3.9 情報収集・連携エージェント技術
インターネット技術の普及により、様々な種類の情報が様々な場所から発信され、様々な利用者が様々な形態でそれらの情報を利用するという状況が生じている。情報利用の目的も、これまでの娯楽中心のものから、ビジネス、行政、教育、医療、福祉、防災のための利用へと広がりを見せている。しかし、このように多種多様で膨大な量の情報がネットワーク上の広域に分散し、その内容や構成が日々変化し続けるといった状況の中で、一般の利用者が必要な情報をネットワークから探し出す作業は困難なものとなりつつある。このため、インターネット上から必要に応じて必要な情報を収集したり、インターネット上のサービスを連携させる情報収集・連携エージェントの重要性が増している。情報収集・連携エージェントは、利用者エージェント、情報提供エージェント、仲介エージェントなどから構成される。利用者エージェントは利用者がいつどのような情報を必要とするかを把握し、情報の利用や閲覧を支援する。情報提供エージェントは情報の所在を管理したり、利用者の要求に応じた情報の編集・加工を行なう。仲介エージェントは情報提供エージェントと利用者エージェントの間を効率よく仲介する。ここでは、ネットワーク上における高度な情報利用技術として、いろいろな分野の情報収集・連携エージェントの事例を紹介する。
3.9.1 インターネットにおける情報収集とエージェント
インターネット上における情報収集は、情報の発見、情報の編集、情報の閲覧、情報の統合、情報の流通などの要素からなる。情報の発見は利用者が必要とする情報の所在を探しだす過程である。情報の編集は情報提供側で利用者に合わせてコンテンツを変更する過程をいう。情報の閲覧はいわゆるブラウジングである。情報の統合は複数ヶ所で提供される情報を統合する過程である。また、情報の流通は必要な情報を提供者から利用者へ効率的に流す過程である。各過程において、利用者エージェント、情報提供エージェント、仲介エージェントに対して以下のような期待がある[4]。
海外における情報収集・連携エージェントの研究開発事例には次のようなものがある。利用者エージェントの事例としては、ブラウジングの様子を観察しながら利用者の好みを学習して以降のアクセス先を推奨するLetizia[14,22]、プロキシとして動作して同様の学習や推奨を行なうWebwatcher[1]などの知的ブラウザがある。情報提供エージェントの事例としては、サーバ側で音楽や映画情報についての利用者の嗜好を学習して以降の推奨を行なったり、類似の嗜好を持つ者のグループ化を支援するFirefly[15]などの知的サーバがある。仲介エージェントの事例には、複数のオンラインショッピングサイトを比較したり、サイトへのアクセス方法を学習するShopBot[3]、売り手エージェントと買手エージェントのマッチメイクを支援するKasbah[15]、マルチエージェントによって協調的な情報収集やマッチメイクを行なうCIG
Searchbots[2]などがある。また、類似の嗜好を持つ利用者のグループ形成を支援するYenta[25]、Cyber Yentaなどの事例もある[24]。
以下では、国内における情報収集・連携エージェントの研究開発事例を紹介する。
3.9.2 WWW情報検索・収集エージェント
インターネットの利用形態の多様化にともない、WWW上の情報を効率的に検索するシステムの必要性が高まっている。現在主流のWWW検索法は集中型であり、WWWページの解析法やページ検索の優先順などはあらかじめ決めておかなければならないが、あらゆる状況に応じた検索方法を前もって用意することは事実上困難である。そこで、得たい情報を効率よく探し出すための仕組みや、様々な状況に柔軟に対応可能な検索アーキテクチャが重要となる。ここでは、これらの問題をエージェントによって解決した事例を紹介する。WWW情報検索・収集エージェントMobeetは、マルチエージェントフレームワークBee-gent[12,21]を用いて実装されたエージェント応用システムである。利用者の検索毎にモバイルエージェントが生成され、このモバイルエージェントが利用目的に合わせて作成された解析プログラムと共にWebサーバーに移動して検索処理を行なう。モバイルエージェントがWebの検索を代行するため、検索中に通信回線を切断することが可能となり、検索要求した端末とは異なる端末で検索結果を受け取ることも可能となる[20]。図3.9-1にWWW情報検索・収集エージェントMobeetのシステムの構成を示す。このシステムは以下の要素から構成される。

図3.9-1 WWW情報検索・収集エージェントMobeetのシステム構成
このシステムを用いたサービス利用の流れは以下のようになる。
このシステムを利用すると、オフィスからエージェントに対して検索要求を送り、移動中にモバイル端末からエージェントと対話してコンテンツ数を調整し、移動先で身近な端末からエージェントを呼び出して検索結果を受け取るといった利用が可能となる。
3.9.3 ドライバー情報支援エージェント
InfoMirrorは知的ネットワークエージェントPlangent[6,7,8,17,23]をカーナビゲーションシステムに応用したシステムである[5,10,11]。最近のカーナビゲーションシステムは、VICS(Vehicle
Information and Communication System)などと連動しており、単に地図表示やルートガイダンスを行なう機器から、ネットワークに接続してさまざまな道路交通情報を取得する車内情報端末に姿を変えつつある。このようなシステムでは、取得できる情報が豊富になる分、取得に要する操作は煩雑化していく。このため、運転中でも容易に操作できる利用者インタフェースの構築や、車の中で本当に必要となるコンテンツの獲得などが課題となる。
InfoMirrorにおいて、エージェントは自律的な判断や暗黙的な指示の補完などによって運転中におけるカーナビゲーションシステムの操作の煩わしさを排除し、試行錯誤を繰り返しながらネットワーク上を移動して利用者の求めている情報を探し出す。例えば、レストラン情報を検索している際には、運転者は駐車場の確保にまでは注意を払っていないかもしれないが、車で移動しているからには駐車スペースが必要なことは明らかである。エージェントは適当なレストランを見つけたら、近くの空いている駐車場も同時に検索することによって、運転者の操作を簡便化する。図3.9-2にドライバー情報支援エージェントInfoMirrorのシステム構成を示し、図3.9-3に駐車場情報を表示した画面例を示す。
図3.9-2 ドライバー情報支援エージェントInfoMirrorの概要
図3.9-3 ドライバー情報支援エージェントInfoMirrorの駐車場情報画面例
ドライバーが利用可能なサービスは多種多様であり、今後さらに新しいサービスが増える方向である。利用者の立場からは、それらのサービスを自分の都合に合わせて組み合わせて使いたい場合が多い。サービス提供の立場では、他のサービスとの組み合わせを意識した機能やコンテンツの充実は煩わしいものであるし、次々と現れる新規サービスに適合させることはほとんど不可能である。この点InfoMirrorでは、エージェントがサービス間のインタフェースを調整し、試行錯誤の柔軟さによって複数サービスの連携をはかることができるので、手間をかけずに利用者のニーズに応えることが可能となる。
また、今後のネットワークコンピューティングにおいては、家庭やオフィスのPC、モバイルコンピューティングで利用するPDA(Personal Digital
Assistants)、街角に設置されるキオスク端末、車両における車載PCなど、利用者の操作するデバイスは様々なものになる。サービスの提供者が利用者端末の多様性を考慮したコンテンツ、すなわちユーザのビューまで考慮したコンテンツを作成するには限界がある。サービス提供者は本来のコンテンツのみに集中し、ビューは利用者端末側で調整するという形態が好ましいと考えられる。InfoMirrorでは、コンテンツとビューを別のものとして扱い、エージェントがこれらを統合するという考えを基本としている。
3.9.4 ヒューマンナビゲーションエージェント
「ゆがしまん」は知的ネットワークエージェントPlangent[6,7,8,17,23]をヒューマンナビゲーションに応用したシステムである[9]。ヒューマンナビゲーションとは、歩行中の利用者に現在位置や周辺情報を与えることで、移動や観光を支援するシステムである。ヒューマンナビゲーションシステムでは、多様な利用者のニーズを満たすため、利用者の欲する情報をネットワーク上から適切に抽出して提供する必要がある。また、携帯情報端末を介した情報提供の際には複雑な操作を不要とすることはもちろん、ときには利用者の操作が行なわれていない場合にもシステム側から情報提供を行なうことが求められる。
伊豆半島のほぼ中央、天城湯ヶ島町にて、Plangentを用いたエージェントゆがしまんを導入したヒューマンナビゲーションシステムの実証実験が実施されている。IPA(情報処理振興事業協会)による地域総合情報化支援システム整備事業
天城湯ヶ島町ヒューマン・ナビゲーションシステムの一環として行なわれたものである。天城湯ヶ島町はその温泉と景観から温泉療養に適しているとされ、古くは多くの文人が常宿としていた地でもある。実証実験システムでは、PDAおよびキオスク端末を用いて、湯道と呼ばれる散策路を中心とする観光や温泉療養のための周辺案内および関連情報が提供される。このシステムの主な機能は次の三つである。
ナビゲーションを行なうPDAとしては小型のノートパソコンを用いている。また、地域情報センタと称する一室には情報提供を行なうためのサーバ群が稼動しており、PDAは付属のPHSから地域情報センタのPBX(構内交換機)を経由してネットワークに接続、情報の取得を行なう。この際、利用者の位置はPHSが交信しているアンテナにより特定される。ゆがしまんはPlangentを利用して構築した上で、さらに次の機能を備えている。
●利用者に応じた情報提供
あらかじめ登録された利用者情報に基づいて状況や利用者の好みに応じた情報を抽出して提供する。利用者情報は、年齢や性別などの個人情報や、文学に興味があるか否かなどの嗜好に関する特性により構成されている。一方でコンテンツには、提供すべき季節、時間、利用者の傾向などの属性を付加しており、利用者情報や状況との適合度を算出することにより利用者に合わせた情報提供を行なう。
●自発的情報提供
利用者の操作入力に応じて情報提供を行なうだけではなく、時間経過、状況の変化やユーザの操作状況に応じて、能動的に情報提供を行なう。ガイドキャラクタは、ツアーガイドとして利用者の位置に応じて時折出現して道案内や周辺情報の提供を行なうなど積極的な情報提供を行なう。

図3.9-4 ヒューマンナビゲーションエージェント「ゆがしまん」の画面例
ゆがしまんはこれらの機能により、ネットワーク上から利用者の個人特性や状況に応じた情報を抽出して提供することを実現している。図3.9-4は、ゆがしまんのエージェントが利用者の要求を求めている画面の例である。
ゆがしまんは、伊豆天城湯ヶ島町において、World Wide Web向けホームページを整備した上で、現地に設置されたキオスク端末や観光客に貸し出されるPDAに向けて観光情報を提供する実証実験が1999年8月から実施されている。
3.9.5 環境情報収集・連携エージェント
2001年に施行される家電リサイクル法に対応し、リサイクル・廃棄処理技術の開発と実施が検討されている。この中で、製品のライフサイクル全体にわたり、その環境情報を管理する情報システムの構築は優先的に取り組む課題とされている。この様なシステムの一つに、環境調和型製品(ECP;
Environmentally Conscious Products)設計支援システムがある。これは、ライフサイクル全般を通じて地球環境に配慮した製品を製造・販売するための設計支援システムである。このような支援システムにおいては、既に使用されている設計支援ソフトウェアやデータベースを変更することなく、それらの上に新たな支援環境を構築することが望まれる。さらには、新規の支援ツールやデータベースが導入された際にも柔軟に対応可能であることが期待される。このため、既存もしくは新規のシステム及びデータベースをゆるやかに結合した柔軟な分散システムを構築する目的でエージェント技術を適用する試みがある。
環境調和型製品設計支援システムとは、製品設計時に、その製品の材料・部品の調達、製品の製造、販売、使用、回収、解体、リサイクル、廃棄に至る製品の全ライフサイクルにわたる環境負荷を考慮するための支援システムである[13]。環境負荷とは、製品が環境に与える影響を数値化したものであり、例えばCO2排出量やリサイクルのためのコストなどが環境負荷となる。図3.9-5に、マルチエージェントフレームワークBee-gent[12,21]を用いて構築された環境調和型製品設計支援システムの構成例を示す。このシステムは、環境影響度やリサイクル性を算出するECP設計支援パッケージ群(LCA;
Life Cycle Assessment, DFR; Design For Recycle, LCC; Life Cycle Cost)、既存のCADやプロジェクト管理ツールなどのアプリケーション群、部品情報などが格納されている各種データベース群、部品/素材メーカから環境情報を得るためのWWWサーバなどから構成される。これらのアプリケーションやデータベースを連携して活用するためにマルチエージェント技術が適用される。
環境調和型製品設計支援システムが提供する代表的なサービスに、環境負荷情報の表示がある。設計中の製品に関する環境負荷情報を設計者に対して表示するというものである。例えば、設計者がCADで設計中の製品の構成を入力した際には、CAD上の利用者エージェントが環境負荷情報の収集を目的とする仲介エージェントを生成する。仲介エージェントは、製品環境データ、環境統計データ、調達部品データベースなどの情報提供エージェントから製品環境データを収集し、それをECP設計支援パッケージ群に渡して評価値を計算する。その結果を利用者エージェントに渡し、利用者エージェントは結果を設計者に表示する。プロジェクト管理者が事前に環境負荷の削減目標などをプロジェクト管理ツールに入力していれば、仲介エージェントはその情報も合わせて収集し、利用者エージェントは評価値と目標値を並べてよりわかりやすく結果を表示する。このシステムをエージェントによって構築することで、仲介エージェントが情報の不足に自律的に対処したり、データベース構成の変更や新規アプリケーションの追加にも情報提供エージェントの変更で容易に対応できたり、さらに仲介エージェントの移動性を活用することで通信量を約30%削減できるなどの利点が確認されている[19]。
図3.9-5 環境情報収集・連携エージェントのシステムの構成
3.9.6 プラント情報連携エージェント
プラント分野においても、従来の部門の枠を越えたシステム連携や、制御系・監視系といった固定的な系統の概念を越えた結合システムの実現が望まれている[18]。このためには、既存のシステムを活かしつつ、それらを連携させる技術が必要となる。また、システム構成の変更にも迅速に対処できることが求められる。このため、この分野においてもエージェント技術によって連携システムを構築する動きがある。ここでは、マルチエージェントフレームワークBee-gent[12,21]を用いて構築された、プラント設備診断システムと計画保全システムの連携事例を紹介する。
設備診断システムはプラント内の機器に取りつけたセンサの信号(振動値や電圧など)を読み取って設備状態を常時監視する。設備の初期異常発生の早期発見や設備劣化の予測などを支援するために、FFT解析やトレンド解析などによる診断機能も備えている。一方、計画保全システムは、保全業務(予防保全作業や故障修理作業など)の記録や保全業務の計画化を支援する。プラントの安全運転を維持する目的で、プラントの運転管理者と保全担当者は一般に異なる。このため、業務を支援する設備診断システムと計画保全システムも異なるシステムとして構築されていることが多い。両システムを連携させた新しいサービスには、例えば、設備診断サーバによるプラント機器の異常検出と、計画保全サーバに対する異常機器の保全依頼との連携がある。図3.9-6にプラント設備診断保全システムの構成を示す。このシステムは、設備診断サーバ、計画保全サーバ、Webサーバの3台から構成される。設備診断サーバと計画保全サーバには情報提供エージェントが配置され、Webサーバには利用者エージェントが配置される。利用者エージェントは、設備診断サーバと計画保全サーバのエージェントから得られた情報を運転担当者と保全担当者へ同時に提供する。
図3.9-6 プラント情報連携エージェント設備診断保全システムの構成
設備診断システムと計画保全システム間の典型的な連携サービスは次のようなものとなる。設備診断サーバが異常と診断したプラント機器の保全依頼を計画保全システムへ登録する。そして、異常発生機器に関して、設備診断サーバが保有する解析データ(全測定点の数値、FFT解析結果、トレンド解析結果)と、計画保全サーバが保有する保全情報(機器仕様、保全履歴)を取得する。こうして登録された保全依頼の内容と取得した情報を、運転管理者、保全担当者へ通知する。このサービスは、以下のようなエージェントの役割分担と連携によって実現される。
設備診断サーバの情報提供エージェント: データベースを監視し、異常機器を検出すると仲介エージェントを呼び出す。また、異常情報と解析データを検索し、検索結果を返す。
このようなシステムをエージェント技術によって構築した利点が以下のように報告されている[16]。
参考文献