第2編 先端情報技術の研究開発動向と諸外国の情報化政策
1.2.1米国政府が支援する情報技術研究開発の動向
米国政府による情報技術研究開発は、ネットワーキングおよび情報技術研究開発計画として推進されている。この計画に含まれる7つの研究領域のうち、人間主体の知的情報システム技術にもっとも関連が深いのは、ヒューマンコンピュータインターフェイスおよび情報管理(HCI&IM:
Human-Computer Interaction and Information Management)領域である。
本項では、ヒューマンコンピュータインターフェイスおよび情報管理領域について概観したあと、代表的な研究の例として、全米科学財団(NSF: National
Science Foundation)による情報技術研究(ITR: Information Technology Research)計画、および電子図書館構想(DLI:
Digital Library Initiative)を紹介する。
(1) ヒューマンコンピュータインターフェイスおよび情報管理領域の概要
ヒューマンコンピュータインターフェイスおよび情報管理領域では、ヒューマンコンピュータインターフェイス技術を発展させ、コンピュータや情報資源を管理し活用する能力を高めるための高度な技術の研究開発が行われる。研究の対象は幅広く、生体臨床医学、商業、危機管理、教育、法執行、図書館学、製造、国防、学術、気候分析など多くの分野で新たな情報技術の可能性を生み出している。
ネットワーキングおよび情報技術研究開発計画における研究機関および研究領域ごとの予算配分を表1.5に示す。ヒューマンコンピュータインターフェイスおよび情報管理領域の研究開発予算は、省庁別では全米科学財団が37.5%ともっとも多く、それに国立衛生研究所の26.7%が続いている。この2つの機関によって、ヒューマンコンピュータインターフェイスおよび情報管理領域全体の予算の6割以上が占められる。
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研究機関にまたがる研究は、全米科学財団が指揮をすることが多い。ほかの研究機関は、所属する省庁の使命に何らかのかたちで関連する研究を行う。例えば、国立衛生研究所では、過去あるいは現在、以下のような研究が行われている。
(2) 情報技術研究計画
a) 概要
全米科学財団による情報技術研究計画は、1999年2月の大統領情報技術諮問委員会(PITAC: President's Information Technology
Advisory Committee)の報告による勧告と、それを受けた21世紀情報技術(IT2: Information Technology for
the Twenty-first Century)計画の直接の流れをくむものである。
1999年の大統領情報技術諮問委員会の報告では、米国は情報技術研究において「投資が著しく不足している」と断言された。今日の情報経済の繁栄を導いたようなハイリスクの長期研究投資を、収益が保証される前に民間企業が引き受けることはないであろうから、「長期のハイリスク研究」に対する新たな投資なくしては、情報技術における米国の優位性が脅かされるとの指摘である。それを受けて、政府は2000年に21世紀情報技術計画として、従来からの研究とは別枠で、基礎研究のために366百万ドルの研究開発投資を追加した。その目玉として開始されたものが、情報技術研究計画である。
全米科学財団の重点領域ごとの予算を表1.6に示す。現在も、情報技術研究計画はもっとも注力されている。
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情報技術研究計画は、ハイリスクの長期的基礎研究への助成を目的としており、ネットワーキングおよび情報技術研究開発計画のすべての研究領域を対象としている。主要な目標は、米国の情報技術知識ベースの拡充と、情報技術労働力の増強である。
初年度の2000年度には、情報技術の基礎研究と教育に焦点を置いて、2000年9月に210件の助成プロジェクトが発表された。2年目の2001年度には、それらに加えて、情報技術を科学および工学のチャレンジ全般に適用しようとする研究と教育に焦点をあて、309件の新規プロジェクトが採択された。
現在、公募と採択が進められている2002年度では、情報技術とほかの分野との間のインターフェイス領域の発展に着目し、学際的領域における研究と教育へ焦点があてられている。
このように、情報技術研究計画では、情報技術を解明、拡張、探求するような、研究および教育における革新的なプロジェクトを支援する。
b) 2001年度の話題
2001年度の採択結果の発表は、2001年9月25日に行われた。2000件を超える提案の中から309件が採択されたものである。規模の内訳を表1.7に示す。
| プロジェクト規模 | 件数 | 総額 | 年額 |
| 大規模 | 8件 | 5百万ドル超〜15百万ドル以下 | 3百万ドル未満 |
| 中規模 | 113件 | 500千ドル超〜5百万ドル以下 | 1百万ドル未満 |
| 小規模 | 188件 | 500千ドル以下 | - |
NSF長官のRita Colwellは、大統領情報技術諮問委員会での採択結果の報告に際して語っている。「全米科学財団は、これらの大胆な情報技術研究計画の推進役であることを誇りに思う。長期のハイリスク研究を通して、我々は、全体として国民の利益になるような、広範な積極的結果を期待している。我々の目標は、科学者や技術者が最終的に産業に応用されるような種類の発見を助けるようなソフトウェアと情報技術サービスの開発を支援することである」
| ① | システムの設計と実装(ヒューマンコンピュータインターフェイスを含む) |
| ② | 情報技術と相互に影響し合う人々および社会集団(経済的および労働人口的効果を含む) |
| ③ | 情報管理(コンテンツ/データの分析と情報処理学を含む) |
| ④ | 科学および工学アプリケーション(シミュレーションおよび先端的計算を含む) |
| ⑤ | スケーラブル情報基盤(セキュリティ、テザーフリーコンピューティング、遠隔没入型仮想現実を含む) |
d) プロジェクト事例
全米科学財団は、2001年度の採択プロジェクトの発表にあたり、以下のような事例を紹介している。
| ① | カリフォルニア大学バークレー校は、エネルギー、災害対応、および教育などに関連した複雑な問題を解決することを目的に、「社会的規模」の情報システムを開発する。 |
| ② | カンザス大学は、海面が過去100年間にわたって上昇している原因の究明を目的に、極地にレーダーセンサを設置して、アイスシート(氷の薄板)、大洋、および大気の間の相互作用に関するリアルタイムデータの収集と解析を行う。 |
| ③ | カーネギーメロン大学、ライス大学、およびオールドドミニオン大学のコンピュータ科学などの研究者は、航空力学、エネルギー、環境、地球物理学、医学、およびそのほかの応用に関連した物理プロセスからのデータを継続的に分析することを目的に、オンラインシミュレーションのためのソフトウェアを開発する。 |
| ④ | Survivors of the Shoah Visual History Foundationは、ホロコースト(ナチスのユダヤ人大虐殺)の生存者と目撃者の116,000時間を超えるインタビューをデジタル化して保存している非営利組織である。このマルチメディアコンテンツの目録を作るための音声認識ソフトウェアの開発が、情報技術研究計画の助成によって行われる。複数の言語を対象とする点が、特に大きな研究課題である。言語にまたがる検索の機能を新たに開発することで、「データに関するデータ」であるメタデータの記述力が高くなる。 |
| ⑤ | ニューヨークのクラークソン大学は、個体物理学の研究に先端的な情報技術を適用する。そのなかには、原子レベルの加工技術によってシリコンチップを代替する超高速量子コンピュータを開発するために、若手科学者を教育することも含まれる。 |
| ⑥ | オレゴン州立大学は、海洋と大気に関する大量のデータを処理するための研究を行う。6つの大学、1つの国立研究所、および民間企業からコンピュータ科学者、海洋学者、および土木技術者が集まり、天気予報、海洋現象の予報、地下水流の推定、および地球物理学を支援するために、部品として規格化されたソフトウェアを開発する。 |
| ⑦ | ブラウン大学とノースカロライナ大学チャペルヒル校では、外科医を訓練するための「テレイマージョン(遠隔没入)」技術が開発される。実物大の3次元グラフィックスで高忠実度に手術を再現し、訓練生が学習のために作業を中断したり、前に戻って作業を反復したりすることを可能にする。3次元グラフィックスによる手術の再現の様子を図1.3に示す。 |

図1.3 3次元グラフィックスによる手術の再現
e) 電子図書館関連プロジェクト
情報技術研究計画で、電子図書館関連のプロジェクトが採択されるようになった。プロジェクト概要を見ると、従来の電子図書館構想フェーズ2(1988年〜2003年)で扱われていた領域に該当しており、その完了時期が近づいたのに伴い、今後は情報技術研究計画で扱う方針となったものと思われる。電子図書館構想フェーズ2のプロジェクトの新規募集は、2001年度には行われていない。
(3) 2002年度のプロジェクト
情報技術研究の2002年度プロジェクトは、現在、公募・審査中であり、今回も9月に採択プロジェクトが発表される予定である。今回の重点領域は、学際領域、すなわち、いわゆる複数分野の融合領域である。募集は以下の3つの領域について行われ、これらの複数にまたがるものも推奨されている。
① ソフトウェアとハードウェアのシステム
この領域の提案は、研究および教育のための新しい複合システムを創出するものでなければならない。例えば、以下の課題がある。
これらの課題を解決する方法には、グリッドコンピューティング、仮想現実感/テレプレゼンス、ハイブリッドおよび組み込みシステム、ハイパーフォマンスネットワーキングとミドルウェアアプリケーションなどが含まれる。
② 個人の能力の拡大と社会の変革
この領域では、より多くの人がより多くの仕事に情報技術を利用するための方法を研究する。さまざまな活動、職業、および社会において、人間が能力を発揮し、経験を蓄積するために、新しい方法で情報技術を効果的に使って、肉体的、精神的、および感覚的な能力を向上させる。例えば、次のような研究が該当する。
③ 情報技術による科学の最前線の開拓
この領域では、情報技術と科学・工学の接点における研究教育活動を支援する。プロジェクトは理論でも実験に基づくものでもよく、以下のことが推奨される。
プロジェクトの例には、以下のものがある。
例えば、以下のような科学・工学的な課題が該当する。
(4) 電子図書館構想
この世は今や、まさに情報社会、インターネット社会となりつつある。インターネット上を行き交い、あるいはインターネット上に蓄えられるデジタル化された電子情報は、多様化をきわめるとともに、ますますその重要性が増大しつつある。電子図書館の研究は、従来の図書館の枠を超えて、インターネット上のデジタル情報資源の利用と管理の全般にわたる基盤技術として、きわめて重要である。
1994年にスタートした電子図書館構想は、だれでもがアクセス可能な人類の知識の電子貯蔵庫という夢を実現する上で、直面せざるを得ない概念、構造、および計算機能に対する課題に取り組んできた。当初の電子図書館構想フェーズ1(1994年〜1998年)は、6つの大学による6つのプロジェクトという、計算機科学指向のこぢんまりとしたものであったにもかかわらず、参加した研究者たちの共同研究の成果は、LycosおよびGoogleの検索エンジンやGo2Netのような商用の副産物を生み出し、多くの研究者の注目を浴び、デジタル情報資源の大いなる可能性を際立たせた。
1999年度に開始されたフェーズ2(1998年〜2003年)では、フェーズ1の成功を受け、プロジェクト数が大幅に増大するとともに、より広範な研究活動へと広がりを見せている。これらの研究では、今日のますます増大する計算能力と通信容量を使って、大規模な分散型の電子情報を広域的な知識ネットワークを通して参照、相互運用することを可能にし、かつ役立つものにするという目標の実現をはかっている。
フェーズ2も最終段階となり、この1年間、新規のプロジェクトはまったく追加されていない。その代わりに、2001年度には情報技術研究計画の方で、電子図書館関連のプロジェクトが採択されている。現在公募、選考作業中の2002年度のプロジェクトにおいても、重点領域の項目の中で「電子図書館」が言及されており、今後、電子図書館関連の研究は情報技術研究計画の中で行われていくものと思われる。
(5) おわりに
本項では、情報技術に関連する米国政府支援の研究開発動向の概要を簡単に説明した。
ブッシュ大統領の2003年度予算では、防衛および健康に関する研究開発の予算が増加して連邦政府研究予算の4分の3以上を占め、それ以外の国家的使命のほとんどに対する予算が減少している。そのような中でも、情報技術の研究開発は、重点分野の1つとしてなんとか着実に伸びていると言える。重点分野である省庁間連携イニシアチブを見ても、ネットワーキングおよび情報技術研究開発は、比較的新しい国家ナノテクノロジーイニシアチブなどに比べるとかなり伸び率が小さいが、投入規模では最大を保っている。
ブッシュ政権の政策方針として、「減税」、「小さな政府」ということもあり、情報技術の研究開発においても、産業界でできることは産業界にまかせ、政府は産業界では困難な基礎研究を支援するという方向がさらに進むものと思われる。産業、科学技術はもちろん、あらゆる面でリーダーであり続けたい米国にとって、他国より一歩先んじる基礎研究および優れた技術者の育成は、きわめて重要である。そのことは、全米科学財団の2003年度計画に向けての方針説明によく説明されているので、以下に引用する。
1990年代における生産性の成長は、包括的な基礎研究と教育の活動の経済的恩恵を十分に明らかにした。この成長は、新しい知識によって力を与えられ、技術革新によって後押しされたものである。新製品、新プロセス、および新産業などすべてが、研究の急速な進歩に依存している。高度に競争的な世界経済の中では、科学技術の継続的進歩は、米国の継続的なリーダーシップに通じるもっとも大切な道である。
9月11日の事件(同時多発テロ)とそれに続く炭疽菌攻撃は、科学技術に強い国家であれば、危機や国家を取り巻く環境変化に対して、迅速かつ効率的に対応することができることを証明した。
科学技術分野の全範囲にわたる基盤的研究は、研究と革新を可能とする高度に技術を身につけた労働力と相まって、例外的ニーズが生じたときに、国家が引き出すことのできる知識資本を提供するものである。研究の最前線に重点を置いた知識の蓄積の成長は、そのような対応の可能な選択肢を増大させる。才能のある高度の技術を身につけた科学技術労働力は、不測のニーズを満足させるための新たな技術開発を加速する。
1.2.2人間主体の知的情報技術の調査と検討
当研究所では、人間主体の知的情報技術調査ワーキンググループを設置し、「知的ユーザインターフェイス」と「広義のインターネットコンテンツ」に特に重点を置いた「人間主体の知的情報技術」の調査、検討を行った。各分野の専門家からなる委員や講師の最新知識を集積して、研究開発のリーディングエッジを探り、これを元に今後注力すべき技術分野の検討や、世界におけるわが国の技術ポテンシャルの水準を評価するための元データを得ることを目指した。以下に、その概要を示す。
(1) ロボットの耳は2つで十分か
ロボットが人間社会の中に入り込み、共生していくためには、混合音が扱えること、アクティブオーディション、動きながら聞く機構、未知環境での音の知覚、画像処理などのほかの処理との統合、実時間処理が大きな課題である。混合音の処理では、音源定位が重要であり、頭部伝達関数(HRTF)が使用されることが多い。しかし、HRTFは環境での音響的な伝達特性と組み合わせて使用しなければならないので、音響的な特性が動的に変化する実環境では使いにくく、HRTFを使わない手法が必要となる。そこで、これらの課題に対して、マイクロフォン2本で十分かについて考察を行い、2本のマイクロフォンで実現可能な機能について報告する。体を動かして聞くというアクティブオーディション、あるいは、画像処理とモータ処理を統合して、体全体で聞くという情報統合が重要である。そのために、方向通過型フィルタや聴覚エピポーラ幾何学、実時間処理方法を開発し、複数の実験で有効性を確認した。
(2) エージェントの研究動向
最近「エージェント」という言葉はさまざまな定義で用いられている。この報告では、プログラミング言語としてのエージェントをオブジェクト指向言語の次の技術という位置づけでとらえる。プログラミングパラダイムの変遷は、計算の世界と現実の世界を近づけるための抽象化の歴史とみることができ、オブジェクトの次に位置づけられるエージェントもこの延長上にあると考えられる。オブジェクト指向にどのような特性が加えられ、それによって何が抽象化されたかという観点でエージェントを分類し、分類ごとの研究動向や事例を紹介する。
(3) 人間中心の情報環境 —感性的相互作用の視点から—
この報告では、「人間の感性」という切り口から、「人間中心」の「人にやさしい」情報システムの実現に重要な役割を果たす、人間と情報機器・情報システムとのインタラクションに焦点を絞って、技術課題の分析と最近の研究開発の話題を紹介する。
特に、情報提供サービスにおける利用者とデータベースとのインタラクションを、インタラクションの形態と、インタラクションを構成する要素、システムが提供すべき機能について、4つの面(感性、コンテンツ、状況、タスク)からインタラクションの特徴をモデル化する枠組みを提案する。
感性モデルは、インタラクションの過程で、だれが、あるいは、だれのために、どのような判断基準で情報の取捨選択を行うかを定めるとともに、その人の感性的な状態(内部状態)を記述するために必要となるモデルである。
コンテンツモデルは、インタラクションの過程で、何を情報処理や検索の対象にしているのかを記述するために必要となるモデルである。利用者の感性の違いに関係なく、コンテンツ自身の性質から情報処理の仕方や取捨選択の基準が定まる場合もある。
状況モデルは、ある空間的な状況、時間的な状況で、情報処理の対象や、利用者とシステムとのインタラクションがどのような状況で進行しているかを記述する。同じ利用者によっても、利用者の置かれた状況が違うと、同一の操作などに対して異なったインタラクションの形態を提供する必要がある。物理的空間・情報的空間・ユビキタス的空間における状況を考えることができる。
タスクモデルは、利用者と情報機器あるいはインターネット上で運用される情報提供サービスとが、どのような文脈で、どのようなサービスを提供するかを定義するモデルである。
(4) 新世代グループウェアのためのアウェアネス研究の最新動向
グループウェア研究が一段落した1990年代になって、同期・対面環境ではあたりまえの存在感、実在感や臨場感が双方向通信(分散)環境では欠落していることに気づき、存在感、実在感や臨場感などのアウェアネスを補完する研究が勃興してきた。そこで報告者らは存在感、実在感、あるいは臨場感のアウェアネスを伝達する新世代グループウェア環境の研究開発を行った。この報告では、まず、同期・対面環境で自明の存在感、実在感、臨場感を、双方向通信(分散)環境でも伝達できる遠隔アウェアネス通信の研究の体系的サーベイを行う。次に、浅い感性を伝達する個別アウェアネス研究と浅い感性を統合するアウェアネス研究を紹介する。また、深い感性を伝達するアウェアネス研究について報告する。その結果、適切な「高品位」A-V環境を構築し、「高品位」なテキスト、手書き文字、静止画像や動画像を提供できれば、対面環境と同等あるいはそれ以上の存在感、実在感、および臨場感を伝達できるA-V環境を構築できることを実証する。
(5) 音声情報処理の本格的アプリケーション構築に向けての展望と課題 —VoiceXMLを中心として—
音声情報処理の技術に関しては、この数年間画期的な革新はなく、現在確立されている技術を用いて適応範囲を拡大していくフェーズであった。そのフェーズが終盤にさしかかった今、これまでの試みを集約した大規模で実用的なアプリケーションを構築することが、当面の目標となってきている。そのようなアプリケーションを構築するための共通の基盤として注目されているのがVoiceXMLである。この報告では、VoiceXMLを中心として、音声対話を利用した大規模アプリケーションの可能性に関する展望と課題について述べる。
(6) Digital Libraries, Metadata, Interoperability
1990年代のインターネット、WWWの発展は情報の発信と流通に大きな変化をもたらした。Digital Library(電子図書館、デジタル図書館)はこうした背景の下に注目され、研究開発が盛んに進められたトピックの1つである。Digital
Libraryのための新しい技術に関する研究開発は、アメリカでのDigital Library Initiativeをはじめとして、計算機科学、情報学分野を中心とする学際研究として進められてきた。一方、その間、図書館を中心とする現場においても、資料の電子化、サブジェクトゲートウェイ、増大する電子出版物への対応などさまざまな取り組みが進められてきている。また、ネットワーク上での情報発信と蓄積、流通を支えるには、流通する情報に関する情報をいろいろな視点から記述することが必要である。そのため、情報に関する情報、あるいは情報を表現した実体(情報資源)に関する記述であるメタデータが注目され、さまざまな分野でメタデータの開発が進められてきた。
この報告では、はじめに、Digital Libraryに関する1990年代から進められたいろいろな研究開発活動を振り返って概観を述べる。ここでは計算機科学や情報学を中心とする研究開発指向の活動と、図書館を中心とする実際的なDigital
Library開発、それら以外のネットワーク上での情報資源の提供と共有の取り組みについて述べる。次に、メタデータに関する概要とネットワーク上での情報資源のためのメタデータとして広く認知されているDublin
Core Metadata Element Setに関して解説したあと、Digital LibraryにおけるInteroperabilityについて、メタデータの視点を中心として述べる。
(7) デジタルコンテンツのトランスコーディングとインターフェイスロボット
WebページやMPEGビデオなどのデジタルコンテンツをより高度に活用するための技術として、トランスコーディングがある。今後は、コンテンツを作成する技術と、それを多目的に再利用するためにコンテンツにメタ情報を付加する技術、そして、トランスコーディングのようなコンテンツ加工・変換技術に分かれて研究・開発が進むと考えられる。もちろん、それら技術の間の相互作用も考慮するべきであるが。また、ユーザの使用するクライアントデバイスもさまざまなものが開発されていくだろう。最も一般的なものは現在の携帯電話の延長にあるモバイルデバイスであると考えられるが、それ以外にも、カーナビやテレビ、PC、PDAの発展型も依然として存在し続けると思われる。それら、さまざまなクライアントデバイスに加えて、この報告では、インターフェイスロボットを紹介する。このロボットは、主に、オンライン情報をユーザに会話的に提供する。本来、書き言葉で表現された文書コンテンツを話し言葉的に変換し、さらに、ユーザの反応に応じて、さらなる情報を追加・変換していく作業もトランスコーディングの一種と言える。
この報告では、報告者のグループで研究・開発を行っている、トランスコーディング技術およびインターフェイスロボット技術について紹介する。
(8) 法的推論システムの研究動向と新しい展開
この報告では、まず、法的推論の研究に関する基礎知識を簡単に説明する。次に、法的推論を実現するための主な技術課題として、法的知識の記述方法や、法的議論のモデルや、法的推論システムの構築方法論についてその研究動向を含めて解説する。さらに、今後、法的推論技術の有望な応用分野として、調停・仲裁、紛争予防、法学教育が有望であることを述べ、それらの分野で実システムを開発するには、法律の知識だけでなく、マルチモーダルインターフェイス技術や、交渉技術や、教育戦略についての技術開発が必要であることを述べる。
(9) 音楽情報処理研究の新しい潮流
この報告では、近年の音楽情報処理に関する新しい研究テーマを概観する。その特徴は、3点にまとめられる。それらは、音楽理論を援用し音楽の意味を考慮した処理を実現すること、応用システムをインターネット/Web上に展開すること、実現対象とするタスクが、作曲、編曲、演奏という大粒度のものから検索、模倣という中粒度のものに変化したことである。まず音楽を対象とする形式的な処理を計算機上で実現するのに有望な音楽理論を紹介し、次に、新しい研究テーマを標傍する研究事例や、関連する国際会議を幾つか取り上げる。
(10) インタラクティブグラフィックスの動向
CG技術は、映画での特撮やアニメーション制作などでの利用以外に、Webブラウザ上でのコンテンツ再生、PCや家庭用ゲームでのインタラクティブなCG映像の生成などにも応用されている。この報告では、インターネット上でのグラフィックス技術、リアルタイムCGを支えるハードウェア技術とその具体的な展開例である家庭用ビデオゲーム機の現状、さらに、インタラクティブグラフィックスの応用としてVRやAR、インスタレーションアートなどの事例を紹介し、インタラクティブグラフィックスの将来像を考察する。
(11) 検索履歴を用いた情報検索サポート
Googleなどの既存の情報検索システムでは、膨大なWebページからあらかじめ生成しておいたインデックスに基づいて検索を行う。このため、異なるユーザが異なる意図を持って検索を行ったとしても、同一の検索語で検索した場合、必ず同一の検索結果が返される。しかし、ユーザが何を意図して検索を行ったかがわかれば、ユーザごとに異なる検索結果を返すことが可能となる。この報告では、このようなユーザごとに特化した情報検索をサポートする仕組みとして、従来提案されている手法を紹介するとともに、新しい手法として、同一ユーザが検索を行う際の連続する検索語の出現パターンから、ユーザの検索意図を発見する手法を紹介する。
(12) Webマイニングとその将来像
Webの拡大傾向は衰えず現在20億とも40億ともページがあると言われる。そうした膨大なWebにおけるさまざまな情報から、目的に応じた知識やその素を取り出すプロセスがWebマイニングであり、現在、大学および企業から多方面のアプローチがある。
Webマイニングでは、Web文書のテキスト群だけでなく、ハイパーリンク関係、アクセスログ、サービスログなどWebに関するあらゆるデータが対象となる。それに応じて、統計処理、自然言語処理、リンク解析といった多彩な技術がWeb向けに拡張されてきている。
この報告では、こうしたWebマイニング技術について、技術の概要と、実践事例としてWebの自動構造化の試み、さらに、今後の展開として次世代Web(SemanticWeb、Webサービス)とのかかわりについて述べる。
(13) 3次元視覚システムの技術動向と展望
コンピュータに人間の眼と同じような視覚機能を持たせようとするコンピュータビジョンの研究は、1960年代の人工知能の研究とともに始まった。そして、研究の初期に開発された2次元の図形を認識する2次元視覚技術は、大量生産型の工程の自動化を典型例として多くの実績を挙げてきた。しかし、現在、製品ニーズの多様化に対応する多品種少量型の生産には対応できなくなっている。この問題を解決できるキーテクノロジーとして、立体を立体的に認識する3次元視覚技術があり、製造業だけでなく、多くの分野でその早期実用化が求められている。この報告では、コンピュータビジョンの歴史から最近の技術動向と課題を述べ、産業技術総合研究所で体系的に開発している高機能3次元視覚システムVVVを紹介する。最後に、視覚、人工知能、ロボットなどを統合する新世代情報処理システムへの展望を述べる。