「わが国が行う情報技術研究開発のあり方に関する調査研究」は、平成8年度より本格的に開始し、平成11年度までは「わが国の研究開発の仕組みや法・制度のあり方」の調査研究を主に行ってきた。この調査研究は、わが国がこれまで行ってきた情報技術開発投資や情報産業の育成振興投資が十分な効果をあげておらず、さらに、わが国の情報技術開発力や情報産業の国際競争力が、米欧はおろかアジアの情報先進国と比べても低下傾向にあるのではないかという危惧が動機となって開始された。
その後、この危惧は現実のものとなり、わが国ではネットワークインフラの整備やパソコンの普及が遅れ、インターネットの利用者数なども世界の情報先進国に比べ伸び悩み、情報技術の研究開発(ITR&D)の面でも遅れをとっていることが、政府を含めて広く認識されるところとなった。その結果、歴代内閣はそれぞれ現状打開を目指す施策を掲げた。森内閣においてはIT戦略会議が設けられ、5年以内にわが国を世界の情報先進国のレベル押し上げることを目指し、高速ネットワークの整備や電子政府の実現などの目標が定められた。
本調査研究はこれまで、わが国の情報技術開発の投資効率を悪くしている研究開発の仕組みや法・制度上の問題点を明らかとすることを目的として、主に米国の連邦政府の実施する情報技術開発やその成果の商品化と市場創成の仕組みや法・制度を綿密に調査してきた。その調査結果とわが国の仕組みや法・制度を比較し、問題点の明確化とその発生要因の分析、さらに改善策の提言を行ってきた。
この調査報告は、わが国の情報革命を実施しようとする経済産業省をはじめとする省庁や大学、研究機関、IT関連企業などの関係者に広く利用され、わが国の国の資金によるR&Dの仕組みや法・制度上の問題点を多くの人に認識してもらうための解説書として貢献することができた。
今年度の調査研究は、わが国の国のIT R&Dの現状の仕組みや法・制度の問題点から一歩進めて、21世紀におけるIT R&Dが、現状からどのように発展し、それに向けてわが国はどのような仕組みや法・制度を準備すべきかを調査することとした。
21世紀におけるIT関連産業は、技術貿易中心の時代になると多くの専門家が予測しており、すでにその方向へ向けての国際的競争が始まっていると言われている。そこでは、産業の生産物は、「物」から「知識」へと移行すると予測されている。すなわち、特許、著作権、ノウハウなど、知的所有権(IPR)で権利化されるものが付加価値の高い商品となる。米国は、よく知られているように、1980年代よりプロパテント政策を推進し、ITやバイオテクノロジーの分野におけるIPR確保を先行して行っており、わが国や欧州諸国はこれを追う立場にある。
今年度の調査研究では、21世紀の新知識創生、技術貿易時代を迎えて、わが国の資金による研究開発の仕組みはどうあるべきかの観点から、米国の政府支援研究開発における知的財産権の取り扱い、制度・仕組みについて調査研究を行った。その調査結果によれば、IPRのような無形の成果についても、米国は、ライセンス供与や特許を用いた商品を開発し市場に出すことで利益をあげることが重要と考えており、このために国の資金で研究開発されたIPRを積極的に民間企業へ移転し、商品化を支援する仕組みや制度を整備してきた。また、先行する分野における特許などIPRの確保を容易にするため特許の範囲を拡大するなどのゲームのルールを、自国が有利になるように変えてしまうことさえ躊躇しない。
国の資金はもとは税金であり、研究開発の支援はその資金の投資であるから、その投資の生み出す利益を最大にするためには、どのような仕組みや法・制度を持つべきかを常に考え、テクノロジーの進歩に適合するようそれらを常に変えて行くことをおこたらない。企業の競争力を高め、世界市場において大きな市場を獲得することが、税収を増し、雇用を創出し、国と国民(納税者)へのリターンを最大にするという国民的コンセンサスが確立しているといえる。
このようなコンセンサスのもとに、以下のような政策を実施し、国のR&D支援やその成果であるIPRを管理する仕組みや法・制度を整備している。
1)新技術の創出に向けた中長期研究開発への財政支援と推進体制を強化
2)創出された技術を積極的に保護し商品化する次のような政策をとっている。
① 民間主体による知的財産権の取得と保有を促すバイ・ドール法を始めとする一連の法整備
② ソフトウェア・アルゴリズム特許、ビジネスモデル特許、遺伝子関連特許など新規分野での積極的な特許権保護範囲の拡大
③ 特許侵害に対する賠償責任を強化する司法認定を実施
3)知的財産権の商業化メカニズムとして、政府支援研究開発の成果は、民間への技術移転を促進し商業化を図ることを義務付けて、その仕組みを整備
上記3)の具体的施策としては、技術を民間へライセンシングするのを支援するTLO(Technology Licensing Offices)や、ベンチャキャピタルと連携しながらのインキュベーションや、特許のシーズとニーズのマッチングを目指す民間知的財産権仲介移転サービス業者の活動が定着しつつある。
21紀において、わが国の企業は米国企業をはじめとする世界の企業と地球規模の競争(グローバルコンペティション)を繰り広げなければならない。このとき、上記のような国の支援を受け、企業自身に課せられた制約もわが国に比べはるかに少ない米国企業といかにして戦えばよいのであろうか。また、国はどのような仕組みや法・制度を持てばよいのであろうか。それでなくとも、わが国では従来からソフトウェアのような無形のものの価値を適切に評価し、商品化してその産業を発展させることを不得手としてきた。わが国において、IPRをいかに商品として流通させ、その産業を発展させるかについては、ソフトウェアよりさらに難しい問題がありそうである。
米国においては、国(連邦政府)は技術貿易の時代の中核となる新産業育成と市場創成に関して、明らかに大きな役割を果たしており、有形、無形のインフラを世界に先駈けて整備している。研究開発の仕組みや法・制度もそのようなインフラの重要な部分であろう。そのようなインフラの故に多くの日本企業が米国に研究所や工場を立地する。
21世紀の技術貿易中心の時代に向けて、わが国の国の資金による研究開発の仕組みや法・制度をどのように改革すべきかという問題は、米国など先行する諸国を参考にして、今後、国を挙げて研究し議論すべきものであろう。本調査研究は、その第一歩として国の資金によって生み出されたIPRの扱いに注目して、わが国の関係者の認識をヒヤリングにより調査するとともに、米国の国の資金による研究開発においてIPRの扱いがどのようになっており、その民間への移転や商品化がどのように行われているかを調査した。
わが国の国のR&Dプロジェクトの実施に関する仕組みや法・制度、さらには、その成果を商品化し市場を創成する仕組みは、米国などと比べるといまだに制約が多いのが現状であり、技術貿易の時代に向けての対応はまだこれからというのが調査結果をまとめた印象である。しかし、避けては通れぬ道でもある。この調査結果が、わが国の政府、企業、大学、研究機関などの関係各位が21世紀のR&Dの仕組みや法・制度を検討する上で少しでもお役に立てば幸いである。