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第2章 米国の政府支援ハイエンドコンピューティング研究開発動向

 

2.1 概要

2.1.1 背景

 

米国の景気は1991年3月以降2000年の2月まで「インフレなき経済成長」を106ヶ月以上継続するという米国史上初めての記録をうち立てた。

このような未曾有の経済発展を実現したドライビングフォースは、インターネットを利用したいわゆるサイバー空間での経済活動、e-コマースをはじめとするデジタルエコノミーによるものである。インフレなき経済成長をクリントン大統領は2001年度大統領教書、予算教書で「ニューエコノミー」と表現し、1995年以降の経済成長の3分の1が情報技術産業によるものであり、また情報技術によって創出された仕事の賃金は民間部門の平均賃金よりも80%も高い実績をもたらしたと主張している。

90年代米国繁栄の礎とも言えるインターネットは、元々1961年に米国国防総省の防衛高等研究庁(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)が有事の際にも全てがダウンしてしまうことのないようなネットワークを目指して開発を始めたものである。その後、主にビジネスとは縁のない大学や研究所で使われて来たが、1987年にUUNETテクノロジー社が電子メール、電子ニュースを利用できるUUCPサービスを開始し、1993年にはMosaicという最初のWEBブラウザがイリノイ大学の学生によって無償公開され、1995年にはネットスケープ社がNetscape Navigator 2.0を発売するに及んで、インターネットの利用は一般の人々にも急速に広まるようになってきた。また、WWW上の文書記述言語もHTMLの拡張版であるXMLの出現により、ユーザ独自のタグも定義可能になって使いやすくなってきたことに加え、実際のビジネス活動のいろいろな場面でも十分使えるアプリケーションが多く提供されてきており、いまやインターネットを利用した活動は経済以外でも多くの分野で活発になりつつある。

このインターネットの例に見るように、30年前に連邦政府の支援で行った基礎研究開発段階では誰も考えていなかった全く新しい用途が現在出現している。WEBブラウザなどの使いやすいツールやアプリケーションも多く出てきて、それらが国民に広く使われたことによってアマゾン・ドット・コムのようなオンラインショッピングが普及した。このようにデジタルエコノミーが国民生活に急速に普及したことが、1990年代の米国の繁栄につながっているという認識に基づき、1999年2月に出された大統領直属情報技術諮問委員会(PITAC : President's Information Technology Advisory Committee)の報告書(Information Technology Research: Investing in Our Future)では「連邦政府は民間企業ではなかなか手の付けることのできないタイプの基礎研究で成果が出るのに20年、30年かかると見込まれるリスクの高い基礎研究への支援をより重視すべきである」という勧告が提出された。これを受けて米国政府は「21世紀に向けた情報技術」(IT2:Information Technology for the Twenty-first Century)イニシアチブを設け、2000年度予算では前年度HPCC予算の28%に当たる3億6,600万ドルを追加投資するための予算要求を行った。

また、PITACの勧告に沿ったかたちで情報技術分野に対する連邦政府支援を継続することを目的として、センセンブレナー下院議員が委員長を務める科学委員会で「ネットワーキングおよび情報技術研究開発法(NTIRD法: Networking and Information Technology Research and Development Act)」案が提案され、下院を通過した。

 

2.1.2 本章の構成

 

以下、本章では、1990年代、特にクリントン政権下の米国における情報技術分野での柱とも言えるハイエンドコンピューティングの開発の流れをほぼ時系列的に概観する。先ず2.2節でどのような政府支援をしてきたかを関連法案でおさらいし、その次に2.3節でNTIRD法案も含め情報技術分野に焦点を絞って2001年度予算での基礎研究開発の最新状況、取り上げられているテーマを紹介する。2.4節では現時点までに判明している情報をもとにASCI(Accelerated Strategic Computing Initiative)計画の現状、ある程度姿が見えてきているペタフロップスマシンの開発動向および量子コンピューティング、DNAコンピューティングなど最先端の研究を含む国防総省(DOD)の防衛高等研究庁(DARPA)が行っている基礎研究の一つであるUltraScale Computingを中心に述べる。

 

なお、本章執筆に当たっては、連邦政府コンピューティング・情報・通信小委員会(CIC : Subcommittee on Computing, Information, and Communications R&D)がまとめている通称ブルーブックと呼ばれている大統領予算教書への科学技術に関する補足ドキュメント(Blue Book 2000)[1]の他、大統領予算教書、連邦政府発表資料などインターネットで公開されている情報を主なソースとして利用した。

 

2.1.3 まとめと提言

 

1990年代の米国におけるハイエンドコンピューティングシステムへの取り組みの底流にあるものは1960、1970年代に行った政府支援の基礎研究があればこそ現在の米国の繁栄があるという認識である。そして今後とも米国が世界のリーダとして発展し続けるには基礎研究、特に情報技術分野の基礎研究への投資が国家として不可欠であるということを大統領自ら遊説などいろいろな機会を利用して国家のビジョンを国民に分かりやすく訴え続けている。

本報告の中では、イニシアチブを「計画」と訳したりしているが、筆者はこれでは言葉不足で不適切であると思っている。そもそもイニシアチブとは、ある明確な意志を持って取り組むということであるから、ASCI計画は、「コンピュータの計算能力を市場の開発計画よりも何倍も早く引き上げ(Accelerated)、核兵器開発保全という国家戦略に沿って(Strategic)、核実験をシミュレート出来るような計算能力を実現する(Computing)ための国家プロジェクト(Initiative)」とでも表現すべきものだと考える。イニシアチブとはこのように、トップダウン的に国家目標を大統領が明確に示したものなのである。このイニシアチブのもとで政府主導による産官学の緊密な連携が米国では可能となっていると考えている。

また研究開発を実行する仕組み上で特徴的なのは、ペタフロップスマシンの開発に見るように、達成すべき目標に対して同時にかつ競争的に複数の実現技術が研究開発されている点にある。一本に絞り込んだ計画では失敗したときのリスクは途方もなく大きいが、複数の候補が競い合っている場合にはどれか1つがつぶれたとしても、手段は異なるが別の技術で目的は達成できるのである。

もう1つの特徴は、HTMTアーキテクチャのように、ひとつひとつがその分野でその時点の最先端の要素技術であり、それらを統合して1つの大きなシステムを構築するというようなチャレンジングな開発が存在するという点である。要素技術の世界だけに止まらずに、それらが相互作用し連携することによる波及効果は計り知れないインパクトをもたらすことが期待できるからである。この2つの特徴に共通なものは技術の過去から未来へ向けての時間的連続性、周辺技術への拡散・伝播という意味の空間的連続性であるように思われる。

我が国においても、国研、大学、企業研究所で半ば独自に行っている先端分野の基礎研究の発展的な相互連携を可能とするような場を提供するプロジェクトの創出が必要であると思われる。

また、社会生活についても21世紀の生活環境はデジタル化された社会になるのは間違いのないところである。あらゆるコンテンツ、情報、金が電子化され、国家の物理的な境の区別なくサイバースペースを行き来し、日常生活も今までの生活様式とは著しく異なるものになることは想像に難くない。社会生活が豊かに、便利になると同時に、国家を含む社会組織にはセキュリティ、個人にはセキュリティとプライバシーの確保が重要な課題となってくる。分かりやすい例として、その秘匿機能は国家社会の安全保障、認証機能はe-コマースの基盤になっている暗号を考えてみても、コンピュータの計算能力の向上による短時間での暗号解読という大きな危険に脅かされるようになってきている。

報告の中では触れなかったが、米国では、2000年1月7日にクリントン大統領が21世紀でのサイバーセキュリティーを促進するために「情報システム防衛のための国家計画(National Plan for Information Systems Protection)」というイニシアチブを打ち出し、2001年度予算として23億3,000万ドルを要求している。

我が国においても、サイバーテロといった不測の事態にも対処し21世紀においても先進国として国家の繁栄と安全を持続するには、ハイエンドコンピューティングを含めた情報技術研究開発に関する国家目標を明確に設定し、その必要性を国民に分かりやすく説明することや情報公開を徹底して国民の理解を求めることが重要である。これは政府の果たすべき国民への責務であると考える。


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