはデジタル・ライブラリ技術の研究開発にリモート・センシング画像のアクセス支援および集配信、特に公共・民間の両方に使える拡張性の高いアプリケーションに対して出資を行なっている。共同研究の早期成果を期待して1994年度および1995年度初頭に7つのデジタル・ライブラリ技術プロジェクトに出資を行なった。その対象は、公立学校、博物館、大学、一般民間企業が含まれている。
これら7つのプロジェクトは次のようなものである。
| 実施機関 | 実験プロジェクト | 概 要 |
|---|---|---|
| ベル通信研究所 | 統合空間データアクセス研究組合 | NASAの画像やその他の地球空間データを扱う |
| IBM | デジタル映像のコンテンツ 検索システム研究 |
コンテンツをベースとした検索を画像の引用アルゴリズムを改良し、スピードアップを図る |
| コンピュータ サイエンス社 |
家庭からのNASAへのアクセス | CATVから主婦がインターネットにアクセス可能になるような基盤をフィールド実験 |
| ライス大、 ヒューストン 自然科学博物館 |
公的接続の検証:リアルタイムの地球・宇宙科学データの双方向実験 | NASAのリアルタイムに近いデータ、映像等をライス大学から博物館に転送し、プラネタリウムのプログラムの形で一般の人々がコンピュータによる双方向情報窓や宇宙、地球科学の問題解決型シミュレーションを行なう |
| イリノイ大 | プロジェクト・ホライズン | インターネットを通して、地球と宇宙の科学データの両方を移動、統合、分析するデジタル・ライブラリ技術を一般に提供 |
| ウィスコンシン大 | デジタル映像の圧縮、転送 | 新しい圧縮技術とサーバを用いた転送プロトコル、視覚化ソフトウェアの提供 |
| ローラル・ エアロシステム社 |
SAIRE− エージェントベースの情報検索エンジン | インターネットを通して、合衆国グローバル・チェンジ・マスター・ディレクトリから地球および宇宙に関する科学データを利用する熟練者と初心者の両方に適用可能なソフトウェアを開発 |
NASAは、1995年度の後半から第2段階のデジタル・ライブラリ技術のパートナー選びを進めている。この選定作業は、1996年になされる予定である。
この他、「気象衛星NOAAのリアルタイムや時系列データのデジタル・ライブラリ」、「環境データの分散資源を用いた知的双方向総合分析技術の開発」、「コンピュータ科学技術レポートや関連情報の実験環境整備やネットワークによる検索・表示・分析技術の開発」、「ネットワーク環境下での電子的著作権管理技術の開発」、「異なったデジタル・ライブラリであっても関連概念で言語記述できる統合医学言語システム(UMLS)の研究開発」、「CALS情報へのアクセス提供を行なうライブラリ」などのプロジェクトが進められている。
以上のプロジェクトでのデジタル・ライブラリに関する研究課題については、1995年のIITAデジタル・ライブラリ ワークショップにおいて、相互操作性、対象の表現、 蓄積の管理と組織、ユーザインタフェースと人間−コンピュータ間の相互作用、経済的・社会的・法的問題などの観点から現在の課題について報告している。
「政府情報の一般公開」は「デジタル・ライブラリ」技術を基盤技術として、政府関連機関に蓄えられた各種の情報を専門家から子供たちまでに広く提供することを目標としている。
このため、本テーマは、National Challengeの研究テーマの「デジタル・ライブラリ」と「教育及び生涯学習」に深い関連を持っている。
Mosaic等のブラウザでアクセスできる、インターネット上のサーバーに構築されたHPCCプログラムの財政支援を受けたデジタル・ライブラリを下記に挙げる。
| 分 野 | デジタル・ライブラリ概要 |
|---|---|
| 地球情報 | NASAはデジタル・ライブラリ関連技術とリモートセンシング情報利用プロジェクトに関する情報を一般に公開するために、様々な企業や大学と協力してリモートセンシング情報公開センター(Remote Sensing Public Access Center)を1994年に設立した。また、1994年から1995年にかけて18のリモートセンシング情報利用プロジェクトに資金援助を行なった。 |
| 教 育 |
|
| 健康管理情報 |
NISTとARPAは共同で、より効率的で経済的なビジネスデータ交換システムを作り上げることをNational Challengeとして行なっている。このビジネスデータ交換は、電子的な入札、注文、支払い、製品仕様やデザインのデジタルデータの交換を行なうものである。
1994年NISTはエレクトロニック・コマース技術開発機関を設立した。ここでは、ARPA、NSA、NSFなどのいくつかの機関で開発された技術を統合することを目的としている。さらに、24以上の共同研究開発要綱(CRADAs)に従う参加企業は、展示目的で器材やソフトウェアを貸し出し、電子カタログやVAN(付加価値ネットワーク)へのオンラインによるアクセスを行なっている。
エレクトロニック・コマースは、いくつかの実験プロジェクトで実施されている。
| 実験プロジェクト | 概 要 |
|---|---|
| コマースネット | コマースネットは、インターネット上でエレクトロニック・コマース(電子取引)を実現するための大規模な実証実験を行なう非営利コンソーシアムである。 1994年4月から3年間のプロジェクトとして連邦政府から認定され、600万ドルの予算を獲得した。また、コマースネット参加企業から、同額(600万ドル)のマッチング・ギフトを受けている。 設立当初のコマースネットのメンバーは、シリンコンバレー地区の半導体、コンピュータ及び金融機関を中心に、その顧客、取引先、関連する公的機関で構成されていた。このようにコマースネットそのものは、カリフォルニア州北部を中心に開始されたプロジェクトであるが、現在では州外からの参加も可能であり、他地域のエレクトロニック・コマース実験プロジェクトとの積極的な連携も進められている。 |
| RDA/SQL プロトタイプ |
分散しているデータベースから情報を取り出すために、NISTはRDA(遠隔データベース標準化アクセスプロトコル)とSQL(構造化問合せ言語)を高度化している。これによって、分散データベースから情報を取り出すことが可能となる。 |
| 製品モデル等の 情報交換標準化 |
1995年度と1996年度にNISTでは、製品モデルデータの情報交換標準(STEP)や他のデータ交換標準を用いた産業での共同研究を予定している。そこでは、NISTのデモ機関での戦略検討も目的とされている。 1996年度には、NISTで、インターネットベースの情報アクセス、検索、選択のためのインタフェースの提供と、それらの標準参照データ、標準参照材料の普及を予定している。 |
| 自動調達機能 | FASTへの支援によって、ARPAでは自動調達の機能を含んだエレクトロニック・コマースでの課題に着目している。そこでのニーズは、間接費の少ない製品開発支援を国防省と産業界との間でのビジネスに対してFASTを通して実現するものである。 |
教育と生涯学習に対するNational Challengeでは、あらゆる年齢の人々や様々な能力を持つ人々を対象とした教育、訓練、学習システム実現のために、HPCC技術を利用するとしており、その目指すところは、次のとおりである。
| 実施機関 | 概 要 |
|---|---|
| NSF | |
| NASA | 教室とNASAをオンライン接続し、進行中の作業や人工衛星から受信した映像を、生中継を含めて紹介。専門家のレポートも提供。 など。 |
エネルギー需給の管理の改善は、石油消費、発電所への投資、貿易赤字のすべてに利益をもたらす。このため、DOEと公益事業者は、ドキュメントを交わし、エネルギー需給管理に関するNational Challengeを実現するのに必要なツールと技術を評価する。
また、予想できる経済的利益に関しドキュメントを交わし、公益事業者がNIIの展開に参加できるように必要な政策または法律の変更を見極める予定である。
開発すべき新技術は、相互操作性、認証、プライバシー制御、multicast data aggregationの分野での分配システムに関するものであり、エネルギー供給・需要をリアルタイムで管理できるユーティリティの機能強化を行なう。
財政支出を計画しているのはDOEであり、広域・分散ネットワークツール、サービス、プロトコルといったテーマでの開発および実用化プログラムに対して資金を投入する。
これにより、エネルギー使用の効率、保存、請求、顧客サービスを改善し、エンドユーザ相互の交流を喚起し、エネルギー使用の制御を可能とする。
HPCCプログラムでは、環境モニタリングの分野で、NASA、NOAA、EPAの各機関がとりくんでいる。大規模広範囲の環境情報のデジタル・ライブラリが構築され、これらを有効に使用できるようにするための道具が開発される計画である。この中には、衛星画像や広範囲にわたる地球科学データベースの公開、地球観測パイロット情報システム、環境情報への要求を満たす教育訓練プログラムが含まれる。
| プロジェクト | 概 要 |
|---|---|
| EPAのデータ公開 | 生態観測、大気や水質モデルに基づく予測、汚染物質の集団暴露などの色々な環境データベースを公開することを計画。 |
| NOAAの情報普 及パイロット |
インターネット、NIIのネットワークの利用により、NOAAのもつ莫大な実時間および経歴情報をすべての利用者に対して、さらに完全で便利な形で、タイムリーな方法で提供可能にする計画。 |
| NASAの情報インフラストラクチャ技術 | インターネットを利用して地球および宇宙科学に関するデータを公開。 |
| NASAの情報インフラストラクチャアプリケーション | インターネット上にリモートセンシング画像のデータベースへのアクセスと支援ソフトウェアを開発、提供。 その他いくつかの計画がある。 |
HPCCの技術は、製品の加工や製造過程と同じように、製品の設計過程や生産設計に適用することが可能である。それは、製品データの新しい標準の開発が鍵であり、その標準データは生産プロセスの設計と、生産・製造プロセスの設計の高度化を通じて活用できるものである。
さらに、それらの新しい標準データは、機械産業、電気産業、建設業、化学産業などあらゆる分野から注目されている。
現在、このテーマで進められている主な実験プロジェクトの概要は次の通りである。
| 実験プロジェクト | 概 要 |
|---|---|
| NIST製造テスト環境 | SIMAプログラムの一部として、NISTでは、高度製造システム及びネットワークテスト環境(AMSANT)を設置し、産業界でのユーザにデモンストレーション環境を用意すると同時に、自発的な標準を開発・発展させていくための支援を行なっている。 |
| シミュレーションベースの設計・製造の情報高度化 | アイオワ大学とRPI(Rensselaer Polytechnic Institute)で研究されているもので、NIIによって生産組織が設計や製造段階での諸問題をいかに共同開発できるかを検討しているものである。 RPIでは、2つの自動車製造会社での異なるCADシステム間で、ステアリングポンプのソリッドモデルのデータ交換するためのコア技術を開発してきた。ここでは、当初、STEPを用いたデータ交換を行なった。このSTEPはその後、ISOの標準として発表されることになった。STEPによって、どのようなCADシステム間であっても製品データの交換のための中立的なフォーマットが提供されているのである。 |
| 複合材を用いたミクロ構造レベルの特性研究 | テキサス大学で研究されているもので、複合材の最適設計のための理論計算上のツールボックスを開発することが目的である。機械技術者とコンピュータ技術者が共同でミクロ構造レベルから直接、複合材の設計、分析を行なうことができる計算式群を開発することを目的としている。 |
| その他 | ARPAにより、製造業のための情報基盤サービスの開発などが進められている。 |
ADLの調査により、「ITのイノベーションのプロセスは、過去の大技術の歴史を見ても分かるように、それは必ずしも基礎研究、応用研究、プロトタイプ開発、商業化といった順に進んでいくわけではなく、むしろ基礎研究と開発とのやり取りのフィードバック、あるいは大学・研究所と産業とのやり取りを通じた中で、ある所で予期しなかった発明が出、大きく商業化されるケースである。政府による支援は、特定の研究トピックや特定の研究開発段階を対象にした場合ではなく、このフィードバックサイクルを回転させることを狙いとした時に最もその効果を発揮している。」ということが示された。
ここでは、情報技術およびその研究開発プロセスの特徴の検討から米国における政府支援プログラムの役割について検討した概要を示す。

図に示したモデルは、情報技術の開発がまさにこうしたスパイラル的な展開に従うことを摸式化したものである。
ある技術要素は、本モデルに言うようなスパイラルが繰り返されるなかで、次第に技術要素が成熟化し、重層化されていくとみることができる。このスパイラルのなかで、殆どの技術要素が淘汰される一方で、ある技術要素は当初予想できない程に大規模な市場を形成することがある。技術要素の淘汰は幾つかの理由で起こる。当然、当該技術要素で実現した機能がユーザニーズに適合せず、市場のなかで淘汰される場合が多い。技術要素の淘汰は、「標準化・プラットフォーム化」のフェーズにおいてもおこる。我が国企業では、そもそも自社技術要素を他の技術と組み合せて利用できるようなパッケージ化に対して積極的でなかったと言われている。また、うまく技術要素のパッケージ化が行なわれたとしても、他の技術と結合するインタフェースの標準化が不十分であったり、当該標準をオープンにしなかったことで、うまく市場化に結び付かない場合もある。こうした「標準化・プラットフォーム化」において成功している米国の場合、しばしば見られることは技術の標準化が「de facto 標準(事実上の標準)」ベースで行なわれることである。
結論から言えば、図に示すように、米国の連邦政府は「研究開発」、「標準化・プラットフォーム化」、「市場化・情報基盤整備」の各フェーズにおいて、当該技術要素が実用技術として成熟するまでに、何等かの形で重要な役割を担っていたのではないか、ということが、ここで明かにしたい要点である。
