本ワーキンググループ活動の一環として実施した海外調査について報告する。
| ・ 日 程: | 2000年3月5日(日)から3月11日(土) |
| ・ 調査員: | 横田 実 委員 |
| ・ 主な調査先: | 1)EInk社(ボストン) |
| 2)MITメディアラボ(ボストン) | |
| 3)NIST(ワシントン) | |
| 4)富士ゼロックスパロアルト研究所(パロアルト) | |
| 5)ゼロックスパロアルト研究所(パロアルト) | |
| 6)ウォルトディズニーイマジニアリング(マウンテンビュー) |
1.EInk社
<訪問の目的>
EInk社はMITで開発された電子インク技術を基にして、研究開発に関わった研究者達が1997年に興したベンチャー会社。昨年はプロトタイプパネルを実際にJCPenneyの売り場案内ポスターとして展示。世界で最初の電子インク製品をリリースしていることで注目を集めている。今回の訪問ではその完成度を確認すること、今後の製品/ビジネス展開について調査。
| <面会者> | Dr. Paul Drzaic (Director of Technology) |
| Dr. Daniel Button (Senior Director Business Development) |
Dr.DrzaicはかつてPDLCの開発で良い技術がなかなか世間に認知されなかった体験がある。Dr.Buttonはデュポンやコーニングで働いた経歴の持ち主で、Immedia製造のアウトソーシングに際しては化学製品の製造経験や人脈が活用されているとのこと。また、デュポン時代は日本に住んでいたこともあり日本語が分かる。
ノコギリ屋根の工場を改装したオフィスで、内部は広いフロアをパーティションで区切っただけの簡素な作り。卓球台とバスケットのゴールが置いてあるコーナーが若い雰囲気を感じさせる。ここに移ってまだ1ヶ月とのことで、工事中の個所も残っていた。
エントランスホールや受け付けに電子インクによるディスプレイパネルImmediaが掛けてある。見た目には実用的なレベルに達しているというのが第一印象である。報告者は1年前に同じ原理で作られたNOK(株)のサンプルを見せてもらったことがあり、それと比較するのは正確ではないが、学会発表では同程度だったと言われているので、この1年でかなり進歩したことは確かであろう。
背景色となる青は予想したよりも濃く、文字の白色とのコントラストはかなり良好である。普通のオフィスの天井蛍光灯環境でもかなり見やすい。視野角もほぼ180度でどこからでも良く見える。表示用電極は約2dpiの精度であるが、単純な正方格子ではなくコーナー用に角を丸くしたパターン等も刻んでありアルファベット表示を少ない電極で綺麗に見せる工夫がされている。強度も考慮して若干厚め(約5mm)に作られているが、展示パネルとしては違和感はない。展示品は電話ケーブル(RJ-11)で有線接続されていたが、ページャー内蔵版もあり、全米に広がる店舗のImmediaをセンタから無線で変更することが可能。
製品展開として次の3ステップを考えている。
(1) 広告・ディスプレイ用低精度大型パネル(現製品 16文字×3行)
(2) モバイル端末向け小型軽量高精細パネル
(3) パブリッシング向け高精細パネル
究極のゴールは電子ブックを目指しているが、まず早期の製品化を狙っていることを強調。信頼性が低いと使ってもらえないので技術を先に進めるより手堅くステップを踏む方針。例えば、背景色を青ではなく黒にすることも実験室では既にできているが、まずは現状で確立された技術で製品化する。白黒版は1年以内に出せるとのこと。
当面の用途は宣伝用ポスターと割り切っているが、市場は大きい($6B)との読み。次のステップは携帯/PDA用。これも市場が大きいこと、高精細化に向けてのステップとして妥当であることが理由。電子ブックはその大型版として進める意向。モバイル用途では既にプラスチックLCDが製品化されており差別化が難しいのでは?という問いに対して、現状のLCDに不満を持つユーザはおり、「綺麗に見える」とか「屋外でも見易い」等のメリットで勝てる用途があるとのこと。
高精細化の見通しについては楽観的で、現状でも電極をちゃんとつくれば100dpiは実現可能(これはマイクロカプセル・サイズからの単純計算ではなく、実用レベルでの換算)。実験室では既に200dpiを達成しているそうだ。表示の切り替えは±40Vの電圧印加で行うが、変更時に直流で印加するので、今のところ消費電力は問題になってはいない。将来の高速化や高精細化には電極への印加電圧を小さくする必要があることは認めており、実験室では±15Vが実現できているとのこと。
競合他社の追従を防ぐために75件の特許を申請中〈実際、後発の数社が既に同じレベルの技術を開発したのを知ってショックだったそうな〉。但し、18ヶ月の公示期間があるために成立したのはまだ1ダース位とのこと。EInk社は現時点で約100名弱の社員規模であるがPhDがゴロゴロしており、一つの製品開発にこれだけ投資していることに強みと自信を持っている。更に、投資会社の中にドイツの化学会社があり、非常に有効な技術サポートが得られているとのこと。
Immediaは文字数や表示方法が限られており、多様な顧客ニーズへの対応が気になるところであるが、EInk社としては単なるデバイスを売るつもりではなく、システム、更にはサービスビジネスを目指している。つまりユーザの要望に合わせてカスタマイズしていくサービス、付加価値を商売にしたい模様。そういう理由からまだ米国以外にはビジネス展開していないが、パートナーを見つけて来年には世界で売りたいとのこと。例えばJCPenneyでのトライアルはてっきりEInk社が全て持ち出しで協力していると想像していたが、実際は月額40〜50ドルの費用で請負っているそうだ。
日本でもNOK(株)が既に同じ技術を保有しているが、EInk社のように資金が集まる状況には程遠い。こういう違いがどこにあるかを知るためにベンチャー誕生の秘訣を知りたいと思ったが特別変わったことはないとかわされてしまった。しいて言えば、MITで既にサンプルが稼動するところまでできており投資家にデモを見せることができたこと、ビジネスに強いハーバードの教授を巻き込んでビジネスプランを練ったこと、が成功した一因ではあるそうだ。また、こういう提案に投資してくれるのは全米でもシリコンバレー、ボストン、オースチン(テキサス)位で、やはりまだ特別とのこと。ただ、日本も含めたアジアへの売り込みの反応が米国以上に冷ややか(慎重)なのは確かなようだ。
LCDを初めとする既存ディスプレイ技術に対するEInk技術の強みは、見やすさとガラスを使わないことによる薄い/軽い/フレキシブルな点にある。広く利用するには電極の高精細化がもう少し必要と感じるが(日本語表示には特に必要)、完成度がかなり高いこと、特許化に力を入れているため簡単には真似ができない可能性が高い。やはり米国ベンチャーの力は侮れないという印象である。
2 MITメディアラボ Tangible Media Group
<訪問の目的>
目に見えない電子情報を触れる(Tangible)物理的な「モノ」として表現しようというコンセプトがヒューマンマシンインタフェースの新しい流れとして注目されている。訪問では実際に試作された成果を体感することと、コンセプトの発案者である石井教授に面会し研究の進め方について調査。
| <面会者> | Prof. Hiroshi Ishii (Head, Tangible Media Group) |
いくつか代表作のデモを見せて頂いた。これらはいずれもCHI等で発表済み且つ非常に有名なものであるため、実際に見る・触ることが訪問の目的である。
Urp
建物の影、風の流れなどが机上に置かれた建物模型の位置に合わせて机上に投影される。積み木で遊ぶように模型を動かすことで直感的に必要なシミュレーション結果を得ることができる。都市計画用CADのインタフェースとして考案されたものだが、UIとして非常に直感的で分かりやすい。すぐにでも実用になりそうな印象であるが、実際にCADシステムで利用するにはTVカメラでの入力では精度が不足とのこと。位置精度を高精度にしたバージョンを作り直す予定。建物の反射の影響も影に劣らず重要で、例えば高速道路を走る車のドライバにまぶしくないように設計することが要求される。デモでは反射光や高速道路(車が流れている)を机上に写してみせてくれた。
報告者は論文を読んだ時点で、光の反射や屈折を子供に教えるシステムとしての魅力を感じたが、このシステムのアイデアは多くの分野に応用できるであろう。大きな机への表示、位置検出がもっと廉価で簡易に実現できることが望まれる。
InTouch
これは3本のロールをネットワークで接続したもので、お互いの感触を伝えることができる。ローラーを自分で回すと同時に相手が回そうとする力も感じることができる、つまり入力と(相手からの)出力を同時に体験できることがキーポイントで、「触れ合い」を実現しようとしている。最終ゴールは恋人同士がバーチャル空間でお互いに手を握りあうことになりそうだ。指の動作がそのまま数字と対応するソロバンからヒントを得たとのこと。一見するとローラーが連結されているだけであるが、目指しているコンセプトは深遠。
Music Bottle
栓を取ると瓶の中に入っている音楽が流れ出てくる。これもヒントは醤油ビンだそうな。香水と同じで素敵な音楽はしゃれた瓶に入っているというイメージ。実際には栓が取られたことを感知するのに高度な技術が使われている。目に見えるためにかえって「瓶は場所をとるからなぁ」とか思ってしまうのだが、勿論これはコンセプトの一形態に過ぎない。例えばダウンロードされたMP3音楽はコンピュータに大量に格納できてしまうので、何かビジュアルなものとの連携が必須となるであろう。瓶の代わりにレコードジャケットをめくることになるかもしれない。
このようにコンセプトを具体的に見せてくれるがゆえに、いろいろ感じたり疑問を持ったりすることになるが、それこそが石井教授の狙いである。新しいコンセプトの創出には「具体化して見せる」ことが必要。
TangibleやAmbient等のネーミングの素晴らしさについて、思わず「日本人にとって良いキャッチフレーズを打ち出すのが難しい」と口走ってしまったが、言語の問題とオリジナリティについて分けるべきだと突っ込まれてしまった。我々はつい「英語の壁」を言い訳しがちだが、言葉の問題は簡単で広告関係のコンサルタント等に相談すればよい、本当の問題はオリジナリティをきちんと表現することへのコダワリであるとの指摘。そういう意味でネーミングには特に気を使っているとのこと。例えば、「マルチメディア」は今ではもう何も意味しなくなった言葉だそうだ。Augmented
Realityという言葉もVirtual Realityの対語として出てきたものでかなり広い概念と理解していたが、石井教授に言わせると机の上に投影する手法を中心としたディスプレイのみを使う概念であり、Tangibleの意味は含まれない、ということになる。
何で貢献するか? 研究者は常に貢献を考えなければいけない。企業なら売上、大学なら新しい考え方・ものの見方を生み出すこと。石井教授としてはGUIに代わる新しいメガネを生み出すことがゴール。そのために大事なのが目標設定。人工知能研究はもともと人間の思考が論理的でないにも関わらず、記号論理に基づくコンピュータで実現しようとするところに無理がある、VRも同様に人間の感覚が多様で敏感であるところを無視してバーチャルに見せようと努力しても限度がある、とか。もっとできるところから取り組んで成果を出しながら進めることが必要ではないか、手の届く低いところに成っている果実を取ることは大事だとの意見。MITも厳しい所だそうだ。
今後の活動について、Tangible Media研究は当分、いろいろなアイデアを適用してパラダイムとして定着させたい、とのこと。いろんな人が参入してくれることは大歓迎。HI研究について報告者は常々、アイデアが命ではあるが、ともすれば単に既存の技術を集めただけで技術的には大したことない、と見なされる傾向があると感じているが、これに対して、コンセプトにおける基礎研究、つまりコンセプト自身が有効かどうかを確認する研究フェーズが重要であるとの意見。特定領域を深く研究した古い世代の人には評価されないこともあるが、メディアラボ自体がそういう旧来の枠組みに収まらない研究を進めるためにあり、Tangibleメディアもそういう醸造フェーズを経て認知され始めた。とにかくやって見せて批判してもらうことが大事で、それを恐れていては前進しないとの意見。
最後に米国から見て日本の研究レベルアップについてコメントを求めたところ、総論としてつぎの3点の指摘があった。
(1)少ないリソースでの頑張り
日本の研究環境は結構恵まれているのでは? お金も人もいない切羽詰まった状況でどう頑張るか、で真剣になり工夫も生まれる。石井教授もスポンサー獲得に努力しているとのことだが、それが研究提案をより説得力あるものにしている模様。
(2)オリジナリティへのコダワリ
欧米のアイデアを焼きなおしたような論文がある。また、海外での採録が難しそうなものは日本国内でのみ発表して済ませる傾向もありそうだ。自分のアイデアの持ち味は何か、何が新しいかを常に問い続けること。
(3)成果を見せる努力
成果を具体的な形で示す。何で貢献するかを常に考える。叩かれてもよいからどんどん発表すべき。
研究者としての自分を育ててくれたのは日本であり、日本の研究者をエンカレッジする機会があれば手伝いたいとのこと。AITECでもNSF等における研究方向付け・評価方法を見習うべきとの議論があるが、例えば国としてそういう研究評価活動を設けるなら参加しても良いとの積極的な提案を頂いた。
メディアラボ所長ネグロポンテは全てが電子化される社会、Being Digital(アトムからビットへ)を提唱し、それは確かな流れになっている。しかしながら、ビットを最終的に扱うのは人間であり、サイバー空間と人間の接点では再びビットからアトムへの還元が必要である。Tangible
bitとは正にこの変換に他ならない。Being DigitalとBeing Tangibleの両方を打ち出したメディアラボのコンセプト提案力を感じる次第である。
3 NIST Electronic Book Project
<訪問の目的>
NISTは1997年よりElectronic Book Projectという活動を進めており、98年、99年と2回に渡って電子ブックフォーラムというワークショップを主催し、電子ブックに関わる人々(主に産業界)の意見交換の場を設けてきた。その結果として1999年にOpen eBook Initiativeという電子ブック共通フォーマットを決めるコンソーシアムが生まれ、それまでの経緯から、プロジェクトリーダのDr. McCraryがコンソーシアムの暫定議長に選出されている。Dr. McCraryに面会し、NISTの活動内容、(国の)役割、電子ブックの今後について調査。
| <面会者> | Dr. Victor McCrary (Group Leader,Information Technology Laboratory) |
Dr.McCraryのグループは100名程の規模であるが、そのうち30名程が電子ブックに関連して、アプリケーション/アーキテクチャ/ソフト開発/ディスプレイ評価の研究活動を進めている。
一方、企業に対しては
という活動を進めており、日本ではJEPA(電子書籍フォーマットJepaXを提案中の日本電子出版協会)のメンバになっているとのこと。MITIともチャネルがあるそうだ。
NISTの役割は中立的な立場で業界標準の作成を支援することであり、最終的に企業や消費者にメリットが出ることを目的としている。VHSの例を引き合いに出してニヤリとされてしまった。(当時も「企業間の競争で結局、最終的に損をするのは消費者だ」という批判があったと記憶している)NISTはあくまでも黒子であり、実際の仕様作成や開発は企業に委ねている。
実験室を一部案内してもらった。まずNISTで2年半前に開発した電子ブックソフト。HTMLで記述されており、フォントの大きさを変えられるとか、2ページの見開き表示、写真や動画をハイパーリンクで呼び出せる。扱えるのはテキストのみでこのソフトそのものは現時点では大したことはないが、これを開発していたところにRoket
eBookやSoft eBookなど電子ブックを売り出す会社が出てきたので、仕様を標準化する必要を感じたとのこと。それがWorkShop開催のきっかけで、2回のWorkShopを通じて業界に仕様をまとめる気運が生まれた。
その結果できた最新のOpen eBook仕様に基づく表示例を見せてもらった。XMLをベースにしており絵とテキストがかなり綺麗に配置されている。レイアウトもある程度扱え、記述能力に不満はないとのこと。ただパソコン上での表示は結構遅く、廉価に作られる電子ブック端末には負荷が大きいのでは、と懸念される。
一方、目の不自由な人用に点字ディスプレイや音声出力も研究しており、NISTとしてはむしろこちらの方に力が入っている感じ。前者は特に普及を考えて廉価に実現する方法(例えばプラスチック製の点字ヘッドがリング状に回転する等)を研究している。必ずしも音声が好まれるとは限らないようだ。
ディスプレイに関しては見やすさの評価基準を作るための分析作業に着手したとのこと。これまでTVディスプレイとしての評価はあるが電子ブックのようなテキストや静止画の見やすさの基準、普及してきたLCDのような表示デバイス特有の見やすさ/性能に関して何も基準がない。これらについての評価指標を確立させ、アプリケーション毎に最適なディスプレイを開発できるようにということで、地道な活動を進めている。報告者自身も電子インクとLCDの目に対する優劣を明確にしたい、と考えていたところであり共感を覚えた。分析対象には3Dディスプレイも含める計画とのこと。
電子ブックのための表示ソフトがMSから今春にリリースされることはアナウンスされているがアドビ社も同様のソフトをリリースする模様。MSのClear Typeと同様のCool
Typeという綺麗に見せる表示技術が開発されているとのこと。Dr. McCraryが見た感想では「両方とも同じようように綺麗」だったそうだ。NISTとしてはReaderソフトに関しては関知しておらず、各企業が自由に製品を開発すればよいとの立場。
電子ブックの捉え方にはいろいろあり、紙の本をそのまま電子化するという立場もあるが、Dr. McCrary自身は従来の本では無い、新しいメディアとしての本(例えばマルチメディアブック)と考えており、動画を視覚化の重要な要素と見ている。そういう観点から電子インク技術は当分先の技術であり、当面LCDが優位との意見。
今後の活動としては、次世代の電子ブックシステムも考えていくが、まずはOpen eBook仕様を広めることに注力。特に電子図書館の活動との連携、世界へ向けたグローバル展開(多言語化)を進める予定で日本にも積極的に働きかける予定。日本からのOpen
eBook Initiativeへの参加も歓迎すると誘われた。4月には日本へ出張し関連企業を訪問する計画とのこと。
ベンチャーが台頭する一方でこのような地道な活動があることに米国のバランス感覚を感じさせられる。
4 Walt Disney Imagineering (WDI)
<訪問の目的>
SmallTalkはオブジェクト指向という全く新しい概念に基づくプログラム言語として70年代に生まれ、80年代初頭にSmallTalk-80としてビットマップディスプレイを前提とした優れたGUIや仮想マシン等、数々の新しい概念を盛り込んだソフト環境として完成された。その後、オブジェクト指向概念は定着したが、プログラミング言語としては残念ながら広く普及するに至らなかった。しかしながら、当初の開発メンバであるAlan KeyやDan Ingallsらが再び、ユーザインタフェース研究の道具として取り上げ、より柔軟でポータブルな処理系Squeakとしてオープン化していることが注目されている。どういう応用を目指しているのか、今後の研究方向について調査。
| <面会者> | John Maloney (Principal Technical Staff‐Director) |
当初はロサンゼルスにあるWDIを訪問してDr. Ingallsと面会することを計画していたが、彼はタホ湖近くのリゾート地に住みながら在宅勤務しているという(うらやましい)状況であることが判明。先方は訪問を歓迎してくれたが日程的に無理であるため、同様にパロアルトで在宅勤務しているMaloney氏が会ってくれることになった。自宅にお邪魔してデモを見せて頂いた。
Squeakで進めているのは
特に子供達が使えるように小型のポータブルマシンで動くようコンパクトに作っている。一言で言えばAlan Keyが30年前に提唱したDynabookを正に実現しようとしている。
Squeakでいろいろな応用を試作しているが、これらが全てプロジェクトという概念でデスクトップに表示されている。見た目は書きかけの絵が全て見えているようなイメージでアプリケーションへのビジュアルインデックスといったところ。途中まで動かしたものはその新しいイメージで表示されており、単なるアイコンではなく実行途中を示すプロセス表示でもある。つまりファイルとかサスペンドされているタスクとかの概念を知らなくてもよい。Maloney氏曰く、「Projectは重要な概念である。Steave
JobsはSmallTalkの特徴を全て持って行ったが、Projectだけは置いていった」。
デスクトップパブリッシング
1頁に図とテキストを自由に組み合わせられる。図は位置や大きさが自由に変えられ、それに応じてテキストの回り込みが自動的に行われる。例として挿入されている図はサメが泳ぐアニメーションだった。どうやって作るかの質問で、次のお絵描きソフトのデモへ。
お絵書きソフト (アニメ)
バッタが草むらに隠れているアニメの作例。バッタと制御ボタンが連動しており、マウスでバッタを動かすと座標値が変化する。逆に数値を動かしてバッタを動かすこともできる。こういう直接操作と数値の対応から子供はアニメのプログラム方法を自然に覚える、との説明だが、ボタン(実はSmallTalkのメソッドに対応)の数は多く、操作法をマスターするのは難しそう。また、新しい動作(メソッド)を簡単に追加することができるがSmallTalkを知らないとできない。全体にまだSmallTalkプログラマが遊べるレベルで、操作性については今後の課題と認めていた。別の例ではディズニーの映画から取ってきたライオンが草原を走るシーンを作る例。走る動きは6つの姿勢の組み合わせで作る。草原をジグザグと左右に走りながら遠去かる(それにつれて小さくなる)アニメが確かに簡単に作れる。
アニメの絵もビットイメージではなく、曲線の集まりで現しリアルタイム表示している。 例えば、くまのプーさんが歩くシーンでは、プーさんを取りだして拡大しても非常に綺麗に表示されかつオブジェクトはコンパクトなままである。ビットイメージでは拡大するほどオブジェクトサイズが大きくなりかつジャギーで汚い。このようにSqueakの良さを活かしたアプリケーションでは絵本から簡単にオブジェクトを取り出したり、変形して元に戻すなど、自由自在且つシームレス(アプリの切替が無い)にできるのが特徴。
映像と音楽のシンクロナイズ
音楽のスコアにそこで出したい絵のサムネイルを貼り付けると、そのシーンがそのタイミングで表示されるように合成される。つまり映像が短い場合はゆっくり表示、映像が長い場合は途中をスキップ。
ベートーベン第5の分析
樂曲の構造、第一主題、第二主題の現れ方など、を分かりやすく見せてくれる。例えば各楽器を打楽器に置き換えてリズムの変化を見せたり、和音のみを取りだしてマイナーな第一主題、メージャーな第二主題を対比して見せるなど。
StarLogo
単純な仕掛けで複雑な表現ができることを示す。たくさんのタートルを画面中心に集めてランダムに外に向かって走らせると円ができるとか、ある関数をあらわす直線/曲線を表示する。これを徐々に複雑化していくと淡い軌跡を残しながら動くタートル(見た目にはたくさんの流星が飛んでいるように見えて綺麗)、においに集まる性質を付け加えるとコロニーを作りだす、などいろいろな面白い動きを作りだすことができる。表示は結構早い。似た応用として単純な構造を変形(モルフィング)させていき昆虫のような形を作りだすことも見せてくれた。これらは複雑な構造が単純な繰り返しで表現できるというフラクタルや遺伝的変形の繰り返しをStarLogoで作成したMitchel
Resnickの本("Turtles, Termites, and Traffic Jams")を真似て作ったとのこと。
Javaの使用も考えて数ヶ月調べたがSmallTlakの方が優れていることがわかったから、Squeakの開発を始めたとのこと。ユーザインタフェースというよりオムニ(全方位)インタフェースが目標。つまり全ての人向け。処理系をコンパクトに作っているのはポータビリティを考えているからで、子供が持つにはPalmPilotやザウルス等の携帯端末程度が望ましい。ある意味で、ダイナブックをまさに実現しようとしている訳だが、いつも皆で「来年には」と言い合っているそうだ。
WDIはどこかで映画作りや子供の教育で役に立てばよいと考えており、特別な要求は無いそうだ。尤もAlan Keyグループは特別待遇のようだが、Alan
Keyがグループリーダとしていろいろなアイデアを出しながらかなり自由に活動している。しかしながら会社への貢献はグループの存続に関わるので何をすべきかはいつも議論しているとのこと。音楽・映像のシンクロナイズやアニメ作成ソフトはそういう配慮が働いている。
SmallTlakが良くできているのは事実であり、目指したゴールは今でも色褪せていない。C++はオブジェクト指向言語ではあっても依然としてポインタを駆使した逐次型のプログラミング手法が利用されているのが事実であろう。(そういう観点からポインタを使えなくしたJavaは一つの前進と言える)一方、ビジネスの観点からはWindowsで動くことが大前提のためVisualBasicやVisualC++が選ばれる。このような世の中の流れに流されずに自分達の理想と考えるアプローチを貫いているSqueak研究者達には敬意を表する。また、それを支える企業や余裕が今の米国にあることも見習うべきであろう。Squeakそのものは道具であって、最終目標は子供達が簡単に使えるメディアとしてのダイナブックの実現であり、それは正に人間中心のコンピュータを創造しようという挑戦である。
5 Fuji Xerox Palo Alto Research Laboratory
<訪問の目的>
Dr. Shilitのグループは数年前から手書き入力を活用したシステムや電子ノートに関連する研究を活発に発表している。この種の端末は期待されながらもビジネスにつながり難い苦労があり、その辺りも含めて現在の研究状況や今後の研究方針について調査。
| <面会者> | J Dr. Bill Shilit (Staff Scientist) |
FX PALはXerox PARCとつながった隣のブロックの建物群の中にあり、ブルーのカーペットで統一されたオフィスはセンスの良い、落ち着いた雰囲気にある。
2年程前に開発したノート型端末XLibrisを見せてくれた。結構ぶ厚くて重い。これはCHI98に投稿されたもので、プロトタイプを開発して既に終わったプロジェクトと思っていたが、現在製品化を考えながら改良を続けているとのこと。また、XLibrisソフトだけをタッチパネル付きノートパソコンに載せて使えるようにもしている。
使用例として訴訟における資料作成の例を見せてくれたが、膨大な判例データから必要な部分を引用しながら資料を作るのに効果的であるとのこと。例えば判例をいくつか選び、それを自分が主張したい順番に並べながら、手書きでポイントを書きこむ、という具合である。データベース検索機能や手書き入力のメリットがうまく活かされている。これは実際に弁護士を巻き込み、彼らが紙で行っている作業をXLibrisで電子的に置き換えて見せ、使えるかを相談しながら進めているとのこと。
情報端末の研究には早い段階からユーザの評価を得ることが必要で、彼のグループでは使ってくれそうな人達にコンセプトを説明するなど、早くから想定ユーザとコンタクトしながら進めているそうだ。上記の訴訟資料の例もその一例。製品化の提案時に既にユーザがいることが説得力になる。
ただ、ユーザの意見は本質をよく見極めないといけない。不満点を苦労して改善しても結局満足しないことがある。例えばポータブル端末では「重いのは駄目」と良く言われるが、本当に必要な場合は重くても我慢して持ち歩いている。結局、利用者にとって「役に立つか」どうかにかかっている。
一方、本をそのまま電子的に置き換えただけの電子ブックの動向に対してはコンピュータの機能を殆ど利用しないことから、ややネガティブな見方をしている。やはりコンピュータの持つ機能をもっと利用して新しい使い方を提案してこそ利用者がお金を出す気になるとの意見。また、単機能端末はうんと安くなければパソコンとの競合で難しいとの意見。ただ、最近GemStone社が電子ブックの草分け的なNuboMedia社とSoftBook社を買収したそうで、電子ブックビジネスは着実に立ちあがろうとしているのだろう、との観測。
昨年のCHI99では手書きメモを共有するシステムを発表しているが、これはUC.Berkeleyからインターンで来た学生が提案して始まったプロジェクトとのこと。現在UC.BerkeleyでPalmPilotを使った利用実験を続けている。プロジェクトには当の学生の指導教授も含まれているのでそのクラスでは使わざるを得ない状況になっているそうだ。システムは当面ParmPilotに特化しXLibrisとは分けて進める方針。多くを統合化して研究を進めようとすると実装等に時間がかかりかえって思った成果が上がらない。むしろ、割り切ってポイントを絞った研究として進めるそうだ。
70年代〜80年代に革新的な成果を出して一躍世界に名を馳せたPARCも企業の研究所としての貢献が求められている模様。しかし、企業内研究所では成功しても見返りが少ないのに対して、ベンチャーは成功報酬がインセンティブになって短期間に開発するので競争は苦しい。同じお金を投資するなら社内の研究所ではなくベンチャーに投資した方がよほど効率がよく、企業内研究所の存続は難しいとの醒めた意見であった。かつての同僚など身近にベンチャー億万長者がいるので切実に感じているようである。
6 Xerox Palo Alto Research Center (Xerox PARC)
<訪問の目的>
XeroxでもGyriconと呼ばれる電子インクの研究を進めており、EInk社との先陣争いが話題になっている。Gyriconに関しては既に論文等で情報は入手していたので、実物を見て完成度を知ることと、実用化の見通しについて調査。
| <面会者> | Dr. Nicholas K. Sheridon |
| (Senior Research Fellow, Document Hardware Laboratory) |
Dr.Sheridonは半分白・半分黒に塗り分けられた微小粒子を回転させて白黒2値表示するGyriconを70年代に発明し、暫く研究したが一時中断。数年前から電紙の必要性が高まり再度プロジェクトを起こして現在に至るという電子インクの草分け的人物。MITの電子インクも実はDr.Sheridonの研究がきっかけになっている。EInk社のDr.Drzaicとも友達だし、競争があることはお互いにプラスだ、と笑っていた。
Gyriconについては新聞社が関心を持っているとのこと。新聞のコストは半分が印刷で、半分は配達にかかっているそうで、コストダウンには電子配布が不可欠との認識にある。Gyriconの現在のブライトネスは20数%であるが、新聞紙のブライトネスである50%に上げる努力をしている。
試作されているGyriconシートでは粒子が4層程になっているが、明るさを決めているのは一番表面にある第一層の粒子である。現状では粒子の間隔が広いために反射率が低い。隙間部分は第二層目の粒子が見えているが、一層めの粒子の影になったり粒子裏側の黒が写りこむなどでグレーになってしまう。50%に上げるために一層目の粒子を隙間無く密に並べる方法で解決しようとしている。提携している3Mがその技術を持っており近いうちに実現できるそうである。
また完全に白や黒に回転しきれない粒子が存在しており、これも反射率を下げる原因になっている。これは粒子が完全な球形ではなく、突起があったりするために生じる。これも現在、解決に向けて努力中とのこと。
カラー化に向けては赤と白などの任意の2色を持つ粒子が既に試作されているが、色の劣化が早く長寿命化が課題とのこと。フルカラー化のアイデアも持っているがまだ当分先の課題であろう。
Gyriconの使い方としては電極で挟んで動的に表示を変化させるディスプレイとしての利用と、プリンタで書きこむ再書きこみ可能な紙としての利用の2通りある。実際に見せてもらったのはディスプレイタイプの試作であるが、EInk社と同様、電極コストを下げるためにピクセル毎に駆動するのではなく、表示セグメントの形に電極を作り駆動している。白のブライトネスが新聞紙の半分とのことだが、結構明るく、新聞紙と同程度に感じる。ただ、100dpiとのことだが粒子間隔が広いせいか粒子の回転ムラか、白/黒いずれの領域もザラザラした粒子の粗い感じがある。また、時々反転せずに前の表示が残る領域も見られた。
紙として利用する場合の書き込み(印刷)はWandと呼ぶ書きこみヘッドを一列に並べた棒を紙の上で滑らせて書きこむ方式をとろうとしている(モックアップ外見はペン型スキャナとほぼ同じ)。但し、現時点で試作されている書きこみ機はまだかなり大きな箱である。書きこみヘッドについては、現状では直接シートに電極を接触させて電圧(±100V)を印加しているが、実用化に際してはIonographyという、高電圧により空気をイオン化して高速に紙にぶつける方式(これも
Dr. Sheridonが20年前に発明した技術)により廉価に高精細の書きこみが可能とのこと。試作版のヘッド部分を見せてもらったが非常にコンパクトである。
シートそのものは厚さ1mm程の柔らかいゴムシートのような感触で、色はグレー(初期状態は白黒状態がランダムに混じっているため)。製法が比較的簡単で大きなサイズが低コストで作れることから、ディスプレイとしてより電子新聞紙への適用は妥当であろう。見せてもった表示品質ではもう一息という印象であるが、粒子密度の改善が期待通り進めばかなり紙に近づくことが予想される。ただ静電気(たとえば手)の影響等、解決すべき課題は残っているので実用化には今少し時間が必要と思われる。今後の成果に期待したい。
7 Xerox Palo Alto Research Center
<訪問の目的>
Xerox PARCでは情報家電の時代をいち早くUbiquitous Computingという概念で提案し10年程前から研究を進めている。名札サイズのParcTabやノートサイズのParcPad等を使った実験は有名であるが、最近も本をめくる操作インタフェースや無線タグを使った電子情報と物理媒体とのリンク等の研究を進めている。Ubiquitous Computingの研究状況と今後の計画について調査。
| <面会者> | Dr. Roy Wan (Member of Research Staff, Computer Science Laboratory) |
目標としているイメージをデモビデオで見せてくれたが、RFIDタグを利用していろいろな情報(例えば壁に張ってあるポスターからの情報)を電子ノートに取りこんだり、必要な資料がワイヤレスで近くのプリンタに出力されるとか、まわりの日常環境がすべて電子的に接続されている世界の実現を目指している。RFIDタグもかなり小さいものが製品化されており、TIからは紙のように薄いタイプ(但し5cm角と面積は大きい)が1ドル以下で入手可能。SONY
CSLが取り上げたバーコード方式よりは読み取り回路が単純で小型化が容易とのこと。
現在注力しているのは小型のWebサーバBOXでいろいろな日用品を接続すること。試作版WebサーバBOXは小ぶりの弁当箱程の大きさで、68000系のCPUにOSはVxWorksを搭載。将来はあらゆる日用品が情報発信するのでそのためにこういう箱が必要になる。もっと小型化していろいろな用途に応用してみる予定とのこと。応用実験なら今の試作版でも十分と思えるのだが、利用者が受容できる大きさとしてはまだ不満との意見。例えばParcTabもバッジとして完成された形になっていたので誰でも利用できたとのこと。
Mark Weiserという稀代のリーダを失ってややトーンダウンしている印象を受けたが、次の展開への端境期のせいもあろう。これまでUbiquitous
Computingといえば端末や無線インフラ技術に注目されがちであったが、要素技術は既に整い、今後はそれを利用したアプリケーション、インターネット応用の開拓フェーズに入ったということであろう。