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第5章 8つの問題点への回答
本章では、事前に提起された問題意識を8つのテーマに整理し、これまでの議論をベースに逐次回答を試みる事とする。それら8つの問題意識とは概略以下のようなものである。
- 米国は、政府支援研究開発プロジェクトの成果に対し、原則公開の開放的政策を取ってきた。この政策が、民間でのソフトウエア開発の基盤生成に大きく寄与したのではないか。
- 米国では、政府支援研究開発プロジェクトの成果を原則公開、企業の商業化を通じ税金回収という形で投資を回収するという姿を原点としつつ、徐々に発明者、著作者に与える権利を拡大してきた。このような動きの中で、政府、民間コントラクタ、個人の発明者・著作者の利害はどう調整され、そこに流れる基本思想は何か。
- 既存のアイデア、ソフトウエアをふくみこむ形で、ソフトとは開発されるものである。そのような場合、著作権の設定はどうなっているのか。政府支援プロではそうした事態にどう対処しているか。またプロジェクトの成果であるソフトウエアの商業化のルールはあるのか。
- ソフトウエア産業のビジネスモデルは、自社開発ソフトの販売というもっとも単純なもの、他者に先駆けて自社のソフトウエアを公開してデファクトスタンダードを確立し、その後から付加価値の高いビジネスを展開するもの、開発当初からソースコードを公開してしまうオープンソース等、ますます複雑になってきている。こうした変化は政府支援プロジェクトにおける知的財産権戦略に何か影響を及ぼしているのだろうか。
- 複数企業が協同で行なう政府支援プロジェクトの場合、知的財産権の取り扱いは企業間でどのようになっているか。
- 上記の問題と関連して、成果物が特にソフトウエアの場合どうか。
- 米国政府は政府支援研究開発プロジェクトの成果物として、ソースコードの納入を要求するのか。
- 上記5,6,7を総合して考え、知的財産権のルールがうまく規定されていない場合、せっかくの政府支援プロジェクトの成果であるソフトウエアが死蔵され、商業化に生かされないことになる。これでは税金の無駄使いとなってしまう。米国ではどのように対処しているのか。
1. 米国は、政府支援研究開発プロジェクトの成果に対し、原則公開の開放的政策を取ってきた。この政策が、民間でのソフトウエア開発の基盤生成に大きく寄与したのではないか。
- 確かに米国の知的財産権(IP)ポリシーは原則公開の開放的なものであるといえる。政府職員やWork for hireにより開発されたソフトウエアはPublic
Domainに置かれ、政府は民間Contractorsによるソフトウエアに限定的利用権しか持ち得ず、政府はソースコード納入を一般に要求しないからである。
- 一方で、米国の政府支援研究開発はソフトウエア産業に多大な恩恵を与えてきた。政府支援プロの成果は、基本的アルゴリズムやプロトコル、サブコンポーネントの分野で産業界に大いに貢献してきた。政府支援研究開発プロジェクトが、基本的に市場からは遠い学術的基礎研究的色彩が強いことを考えると、こうした貢献は大変な成功と評価できる。
- しかしながら、第1のポイントである政府の開放的IPポリシーが、産業界へのすべての貢献を可能にした、とはいいきれず、むしろ政府支援プロジェクトが人材育成の場として機能し、そこから巣立った最先端の技術者が民間へ移動することで、間接的に政府支援プロの知的資産が市場へ移転し、商業的成功に結びついた、といえる。
- 米国政府は上記の開放的なIPポリシーを原則として掲げる一方で、Bayh-Dole Act、Steven-Wydler
Actをはじめとする1980年以降の法整備によって、政府支援プロの成果であるソフトウエアの排他的知的財産権を民間Contractorsへ与えていこうという方向性も持っている。
2. 米国では、政府支援研究開発プロジェクトの成果を原則公開、企業の商業化を通じ税収で投資回収する姿を原点としつつ、徐々に発明者、著作者に与える権利を拡大してきた。政府、民間Contractors、個人の発明者・著作者の利害が対立する中で、このような動きの底に流れる基本思想や考え方は何か。
- 1980年以降の技術移転促進の法整備(民間Contractorsへの権利付与を徐々に強化)は、「原則Public
Domainで公開されるIP政策の下では、全ての市場参加者にアクセス可能な政府支援プロの技術を商業化しても市場競争力に結びつかず、リスクが大きすぎる」、と民間側が判断し、政府技術の商業化が進まず、結果としてプロジェクトの成果が産業競争力の強化に結びつかないという悪循環を解決するために進められた。これは米国産業の国際競争力の低下が叫ばれていた当時の国家戦略でもあった。また、政府が民間Contractorに対し、ソースコードの納入を求めないということも、民間の市場競争を確保する狙いの現れ、配慮である。
- 総じて、米国政府は、民間での市場競争を阻害しない(邪魔しない)、ということを根本理念として持っている。民間の自助努力、切磋琢磨を期待する。競争力のない企業は消滅してもしかたがない、という割り切りがある(金融産業は例外。S&Lは救済する。)。また、知的財産権を民間Contractorsに認めることは、個別の民間企業を利することになるわけであるが、システム全体としては、市場の競争が活発になり、国の産業の競争力を高めるわけで、それは望ましいことだ、という考え方であり、国と企業の利害は一致している。
- 個人レベルの知的財産権をめぐる利害は、特に個人の発明者が委託先企業や政府に雇用されている場合に生じるが、それに対してはWork
for hireのルールが明確に定められている。また、米国での慣行として、プロジェクト開始前の契約時点で、政府、民間Contractors、個人の研究者間の諸権利の分配の仕方がすべてのContingency
(発生可能なシナリオ)ごとに交渉され、明記されるので、後から問題が生じることを未然に防いでいる。
3. 既存のアイデア、ソフトウエアを含みこむ形で、ソフトとは開発されるものである。そのような場合、著作権の設定はどうなっているのか。米国の政府支援プロではそうした事態にどう対処しているか。またプロジェクトの成果であるソフトウエアの商業化のルールはあるのか。
- 政府支援のプロジェクトで、他の民間Contractorが既に開発し、市場で製品化されているソフトを再び政府支援プロで利用する際、全く修正せずにそのまま使う場合は、そのソフトに対し政府は既にRestricted
Right(オリジナルの用途に限定)を得ているから、そのまま利用できる。
- より一般的なケースで、市販のソフトウエアを調達、修正して新たなソフトウエアの開発に用いる場合、国防省管轄の契約では、政府はその開発されたソフト全体に対しUnlimited
Rights(無制限の利用権、しかし排他的でない)を得、その他の非国防分野では、市販のソフトの価格がソフトウエア開発費総額の50%に満たない場合、その市販ソフトに対しては、政府は新たに開発されたソフト全体と同じ権利を得る(権利の場合分けはP12参照)。
- 民間Contractorがコピーライトを要求した場合、政府はRestricted rightを得ることになる。
- 全ての場合において、実際の知的財産権の分配はケースバイケースの交渉によって定められる。軍事非軍事に関わらず、調達規則は個別のケースにより適宜権利付与のスキームを修正できる旨明記されている。
4. ソフトウエア産業のビジネスモデルは、自社開発ソフトの販売、他者に先駆け自社のソフトを公開してデファクトスタンダードを確立し、その後から付加価値の高いビジネスを展開するもの、そしてオープンソースが加わり、ますます複雑になってきている。こうした変化は政府支援プロジェクトにおける知的財産権戦略に何か影響を及ぼしているのだろうか。
- 現時点では、オープンソースの登場が政府支援プロの知的財産権戦略に影響を与えるところまではきていない。しかしながら、オープンソースはますますその認知度と支持を高めており、早晩その政策に影響を与えることは必至である。
- 特にその理由として、
- 現在オープンソースによって開発され、リリースされているソフトウエアの領域が、元来政府支援プロジェクトで志向されてきたソフトウエアのタイプと非常に強くオーバーラップしている。
- オープンソースによるソフトウエアのサービスビジネス化が成立し得るとすれば、オープンソースのほうがより人間の知の蓄積への貢献が大きく、また実際によりすぐれたソフトを供給し得る。
- 同じくオープンソースによるソフトウエアのサービスビジネス化が成立し得るとしたら、既存の知的財産権システムよりもGNU
General Public License (copyleft)のほうがよりよいシステムである。
- 1998年のFOIA改正により、政府は知らず知らずのうちに、民間Contractorsのソースコードが政府を通じ競争他社へ開示されるような道筋をつけてしまったかもしれない。(オープンソースへの追い風)
5. 複数企業が協同で行なう政府支援プロジェクトの場合、知的財産権の取り扱いは企業間でどのようになっているか。
- 複数の民間主体が政府支援プロに参画する際にはCRADAのように対等の立場で複数の参画者がいる場合と、Primary
contractor とSub contractorsという縦の関係の場合がある。
- CRADAの場合、知的財産権は原則民間サイドに与えられるが、参加者間での権利配分の方法は個々の契約ごとに交渉で決められていくのが通常である。CRADAでは政府は研究開発費そのものは出さず、施設や管理業務を提供するだけであるから、政府調達規則の細かな条件を気にすることも無く、大変に柔軟に権利設定の交渉が可能である。ATPといった政府の交付金によるプロジェクトの場合も、CRADAと同様の方式が取られる。
- 既に問題意識の2への回答に示したように、米国での慣行として、プロジェクト開始前の契約時点で、政府、民間Contractors、個人研究者間の諸権利の分配方法が可能な限りすべてのContingency
(発生可能なシナリオ)ごとに交渉され、明記されるので、後から問題が生じることを未然に防いでいる。その部分で利害関係者があらかじめ納得していないとプロジェクトは走り出さない。
- Primary contractor とSub contractorsの場合は、ただ1社がPrimary contractorに指定されるため、対等の参加者が権利を分配するという事態は生じない。コピーライトが
contractorの側に与えられるときはPrimary contractorが唯一のコピーライト保有者となり、後はPrimary
contractor とSub contractorsの間で、既に契約に明記された通りに権利の設定が行なわれる。通常はSub
contractorsがコピーライトを保持し、Primary contractorがrestricted rightsを得る。
6. 上記の問題と関連して、成果物が特にソフトウエアの場合どうか。
- CRADA、Primary contractor とSub contractorsの場合は、基本的に 5.への回答と同じである。
- COTSソフトウエアを調達する場合、一般に政府はrestricted rightsを得るわけであるが、たとえcontractorがoriginal
developerとの特別な取り決めの下にソフトを修正したとしても、政府はunlimited rightsでなくrestricted
rightsのままである。あくまでもoriginal developerによる修正しか、調達規則上の「修正」とはみなされない。
7. 米国政府は政府支援研究開発プロジェクトの成果物として、ソースコードの納入を要求するのか。
- 米国政府は一般にソースコードの納入には柔軟な姿勢であり、多くの場合、現実にはその開示を要求しない。
- 原則としては、政府がいかなる権利(unlimited, restricted, or government purpose)を得ようとも、政府はソースコードを要求できる権利を持っている。3つの権利は全て政府にその後のcontractorsにソフトを提供することを認めているからである。実際問題として、そのためにはソースコードが必要となる。
- しかしながらFOIAの下で、政府は要求されれば国防上問題ない限り全てのデータを開示しなければならない。このためもしも政府がソースコードを受け取った場合、それが第三者の手に渡る可能性が出てくる。
- 上記のようなケースでは、民間Contractorsの著作権は全く剥奪されたに等しい状態となってしまう。よって政府は多くの場合、将来政府自身か他のcontractorsの手で修正の必要性がない限り、ソースコードを要求しない。つまり要求する場合はきわめて実務的理由である。
8. 上記5,6,7を総合して考え、知的財産権のルールがうまく規定されていない場合、せっかくの政府支援プロジェクトの成果であるソフトウエアが死蔵され、商業化に生かされないことになる。これでは税金の無駄使いとなってしまう。米国ではどのように対処しているのか。
- この問いへの回答には、その政府支援プロジェクトの真の目的は一体何か、という認識がまず重要になってくる。政府部内に何らかの具体的実務的ニーズが存在し、そのニーズを満たすために政府が支出してソフトウエアを民間Contractorsに開発させる場合は、そのソフトウエアを納入した時点で、その契約は終了し、双方の目的は完全に達成される。このような場合は、結果的に(副産物として)コピーライトなりがContractorsの手元に残るわけであるが、このソフトがその後市場での商業化に成功するか否かは、本来の政府とContractors間の契約の成功度とは関係ない。
- 米国の場合、政府のソフト研究開発支出は60%がContract、30%が交付金、10%がCRADA等の共同研究である。その各々のメカニズムにおいて、たとえ研究開発の結果が商業化に直結しないからといって、それが国民の税金の浪費である、という認識はない。
- 特に米国が政府支援研究開発プロジェクトの成果の民間Contractorsによる商業化を強く意識したのは、1970年代後半に米国の国際的産業競争力が低下しつつあると考えられたときだった。既に指摘されているように、それが1980年以降の技術移転法制の整備につながり、商業化の意図が明確にあることを条件に民間のContractorsに知的所有権を認めていったのである。
第6章 日本が学ぶべきこと
6.1 成功の要因
米国の政府支援研究開発における知的所有権政策がこれまで成功裏に機能してきた背景には様々な要因が相互に影響しあってきている。
●民間Contractorsによって生み出された知的資産の権利がContractorsに与えられる、という意味で政府の政策は「オープン」である。
●政府職員(国研)により生み出された知的資産はPublic Domainに置かれ、歴史的経緯としては、商業化にとってはマイナスのインセンティブを与えてきた。これを理解した政府は、1980年以降、商業化を促進する技術移転システムを構築してきた。
●政府、民間Contractorsの間での知的財産権の所有・配分にあたって、米国政府は常に柔軟に対処してきた。(言い換えれば厳格な統一ルールはない。)複雑な権利が錯綜する知的所有権の設定を個別のケースによって柔軟に交渉し、プロジェクト開始前に全て契約上に明記する形を取った。同意が事前に得られなければプロジェクトはスタートしない。
●政府の知的財産権・技術移転政策に支えられ、大学がビジネス感覚を持って積極的に自身の保有する技術の商業化に取り組み、投資収益をあげようとしている。商業的な成功を収める例が数多く出てきている。
6.2 現在深刻になりつつある脅威
現在米国では、ソフトウエアに対する知的財産権、という概念の有効性が根本的に問い直されている。この懸念は、米国政府の伝統的な「オープン」ポリシーに変革を迫ることになるかもしれない。
●現在ソフトウエア産業は、「パテントの時限爆弾」に悩まされている。
− ソフトウエアのパテントの数と領域が徐々に増加・拡大してきている。
− ソフトウエアは既存のアイデアやソフトを含みこむ形で開発されるものであり、既存のパテントに全く抵触せずに開発できるソフトウエアの領域が限られてきた。
− 大企業の対応は、莫大な「パテントの兵器庫」を多額の費用をかけて構築し、来たるパテント訴訟をクロスライセンスで乗り切る戦略を取らざるを得なくなっている。
●その結果は、全ての企業がその資源を本来の目的である技術開発以外の目的に浪費せざるを得ないという現実と、特に資金力に乏しく、クロスライセンスや高額のロイヤルティーのコストをまかなえない小規模企業はその理由で市場から永遠に駆逐されてしまうということ。
●ソフトウエアのパテント化は、近い将来確実に、政府支援開発に基づく商業化の可能性を妨げるであろう。
− あるContractorが新しいソフトを政府支援に基づいて作成するとき、必然的に多くの既存パテントを利用することとなり、高額のロイヤルティー負担が生じる。
− そのContractorは完成したソフトウエアに対しコピーライトを獲得し、市場でそのソフトの販売をはじめるが、既存の原パテント保有者が同様の機能のソフト開発を異なるコードで完成し、販売すれば、Contractorのソフトはコストで太刀打ちできず、市場から敗退する。
6.3 米国政府の将来の動き
米国政府が選び取るシナリオは「保護主義的」アプローチか、ソフトウエアの知的財産権を変更し、オープンソース型に近い考え方を採用するアプローチだろう。
- 米国政府は、ソフトウエアのパテント化に対する懸念が産業界でますます高まりつつある状況を解決するため、比較的近い将来何らかのアクションを取るかもしれない。
- 政府にはいくつかのオプションがあるが、特に重要と思われるのは、以下の3つである。
− ソフトウエアのパテントを廃棄する
− 何らかの特別措置で政府の民間Contractorsを保護する(例えば彼らに対してはパテントロイヤルティーの支払いを猶予する等。)
− オープンソース型のビジネスモデル(ソフトでなくサービス)をContractorsに奨励する。
- 上記の3つのオプションのうち、もっとも可能性が高いのはソフトウエアパテント制度の廃止と、オープンソースモデルへの移行である。
- オープンソースのムーブメントが本物かどうか、本当にソフトウエア産業に利益をもたらすのか、現時点で断定することは時期尚早である。また、政府が政府支援プロジェクトの成果としての知的資産をすべて公開してしまうことは、オープンソースを促進し、結果として「いいこと、正しいこと」かもしれない。また、もしもサービスとしてのソフトウエアビジネスが出現してくると、従来型ビジネスモデルのContractorsの市場をすっかり奪い取ってしまう危険性もある。
6.4 最後に
米国では、以上見てきたように、市場原理を奉じつつ、その原理の根幹である所有権という概念を知的資産にどこまで認めるかどうかという問題について岐路に立たされている。結果的にはコピーライトが最低限必要な保護(Safety
Net)を保証してきたようである。今後米国政府がパテント制度をどのように改良し、政府支援研究開発活動の生産性をどのような尺度で評価し、どう方向付けていくのか、日本としては常に注視しつづける必要がある。