第1編 国が支援する情報技術研究開発のあり方
1.2.1 調査課題設定の背景
調査課題は、国の研究開発の仕組みや法制度の抱える問題点を総合的に提示することを意図し、「IT研究開発拠点の国内立地とその発展のための条件は何か?」というものとした。この課題設定の第一の動機は、わが国を世界一流のIT技術の研究開発拠点とし、それと同時に高付加価値製品の製造拠点とするためには、どのような改革が必要かを示唆しようとしたことである。
また、この課題設定は、米国が1970年代に日本やドイツの追い上げに遭い、国内産業が競争力を失ったとき産業競争力再生のためにとったアプローチが、わが国にとっても可能か否かを検討することにもなる。
1980年代に、米国は国を挙げて産業の強化に向けた政策の実施や産業の新陳代謝に向けた投資を行った。その特徴は、コンピュータやネットワーク技術などITへの重点投資とプロパテント政策の実施であった。ITへの重点投資は、従来からの産業に取って代わるものとして、ITに関する新技術開発、新産業育成を狙ったものであった。その結果、米国は世界一のIT研究開発拠点となり、特許などのIPRやライセンスを産み出した。また、IT関連の新しいソフトウェアやハードウェア技術など、基礎研究から積み上げた技術を生かし、ライセンスで防御して、後発諸国が容易に真似のできない先端的、かつ高付加価値技術を有する商品の製造拠点を作り上げた。
代表例は、インテルのマイクロプロセッサチップ、マイクロソフトのWindows、Ciscoのルータなどである。このほかにも世界を制覇する商品を次々と産み出した。その中でも、インターネットは単なる商品ではなく、世界共通インフラとなり、アメリカンスタンダードを世界のスタンダードに拡大し、米国産業の世界市場への進出を支援した。米国製の数々のビジネスモデルは、インターネットに乗って世界に広まった。
IT革命は、見方によっては、従来のECやアジア経済圏などアメリカ経済圏と一線を画していた地域に強引にアメリカ的手法を持ち込み、アメリカ企業の市場拡大を支援する一面があったと言えよう。これは、インターネット上の応用ソフトウェアなどには、先行者の総取り(Winner
takes all)と言われる性質があることにもよっている。
以上、述べたような戦略が成功し、米国はIT市場のリーダーとなった。NITRD計画の進捗報告書ともいえるBluebook 2001は、その冒頭で、1995年以降の米国の経済発展の1/3以上をITが稼ぎ出し、1,300万人以上の雇用を生み出したと高らかに勝利宣言を行っている。
グローバルマーケットにおける競争は激しく、わが国は、次々と新しい技術や製品、サービスを提供してくる米国と、安い人件費を武器に後から追い上げてくるアジア諸国に挟み撃ちされている。わが国産業は、製造拠点の国外脱出や、海外からの技術シーズの輸入などで凌いでいる。しかし、このような状況は望ましいものではない。やはり、米国のようなIT研究拠点や高付加価値の製造拠点を国内に確保し、容易に真似ができない技術、製品、サービスを生み出して行くことが望まれる。
以下、米国が産業再生を目指して新産業の創成と従来産業の新陳代謝のためにとった手法は、わが国についても適用できる部分があるのではないかという観点から、「IT研究開発拠点の国内立地」をいかにして達成するか、そのために何をなすべきかを検討することを試みる。
1.2.2 米国の連邦政府の研究開発支援構造とその背景
米国の研究者は従来から、オリジナリティを研究における重要な条件と考えてきた。また、同時に税金を用いた研究開発では、その情報公開を研究者の納税者への義務または、モラルのように考えてきた。戦後、ヨーロッパや日本が焼け野原となった中で、国内産業を無傷で残した米国は、世界の富と技術を集め、寛容なフロントランナーとなり、広く科学技術や宇宙、国防などの分野に研究開発投資を行った。その研究成果は、税金を用いた研究成果は公開するという原則もあって、基礎研究の成果については、戦後復興に力を注ぐ日本の研究者などにも寛容に公開された。
米国の民間産業も、特に国の支援を必要としないほどの余力をもち、Made in USAは世界を席巻していた。プロパテント政策が敷かれる時代以前には、米国の国、大学、民間企業は、現在ほどに連携してはいなかった。
このような米国にとってよき時代は、日本やドイツの製造業が復興し、輸出競争力をつけ、米国市場に進出を始めるにつれて終焉を迎える。これが、1970年代になるとさらに明確となり、繊維、家電、鉄鋼、そしてDRAMに至るまで、米国産業は次々と市場を失っていった。多くの産業が、安い労働力を求めて中南米やアジア諸国へ製造拠点を移し、国内は空洞化し雇用が失われた。まさに、現在の日本が直面している状況である。
米国は、国を挙げて産業構造の変革と競争力の回復を目指す政策をとった。まず、日本やドイツについての徹底した調査が行われ、日本産業の強さの秘密が分析され、対抗策が検討された。その報告書の中でも有名なのが、大統領産業競争力協議会が作成し1985年に発表されたヤングレポートである。このレポートは、科学技術立国とプロパテント政策を骨子とし、国の産業投資や官産学の一体化を進めるという基本方針を打ち出した。
重点分野をコンピュータと通信(ネットワーク)、ソフトウェア技術の基礎研究に絞り、この分野を米国の新たな中核産業とすることとした。同時に基礎研究成果を商品化する段階の支援強化と、成果の権利化(IPR化)を徹底して、競争相手国への安易な技術移転を阻止する戦略を立て実行に移した。この戦略を具体化するために専門家が総動員され、産業と政府の関係は強化された。
現在の日本との違いは、その政策や戦略立案の速さと、それを素早くやってみるという思い切りの良さである。また、国際競争力を失いつつある産業への投資は減らし、もっぱら将来の発展が期待できる分野へ投資を集中させている点も、日本との違いであろう。
国の研究開発の仕組み、法制度も次々と改革し、国の政策や戦略決定に専門家を総動員した。政府の研究投資や産業戦略に関する政策立案や政策評価を実施する部門へIT専門家を取り込み、研究の方向や内容の判断はもちろん、予算の使途、人の雇用などを研究の現場へ権限委譲し、官僚的支配や形式的事務処理を排除し、市場価値の生産を第一とし、研究者に研究者を管理させ、競争原理によりその効率を担保するという実利的な研究管理体制を作っていった。
研究開発や産業育成の仕組み、法制度は、ソフトウェアやIPRを産み出すことに適したものへと改革し、上は大統領情報技術諮問委員会から、下は各省庁のプログラムマネージャによる管理、特許審査、会計検査院の検査などを、ソフトウェアやIPRなど無形の知識や技術の中身を評価できるものへと改革していった。この「知識創成の時代」に向けた構造改革にすでに10年以上の時間をかけており、現在もさらに改革中である。
IT革命達成のための重点投資分野の切り替えについての、トップレベルの意思決定に長時間を費やしているわが国とは比較できないほどの短時間で、調達規則などの法制度までも改革してしまったことは大きな脅威である。
わが国は、現在においても、ITへの真水の投資は、数千億円規模であり、道路建設投資2兆円の1−2割に留まっている。国の研究開発の仕組み、法制度も相変わらず、箱物作りの時代のままであり、研究開発予算の執行の細部まで、依然として財務省や各省庁の行政官が管理権限を握っており、ITの専門家が政府の重要ポストに就くこともなく、プログラムマネージャも不在である。米国が、国全体の構造をIT革命に向けて改革し、国の組織全体をあたかも一つの新技術開発とそれに基づく新市場創生を行うマシンに変革してしまったのとは大きな違いである。
とはいえ、わが国でも、省庁間の上に首相直轄の、IT戦略本部や総合科学技術会議が作られ、国を挙げての改革に立ち上がった。大学改革に向けて学術会議などでも活発な議論が展開されるようになった。これら会議の事務局は、当研究所の米国の仕組み、法制度や研究開発動向についての報告書や調査資料のユーザでもあり、米国を競争相手として意識した改革提言が表立って議論され、一部は実現に向けて動き出している。
総合科学技術会議が打ち出した、非公務員型の独立法人化や、国のプロジェクト予算による人の雇用の規制解除は、我々を大いに元気づけるものである。今後、このような改革論議がどのように展開し、実現していくのかを、まずは、ITの関係者が注意深く見守っていくことが重要である。
1.2.3 米国のR&D計画立案から市場創成段階までのシームレスな構造
(フロントランナー構造)
米国は、研究開発に関しては、官産学や省庁間の壁を取り除き、指揮・調整系統を一体化して、「フロントランナー構造」を作り上げた。そして、この構造が、米国産業の再生・発展のエンジンとなったと考えることができる。この構造は、わが国のIT産業の強化、育成や他産業のIT化の遅れを取り戻し、新産業を育成し産業の空洞化の進行を食いとめるための、構造改革の目標でもある。
よって、今後の議論や提言の土台となることから、ここで、わが国の現状との比較を行いながら、この構造の主要部分を説明する。
この構造の要点を図示すると、その全体は図1.1のようになる。
いかにして、アイデアを新技術研究開発に結びつけ、新商品を生み出し、企業を育成し、新市場を形成し、税収を増やし、国を富ませるかが、ポイントである。

図1.1 米国のR&D計画立案から市場創成段階までのシームレスな支援構造
(フロントランナー構造)
(1) R&D計画全体の方向付けと個々のプロジェクトの省庁横断的管理
図の一番上には、大統領情報技術諮問委員会(PITAC)、国家科学技術政策局(OSTP)、国家科学技術会議(NSTC)など、R&D計画(連邦政府のR&D
Initiative)の立案や国全体の研究開発戦略立案・実行管理、省庁横断的に研究開発の重複部分の統合や、重要分野の追加などの調整を行う組織の存在が示されている。
R&D計画の全体的目標やビジョン、技術分野の追加や削除、予算の追加などは、主に大統領情報技術諮問委員会(PITAC)が行う。PITACは、現役のIT関係の実業家や大学の教授クラスよりなり、米国がIT研究開発に関してどのような目標やビジョンを持ち、どのような分野の研究開発を強化すべきかなどを具体的に提言し、各分野に割り当てられるべき予算額までも含む勧告を行ってきた。わが国のR&Dは、とかく目標が不明確でビジョンが無いと言われるが、それは、このようなITの現役専門家よりなる、十分な権限と実行能力を与えられた組織を作らないことによるのではないだろうか。
OSTPやNSTCは、わが国でよく指摘される省庁間縦割りの研究開発体制を解消する役割を持っている。R&D計画に対して、個々の省庁はそのミッションに沿った多くのR&Dプロジェクトを提案し、予算を得て実行しようとする。この時、各省庁のミッションの境界は重複しているから、重要課題に関するプロジェクトはいくつもの省庁から重複して提案されてくる。
OSTPは、個々のプロジェクトの内容を精査し、類似プロジェクトはグループ化し、一人のプログラムマネージャの管理下にまとめてしまう。また、一つのプロジェクトが複数の省庁から予算を獲得する場合もあり、このときもプログラムマネージャを一人に絞り、予算も一本化する。
このような省庁横断的なプロジェクトの統合や切り捨て、管理の一本化を行い、省庁間の壁で仕切られ、類似プロジェクトが独立に走るような無駄を省く。このような荒業により、類似プロジェクトは、競争関係や協力関係を持つように再配置される。このような調整は、省庁の権益や研究者の立場を超え、競争原理が効果的に働くように、また、ひたすら、優れた市場価値の高い成果を得ることを目指して、計画の途中でもしばしば行われる。この結果、優れたプロジェクトは複数の省庁からファンディングされ拡大してゆく。わが国と異なり複数のソースから予算をもらっても合算使用が可能で、プログラムマネージャも代表1人にしぼられ、成果も複数のソースに切り分けて納入するような余計な作業は無い。研究者の事務的負担を減らし、研究に没頭させようとの明確な意識が存在する。
(2) 研究開発における各省庁の役割と優れたプロジェクトの発掘と拡大の仕組み
図の2番目から下に、研究開発の上流、中流、下流段階の特徴が示されている。
① 上流段階
上流段階の役割は、R&D計画の目標、もしくは、範囲(アンブレラ)の中で、できるだけ多くの優れたアイデアを発掘し、組織的研究開発を開始させることである。とはいっても、アイデア段階とは、まだ、種から芽が出る以前の段階であり、どのような芽が出るのかは、実際に研究を進めてみないとわからない。従って、この段階を主に担当するNSFやNIHは、グラントと呼ばれる予算を持ち、ピアレビューにより提案を選択し、小額の予算を多数の研究者個人や、研究者グループへ与える戦略をとっている。
NSFのグラントを例にとると、個人や少人数のプロジェクトを対象とする「ティピカルグラント」では、平均予算は年間7.5万ドル、期間は最長3年である。多くの研究員よりなるグループプロジェクトを対象とする「主要プロジェクトイニシアティブ」は、グラントの規模は通常年間100万ドル以上で、期間は最高5年間である。このグラントの受給者の選択は、「ティピカルグラント」よりも厳しいものとなっている。
グラントの成果は、原則「知識」であり、具体的には、技術論文が中心で、そのほか、プログラム、特許などである。成果には、バイドール法が適用される。
このポケットマネーと呼ばれる小額だが極めて多くの極小プロジェクトを支援する仕組みが、米国の大学や国研、その他の非営利の研究機関に多くの研究者(NSFの支援で2万人弱)を生息させ、アイデアという卵を生ませることを可能としている。研究者の抽象的アイデアを、より明確に記述された知識にまとめ発表させて、多くの研究者にその知識を共有させ、多様な発展へと導くことを意図した仕組みである。優れたものは、継続的に支援し、システム開発へと発展させる。これらの競争の中から、中流段階へ進むものが出てくる。
② 中流段階
NSFやNIHの予算で育ち、しっかり芽を出した研究開発は、より規模の大きな予算を持つNASAやDOE、DODなどの省庁の支援対象となる。このような省庁のプログラムマネージャは、その省庁のミッションに沿った分野に関係する優れた研究を取り込むための競争を繰り広げている。
一つのプロジェクトが複数の省庁から予算を獲得することも多く、そのような場合はOSTPが予算を一まとめにして管理するプログラムマネージャの代表を決め、プロジェクトのディレクターが複数の省庁のプログラムマネージャと交渉するオーバヘッドを生じないようにする。
中流段階では、プロジェクトは数十人以上に拡大し、国研や企業と連携するものも多々出てくる。予算額も数億円以上となり、通常はコントラクトの形式をとる。成果としてはシステムが求められ、省庁による管理、監督も厳しいものとなる。
IT分野は、現在、ソフトウェアが中心的成果であり、多くの研究者や研究補助者がプロジェクトディレクターの判断で雇われ、大きなプロジェクトチームが形成される。ハードウェアを含む開発も行われ、そのためのエンジニアも雇用される。
バイオテクノロジーのプロジェクトでは、生物学者がたんぱく質の機能解析プログラムやデータベース開発のためにIT研究者を雇用し、自然と学際的研究が実施される。バイオテクノロジーの研究は当初から、NIH、NSF、DOEなどで行われた。各省庁とも、そのミッションとの関係とは裏腹に、将来、大きく発展しそうな分野を先行して取り込むことを第一に考え、ファンディングを行う。わが国のように、萌芽的研究段階から絞り込むことはせず、有望テーマほど大勢に激しく競争させることを基本としている。
現場のプロジェクトディレクターは、プロジェクト予算により、異なる分野の研究者や研究補助者をほとんど自由に雇用できる。これは学際的分野の発展とその分野の研究者の育成が自然発生的に行われることを意味している。産学連携も、米国では、大学や国研と企業という組織間の関係ができるより先に、このような個人ベースの流動が起こる。この人の流動は、研究現場のニーズに基づくため、極めて迅速に発生し、大学と企業の組織間の交渉などで時間を浪費したり、研究開発の進捗を遅らせることもない。
このような米国の仕組みに対して、わが国では、大学・国研におけるプロジェクト予算による人の雇用は、極度に制限されている。(幸い、この規制が平成15年度から解除されるようである。総合科学技術会議提言)このため、大学院へ進学しても、その先にリサーチアシスタントのようなポジションが存在しないため、進学意欲を低下させたり、企業から一時的に大学院に戻り新しい知識を身につけようとしても適当なポジションが無いなど、大学に研究者が居られないという不思議な仕組みとなっており、長年続いたこの仕組みがわが国の人材不足を作り出した第一の原因となっている。
また、学際的研究の実施において、異なる分野の研究者の雇用が必要な場合でも、上記の米国のような人集めは困難である。当然、学際的研究開発において不利になり、また、学際的分野の人材育成の大きな障害となっている。現在、国立大学の独立行政法人化が計画されており、非公務員型の雇用形態が検討されている。個人レベルの流動化を自由にし、組織管理面での縛りを弱めるような仕組みに改革し、迅速な人の流動化を促進し、研究開発競争力を強化する改革が望まれる。
③ 下流段階
下流段階では、商品化を展望した実証システム試作が中心的課題となる。アイデアから開始された研究開発は、この段階にたどり着くまでに厳しく絞り込まれ、市場で競争していける可能性を持つものが残ることになる。当然、この段階以前で、研究成果は、商品化されたり、特許などの形で企業に買い取られることも多い。
新しい研究開発成果は、多くの場合、より大きなシステムの一部を占めるに過ぎない。そのため、新たに開発した試作部分を実際に稼動させ評価できるためには、その周辺に相当量のハードウェア、もしくはソフトウェアを作り、まとまりのある機能を持つシステム、もしくは部分システムとして組み上げる必要がある。この周辺部分の規模は、新規に開発したものより多くなることさえある。
このような実証システムを試作することで、市場にある商品との比較評価が可能となる。米国政府は、実証システム試作は多くの資金や人が必要であるにも拘わらず、推奨している。このような評価によって、新たに開発された技術の客観的、かつ信頼性の高い評価が可能となるからである。そして、このような評価によって新しい開発物の市場価値も明確化する。さらに、当初の機能や性能が達成できなかった場合でも、その原因追求が可能となり、研究開発への再挑戦を可能とする。また、成功した場合は、商品化に向けての次の第一歩を踏み出すことになる。
一般に、新技術開発の成功は、必ずしも商品化の成功を意味しない。技術的に優れたものが、市場に受け入れられるとは限らないからである。市場参入に先立ち、市場調査を行い、販売戦略を練り、宣伝を行うなど、次なるリスクへの挑戦が控えている。
下流段階での実証システム試作は、米国では、大学や国研、企業が単独で行う場合、およびこれら組織の共同プロジェクトとして行われる場合がある。米国の大学は、プロジェクト予算により必要な人の雇用やスペースの確保が可能であるから、大学においても、商品レベルの試作が可能である。
よって、実証システムの試作を通して、即戦力となる学生が育成される。また、大学から直接スピンオフしてベンチャー企業を起こすことも容易となる。企業への技術移転も、大学において、商品一歩手前までの実証システム試作と評価が行われるため、企業としては、技術移転のリスクが少なく、追加研究投資も少ないことになる。
この下流段階を大学において実施できることが、日米の大きな較差を生んでいる。わが国では、大学の教職員は学生定員に応じて人数が決まっており、研究費による研究者や研究補助者の雇用は制約が多く、物作りの戦力は大学院の学生が頼りである。よって、論文執筆のための、動作確認を主目的とする局部的なソフトウェアやハードウェアの試作にとどまらざるをえない状況にある。これは、同時に米国のような即戦力の物作り経験のある学生や研究者を育成したり、ベンチャー企業を起こすに足る技術レベルまで研究成果の完成度を上げることが難しいことを意味している。
このような状況から抜け出せない原因として、従来から大学の論文至上主義などが挙げられてきた。しかし、大学への投資が少なく、設備も買えず、人も雇えない状況が物作りをしない大学を作り出したとも考えられる。米国のフロントランナー構造などを研究し、大学、国研における産業の技術シーズにつながる基礎研究の早急な強化が望まれる。
米国のフロントランナー構造においては、「税金を用いて行った研究開発成果は、商品化して市場に出し、納税者の手に触れるようにすることにより、はじめて納税者への利益還元が達成される」との国民的コンセンサスに裏打ちされており、研究開発の下流段階の後にさらなる支援が続く。
この支援の仕組みが、企業規模を問わず支援する先端技術開発プログラム(Advanced
Technology Program, ATP)、従業員500人以下の中小企業やベンチャー企業を支援する中小企業革新的研究プログラム(Small Business
Innovative Research Program, SBIR)、中小企業技術移転プログラム (Small Business Technology
Transfer Program, STTR)である。
ATP、SBIR、STTRなどの、強力な支援の仕組みをみると、米国がつぎつぎと新技術を持って市場参入を行うベンチャー企業を増やそうと、いかに努力しているかを実感する。その徹底ぶりを見ると、わが国のこの種の支援の仕組みは、ほとんど無きに等しいと思われるほど格差は大きい。これらの支援のうち、特に注目すべきものは、SBIRとSTTRであり、これらについては、次節で説明する。
ATPは、企業における新技術開発を支援することを目的としており、商品化のための開発は支援しない。よって、下流段階に属するものである。ATPは商務省に属するNISTが担当しており、企業規模によらず、企業の新技術の研究開発を支援する。商品開発段階は含まない。個々の企業への投資額は、原則$2,000,000までで、10%程度の自己負担を求めている。また、期間は3年となっている。
FY2001におけるATPの実績は、支援件数59件、1件あたりの支援金額の平均は、$2.8M で、ATPファンドの全体額は、$164Mであった。ATPは、補助金であり、直接費のみが支援対象である。中小企業としてはSBIRの方が使い勝手がよく、また、大企業支援は国民の支持が得にくいとのことで、予算総額は減少傾向にある。
(3) 商品化、起業段階、および市場創成段階の国の支援
研究開発が実証システムの試作、評価をもって下流段階を終了した後に、この段階が存在するのが、米国と日本を大きな違いの一つである。日本において、日本版SBIRなどと呼ばれる仕組みが準備されるようになってきたが、概して短命であり、予算規模も小さい。ここでは、米国のSBIR、STTRなどの支援以外の、間接的な中小企業(従業員500人以下)支援について説明する。これらは、わが国では見られないものであり、なおかつ、わが国での実現が難しいと思われるものである。(以下、米国のいうSmall
Businessを、わが国で聞きなれた、中小、ベンチャー企業と訳す)
| ① | SBIR、STTRのような中小企業向けの国の投資(これについては次節で詳述) |
| ② | 連邦政府調達の30%を中小、ベンチャー企業への優先調達枠として提供している。企業の経営者が女性であったり、マイノリティであったりすると、さらに高い優先度が与えられる。(30%を達成できなかった省庁は、不足分が翌年に繰り越され、期限内に達成できない場合は罰金が課せられる) |
| ③ | 国や公共機関は、アーリーアダプターとして、率先して新技術を抱えて市場参入してきた中小、ベンチャー企業の商品や新技術を採用することが推奨されている。 |
| ④ | 国や公共機関の調達するソフトウェア開発などにおいては、当初の開発とその後のサービスがアンバンドリングされている。また、ハードウェアとソフトウェアを一括発注せず、ハードウェアとソフトウェアを分割して発注するなどして、中小、ベンチャー企業が、国や公共機関の調達に参加しやすいようにしている。 |
これらのうち、②、③、④は、支援というより、中小、ベンチャー企業の育成に対する米国流の考え方、もしくは風土という方が適当であろう。米国では、市場において、中小、ベンチャー企業を、営業や宣伝などの機能の整った大手企業と競わせることはフェアではないと考えており、5年程度の猶予期間を与え、ベンチャー企業の足腰がしっかりするまで一定の優遇処置を設けるとの考えがある。
これはまた、高付加価値の新しい商品の製造拠点であり続けるためには、市場に継続的に新しい技術に基づく商品を供給するメカニズムがなければならず、中小、ベンチャー企業はその役割を担うものであるとの合理的な考えでもある。
このような中小、ベンチャー企業の育成は、国の産業の継続的な繁栄の維持に不可欠の仕組みであるとの考え方は、米国以外には、あまり見られないものであろう。わが国においては、官公需の調達の80%近くが、少数の大手企業によって受注されていると言われる。また、発注する官公庁側に専門家がいないことから、いろいろな設備を含め、ハードウェアとソフトウェアは一括して発注されることが多く、中小、ベンチャー企業は、調達に参加できないことも多い。
さらに、このようにして調達されたシステムの保守や拡張などは、当初に調達した企業に継続的に発注され、米国のようにソフトウェアの保守のみ分割して発注されることも少ないため、中小、ベンチャー企業が、その後、参入することができない構造となっている。このような構造が、わが国では、流通系のベンチャーは成功例が多いのに対して、技術系ベンチャーは成功例が少ないという現象となって現れている。
IT革命がおこり、インターネットがグローバルマーケットを形成し、中小の部品製造企業までもが、世界中の企業との競争にさらされることとなった。既存の業種は、インドや中国などの追撃を受け、コスト低減競争に耐えられない企業は市場からの撤退を余儀なくされている。国の繁栄を保ちたければ、競争力を失った企業を容赦なく市場から撤退させ、それに代わる新しい業種へと投資先を切り替えねばならない。そして、IT革命とインターネットは、この変革の速度をドッグイヤーに短縮してしまった。
このような状況においては、「全ての大企業もかつてはベンチャーであった」という国民的コンセンサスのもとに、上記のように国を挙げて新興の中小、ベンチャー企業を育成し、競争力を失った企業と差し替えて行く構造を確立している米国は、きわめて有利といえる。これに対して、わが国は、国も国民も、このような境地に至っておらず、日米格差は、表面に見える以上に大きなものがあるように思われる。
1.2.4 フロントランナー構造と比較してみるわが国研究開発構造の問題点
フロントランナー構造を、いくつかの段階にわけて、その特徴を紹介し、併せてわが国の情況も、一部付け加えた。
ここでは、この米国のフロントランナー構造と比較しつつ、わが国の研究開発構造を検証してみる。その背景には、日本が、世界をリードするような研究開発拠点を国内に作り、そこから生み出される産業の技術シーズをもとに新産業、新市場を育成するためには、このフロントランナー構造を、日本国内に構築できるか否かがその鍵を握るのではないかと考えるわけである。
全般的にわが国の研究開発の構造を米国のフロントランナー構造と比較してみると、次のような相違点が明らかとなる。
| ① | これまで、わが国には、各省庁の上に立ち、プロジェクトのテーマや予算などに関する調整権限を持つ組織はなかった。現在、予算に関して影響力を行使できる総合科学技術会議ができ、重点分野などの選定を行っているが、個々のプロジェクトの研究内容まで追跡して省庁間の壁を越えて、類似テーマを持つプロジェクトの統合を行うまでの調整能力を持つまでには至っていない。よって、依然として省庁縦割りの弊害は解決されていない。総合科学技術会議の権限を拡大し、事務局を強化するなどして、より強力な調整を行えるようにすることが望まれる。 |
| ② | 研究開発の実施段階における大きな問題は、その中流、下流段階が欠落していることにある。その原因は、わが国の大学、国研に係わる問題であり、次節以下に、少し詳しく述べる。この問題は、経済産業省が打ち出している、大学からベンチャー企業を1,000社起業させようとの計画の達成の困難さを示唆する。 |
| ③ | 次の問題は、新技術の商品化、および新技術を抱えたベンチャー企業育成の段階であり、その支援の構造である。この問題は、IT戦略会議が目標としている2005年までに海外よりIT研究者3万人導入計画の実現が困難な理由も示唆する。 |
上記の3つの問題が、わが国がフロントランナー構造を構築する上で、特に解決が難しいと思われるものである。しかし、①については、構造改革にかかわる問題であり、関係者の現状認識が深まれば、徐々に組織が作り上げられると思われる。しかし、②と③に関しては、いくつもの問題が絡みあっており、国を挙げての解決が不可欠の問題と考えられる。
1.2.5 わが国の研究開発段階の抱える問題点
この問題のマクロな比較は、その段階に投資されている予算と人を見ることで可能である。研究段階の実施機関は、大学と国研であるから、それら機関の予算比較を示すと、図 1.2のようになる。
この図に示すように、米国では、国(政府)から、大学や企業へプロジェクト予算の形で投資される資金が多く、日本と比較すると、大学に対しては10倍以上、企業に対しては5倍以上となっている。
日本の大学は、プロジェクト予算ではなく、大学運営上の人件費や事務費などの固定費として国から資金の多くを得ていることがわかる。この中から、ITの研究費に当てられる割合は少なく、プロジェクト予算のような競争的資金の比率は極めて低いと言われている。米国では、固定的経費は少なく、多くは競争的なプロジェクト予算に頼っている。一部の事務的経費もプロジェクト予算でまかなわれており、相対的に事務的経費は低く抑えされている。

図1.2 日米の研究開発投資の比較
この図に示された予算は、全分野についての比較であるが、米国の大学、国研では、プロジェクト予算が日本の10倍以上多く、さらに研究開発分野を柔軟に変更できるものとなっている。また、プロジェクト予算は、研究者や、研究や事務の補助者の雇用にも使うことができ、大学でも大きな研究開発チームを構成可能となっている。
次に、大学、国研の抱えている研究者や、大学院学生に数についての比較を示すと、表1.1のようなる。
| 米国(注1) | 日本(注2) | ||
| 教員/研究者数 | 27,000 | 2,600 | |
| 国研研究者数 | 約30,000 | 約1,000 | |
| 学位取得者数 | 修士 | 21,000 | 2,500 |
| 博士 | 5,000 | 350 | |
| 注1: | US Dept of Education, National Center for Education NSOPF 1999 フル・タイム+パート・タイムの雇用者数、コンピュータ科学学部のみ |
| 注2: | 総合科学技術会議 重点分野推進戦略調査会 第一回会合資料 情1-6 わが国には、米国のコンピュータ科学学部のようなカリキュラム上で区別した情報学部・学科の区別はない。公表された統計では、食品情報や流通情報学部なども情報系学部として含まれる。この値は学術会議がアンケート調査などで、米国のコンピュータ科学学部相当と判定した学部・学科の人数 |
このように、大学、国研において、研究開発に従事する研究者数、および大学院の学生数についても、米国は日本の10倍以上の人数を抱えている。このような統計には表れないが、このような研究者のほかに、米国の有名大学や、国研には海外からの客員研究員が、世界中から集まっている。その規模は、DOEの研究所やNIHでは、1〜2千人規模(全分野)と言われている。IT産業における技術者数は、米国が209万人に対して、日本が51万人(後藤:第64回情報処理学会全国大会 e-Japanタウンミーティング講演資料)といわれており、日本のIT技術者不足の深刻さが裏付けられている。
このような研究開発段階を担う研究者の不足が、米国のような、商品化を展望した完成度の高い実証システム試作や、大規模な実験を困難としている。このため、産業界は、大学に研究開発のアウトソーシングができず、特に、IT分野では、その傾向が顕著である。
現在の産学連携研究や、大学、国研から企業への技術移転の状況を図示すると、図1.3のようになる。

| 1)米国: | 技術移転は商品化を展望した実証システムの開発段階で行われる。企業も評価が 明確となり移転が容易。大学からの起業も成功率が高い。 |
| 2)日本: | 大学の成果は基礎研究段階が中心。企業は移転後もさらなる研究投資とリスクが伴う。 |
IT革命以前は、日本のIT企業の代表であるコンピュータメーカーは、中研や基礎研を持ち、将来の産業の技術シーズを自己負担で産み出していた。また、まだ外国への技術流出に関して寛容であった米国等からの導入によって技術シーズを得ていた。
従って、大学はポテンシャルを持つ人材の供給源であればよかった。すなわち、図1.3における企業のカバーする領域(右側の台形)が、R&Dの中流から上流にかけてせり出していた。
しかし、グローバルコンペティションの開始とともに、わが国企業も、米国企業との競争に巻き込まれることとなった。その結果、米国企業が、技術シーズを大学、国研より安価に入手できるのに対して、わが国企業は、自前で作り出すか、高価なライセンス料を支払って購入せざるを得ない状況に置かれることとなった。研究開発は、ビジネスとしてみると、最も収率の悪い事業であり、この部分が国費負担の米国企業と自前の日本企業では、明らかに競争上不利となっている。
わが国の大学や国研は人不足が深刻で、米国企業が享受しているような完成度の高い技術シーズ、もしくは商品化一歩手前の試作品を得ることはもちろん、即戦力の学生も得ることができない状況におかれることとなった。わが国の大学は、図1.3に見るように、研究開発の中流や下流までをカバーできず、さらに、企業もかつてのように、この分野まで自前でカバーする経済的余裕はなくなり、ここに大きな空白領域が生じることとなった。
わが国が、研究開発の拠点を国内に持つための、ひとつの条件は、この空白領域を埋める方策を立てることである。これが調査テーマの背後に横たわる大きな問題の一つである。
1.2.6 米国の商品化段階と起業段階における支援
研究開発の最終段階は、開発成果の商品化である。開発者が自らベンチャー企業を起こす場合、起業、商品化、販売などのための資金が必要となる。このための資金の支援の仕組みがSBIRとSTTRである。
(1) SBIR
SBIRは、1982年に、Small Business Research and Development Actに基づき開始され、2000年9月に2008年9月まで延長する法律が成立している。その目的は新技術を抱えたベンチャー企業を市場に送り出すことで、大学での研究成果の商品化と新産業創成を意図したものである。その支援方法は、図1.4に示すように、3つのフェーズに分かれている。
1982年度に、フェーズ-Iの支援686件、金額にして$44.5Mで開始されたSBIRは、1997年度には、フェーズ-Iの支援3,371件、フェーズ-IIの支援1,404件、金額にして $1.1B
(約1,300億円)と、爆発的拡大を遂げた。その開始からの投資額の累積は、$10B(1兆円)を超えている。

| フェーズ-I,IIは、連邦政府の投資、また、フェーズ-II, IIIでは、民間資金やSBIR以外の連邦政府資金を集めて合算使用してよい。 |
SBIRでの支援は、フェーズ-Iは、金額が$100,000(約1300万円)で、期間が6ヵ月である。このフェーズの目標は、提案された研究開発の内容の商品としての利点や実現可能性を確実にすることである。フェーズ-Iで評価/競争に耐える成果を出すとフェーズ-IIへ進む資格が得られる。
フェーズ-IIは、金額が$750,000(約1億円弱)で、期間が2年である。このフェーズでは、図に示すように、SBIR以外の連邦政府資金や民間ベンチャー資金の合算が認められる。このフェーズでの作業は、フェーズ-Iの成果をさらに発展させることである。フェーズ-IIIでは、もはやSBIR資金は与えられず、SBIR以外の連邦政府のファンドや民間資金を獲得して、商品開発や市場開拓を行い、ビジネスを開始することを目指す。
SBIRの予算は、連邦政府機関の外部調達予算の2.5%を別枠として分離して、SBIR事業に当てることで構成される。対象となる連邦政府機関とは、外部調達の研究開発予算が、$100M(約130億円)以上の省庁である。現在、図1.5に示す10の省庁がSBIRに参加している。

図1.5 SBIRに参加している10省庁とその投資分野
SBIRでは、図1.5に示すように、各省庁の投資分野や金額が、その省庁のミッションによって異なっており、投資分野は、将来の米国産業を背負うような分野に限定されている。このように、新しい市場創成にチャレンジするようなベンチャー企業を続々と市場へ送り込み、その一部が大きく成長し、新市場を形成するとともに、競争力を失いつつある既存企業と交代して市場規模を確保し、産業全体の新陳代謝を実現するというシナリオをここにも見ることができる。
1983年度から、1998年度までの、分野別の投資額を、図1.6に示す。この図によると、米国は80年代より、未来志向のベンチャーを育成していたことがわかる。
IT投資も、「コンピュータによる情報処理と解析」の部分と「電子工学」が分離されている。前者は、ソフトウェア、後者は、ハードウェア、半導体などが対応すると思われる。この期間に投資したSBIR資金の総額は、約$10B(1兆3千億円)とのことであるから、その15%、すなわち、おおまかではあるが、$1.5B(2千億円弱)がソフトウェアベンチャー育成に投資されたと推測できる。

| 総額が約$10Bであることから、ソフトウェア分野のベンチャー育成投資は、15%、約$1.5Bと推測できる。 |
わが国においては、研究開発投資においてさえ、未だにIT投資のほとんどは、半導体などの電子工学やハードウェア分野に対して行われており、ソフトウェア分野への投資はきわめてわずかである。ベンチャー育成の支援について、このような、分野を未来志向に限定するような配慮にまでは、考えがおよばない状況にある。総合科学技術会議の選択した重点分野などを基準として、研究開発投資のみならず、ベンチャー育成投資なども、重点分野投資と一貫性を持たせるよう整理していくことが今後の課題であろう。
(2) STTR
SBIRは、大学の研究開発成果の商品化、または、大学発のベンチャー企業育成に大きな成功を収めた。STTRは、この成功が動機になったと推測される、大学の研究成果をさらに木目細かに市場に吸い出すことを意図した支援の仕組みと考えられる。
STTRは、1992年に成立したSmall business Technology Transfer Actに基づき、3年間のパイロットプロジェクトとして開始された。その後、1997年にこの法律は延長され、2009年の9月まで継続することが認められている。
STTRの資金は、SBIRと同様に、外注のR&D予算が$1B以上の連邦政府機関が、年間予算の0.15% ( 2004年度より0.3% )を、分離してSTTR事業に振り向けることで確保されている。2004年度では、DOD、DOE、DHHS(NIH)、NASA、NSFの5つの省庁が実施している。1998年度では、フェーズ-Iが208件、フェーズ-IIが109件で、投資金額は$64.7M
(約84億円)となっている。
投資分野については、SBIRと同様の先端的分野となっている。投資金額や期間は、フェーズ-Iが$100,000で期間は1年間、フェーズ-IIは$500,000で2年間である。
STTRは、次の2つの点で、SBIRと異なっており、大学の研究者等が、より手軽に利用して起業できるような配慮がなされている。
| ① | SBIRにおいては、その代表研究者(Principal Investigator)は、資金の支援を受ける時、およびプロジェクトの実施期間に先立って、そのビジネスに従事する人を雇用していなければならない。これに対して、STTRは、この人の雇用が支援の条件として要求されない。要するに前もって人を雇わず、個人として応募できるという、より使いやすい仕組みとなっている。 |
| ② | STTRでは、そのビジネスに関して正式な協力関係を結んだ、大学や非営利研究機関に所属する共同研究者(Research Partner)を持つことが求められる。 |
米国では、大学の研究者(職員)が会社を持つことができ、公的休暇(Official Leave)の期間内では、SBIRやSTTRを受け取る代表研究者になることもできる。よって、一人の大学の研究者が、自分の会社と自分の大学の間を行き来して、ビジネスを実行することも可能となる。大学の研究者が、そのポジションを確保したまま、STTRを利用して起業し、自分の研究成果を商品化することができるわけである。
以上、大学等の研究者に、その研究成果をもとにベンチャー企業を設立させ、商品化させるための仕組みを紹介した。特に、大学のポジションを確保したまま、国の投資を受けて起業し、自分の研究成果の商品化を行えれば、失敗しても職を失うことを恐れる必要は無い。投資された資金も、得た利益も、一切、国に返却することは無い。使う人の身になって仕組み、法制度が作られているといえよう。
SBIRもSTTRも、大統領直下の技術局(Office of Technology)所属の中小企業管理局(Small Business Administration,
SBA)によって、一括管理されている。実際に実施する機関は、いくつもの省庁にわたっているが、その仕組み、法制度がSBAにより、一括管理されているので、わかりやすく使いやすい。このような制度であるからこそ、爆発的に利用者が増え、仕組みも長続きしているのであろう。SBIRやSTTRの競争率は、8−10倍と高率である。
わが国のベンチャー支援の仕組みは、米国のこのような仕組みと比較すると、各省庁はおろか、一つの省庁においても、いろいろな政策と絡んでおり、応募の条件、金額や期間、収益の一部返納などの有無、成果の権利の帰属、公的な支援の合算使用の禁止など、条件に一貫性がなく、その上、一つの制度が概して短命である。
米国のように、使い勝手をよくすると同時に、投資分野を将来の産業の中心となると予測される分野に限定するなどの戦略を重ねた支援へと改革していくことが急務であろう。
また、このような仕組み、法制度は、大学から産業界へ研究成果を流すルートを提供することであり、このようなチャンスの存在が、海外から優秀な学生を集めるインセンティブともなっている。近年、わが国の大学へのアジア諸国からの留学生が減少し、また、卒業後もわが国で就職せず、米国やアジア諸国へ去ってしまうのは、このようなルートが他国に比べ劣っているためと思われる。
IT革命によって起こったグローバルな競争は、市場における新技術開発や新商品開発競争のみならず、国が提供する人材の育成や起業支援の仕組み、法制度についての競争をも引き起こしている。わが国が、国内に研究開発拠点を構築し、高付加価値の商品の製造拠点を持つためには、海外よりの人材の吸引力が重要であり、この方面での、より多くの投資と改革も急務となっている。