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2.2 HPCCにおけるNational Challengesの現況

 ADLの調査により、米国政府のIT研究開発の中心的プログラムは、NIIを推進する政策であるHPCC(High Performance Computing and Communications)であり、米国政府のIT研究開発支出の総額の約40%の11億ドルがHPCCに支出されていることが示された。

 このため、以下ではHPCCの概要とHPCCのなかで応用を指向した目標を持つNational Challengesについてその概要を示す。

2.2.1 HPCCプログラムの概要

 連邦政府のHPCC(High Performance Computing and Communications)プログラムは、科学技術分野における技術・アプリケーションの飛躍的発展を促進するものとして、GII(Global Information Infrastructure)構想を実現するための情報技術研究開発における計画・調整・投資基盤のモデルとなることが想定されている。

 HPCCプログラムは、1991年のHigh Performance Computing Act(Public Law 102-194)から始まっており、次の3つの到達目標が設定されている。

HPCCプログラムの到達目標
  • 高度コンピュータ技術及びコンピュータ通信技術において、米国の技術的リーダーシップを確保し続けること
     
  • 経済的競争力、国家安全保障、教育、健康増進、地球環境維持などの発展と革新を促進する技術の広範な普及と適用を図ること
     
  • NII(National Information Infrastructure)構想を実現するためのキーテクノロジーを提供し、NIIをベースにしたアプリケーションのいくつかをデモンストレーションすること
  •  HPCCプログラムは、次の5つのプログラム要素からなっている。これらの中で、Grand ChallengesはASTAに、National ChallengesはIITAに含まれている。

  • HPCS(High Performance Computing Systems)
    米国の技術優位性を確保するために、スケーラブルコンピュータ技術の開発を行なう。そこでは、テラops(Operating per Second)以上の性能を確保する。並列かつ分散型のコンピュータシステムは、巨大かつ高性能のシステムの利用をワークステーションから可能にする。また、このワークステーションは、ポータブルかつワイヤレスなものへの拡張を図る。
     
  • NREN(National Research and Education Network)
    高度コンピュータ・通信技術を用いて、教育・研究等の学術研究機関間のネットワークを開発、構築する。これによって、国家レベルでの有線・無線・衛星通信、光ファイバー通信、標準プロトコル、インターフェースなどのプロトタイプも開発対象に含まれ、電気通信業界の技術革新に寄与する。
     
  • ASTA(Advanced Software Technology and Algorithms)
    Grand Challengesのような巨大な問題を解決するためにHPCCで開発されたツールやメソッドを使えるソフトウェアやアルゴリズムの開発を行なう。そこでのソフトウェアや初期のプロトタイプシステムは、高度コンピュータ・通信システムを用いてテスト・評価する。そこでは、気象観測、気候予測、環境監視、エネルギー効率のよい自動車・航空機、基礎科学研究などが含まれている。
     
  • IITA(Information Infrastructure Technology and Applications)
    分散型アプリケーション、知的インターフェース、仮想環境などNational Challengesの情報技術開発を行なう。それらは、教育、生涯教育、電子図書館、健康管理、製造技術、電子商取引、環境監視などの情報集約型のアプリケーションである。IITAは、HPCCの技術をベースに、これらの技術市場を拡張し、GII構想実現のための産業開発を促進する。
     
  • BRHR(Basic Research and Human Resources)
    HPCCの資源を活用して、研究、訓練、教育、コンピュータ工学、情報基盤の拡充などを支援する。
  •  HPCCプログラムは、1991年のHigh Performance Computing Actから始まり、変化する世の中のニーズに応じて技術開発の方向性をダイナミックに修正し続けることが求められている。National Research Council のComputer Science and Telecommunications Boardの1995年のレポート「Evolving HPCCI to Support the NII」では、今後どういう方向で進むべきか、解決すべき課題について報告している。
     このうち、全体的課題として、次の2点をあげている。

    全体的課題
  • 情報技術開発への支援の継続
     情報技術開発への支援は、今後も継続的に続ける必要がある。主要な出資機関、特に、NSF、ARPAは、他の特殊なプログラムから独立したコンピュータ及び通信の研究開発を強力に推進すべきである。
     
  • HPCCそのものの継続
    国家的な情報基盤(NII)の発展によって脚光を浴びている研究開発をより推進するものとして、HPCCIの活動を継続すべきである。
  •  この報告によると、情報技術の発展維持のためには、HPCCの活動そのものは不可欠であることが強調されており、今後数年間にわたっては、現状レベルでのHPCCの活動は維持されるものと予想される。

    2.2.2 HPCCにおけるNational Challenges

     HPCCにおけるNational Challengesは、実用面を重視した製品、サービスなどの応用技術研究が主体の大規模な研究開発プロジェクトである。

     1996年予算ベースでの具体的な研究テーマは、次のとおりである。

    National Challengesの研究テーマ

    Digital Libraries
    Public Access to Government Information
    Electronic Commerce
    Civil Infrastructure
    Education and Lifelong Learning
    Energy Management
    Environment Monitoring
    Health Care
    Manufacturing Processes and Products

     本報告書の第Ⅲ部では、上記9テーマのうち、Civil Infrastructure、Health Careを除く7テーマについて現況を報告している。

     ここでは、このうち最も広範に、多くのプロジェクトで実施されているデジタル・ライブラリについて概要を示すとともに、各テーマについて概観する。

    (1)デジタル・ライブラリ

     1994年、NSF、ARPA、NASAは共同でデジタル・ライブラリ研究および技術開発に対して4年単位の出資を行なった。その対象である6つの研究グループは、それぞれリーダーとなる大学と10以上の団体(図書館、博物館、出版社、学校、コンピュータベンダー、通信事業者など)によって構成されている。

    表I−3 デジタルライブラリー共同研究
    リーダの大学 プロジェクト名 研 究 概 要
    カリフォルニア大
    バークレー校
    環境ライブラリ
    (拡張性のある知的分散型ライブラリーのプロトタイプ)
    カリフォルニア州の環境をテーマとしたデジタル・ライブラリ
    ミシガン大学 ミシガン大学デジタル・ライブラリプロジェクト 地球および宇宙に関する科学データの巨大なマルチメディア環境を創造すること
    カリフォルニア大
    サンタバーバラ校
    アレキサンドリアプロジェクト 地図、画像さらには将来の電子ライブラリで行なわれるであろうサービスについて
    スタンフォード大 スタンフォード知的デジタル・ライブラリプロジェクト 多数のネットワークで接続された資源および蓄積へのアクセスを一つの巨大な「仮想」ライブラリとして扱う統合技術
    イリノイ大学 NCSAのMosaicをカスタマイズ
    カーネギー・メロン大 インフォメディアプロジェクト 双方向のデジタルビデオのライブラリシステムの開発

     NASAはデジタル・ライブラリ技術の研究開発にリモート・センシング画像のアクセス支援および集配信、特に公共・民間の両方に使える拡張性の高いアプリケーションに対して出資を行なっている。共同研究の早期成果を期待して1994年度および1995年度初頭に7つのデジタル・ライブラリ技術プロジェクトに出資を行なった。その対象は、公立学校、博物館、大学、一般民間企業が含まれている。

     これら7つのプロジェクトは次のようなものである。

    表I−4 デジタル・ライブラリ技術プロジェクト
    実施機関 実験プロジェクト 概   要
    ベル通信研究所 統合空間データアクセス研究組合 NASAの画像やその他の地球空間データを扱う
    IBM デジタル映像のコンテンツ
    検索システム研究
    コンテンツをベースとした検索を画像の引用アルゴリズムを改良し、スピードアップを図る
    コンピュータ
    サイエンス社
    家庭からのNASAへのアクセス CATVから主婦がインターネットにアクセス可能になるような基盤をフィールド実験
    ライス大、
    ヒューストン
    自然科学博物館
    公的接続の検証:リアルタイムの地球・宇宙科学データの双方向実験 NASAのリアルタイムに近いデータ、映像等をライス大学から博物館に転送し、プラネタリウムのプログラムの形で一般の人々がコンピュータによる双方向情報窓や宇宙、地球科学の問題解決型シミュレーションを行なう
    イリノイ大 プロジェクト・ホライズン インターネットを通して、地球と宇宙の科学データの両方を移動、統合、分析するデジタル・ライブラリ技術を一般に提供
    ウィスコンシン大 デジタル映像の圧縮、転送 新しい圧縮技術とサーバを用いた転送プロトコル、視覚化ソフトウェアの提供
    ローラル・
    エアロシステム社
    SAIRE− エージェントベースの情報検索エンジン インターネットを通して、合衆国グローバル・チェンジ・マスター・ディレクトリから地球および宇宙に関する科学データを利用する熟練者と初心者の両方に適用可能なソフトウェアを開発

     NASAは、1995年度の後半から第2段階のデジタル・ライブラリ技術のパートナー選びを進めている。この選定作業は、1996年になされる予定である。

     この他、「気象衛星NOAAのリアルタイムや時系列データのデジタル・ライブラリ」、「環境データの分散資源を用いた知的双方向総合分析技術の開発」、「コンピュータ科学技術レポートや関連情報の実験環境整備やネットワークによる検索・表示・分析技術の開発」、「ネットワーク環境下での電子的著作権管理技術の開発」、「異なったデジタル・ライブラリであっても関連概念で言語記述できる統合医学言語システム(UMLS)の研究開発」、「CALS情報へのアクセス提供を行なうライブラリ」などのプロジェクトが進められている。

     以上のプロジェクトでのデジタル・ライブラリに関する研究課題については、1995年のIITAデジタル・ライブラリ ワークショップにおいて、相互操作性、対象の表現、 蓄積の管理と組織、ユーザインタフェースと人間−コンピュータ間の相互作用、経済的・社会的・法的問題などの観点から現在の課題について報告している。

    (2)政府情報の一般公開

     「政府情報の一般公開」は「デジタル・ライブラリ」技術を基盤技術として、政府関連機関に蓄えられた各種の情報を専門家から子供たちまでに広く提供することを目標としている。

     このため、本テーマは、National Challengeの研究テーマの「デジタル・ライブラリ」と「教育及び生涯学習」に深い関連を持っている。

     Mosaic等のブラウザでアクセスできる、インターネット上のサーバーに構築されたHPCCプログラムの財政支援を受けたデジタル・ライブラリを下記に挙げる。

    表I−5 インターネット上のサーバに構築されたデジタル・ライブラリ
    分 野 デジタル・ライブラリ概要
    地球情報 NASAはデジタル・ライブラリ関連技術とリモートセンシング情報利用プロジェクトに関する情報を一般に公開するために、様々な企業や大学と協力してリモートセンシング情報公開センター(Remote Sensing Public Access Center)を1994年に設立した。また、1994年から1995年にかけて18のリモートセンシング情報利用プロジェクトに資金援助を行なった。
    教 育
    教育省はインターネットベースのAskERIC(Educational Resources Information Center)を設立した。これは下記の機能を提供する。
    1. 質問を受付、回答を返すサービス
    2. 学習計画やプリント、(CNNやDiscovery Channel、PBS等から得られる)ビデオ教材、調査情報等を提供する先生のための仮想図書館
    3. National Urban League と協同で開発された、National Parent Network(これは両親が子供の成長を支えるための材料を含む)
    健康管理情報
  • 医学文献解析検索システムMEDLARSをさらに使いやすく、簡便に検索できるように、NLMはPC/マッキントッシュ互換のGrateful Medソフトウェアを開発した。インターネットの素早い通信機能を生かしたGrateful Medの利便性により、健康管理の専門家の利用が大きく増進した。
  • 国立バイオテクノロジーセンター(NCBI)は分子生物学、生化学、遺伝学に関する知識を自動的に蓄積・分析するシステムの構築を進めている。
  • 国立ガン研究所(NCI)は、ガンの抽出、予防、治療、看護に関するPDQ (Physician Data Query)記述機能(英語とスペイン語の利用が可能)と、ガンシート、文献を含むCancerFax とCancerNet(インターネットのe-mail)情報を無料で提供している。
  • (3)エレクトロニック・コマース

     NISTとARPAは共同で、より効率的で経済的なビジネスデータ交換システムを作り上げることをNational Challengeとして行なっている。このビジネスデータ交換は、電子的な入札、注文、支払い、製品仕様やデザインのデジタルデータの交換を行なうものである。

     1994年NISTはエレクトロニック・コマース技術開発機関を設立した。ここでは、ARPA、NSA、NSFなどのいくつかの機関で開発された技術を統合することを目的としている。さらに、24以上の共同研究開発要綱(CRADAs)に従う参加企業は、展示目的で器材やソフトウェアを貸し出し、電子カタログやVAN(付加価値ネットワーク)へのオンラインによるアクセスを行なっている。

     エレクトロニック・コマースは、いくつかの実験プロジェクトで実施されている。

    表I−6 エレクトロニック・コマースの実験プロジェクト
    実験プロジェクト 概   要
    コマースネット コマースネットは、インターネット上でエレクトロニック・コマース(電子取引)を実現するための大規模な実証実験を行なう非営利コンソーシアムである。
    1994年4月から3年間のプロジェクトとして連邦政府から認定され、600万ドルの予算を獲得した。また、コマースネット参加企業から、同額(600万ドル)のマッチング・ギフトを受けている。
    設立当初のコマースネットのメンバーは、シリンコンバレー地区の半導体、コンピュータ及び金融機関を中心に、その顧客、取引先、関連する公的機関で構成されていた。このようにコマースネットそのものは、カリフォルニア州北部を中心に開始されたプロジェクトであるが、現在では州外からの参加も可能であり、他地域のエレクトロニック・コマース実験プロジェクトとの積極的な連携も進められている。
    RDA/SQL
    プロトタイプ
    分散しているデータベースから情報を取り出すために、NISTはRDA(遠隔データベース標準化アクセスプロトコル)とSQL(構造化問合せ言語)を高度化している。これによって、分散データベースから情報を取り出すことが可能となる。
    製品モデル等の
    情報交換標準化
    1995年度と1996年度にNISTでは、製品モデルデータの情報交換標準(STEP)や他のデータ交換標準を用いた産業での共同研究を予定している。そこでは、NISTのデモ機関での戦略検討も目的とされている。
    1996年度には、NISTで、インターネットベースの情報アクセス、検索、選択のためのインタフェースの提供と、それらの標準参照データ、標準参照材料の普及を予定している。
    自動調達機能 FASTへの支援によって、ARPAでは自動調達の機能を含んだエレクトロニック・コマースでの課題に着目している。そこでのニーズは、間接費の少ない製品開発支援を国防省と産業界との間でのビジネスに対してFASTを通して実現するものである。

    (4)教育と生涯学習

     教育と生涯学習に対するNational Challengeでは、あらゆる年齢の人々や様々な能力を持つ人々を対象とした教育、訓練、学習システム実現のために、HPCC技術を利用するとしており、その目指すところは、次のとおりである。

  • 地理的に離れた地域にいる学生を、最良の方法で教育すること。
  • あらゆる教育レベルに対し、教師が利用できるリソースを増強すること。
  • 学生は、図書館に出かけずに、情報やリソースにアクセスできること。
  • 年齢や地域に関係なく、人々に教育の機会を与えること。
  • 学生でも教授でも、それぞれのレベルに合った情報をネットワーク経由で入手できること。
  • 表I−7 教育と生涯学習に関するNSFとNASAの活動の概要
    実施機関 概   要
    NSF
  • 学生の、MOSIS(Metal Oxide Semiconductor Implementation Service)によるVLSI製作に資金供与
  • ハイスクールの学生と教師に研究を体験してもらう探求プログラムの実施
  • 教育ネットワークのパイロット・プロジェクトの実施
  • デジタル・ライブラリの教育への応用に対するパイロットモデルと大規模モデルの開発
  • インターネットを利用したメリーランド州でのバーチャル・ハイスクールの試行
  • NASA
  • K−12プログラムを推進
    教室とNASAをオンライン接続し、進行中の作業や人工衛星から受信した映像を、生中継を含めて紹介。専門家のレポートも提供。
    など。
  • (5)エネルギー・マネジメント

     エネルギー需給の管理の改善は、石油消費、発電所への投資、貿易赤字のすべてに利益をもたらす。このため、DOEと公益事業者は、ドキュメントを交わし、エネルギー需給管理に関するNational Challengeを実現するのに必要なツールと技術を評価する。

     また、予想できる経済的利益に関しドキュメントを交わし、公益事業者がNIIの展開に参加できるように必要な政策または法律の変更を見極める予定である。

     開発すべき新技術は、相互操作性、認証、プライバシー制御、multicast data aggregationの分野での分配システムに関するものであり、エネルギー供給・需要をリアルタイムで管理できるユーティリティの機能強化を行なう。

     財政支出を計画しているのはDOEであり、広域・分散ネットワークツール、サービス、プロトコルといったテーマでの開発および実用化プログラムに対して資金を投入する。

     これにより、エネルギー使用の効率、保存、請求、顧客サービスを改善し、エンドユーザ相互の交流を喚起し、エネルギー使用の制御を可能とする。

    (6)環境モニタリング

     HPCCプログラムでは、環境モニタリングの分野で、NASA、NOAA、EPAの各機関がとりくんでいる。大規模広範囲の環境情報のデジタル・ライブラリが構築され、これらを有効に使用できるようにするための道具が開発される計画である。この中には、衛星画像や広範囲にわたる地球科学データベースの公開、地球観測パイロット情報システム、環境情報への要求を満たす教育訓練プログラムが含まれる。

    表I−8 IITA関連の環境モニタリング活動概況
    プロジェクト 概   要
    EPAのデータ公開 生態観測、大気や水質モデルに基づく予測、汚染物質の集団暴露などの色々な環境データベースを公開することを計画。
    NOAAの情報普
    及パイロット
    インターネット、NIIのネットワークの利用により、NOAAのもつ莫大な実時間および経歴情報をすべての利用者に対して、さらに完全で便利な形で、タイムリーな方法で提供可能にする計画。
    NASAの情報インフラストラクチャ技術 インターネットを利用して地球および宇宙科学に関するデータを公開。
    NASAの情報インフラストラクチャアプリケーション インターネット上にリモートセンシング画像のデータベースへのアクセスと支援ソフトウェアを開発、提供。
    その他いくつかの計画がある。

    (7)製造プロセス及び製品

     HPCCの技術は、製品の加工や製造過程と同じように、製品の設計過程や生産設計に適用することが可能である。それは、製品データの新しい標準の開発が鍵であり、その標準データは生産プロセスの設計と、生産・製造プロセスの設計の高度化を通じて活用できるものである。

     さらに、それらの新しい標準データは、機械産業、電気産業、建設業、化学産業などあらゆる分野から注目されている。

     現在、このテーマで進められている主な実験プロジェクトの概要は次の通りである。

    表I−9 「製造プロセス及び製品」の実験プロジェクト
    実験プロジェクト 概   要
    NIST製造テスト環境 SIMAプログラムの一部として、NISTでは、高度製造システム及びネットワークテスト環境(AMSANT)を設置し、産業界でのユーザにデモンストレーション環境を用意すると同時に、自発的な標準を開発・発展させていくための支援を行なっている。
    シミュレーションベースの設計・製造の情報高度化 アイオワ大学とRPI(Rensselaer Polytechnic Institute)で研究されているもので、NIIによって生産組織が設計や製造段階での諸問題をいかに共同開発できるかを検討しているものである。
    RPIでは、2つの自動車製造会社での異なるCADシステム間で、ステアリングポンプのソリッドモデルのデータ交換するためのコア技術を開発してきた。ここでは、当初、STEPを用いたデータ交換を行なった。このSTEPはその後、ISOの標準として発表されることになった。STEPによって、どのようなCADシステム間であっても製品データの交換のための中立的なフォーマットが提供されているのである。
    複合材を用いたミクロ構造レベルの特性研究 テキサス大学で研究されているもので、複合材の最適設計のための理論計算上のツールボックスを開発することが目的である。機械技術者とコンピュータ技術者が共同でミクロ構造レベルから直接、複合材の設計、分析を行なうことができる計算式群を開発することを目的としている。
    その他 ARPAにより、製造業のための情報基盤サービスの開発などが進められている。

    2.3 米国の先端的ソフトウェア研究開発における
       連邦政府プログラムの役割

     ADLの調査により、「ITのイノベーションのプロセスは、過去の大技術の歴史を見ても分かるように、それは必ずしも基礎研究、応用研究、プロトタイプ開発、商業化といった順に進んでいくわけではなく、むしろ基礎研究と開発とのやり取りのフィードバック、あるいは大学・研究所と産業とのやり取りを通じた中で、ある所で予期しなかった発明が出、大きく商業化されるケースである。政府による支援は、特定の研究トピックや特定の研究開発段階を対象にした場合ではなく、このフィードバックサイクルを回転させることを狙いとした時に最もその効果を発揮している。」ということが示された。

     ここでは、情報技術およびその研究開発プロセスの特徴の検討から米国における政府支援プログラムの役割について検討した概要を示す。

    (1)情報技術とその開発プロセスの特徴に関する検討

     (a) 情報技術の特徴

     情報技術は、その技術要素に付与される開発者の独創性に依存する割合が他の分野と比較して大きな分野ということが言える。特にソフトウェア領域の技術要素では、当該技術要素が前提とするアイディアやアーキテクチャが技術の良し悪しを支配する主要要因として重要になってくる。(技術要素の独創指向性
     
     また、情報技術は、その成熟化・ソフト化が進むにつれて、当該技術を構成する技術要素が重層化してきているという見方ができる。すなわち、あるアイディアやアーキテクチャをベースとする技術要素の研究開発や製品化は、それ以前に開発された技術要素を前提とし、その上位技術として構成されることが一般化してきているということである。(技術要素の重層性
     
     近年ではネットワーク化、デジタル化が進むことによって、情報システムを構成する情報技術は一層複雑化してきている。個々の技術要素は他の技術要素と特定のインタフェースを形成しながら組み合わされ、全体としては技術の重層化が進んでいるという見方ができる。(情報技術の重層化
     
     このように技術要素を重層的に構成するアプローチでは、特定の技術要素の「プラットフォーム化」を進める。このプラットフォーム化された技術とは、「当該技術要素の上位技術としてより高度な機能を提供する技術要素の創出を促進するするような技術要素」を指し、情報技術を構成する上で重要な役割を担うものと考えられるものである。

     (b) 情報技術の研究開発プロセスの特徴

     情報技術がもつ幾つかの特徴によって、それらの情報技術を研究開発するプロセスについても幾つかの重要な特徴を指摘することができる。
     
     技術要素の重層化が進み、いわゆる「プラットフォーム技術」が情報技術において果たす役割が大きくなることで、単に特定の技術要素を「研究開発」することと、当該技術要素の「標準化」あるいは「プラットフォーム化」、そうしたプラットフォームを用いた製品の「市場化」あるいは「情報基盤構築」ということが不可分の関係を作り出している、という点である。
     
     このように、ある技術要素の「研究開発」、当該技術要素の「標準化・プラットフォーム化」、「市場化・情報基盤整備」といった開発プロセスは、相互に緊密な関係をもちつつ、それぞれが情報技術の開発に本質的な役割を果たしている。しかも、これらの開発プロセスは一つの技術要素について一回のみ現れるのではなく、それ以前のプロセスの影響や重層化された技術蓄積の上に、循環的に現れる傾向がある。

    図I−4 情報技術の開発モデル

     図に示したモデルは、情報技術の開発がまさにこうしたスパイラル的な展開に従うことを摸式化したものである。

     ある技術要素は、本モデルに言うようなスパイラルが繰り返されるなかで、次第に技術要素が成熟化し、重層化されていくとみることができる。このスパイラルのなかで、殆どの技術要素が淘汰される一方で、ある技術要素は当初予想できない程に大規模な市場を形成することがある。技術要素の淘汰は幾つかの理由で起こる。当然、当該技術要素で実現した機能がユーザニーズに適合せず、市場のなかで淘汰される場合が多い。技術要素の淘汰は、「標準化・プラットフォーム化」のフェーズにおいてもおこる。我が国企業では、そもそも自社技術要素を他の技術と組み合せて利用できるようなパッケージ化に対して積極的でなかったと言われている。また、うまく技術要素のパッケージ化が行なわれたとしても、他の技術と結合するインタフェースの標準化が不十分であったり、当該標準をオープンにしなかったことで、うまく市場化に結び付かない場合もある。こうした「標準化・プラットフォーム化」において成功している米国の場合、しばしば見られることは技術の標準化が「de facto 標準(事実上の標準)」ベースで行なわれることである。

    (2)情報技術開発における米国連邦政府の役割

     結論から言えば、図に示すように、米国の連邦政府は「研究開発」、「標準化・プラットフォーム化」、「市場化・情報基盤整備」の各フェーズにおいて、当該技術要素が実用技術として成熟するまでに、何等かの形で重要な役割を担っていたのではないか、ということが、ここで明かにしたい要点である。

    図I−5 スパイラル開発モデルと連邦政府の役割

     (a) 研究開発における米国政府の役割

     CSTBレポートによれば、情報技術分野において米国の連邦政府の研究開発プログラムの支出は全体で10億ドルのオーダであり、民間が拠出している総額200億ドルから比べれば必ずしも大きな割合を占めている訳ではない。しかし同リポートは、民間企業が投資を躊躇するような基礎的研究あるいは探索的研究分野において、連邦政府の支援は欠かせないとしている。
     連邦政府支援プログラムの研究開発における役割としては、次の4つがある。

  • 確立していない技術への挑戦
  • 基礎研究への貢献
  • オープンかつコンペティティブな環境の確保
  • 多様なアプローチへの支援
  •  (b) 市場化・情報基盤整備における米国政府の役割

  • コンピュータの先進ユーザ
  • 情報基盤の整備
  •  連邦政府自体は、先進ユーザとして情報技術を直接利用することによって、情報技術の開発プロセスのうち「市場化・情報基盤整備」において主要な役割を担っている。連邦政府が実施する宇宙・軍事関連開発は、常に先進的なコンピュータ技術のユーザであり、自らのミッションに沿ったコンピュータ技術の研究開発に対するスポンサーになっている。
     連邦政府は、NRENを通じてSupercomputing Center等の計算資源やデジタル・ライブラリ等の情報資源にアクセスできるインフラストラクチャを構築しようとしている。ここで構築された情報基盤は、すでに述べたように新たな研究開発を触発することが期待されている。すでに、HPCCIではネットワーク上で新たな高性能コンピュータを利用するアプリケーションとして遠隔医療、デジタルライブラリ、教育、製造(CALS)、電子商取引、行政サービス、環境モニタリング等の「National Challenge」と呼ばれるアプリケーションに関する研究開発を1994年より同プログラムに追加している。このコンポーネントには、情報アクセス技術や知的インタフェース技術のように、ネットワーク上でコンピュータを利用するための基本的なプラットフォーム技術の研究開発も含まれている 。

     (c) 研究開発から情報基盤整備までの
        政府支援(インターネットの事例)

     インターネットは、その技術的起源から国家的な情報基盤として整備するまで、連邦機関が前述のスパイラル開発モデルにより一貫して支援してきた技術分野であると見ることができる。

     (d) 産学官の連携

     米国の連邦機関は民間に対しても研究開発の資金支援を行なっている点は、日本が殆ど大学を対象としていることと比較して大きな違いになっている。このような資金的背景もあって、連邦機関の研究開発プログラムの存在自体が、大学と企業間の研究開発の連携が良好に行なわれることに寄与していると見ることができる。

     (e) 長期的な研究開発の継続

     情報技術のスパイラルな開発モデルについて言える重要な点は、スパイラルモデルにおいて複数のサイクルが継続的に支援されるような研究開発プログラムの長期的ビジョンが不可欠である、ということである。米国における連邦研究開発プログラムを見る限り、ある技術分野の研究開発は、支援レベルの波は存在するにしてもこれまで継続的かつ戦略的に展開されてきているのではないかと見ることができる。