本資料は、以下の構成となっている。
まず第1章では米国の知的財産権のシステム全体についてごく簡単に概観し、第2章では、政府支援ソフトウエア研究開発プロジェクト下の知的財産権の取り扱いについて、米国での現状とそこに至る歴史的経緯や思想を分析する。第3章では、政府支援ソフトウエア研究開発プロジェクトが米国のソフトウエア産業にもたらしているポジティブな影響について説明する。第4章では、現在米国で急速に議論が進行しつつある「ソフトウエア特許(著作権ではなく)の功罪」や「オープンソースというソフトウエア開発方式が知的財産権システムに投げかける問題点」について、米国での最新動向の分析をもとに言及している。次に第5章では、事前に提起されたいくつかの問題意識に対し、これまでの議論をベースに個別に回答を与える構成となっている。最終章では、結論として、第2,3章での議論と米国での新たな動向(第4章)に基づいて、日本の政府支援ソフトウエアプロジェクトにおける知的所有権戦略の方向性を示唆する。
特に、本プロジェクトの結果明らかになったことは、米国での政府支援ソフトウエア研究開発に関しては、その過去の経緯と現状から学べることと共に(もしくはそれ以上に)、新たに米国で沸き起こっている議論(ソフトウエアへの知的財産権設定の是非とオープンソースムーブメント)が将来の政府支援プロに与える影響が多大であって、その分析が日本にとって大変に重要な示唆を与えてくれる、ということである。
「知的財産権」とは、人間の思考の産物として考案された内容やその表現に対し、一定の条件の下で付与される所有権を意味する。その条件を定め、権利を付与する一群の法律と、その権利を保護する司法機能が総体として知的財産権法制の根幹を成している。
知的財産権に関する法律は、パテント(特許)、トレードマーク(登録商標)、コピーライト(著作権)に関する法律群からなっている。トレードシークレット(企業機密)に対する法的保護を含めて考えることもある。アメリカ合衆国憲法(1787年制定、1789年発効)において、既に発明者や著作者の権利保護をうたっており注1、パテントやコピーライトがConstitutional rightであるといわれる所以(ゆえん)である。本節では、第2章以降の議論の基礎知識として必要な限りにおいて、米国における各々の知的財産権の概念をごく簡単に概観する。(トレードマークは大変重要な概念であるが、本プロジェクトのメインイシューには直接関係しないので触れない)。
パテント(特許)とは、発明者と連邦政府間の一種の契約である。Patent Act(合衆国憲法発効の翌年、1790年に成立)の下で、特許保有者はその発明を公開する代償として、それを他者に使用させる条件を自由に設定する排他的権利を一定期間政府によって保証され、ライセンシングによって金銭的報酬(Royalty等)を受け取ることが可能となる。特許は譲渡することもできる。特許侵害に対しては、特許保有者は司法的手段に訴えることにより保護される(損害賠償請求、特許料支払い請求、及び侵害行為の差し止め請求等)。しかしながら特許保有者は侵害事実の証明に困難を伴うことも多く、その費用が多額に上ることも事実である。
パテントは大きく2つに分類され、発明の実用性・有用性に関するutility patents、外観・意匠に関するdesign patentsがある。米国では、コンピュータソフトウエアに特許を認めるべきかどうかについて議論が活発になっており、それは最近の動向として第4章で分析される。
特許が成立するための条件は、novelty (新規性、米国は先発明主義)、utility (実用性、現実的有用性)、そしてnonobviousness (自明でないこと、既存の発明の焼き直しではないこと、当該分野で同等のスキルを有する者によっても容易に同じ物が作り上げられないこと)である。これら3条件のひとつでも満たされない場合、その「発明」に特許が与えられることはない。
パテントを得るにはUSPTO(U.S. Patent and Trademark Office)への申請が必要であり、特許が首尾よく交付された場合、発明が保護されるのは、1995年6月8日以降に申請されたパテントの場合、申請日から20年間(申請から特許交付までの審査期間はその長さに関わらず、20年に含まれる)、それよりも前の申請分は、申請日から20年間または特許公布日から17年間のいずれか長いほうが適用される。
コピーライト(著作権)とは、original works of authorship(原作者によるオリジナルな表現・作品)を保護する権利である。1909年制定の連邦法 (Title 17 of the U.S. Code。1976年に技術の発展に合わせ、期間設定方法等を含み大改正。)により定められている。一般に文章、図案、芸術作品等を対象とし、コンピューターソフトウエアもその大半がこの権利の下に保護される、とするケースが多い(第2章にて詳述)。原作者はその作品の複製、原作に基づく派生的作品の作成、作品の配布(有料無料を問わない)、公共の場での掲示や公演を行なう排他的権利を保証され、これらの権利を他人に認める条件を自由に設定する権利も与えられる。コピーライトは譲渡も可能である。他者がこれらの権利を侵害して無断で複製・配布等を行なった場合、著作権者は司法的手段に訴えることにより保護される。
コピーライトは、特許と異なり、utilityやnonobviousnessといった条件を満たす必要はなく、原作者によって創造されたオリジナルであることだけで成立する。
コピーライトそのものは当局に申請の必要はなく、その作品の創造が開始され、有形の(tangible)媒体にその一部が固定的に記録された時点で自動的に発生する。しかし、その侵害に対し訴訟等の司法的手段に訴える場合は、事前にLibrary of CongressのPatent Officeに登録が必要となる。登録はコピーライト有効期間中であればいつでもできる。コピーライトの有効期間は、1978年1月1日以降の作品に関し、著作者の存命期間プラス50年である。著作物が「Work for hire」(契約によって委託されたり、雇用主の下で創造された場合)は公開の日から75年、もしくは著作完成の日から100年間のいずれか短いほうが適用される。(1978年以前の作品については公開や登録の状況に応じ期間延長等のルールが定められているがここでは詳しく触れない。しかし、いずれにしても最長75年が基本である。)
コピーライトの根拠となる連邦法Title 17は、コピーライトとパテントの対象について明確な差別化を試みている。すなわち、コピーライトは、その表現の形態を問わず「any idea, procedure, process, system, method of operation, concept principle, or discovery」には一切及ばない、としている(102条、b項)。
トレードシークレット(Trade secret)は、特に商業目的の知的財産を保護するためのもうひとつの手段である。連邦レベルの実定法は存在せず慣習法(判例法)である。州によっては法律を整備しているが、その内容は微妙に異なる。この概念が米国において定着したのは1868年のPeabody vs. Norfolk 判決によってであった(マサチューセッツ州)。この判決以降、企業が保有する商業目的の情報、製品、技術やプロセスに関し、特許化が可能かどうかに関わらず、また特許によらなくとも(すなわち公開しなくとも)法的保護が与えられることとなった。たとえばある企業の元従業員が次の雇用者の下で、前の企業で知り得た機密を利用して発明を行なうことや、ライセンス供与を受けた側が無断で第三者へ開示をすることは信義に反するとされ、禁じられる。
特許による公開によってその知的財産が競争資源としての優位を失なうことを恐れ、多くの企業はトレードシークレットとしてその知的財産を保有している。製法、化合物の比率、処方等種々の知的財産がトレードシークレットとして保有されている。コカコーラの成分とその調合比率は有名な例である。コンピュータソフトウエアも例外ではなく、企業内で開発されたその多くがトレードシークレットとして保有されている。こうしたクローズドな考え方の対極に位置するのが現在急速に注目を集めている「オープンソース」という開発方式であり、この方式が知的財産権に投げかける問題点は第4章で分析される。
上記3種の知的財産権(パテント、コピーライト、トレードシークレット)を比較した場合、最も強い保護を保証するのがパテントである。パテントにおいては、たとえ他者が全く独立して同様の発明を行なった場合(つまり偶然同じ内容)でも、それが既に存在するパテントに抵触する限り、その原パテント保有者の権利が保護される。一方コピーライトにおいては、第三者が全く独立して同じような表現(作品等)に至った場合は原作者のコピーライトの侵害とはみなされず、その第三者にもコピーライトが認められる。トレードシークレットにおいても、他社が公共的に利用可能な情報から同様の技術を生み出した場合等、原作成者の権利は保護されない。
知的財産権は、その保有者に対し、知的財産を独占的排他的に利用する権利を認めることであるから、当然独占禁止法との兼ね合いが問題となる。独占禁止法は、一社(または共謀した複数社)が独占的にその競争資源を利用して、消費者や市場における他の競争者の不利益の上に利潤を上げることを禁止しているからである。一方、コンピュータ・通信等のハイテク分野においては、いかに業界標準(De facto standard)を確立するかが、その産業分野(事業機会)の勃興・成長に大きなインパクトを持っているため、各技術(商品)分野ごとに、その中での標準確立を容認、推進するインセンティブがある。その一方で、1社が業界標準に関連する特許を独占的に保有する場合、他の市場参加者はその負荷(burden)を高額なロイヤルティーの支払いや独占力による制限的取引という形で負担せねばならないかもしれず、公平な競争が阻害される懸念がある。そういった独占的な形で業界の事実上の標準が定まっていく場合、当然ながら独禁法に抵触する懸念が生じる。(図表1)
図表1 知的財産権保護、独禁法、業界標準の三つ巴の関係

米国の独禁法であるSherman Antitrust Act(1890年)は、そのSection 1で、取引(trade)を制限するための共謀・協同行為を禁じており、そのSection 2で独占やそのための謀議を禁じている。 また、著しく競争を阻害する効果を持つか、独占を意図すると考えられる取引行為(販売、リース、価格政策等において)は同じくClayton Act(1914年)のSection 3で違法とされている。合法的に知的財産の独占的利用権を認められたパテント保有者にはこれらの規定は原則適用されないと解釈されるが、その線引きは大変微妙である。
例えば、パテント保有者は排他的ライセンシングを行ない得るが、他の多くの競合企業がそのライセンシングの枠から除外され、競争が著しく阻害される場合、Sherman Actに抵触すると考えられる場合がある。また、業界標準に関連して述べたように、一社が一群の関連パテントを独占の形成を意図して集中的に保有している場合も、Sherman Actに抵触する可能性がある。さらに、パテント保有者がそのライセンシングを行なう際に、パテント化されていない自社のサービスや製品を抱き合わせで購入することをライセンス供与の条件とするような場合は、パテントによって保護される権利を逸脱しているとみなされ、Patent Act ならびにClayton Act違反に問われる可能性がある。
以上、米国の知的財産権保護のシステムを概観してきた。米国は、国家の基本原理を示す憲法において、「科学ならびに有用な技術・芸術の振興を目的として、発明者や著作者の知的財産に対し排他的権利を一定期間保証する」旨を明言し、法制の整備を進めてきている。自国民が創造力を大いに発揮し、その成果として個人や私企業が経済的利益を受けるというインセンティブを認める考え方を建国当初から推し進めてきている。
現在米国では、知的財産権の設定自体が自由競争と自由市場原理を阻害するかどうかについて賛否両論が存在する状況である(第4章参照)。しかしながら、少なくとも言えることは、米国政府がこれまで、自由市場原理(個々の市場参加者が供給量、価格、購買に関し自己の意思に基づいて自由に決定できる)が基本的に国家経済の成長に不可欠であり、知的財産に所有権を設定し、市場取引によって経済的利益を生み出すことは国民の富の増大、国家の経済的利益・産業の国際競争力という観点から原則的に望ましい、と考えてきたことである。
知的財産権設定の対象、権利保護の内容・条件は以上見てきたように多岐にわたる。本プロジェクトでは、特に情報技術産業で最も重要な知的資産であるソフトウエアに焦点を絞る。さらに、現在米国で、ソフトウエアのパテント化(コピーライトでなく)がソフトウエア産業にもたらす功罪をめぐって議論が活発になっている状況に鑑み、ソフトウエアに関する知的財産権をコピーライトのみに限定せず、パテントやトレードシークレットのもたらす役割をもにらみつつ論を進めることにする。
以上の視点に立って、次章では、まずソフトウエアの知的財産としての特殊性とその保護の手段を分析した後、「政府が支援するソフトウエア開発プロジェクト」において、ソフトウエアが知的資産としてどのような理念の下で、どのように権利の設定がなされ、何が保護されているのか(何を保護しようとしているのか)、という点を明らかにする。
一般にソフトウエアを構成する3つの要素は、ソースコード、オブジェクトコード、そして関連文書(documentation)である。ソースコードは、プログラマーによって書かれたプログラムそのもののことであり、通常高度なプログラミング言語で書かれている。ソフトウエアの機能や構成、実際のアルゴリズムが人間の目で見て分かる状態となっている。すなわち、ソフトウエアを人間が書き換えようとするためには、ソースコードが必要となる。オブジェクトコードは、通常コンピュータで実行可能なマシン語による表現となっており、人間が見てそのソフトウエアのプロセスやアルゴリズムを理解することはできない。関連文書(documentation)は、ソフトウエアを走らせる上での手順や機能の説明、注意書きなどからなっており、プログラムの機密に関わる内容を少なからず表現している場合がある。
ソフトウエアはハードウエアには無い、特殊な性質を持っている。まず、その製品化に関するコストは、ほとんどすべてが開発費であり、製造業で言うところの生産、複製、物流のコストは非常に小さい。これらのコストが極端に低いため、極めて複製が容易であり、自動車や航空機産業に存在する知的財産権侵害への物理的障壁が大変低い。
上記のような限界があるにもかかわらず、現実にはソフトウエアはコピーライトにより保護される事例が大多数を占める(次ページ図表2)。すなわち、産業界の現実の要請としてはコピーライトによる保護で十分であるように見受けられる。しかしながら、法理論的に見れば、第1章で概括した3つの知的財産保護メカニズム(パテント、コピーライト、トレードシークレット)のすべてが適用可能であり、現実においても、パテント化されるソフトウエアは増加傾向を示している。また現在米国では、ソフトウエアのパテント化がもたらすソフトウエア産業へのインパクトについて議論が活発になっている(詳細は第4章)。
まずコピーライトの対象としては、ソフトウエアは文字により表現された作品、すなわち著作物として取り扱われ、すべて保護の対象となり得る。Copyright Officeは、1964年よりソースコードをコピーライト化可能な作品として登録を受け付け始め、米国議会は1980年、マシン語表記によるオブジェクトコードもCopyright Actに対象として追加した。
また、コピーライトはアイデアの「表現」に対する保護であり、アイデアやコンセプトそのものはその対象ではない。例えば、他者がリバースエンジニアリングによって、あるソフトウエアの競争力の源泉となるような斬新なコンセプトを探り当てたとしても、そのコンセプトそのものは保護の対象外であるから、著作権者は他者の行為に法的措置をとることはできない。また、同様の考え方から、あるソフトウエアと全く同じ働きをする他のソフトウエアが書かれたとしても、それが異なるコードで書かれている限り、最初のソフトウエアのコピーライトを侵害したことにはならない。熟練したプログラマーであれば、ソースコードと実際に作動する機能を見るだけで、「同じ働き、同等の価値」を持つプログラムを、コピーライトを侵害しない程度に異なるコードで書くことを容易に行ない得る。
総じてコピーライトの限界として、権利保護が及ばない5つの例外ケース(fair use, first sale, private use, independent creation)と、コピーライトが直接の著作者に発生しない雇用による作品のケース(work for hire)がある(次ページ囲み)。
図表2: 知的財産権保護の手段に関する調査結果
Source: Siggraph, from ‘The Impact of Intellectual Property Rights on US Competitive Infrastructure’, NCMS 1994
パテントに関しては、元来ソフトウエアはパテント化ができないと考えられていた。すなわち1964年にUSPTOは、ソフトウエアは「思索による創造の域にある(creations in the area of thought)」として、申請不可の判断を下した。しかし1968年、USPTOはソフトウエアとハードウエア(装置)が統合された状態(ソフトがハードに組み込まれた状態)であればパテント化可能であるとした。さらに、1981年の最高裁判決で、ソフトウエアそのものが、データ処理を行なう「装置」として認知され、それが特許の3条件(novelty, utility, nonobviousness)を満たす限りパテント化可能、とされた。1989年、USPTOは「コンピュータコードとアルゴリズムによって実行される物理的プロセス」はパテント化可能である、という見解を出した。
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〈ソフトウェアのコピーライトの限界、例外事項〉 A. Fair use: 他者による部分的複製の目的が公共の目的に合致する場合(教育や研究)、バックアップコピーを作る場合には、コピーライトは適用されない。 B. First sale: 合法的に複製を有しているものは、それを再度販売したり、処分できる。 C. Private use: 家庭内における私的利用に限っては複製が認められ、コピーライトを侵害したことにならない。 D. Independent creation: 全く同じプログラムがそれぞれ独立に作られた場合、双方にコピーライトは発生し、かつ互いのプログラムは他方のコピーライトを侵害したとみなされない。 E. Work for hire: ソフトウェアの開発が雇用主の下で行われたり、委託契約によって行われた場合、最終的にコピーライトは雇用主または契約元(契約に明記されている限りにおいて)に帰属し、直接の著作者はコピーライトを主張できない。 |
以上見てきたように、法理論上、ソフトウエアはコピーライトとパテントの双方で保護される資格がある、ということになる。この特殊な性質がもたらす法的複雑性を評して、MITのDr. Davisは以下のように述べている。
“Programs are not only text, they also behave; software is a machine whose medium of construction happens to be text. Creating programs is as a result simultaneously a work of authorship and a work of invention. In crossing that allegedly unbridgeable barrier software creates significant conceptual difficulties, conflicting as it does with assumptions that have long been part of the legal system”
(Randall Davis. 1991. Intellectual Property and Software, MIT)
ソフトウエアは、トレードシークレットとしても法的保護が可能である。競争優位をもたらす知的財産として、企業内に機密として保有されている限りにおいて、慣習法もしくは州法のレベルで保護される。知的財産としてソフトウエアをライセンス供与する場合、現実的に最も有効な知的財産の保護(市場における陳腐化の阻止)は、ソースコードを相手に開示しないことである、というのがいまだ多くの企業の本音であり、ライセンス契約は多くの場合、ソフトウエアの「使用」権を認めるのみで、「修正・改変」を認めないことが多い(それを認めるということはソースコードを開示することになるため)。
2.3.1 米国政府最高レベル(大統領)の政策理念
「政府の助成金や調達契約に基づいて作成されたソフトウエア、工学図面、ならびに技術データに関しては、その諸権利を委託先の民間主体(contractors)に保有させるよう、連邦調達局の統一的政策として、各省庁の長は十分に認識、互いに協力されたい。」 これは、1986年、レーガンによって出された大統領令第12591号からの抜粋である。しかしながら、この大統領令を以ってただちに、米国は政府が支援するソフト開発で、諸権利をすべて民間のContractorsに与えている、と判断するのは早計であって、現実には省庁間の食い違いや議会を巻き込んだ軋轢が相当にあり、政府の政策理念を浸透させるためにレーガン政権は同様の趣旨の指令や声明を83、86、87年と繰り返し出すことになった、というのが正確な理解である。
この辺りの事情については、昨年のプロジェクト「米国国立研究所に見るGOCOマネジメントシステム」の中で、米国政府の知的所有権政策について言及しており、その中で説明されている(昨年度報告書 付3-16_付3-19)。要約すれば、「政府最高レベルの方針では、民間Contractorsにパテントを保有させ(Title in Partner Policy)、民間の手で、市場原理にのっとった商業化を推進させようとしている。現実には、DOE (Department of Energy)が、民間のContractorsにPatentを保有させることに執拗に抵抗を示しているものの、全体の方向性としては、CRADAやGOCOの民間主体に対し、非営利の大学や研究所、中小規模企業、そして大企業へと徐々に対象を拡大しながら知的財産権(パテント)を認めてきている」、ということになる。
もっとも政府調達の分野では、現在の財政均衡政策の下、米国政府は「COTS (Commercial Off The Shelf)」 製品、すなわち、ソフトウエアの調達において特注品でなく、既に開発済みの市販製品を購入する方針を強めており、必然的に、政府調達を通じて新しい知的財産権が生じる機会も減っている。
総じて、民間Contractorsへソフトウエアの知的財産権を与えていくという政策は、政府がソフトウエア産業の振興を直接的に後押しする、という意図ではなく、あくまで民間の自助努力に任せ、政府はその邪魔をしない、というスタンスである。同じく昨年のプロジェクト「米国政府の政府調達にみる中小規模企業支援制度」の結論部分でも触れたように(エグゼクティブサマリー P26)、米国政府の民間企業に対するスタンスは政策分野を越えて終始一貫している。すなわち、たとえ民間支援策といわれるものであっても、それは「『救済』ではなく、『競争』の『機会保証』である。競争力の無い企業は退けられ、消滅する、という『市場原理』への根本的信頼と是認が」米国政府の根本にある。(「」内は引用。)
政府のソフトウエア産業に対する「Hands-off(直接介入しない)」ポリシーは、次のような発言にも現れている。
| "The US government does not have much of
a policy of promoting the software industry, or intellectual
property in general" John Overton, past Chairman of ABA(American Bar Association)Commitee 308 'Government Relations to Copyright' |
2.3.2 米国政府自身の手で開発されたソフトウエアの取り扱い
米国政府は、自身の支出で作成した知的財産に対し、コピーライトを主張することはできず、それらはすべてPublic Domain(公共の場)にあると解釈されている。(作成者が、そのソフトウエアはPublic domainにあると認めた瞬間に、いかなる知的財産権も主張することはできなくなる。)Public domainにある政府の手によるソフトウエアは、General Service Administrationが設けているFederal Software Exchange Centerで、自由に市民・企業が手に入れることができる。
換言すれば、政府がかかわるソフトウエア開発において、政府がそのソフトの排他的利用権を留保することは望ましくない、という認識である。合衆国憲法に定められる通り、連邦政府は国民の公共利益のために存在するのであり、政府自身が企業のように経済的利益への関心を持つことは、避けるべきであり、排他的権利を保有するのはそのソフトウエアが国家安全保障に関与し、公開が著しく国益を損なう場合に限定されるべきだ、と考えられている。
2.3.3 米国政府が保有できるソフトウエアに関する権利
政府の支出によって開発されたり調達されたソフトウエアに対し、政府自身が保有できる権利は3つである (Unlimited rights、Restricted rights、Government purpose license rights)。
これら3つの権利のどれが政府に認められるかは、支出の政府対民間の比率、軍事用か非軍事目的か、及び個別の契約時の交渉による(図表3)。交渉に関して付言すると、民間Contractorとしての大学の力が伝統的に非常に強く、大学の知的財産権に対する方針が政府の方針に大きな影響を与えている。
図表3: 政府に与えられるソフトウエア利用権の場合分け
2.3.4 情報公開法 (FOIA_Freedom of Information Act) との兼ね合い
米国政府は、FOIAの下で、政府が支援した研究開発の成果に関する情報を、要求されれば公開する義務を負っている。例外事項として、国家安全保障に関わる情報についてはその義務を免れる。この法律を利用して、例えば企業は政府の支援した研究開発の結果、民間Contractorや政府職員によって生み出されたいかなるデータ(当然ソフトウエアを含む)でも手に入れられることになる。これは自己の研究開発の成果を競争力の源泉とする民間Contractorにとってはうれしくない事態である。政府支援のプロジェクトに参画する妙味も薄れてしまう。ひとつの解決法は、2_Bで指摘した通り、「事故後の救済よりも未然防止」である。つまりソースコードのような重要なデータは支援元の政府機関に手渡さない、政府機関もそれを要求しない、ということである。例えば、DARPA(The Defense Advanced Research Projects Agency)の政府支援プロジェクトに参加した数多くの民間主体は、1995年のInstitute of Defenseのアンケート調査Participant views of Advanced Research Agency Other transactionsで、DARPAが柔軟に対応し、研究開発に関する全てのデータの開示を求めなかった点を評価し、それがプロジェクト後のそれら研究開発成果の商業化にとって重要な意味を持った、と回答している。
そうしたソースコード開示を求めない、といった政府の姿勢とは逆行しかねない事態が1998年に入って生じている。同年に成立したFY1999 Omnibus Appropriations ActによってOMB(Office of Management and Budget)が一定の法改正注2を行なうことが義務付けられ、その結果として、公開された政府支援研究の成果の基礎になったデータをもFOIAの対象とすることが決定したからである。この法改正は特に営利の民間Contractor(私企業)には及ばないが、非営利で政府からの支援プロジェクトに多く参画している民間主体(ほとんどの大学がそうである)は一様に懸念を表明している。この法改正は本来公共のために行なわれた研究のデータを開示させるという公共の利益を擁護するための善意に基づくものであるが、現在、「データ」にソースコードが含まれるかどうか、外部の者が研究成果にただ乗りするのではないか、プライバシーが侵害される心配は無いか、今後の官民パートナーシップに悪影響を及ぼすのではないか、今後営利のContractorsにも拡大しないか、といったことが民間Contractorsの憂慮の種となっている。