情報通信に関する急速な技術革新は、産業・社会に対して、多大な影響を与え始めている。多くの識者は、21世紀にかけて工業経済から情報経済への転換が起こると指摘している。このような変化に対応すべく、各国では情報通信環境を整備し「情報社会」の実現に取り組んでいる。そのさきがけとなったのは、アメリカのクリントン政権が提唱した「情報スーパーハイウェイ」(Information Superhighway)と関連する一連の情報通信政策であった。ゴア副大統領によるGII(Global
Information Infrastructure)構想や1996年にブリュッセルで開催されたG7 情報サミット等を経て世界各国で施策展開が活発に進んでいる。情報社会の進展は情報産業の育成にも大きな影響を与える。各国では、情報産業をこれからの戦略産業と位置づけ、その育成策にも力点を置いている。
以上のような世界各国の状況を踏まえ、ソフトウェア技術を中心とする情報技術の国際的競争力確保を目指し、わが国の研究開発のあり方を検討するための基礎データ収集の一環として、「先進諸国における将来の社会システムの情報化ビジョンに関する動向」の調査を行った。
まず情報化に関して先進的と思われるアメリカ、EU(欧州連合)[1]、シンガポール、マレーシアに関して、政府のインターネットホームページから情報化に係わる声明・ビジョン・計画を調査した。また、日本にとって特に重要なアジア・太平洋地域の他国の政府ホームページを調査し、情報化に係るドキュメントが公開されていたオーストラリア、インド、韓国に関しても同様に調査を行った。ドキュメントから各国の情報化ビジョンの概要、関連する情報通信政策の概要を整理した。そして、その結果を踏まえ、各国の動向を比較し、ビジョン・情報通信政策の特徴を分析した。
本報告書のまとめとして、これらの調査・分析結果に基づき、わが国の情報化ビジョンのあり方に対する示唆を考察し、技術開発を進めるべき分野等の試案を示した。
調査対象国
◆ アメリカ ◆ シンガポール ◆マレーシア |
◆ インド ◆ オーストラリア ◆ 韓国 |
1990年代に入ってからのクリントン=ゴア政権の一連の情報政策は、これまで軍事・宇宙技術開発中心に進められてきた科学技術研究を産業応用に転換することで産業競争力強化を推し進めてきた。以降では情報化政策の流れを概観する。
当時上院議員であったゴア現副大統領が提案し、1991年に成立したHPC法(High
Performance Computing Act of 1991)とHPCC(High Performance Computing and
Communications)計画が、近年の情報政策の起点と考えられる。HPC法は5年間の時限立法であったが、HPCC計画の一連の流れは、アメリカの情報政策の根幹をなすものである。
HPCC計画では、高性能コンピューティングシステム(HPCS)、研究・教育ネットワーク(NREN)、先進ソフトウェア技術とアルゴリズム(ASTA)、基礎研究と人材育成(BRHR)、情報基盤技術とアプリケーション(IITA)といったプロジェクトが実行された。
クリントン=ゴア政権が誕生すると、レーガン政権時代からの産業競争力強化の政策を継承すると同時に、ゴア副大統領をまとめ役として一連の科学技術政策を打ち出した。就任直後の1993年2月にはNIIイニシアティブを発表した。同年9月には、9つの基本原理を含むNIIアジェンダが発表された。
1994年3月、ブエノスアイレスで開催された国際電気通信連合ITU総会において、ゴア副大統領がGII構想を発表した。各国のNIIを連結し、グローバルな情報基盤を作ろうというものである。GII構想については、HPCC・IT委員会の情報基盤タスクフォース(IITF)によって、GIIアジェンダ(The
Global Inforamtion Infrastructure: Agenda for Cooperation)が1994年秋に発表されている。
96年度までで実施されたHPCC計画が成功を収めたのを受け、HPC法案失効後の継承計画として開始された。CIC計画では、高性能コンピューター通信(HECC)、大規模ネットワーク(LSN)、高信頼性システム(HCS)、人間との親和性を考慮したコンピュータシステム(HuCS)、人材育成 (ETHR)といったプロジェクトが実施された。各々の予算額は下表のとおりである。
計画の各プロジェクトに対する予算(単位:百万ドル)
FY |
HECC |
LSN |
HCS |
HuCS |
ETHR |
Total |
備考 |
1996 (HPCC) |
− |
− |
− |
− |
− |
1043 |
予算実績 |
1997 |
453.71 (43.6%) |
259.79 (25.0%) |
31.95 (3.1%) |
248.82 (23.9%) |
45.31 (4.4%) |
1039.58 (100.0%) |
予算 |
1998 |
462.43 (41.9%) |
288.19 (26.1%) |
33.18 (3.0%) |
281.12 (25.5%) |
38.64 (3.5%) |
1103.56 (100.0%) |
予算 要求額 |
電子商取引(EC)に関しては、1997年7月、ゴア副大統領により、Global
EC構想が発表された。その中で、5つの原則と検討すべき9つの分野に対する提言を示している。
NGI(Next Generation Internet)は1996年10月に構想が発表された。そして、1997年2月に行われた大統領一般教書演説において、NGI構築の支援が表明され、98年度予算に計上された。98年度予算要求額は、CIC計画のLSN2.8億ドルのうち、1億ドルがNGIの予算であった。
NGIプロジェクトの目標としては、①先端ネットワーク技術の試験研究、②次世代ネットワークのテストベッド、③革新的アプリケーション、の3つが掲げられた。1998年2月に発表されたNGI実行計画書(Implementation
Plan)では、その3つの目標が詳細化されている。
1997年2月に設置された大統領情報技術諮問委員会(PITAC)は、情報技術政策のビジョン策定を行ってきた。1998年8月には、その中間報告が発表された。この中間報告を受けた形で1999年1月に「21世紀に向けた情報技術:IT2」という題名の報告書が提出された。この報告書によれば、「2000年度大統領予算教書において、クリントン=ゴア政権は、情報技術研究投資の大幅な強化を表明している」とある。特にHPCC計画とは別枠予算として366百万ドルを投じた連邦政府の情報技術研究における新計画は、IT2と呼ばれている。1999年2月には、IT2のドラフトをまとめた。このドラフトでは、重点項目として、長期的な情報技術研究、科学・工学・国家のための先進コンピューティング、情報革命の経済的・社会的影響に関する研究の3つが示されている。
EU(欧州連合)による情報化への取り組みとしては、1993年に欧州委員会が発表した「成長・競争力・雇用に関する白書」の中で情報通信インフラの重要性が指摘されたことが出発点といえる。1994年には、「ヨーロッパとグローバル情報社会」(Bungemann
Report; 同氏を委員長とするタスクフォースのレポート)が発表された。さらに、「欧州におけるグローバル情報社会へのアクションプラン」[2]と題する計画が1996年に発表され、1997年にはその改訂が出された。その中で、今後アクションが必要な領域として、ビジネス環境の改善、将来への投資、人間の尊重、グローバルな課題への対応が指摘された。
1995年には、EU内の政府系機関でデータ交換を促進していくIDAプログラムが開始された。欧州の各国のカウンターパート機関をネットワーク化し、情報を共有するというプログラムである。技術面ではテレマティクスプログラムの研究成果が取り入れられている。
1997年には、今後世界的な発展が期待される電子商取引に関して、欧州委員会から「電子商取引に関する欧州イニシアティブ」[3]が発表された。その中には、「グローバル市場にアクセスするためのインフラ、技術、サービス」、「望ましい規制枠組みの開発」、「望ましいビジネス環境の創出」に関する提案が含まれていた。
EUレベルでの研究技術開発は、フレームワークプログラムとして実施されている。これは、持続的な経済成長、産業競争力強化、雇用創出、社会変化への対応に向けて、1984年に、総合的研究開発政策としてスタートしたものである。フレームワークプログラムは、EU自身が助成金を拠出している。EUの共同研究開発プログラムとしては、この他にEUREKA等EUが支援し各国が推進するタイプがある。
1994年をスタート年とする第4次フレームワークプログラムでは、情報化に関連するテーマとして、テレマティクス、ACTS、Espritといったプログラムが実施された。
1998年から始まる第5次フレームワークプログラムの情報通信関連のプログラムは、「ユーザフレンドリーな情報社会」(IST;
User-friendly information society)であり、予算として3,600百万ユーロが充てられている。
ISTは、間接活動として、一般的プロジェクト公募に基づく助成に位置づけられている。
費用分担方式の面から、研究技術開発プロジェクト、実証プロジェクトに分けられる。
ISTは、情報社会の進展に伴う新たな研究開発ニーズを確定することを目的としている。各活動分野の予算は、下表のとおりである。
User-friendly information society(IST)の内訳 (単位:million
euro)
活動 |
予算 |
a.Key actions |
|
i.Systems and services for the citizen |
646 |
ii.New methods of
work and electronic commerce |
547 |
iii.Multimedia
content and tools |
564 |
iv.Essential technologies
and infrastructures |
1363 |
b.Research and technological development activities of a generic
nature: |
|
Future and
emerging technologies |
319 |
c.Support for research infrastructures: |
|
Research
Networking |
161 |
|
3600 |
ISTは、利用者(ユーザ)に重点をおき、情報の利用促進や教育に着眼している。重点活動分野としては次のものが挙げられている。
市民のためのシステムとサービス(Systems and
services for the citizen)
高品質で利用が容易なシステムとサービスを開発することを目的としている。高齢者・心身障害者看護、保健機関における遠隔サービス、環境問題、交通問題等を重視している。
新しい業務方法と電子商取引(New methods of work and electronic commerce)
事業経営や取引効率を改善するための研究開発を行う。モバイル業務システム、売り手と買い手の取引システム、情報とネットワークの安全性(プライバシー、知的財産権、認証等)を重視している。
マルチメディア関連(Multimedia content and
tools)
各種マルチメディア製品・サービスに利用されるインテリジェントシステムやコンテンツの開発を目的とする。会話型電子出版(電子図書館、仮想博物館等)、教育訓練ソフト等を重視している。
重要技術とインフラ基盤(Essential technologies
and infrastructures)
情報社会の基盤に必要な重要技術の開発を目的とする。コンピュータ通信技術、ソフトウェア工学、移動体通信、各種センサーインタフェース、マイクロエレクトロニクス等を重視している。