米国の連邦政府R&D計画における省庁間の役割分担と連携の仕組み
科学技術に対する米国政府の研究開発投資は、ほとんどの先進国と同様に、支出額の規模の点でも運営に要する行政職員の人数の点でも、巨大な事業である。しかし、経済成長の促進と国民の生活水準の向上という点で期待できる潜在的な利益も、それに劣らず巨大である。しかしながら、この投資を賢明かつ効率的に実行することは、必ずしもいつも簡単なことではなかった。この困難の背景には多くの要因が存在しているが、最大の理由の1つは、単一の複雑な国家の研究開発ポートフォリオの作成と管理に多数の政府機関が参加していることである。このように単一の対象に多数の当事者が関係していることから、必然的に、政府内に競争や対抗意識が生じ、それが資源の無駄遣いやプログラムの重複に結び付くことも少なくない。
それにもかかわらず、過去には例外も存在した。米国では、最近、特に過去10年の間に、省庁間連携の非常に優れた成功事例が出現している。本調査は、こうした事例を中心として実施された。本書で示した分析結果は、連邦政府の研究開発の機構全般の内部的な働きと、特に省庁間の情報技術 (IT) プログラムのプロセスと組織構造に関する系統的な調査に基づいている。これによって、過去と現在の両方の事例から価値ある教訓を引き出す手がかりが得られるであろう。どのような調査でもそうであるが、複雑なテーマに関する疑問には、非常に少数の単純な回答が存在するものである。以下には、第3章から第5章までの分析から引き出した結論を、第1章 (「はじめに」) で概略を述べた問題提起への回答として示すと同時に、第2章で設定した全体的な背景に即して表現する形でまとめた。
・ 基礎研究から、技術開発、そして商業化への研究開発投資の流れ − 米国の研究開発ポートフォリオは、多数の政府機関にわたるこの3つの活動段階すべてから成り立っている。一部の機関 (例:NSF) の場合、その主要なミッションは基礎研究、教育、人材開発である。一方、商務省 (DOC) の国立標準技術研究所 (NIST) のような機関はその対極にあり、産業界や商用化の世界の方に近い。そして、両者の中間に、NIHやDOEのような機関が位置する。こうした異なる性格の組織の混在は、連邦政府の資源配分を困難にする要因ではあるが、省庁間連携を促す原動力としての機能も果たしている。第4章では、この財源の幅広さがどのような形でイノベーション・パイプラインの基盤として役立っており、政府の助成による基礎研究を産業とビジネスに結び付けているかについて検討した。
・ 複数の機関による財政支援の目的とそのメリット − 資源、投資リスク、そして運営/管理の専門知識を共有することは、各機関に省庁間コラボレーションを指向させる大きな原動力である。さらに、共同プロジェクトはしばしば副産物を生み出す。たとえば、より幅広いビジョンやより野心的な研究計画が生み出されたり、予想外の成果が得られたりする。こうした収穫すべてを適切に実行に移すことができ、しかも幸運が作用すれば、予算の拡大や安定した政府助成の確保などが実現する可能性もある。このようなプロセスは、新しいインフラストラクチャの構築や新興分野の育成で特に重要である。第3章では、このテーマについて詳細に論じた。
・ 省庁間の調整を担う組織の役割と意思決定プロセス − 長年の間に、省庁間連携のさまざまな実践的モデルが発展してきた。どのモデルが有効であるかは、プログラムの特性と規模によって異なる。中小規模のイニシアチブ (例:DLIプログラム) は、草の根的な活動の成果である。大規模プログラム (例:NITRD) は、トップからの強力なリーダーシップなしには成功しなかったであろう。しかし、成功の共通要素として、明確な展望と連帯意識を育成する強力なリーダーシップと優れた人材を適切に組み合わせることがある。適切な組織構造も、あらゆる連携活動に必須である。詳細な分析と事例を第5章に示した。
・ 政府機関ごとの助成方式の相違 − 複数の機関が関与することは、共同プログラムへの助成を困難にする要因の1つであるが、これは1つの財産にもなり得る。文化、管理スタイル、研究の優先順位、そしてミッション要件が異なることが、必ずしも葛藤だけを生み出すとは限らない。それどころか、適切に管理すれば、互いに相補的に働いて、より大規模で困難な目標を達成する力になることもあり得る。たとえば、NSFとDARPAは、伝統的に、こうした側面すべてにおいて対極に位置する機関である。しかし、前述したような省庁間プログラムの多くで、この2つの機関は互いの相違点を相補的な資産へと変貌させ、互いに連携しながら、無駄を排除し、より積極果敢な研究計画を大規模イニシアチブと小規模イニシアチブの両方の形で推進してきたのである。第2章でこのテーマを幅広い背景の中で論じ、第5章でその具体的な例を示した。
・ 複数の機関からの財政支援を求める研究者の立場 − 研究コミュニティ、特に大学関係の施設は、国の研究開発事業の根幹を支える大黒柱である。大学は、研究を実施する機関としての役割のほかに、省庁間の連携を築き上げる役割も演じている。中核的な研究センターとして実績を確立している大学は、複数の政府機関から支援を引き付けやすい傾向がある。これは、第5章で述べたように、単純な経済原理と堅実なリスク管理手法であり、省庁間のコラボレーションに対して有利に働いている要因である。
最後に、簡潔な表の形式で、本報告書の中心概念と一般的な結論を要約する。この表は、省庁間連携の業績マトリックスであり、プログラムとその成果を対比したものである。表の項目には、第4章と第5章で検討した具体的な事例に基づいた主要な調査結果を、第2章と第3章で提示した一般的な背景を使用して配列している。
| 省庁間連携マトリックス:プログラムと成果 | 主な目標/成果 | 連携の形態と程度 | 最も重要な影響/効果 | |
| 代表的な情報技術中核研究領域 | データベース・システム | 一連のデータベース・モデル、技術、照会言語標準を開発した。他の新しいコンテンツ・ベース産業の基礎を築いた。 | 基礎研究は企業の研究所とNSSまたはDODの助成を受けた大学で実施された。 | 研究成果は世界規模の数十億ドル規模のビジネスに結び付いた。多数の科学技術分野に必要不可欠な技術になった。 |
| コンピュータ・グラフィックス | 人間/コンピュータ間インタフェース (wwwを含む) のためのグラフィックス・ハードウェア/ソフトウェアを数世代にわたって開発した。 | DARPAとNSFが基礎研究を支援。他の機関 (DOE、NASA、NIH) が応用研究の助成に参加。仮想現実 (VR) に関する機関合同タスクフォースを設立した。 | 数十億ドル規模のビジネスが多数の業界に出現。特に娯楽産業を激変させた。可視化技術が科学研究を劇的に改革した。 | |
| コンピュータ・ネットワーキング | インターネット向けの主要技術 (時分割から、パケット交換、インターネット・プロトコル、クライアント/サーバ技術まで) を開発。 | DARPAが開始した草分け的なネットワーク研究開発がARPANETとして結実。NSFとDARPAが共同で商用インターネットを実用化。他の機関はパートナーとして参加した。 | 世界規模の接続性の実現に必要不可欠なコンポーネントとインフラストラクチャとなった。数十億ドルを超える規模の多数の産業を創出した。社会全般と人間の行動様式のあらゆる面を劇的に変革した。 | |
| 人工知能 (AI) | この研究分野の基盤を構築し、初期の構想から正式な学問分野へと発展させた。人間の能力を拡大強化する一連のインテリジェント・ツールと補助技術を開発した。 | DARPAが他のDOD機関の支援を得て初期の研究を先導。後にNSFが研究と教育に関するバランスのとれた支援を提供。最近の機関合同プログラムは新しいAI技術の発展に重要な役割を演じている。 | 現在、AIは、多様な形態で、多数の業界の多数の製品とサービスに組み込まれている。複数の機関による支援がこの分野の長期的な存続と発展には必要不可欠である。 | |
| 代表的な主要省庁間イニシアチブ | 電子図書館研究 (DLI) | フェーズ1の研究は、新しいDL技術とテストベッドを開発した。フェーズ2は、研究を応用領域まで拡大し、知識の創出から保存までのサイクル全体を扱う。 | 複数の機関の連携がこのプログラムの最大の特徴。草の根的な非公式活動が連携の主要な原動力となっている。将来の活動とその成否は参加機関の指導力如何にかかっている。 | 実験的研究のための情報インフラストラクチャを世界規模で構築。新しいコンテンツ・ベース産業の初期の基盤を形成。図書館とその教育システムを変革した。 |
| ネットワーキング/情報技術研究開発 (NITRD) | HPCC分野の優先研究課題を設定。次世代インターネット・イニシアチブの取り組みを主導。大々的な活動によって過去3年間の助成拡大を実現し、研究開発プログラムの方向性を大きく転換させてネットワーキング/情報技術研究開発に対する現在の注力を導き出した。 | 省庁間の非公式のコラボレーションが、公式の集中管理型機関合同プログラムに結び付いた。省庁間連携の成功モデルと見なされて、他のイニシアチブの模倣対象となっている。 | 国家規模の基幹IT研究/教育インフラストラクチャを構築。IT業界に多大な影響を及ぼす。多くの機関が内部および他機関と共同で研究計画と優先テーマを設定する方法を変革した。 | |
| 代表的な小規模省庁間プログラム | 人間言語資源イニシアチブ (HLR) | 自然言語研究のための資源を拡大。資源の形成と広範な配布を実現。 | DARPAが言語データ・コンソーシアム (LDC) への初期の助成を提供。 NSF-DARPAの共同プログラムが第2の発展段階におけるLDCに資金を提供した。 |
LDCとその資源は、全世界の人間言語研究に関する主要なデータ収集/配布センターとなった。省庁合同の支援がLDCの資金的自立に結び付いた。 |
| マルチメディア技術 (STIMULATE) |
マルチメディア/マルチモードの人間/コンピュータ間コミュニケーションの分野における新しい研究活動の開始。DLIプロジェクトへの統合に向けた研究機会を提供。 | NSFとDARPAをはじめとする諸機関が草の根的に連携。NSAおよびCIAの研究開発部局との共同事業の実験として実施された単発的イニシアチブ。 | さまざまな機関の研究コミュニティの統合に成功。分野の発展に迅速かつ短期的な影響を及ぼした。長期的な影響は実現しなかった。 | |
| 計算神経科学 (CNS) | コンピュータ科学と神経科学の交差領域における研究の奨励を目的としたプログラム。 | NSFとNIHが資金を提供し、プロジェクト選定と助成プロセスを共同で管理。草の根的な協同に基づくプログラム。 | プログラムは現在進行中。成功すれば、両機関の間でさらに大規模な共同研究が実現する可能性がある。 | |
| 生体工学と生物情報学 (2002年〜) | 標記の2つの分野の増大する研究者ニーズに対応するために構想されたプログラム。 | NSFとNIHから多数のプログラムが、助成とプログラム運営能力を求めてこのプログラムに合流。 | 現在実施中。成功すれば、この分野の人材供給に多大な影響をもたらす見込み。 | |
最後に、NSFの前長官で、2年前までOSTPの局長も務めていたNeal Lane博士が、1999年11月に、研究開発予算の連携と優先順位設定のための国際モデルに関するシンポジウムのプレゼンテーションの中で述べた言葉を引用する。博士は、米国の連邦政府研究開発事業を次のように評した。