ICOT Today Issue #2

1993年9月27


[目次]


[はじめに]

今年の夏は台風と共にあっという間に去ってしまったようで、もうすっかり秋 の気配がしてきました。寂しいような気もしますが、気候の良い時期を迎えて 皆様ますます研究その他に頑張っていらっしゃることと思います。

ICOT では、後継プロジェクトも軌道にのり、11年間で開発した技術を広く一 般の方々に使っていただくための準備、あるいはこれまで研究開発してきた知 識プログラミングソフトや応用ソフトのさらなる研究を進めているところです。

さて、ICOT の活動に関する情報を、皆さんにタイムリーにお伝えすることを 目的として創刊した 「ICOT Today」、 第 1号はおかげさまで好評を得まして、 『ICOT Todayをローカルなニュースグループ内に再配布したい !』などの希望 が寄せられており、関係者一同、喜んでおります。

第五世代コンピュータ技術の普及に協力して下さるという趣旨で、ICOT Today の各 Issueをそのまま全文転載、または再配布して頂くことは大歓迎です。し かし、部分的な転載や営利目的の利用の場合は、ご相談頂く必要がありますの でお知らせください。

これからも皆さんからのご意見をとり入れて、より面白いものを作っていきた いと思っておりますので、ご感想、寄稿など、お待ちしております !!

浪越徳子


それでは、初秋の風とともにお届けする第 2号、先ず、最近の ICOT 関連ニュー スの Headline から...。

[ICOT HEADLINE]

1. オレゴン大学との共同研究開始! 調印式リポー ト

前号でお伝えした通り、オレゴン大学と ICOT は共同研究の契約を結びました。 オレゴン大学の Evan Tick 助教授が 8月半ばから 1ヶ月間 ICOT に滞在して 打合せを進め、今後の研究活動の計画も、かなり具体的になってきました。今 号の ICOT Today では、去る 7月13日にオレゴン大学で行なわれた契約調印式 に参加した ICOT調査国際部の兼子課長から、調印式やその後のパーティーの 模様を伝えて頂きます。(記事 No.2-1)

2. ブリストル大学との共同研究もスタート

オレゴン大学に続いて、ICOT は英国のブリストル大学とも共同研究を開始し ました。8月18日に覚書、研究契約を締結し、KL1 のデバッグツール、並列制 約論理プログラミング・システムの開発をテーマとする共同研究が始まりまし た。具体的な作業の進行状況等については、ICOT Today の中で順次お伝えし ていきたいと思っています。(記事なし)

3. リリース目前の ``KLIC" 最新情報

KL1のプログラムを C言語に変換して Unixベースのマシン上で動くようにする システム ``KLIC"が間もなくリリースされます ! ICOT Today 第 2号では、開 発チームのリーダである ICOT第一研究部 近山部長からの最新情報をお届けし ます。これによると、KL1のプログラムが、なんとパソコン上でも動くように なるそうで、今まで KL1が PIMのような大きなマシンの上でしか動かなくてがっ かりしていた方ももう安心です。大学の先生方にとっては、学生さんの実習用 などにも役立ちそうですね。(記事 No.2-2)

4. 石川幹人氏、元岡賞受賞 !!

ICOT の石川幹人さんが、遺伝子情報解析についての一連の研究で、東京大学 工学部内元岡記念会より、元岡賞を授与されました。故元岡先生の業績を讃え て設けられたこの賞の授与は、第 8回の今回が最終で、石川さんは栄えある最 後の受賞者のひとりとなりました。

石川さんは、大学では生物物理を専攻したという、ICOT の中では極めて変わ り種 :-) の研究員で、生命のメカニズム、脳や進化のメカニズムについて、 ずっと興味を持ちながら、会社(松下電器)や ICOT では、彼にとっては新し い分野である知識情報処理の研究で活躍していました。

4年ほど前、海外研究機関とICOTとの共同研究テーマに遺伝子情報解析が選ば れました。この研究は、生物学と情報処理のコンビネーションにより、遺伝子 が生体内で担っている機能を推定し、ゆくゆくは生命の神秘を解明すると共に、 そこで研究された技術をコンピュータサイエンスにフィードバックするという、 石川さんのバックグラウンドにぴったりのものでした。そこで、彼は「水を得 た魚」となって研究にいそしみ、その成果が今回の受賞につながったわけです。

遺伝子情報解析は、まだ若い研究分野であることから、ご苦労も、また将来を 期待される未知の分野を進む楽しさも多いことと思いますが、石川さんご本人 は今回の受賞にあたり、このように語っています。

「現在、遺伝子のデータは、読みとり技術の進歩から、たいへんな速度で増加 しています。遺伝子情報解析は、それらのデータから有意味な情報を抽出し、 生物学的に有効活用することを目的としています。この分野は、生物学と計算 機科学の学際領域であり、生物サイドから見ると、遺伝子の大量情報を高速に 扱いたいという要請から生まれたと捉えられる反面、計算機サイドから見ると、 最新技術の格好の応用分野としても捉えられます。ICOTでは、いちはやく、並 列推論マシンや知識ベース管理システムの応用問題として、この遺伝子情報解 析に取り組みました。また、ワーキンググループ活動などを通して、この分野 の、日本における研究コミュニティーの形成にも貢献しました。今では、国内 外の研究人口も随分増え、今年は第1回の国際会議も開かれました。 今回、元岡賞という栄誉ある賞をいただきたいへんうれしく思います。受賞 にあたり、研究の機会をつくっていただいた内田所長をはじめ、研究グループ の仲間や、研究を支えてくださった方々にお礼を申し上げたいと思います。」 (記事ナシ)


[オレゴン大学との共同研究調印式]

  ICOT調査国際部 兼子利夫

ICOTでは、後継プロジェクトの一環として、海外の研究機関との研究交流を実 施しております。今までの 5Gプロジェクトでは、アメリカの国立研究所等と の共同研究が主な相手先でしたが、後継プロジェクトでは、大学を共同研究の 相手先に切替えて、昨年の秋ころからその準備を進めてきました。

この度、アメリカのオレゴン大学との共同研究を開始することになり、その覚 書の調印式が、オレゴン大学の Johnson Hall内にある学長室で7月13日 (火)午後3時から、ICOT 廣重専務理事とオレゴン大学 Brand学長との間で 取り交わされました。また、この調印式には、同大学からは Moseley研究担当 副学長、ICOTからは近山第1研究部長をはじめとして、それぞれの機関の主要 な代表者、関係者が列席しました。

ところで、私もこの両機関にとって記念すべき調印式に参列させていただくこ とができ大変光栄に思いましたが、私自身、この6月に JIPDEC から、ICOT に出向して着任早々で、ICOT の活動状況も十分に把握する前に、今回の海外 出張を命じられまして、正直いいましてかなり面喰ったのが本音でした。

この調印式に先立ち、記者会見が調印式と同じ会場で行われました。会場には、 記者が4 - 5人とテレビカメラが2台設置され、ICOTと同大学とのパートナー シップや共同研究の内容等に関しての質問がなされました。そして、この記者 会見の模様は現地のテレビのニュース(当日の夜と翌朝の数回、放送されまし た。)と翌日の新聞(The Oregonian)でも紹介されました。また、日本でも 同時期に記者発表がなされ、日刊工業新聞でも紹介されました。

今回の共同研究の相手先であるオレゴン大学の計算機.情報科学部は、長年、 記号処理と並列処理の研究を活発に行なってきており、John Conery准教授と Evan Tick助教授は、並列論理プログラミング言語の分野では優れた研究者と して知られており、両氏とも ICOTに招聘研究員として滞在したこともありま す。ICOTは、今年の1月に逐次型推論マシン PSIを同大学の計算機.情報科学 部に貸与し、共同研究を推進してきています。

共同研究のテーマは、次の二種類です。

テーマ1: KLIC用コンパイラの最適化

テーマ2: 並列推論システムによる生物学的配列の解析

今回の調印式の当日、オレゴン大学側では、われわれ ICOT の一行ために大学 内の見学ツアーや調印式を祝してのディナーを準備していただきました。大学 見学ツアーでは、広く自然豊かなオレゴン大学のキャンパス内を散策し、構内 にある美術館を見学させていただきました。オレゴン大学が、太平洋側に位置 していることもあり、(彼らはパシフィックリムと呼んでいました。)中国や 日本の素晴らしい収集品が、陳列されていました。

調印式の後のディナーは、午後7時から、やはりキャンパス内にある Gerlinger Alumni Lounge というとても落ち着いた所で開催されました。開始 に先立ち、30分程度のカクテルでそれぞれの参加者のコミュニケーションを 深めて、各自の席に着席しました。ディナーは、両機関の代表者による挨拶で 開始しました。料理の素材は、オレゴン産のものを主体にしたもので、メイン ディシュは、サーモンのパイ包みで、ワインも同じくオレゴン産のフルーティ な白ワインでした。また、われわれがアジアから来たこともあったのでしょう か、前菜はハルサメ(ビーフンだったかもしれません)の日本風? 中華風? に料理したものが、サービスされました。落ち着いた部屋の雰囲気の中で、美 味しいオレゴン産のサーモンとよく冷えた白ワインを十分にエンジョイさせて いただきました。

アメリカとは、これまで PSIマシンの貸与や研究者派遣については、活発に交 流を行なってきましたが、共同研究についての覚書の交換は今回が始めてであ り、これは今年度からスタートした後継プロジェクトの発足を飾る意義深い出 来事であり、このオレゴン大学との共同研究成果が、ICOTのみならず関係各方 面から期待されております。

以上


[ポータブルな KL1 処理系 KLIC]

  ICOT第1研究部部長 近山 隆

1. KLICの特徴

前号の ICOT Today でもお知らせしましたように, KLIC (クリック) は KL1 プログラムを C 言語にコンパイルすることによって, 従来のように PIM の上 だけではなく, 市場で入手できる Unix ベースの計算機システム上で動作でき るようにしたシステムです. この KLIC によって, 従来 PIM 上で開発してき た KL1 による知識処理のツール類や応用ソフトウェアが, Unix マシン上に簡 単に移植できるようになります.

Unix の標準の言語である C にコンパイルする方式をとったために, C などの 言語で書かれたプログラムと簡単に結合できるのも大きな利点です. たとえ ば, 既存のライブラリ・プログラムを簡単に KL1 から呼び出せます. また, 既に KL1 で書いてあるプログラムの中で, アルゴリズムが簡単で性能への影 響が大きい部分を, 人手で C などで記述し直し, 細部まで最適化することも できます.

逆に, 既存の逐次処理向けに書かれたプログラムを並列化するための道具とし て, KLIC を利用することもできます. C などで記述するとかなり繁雑になる プロセス間通信や同期の処理は KL1 がもっとも得意とするところですから, ずっと簡単に書けます. KLIC をいわば並列処理用の強力なスクリプト言語と して使うわけです.

2. 対象とする計算機システム

当面対象としているのは, Unix をベースにした計算機システムです.

生成する C プログラム・コードでは, 特定の C コンパイラだけが提供するよ うな機能は用いない方針をとっています. これは性能面だけから考えると不 利な点もあるのですが, 移植しやすさを最重視しました. このため, KLIC シ ステムはほとんどの Unix 計算機に問題なく移植できるようになっています.

逐次処理部分についてはパーソナル・コンピュータ上でも動作します. これ までに作った実験版については, PC/AT 互換のノートパソコンなどでも動作を 確認しています.

並列処理も行なえる版では, 以下のようなシステムを対象に考えています.

 ◎ Unix ベースの並列計算機 (共有メモリ, 非共有メモリの両者)

 ◎ ネットワーク接続した Unix 計算機群

並列処理に必要なプロセス間の通信や同期については, 残念ながら効率的な標 準インタフェースがありません. そこで当面は, PVM (Parallel Virtual Machine) というシステム依存部を隠蔽する通信・同期ライブラリ (テネシー 大学, オークリッジ国立研究所, エモリー大学で開発された, フリーソフトウェ ア) を, 共通の基盤として用いる予定です. 将来この PVM の改良や普及の動 向を見ながら, 必要なら移植性と効率の高い他の方法を選ぶ可能性もあります.

3. 処理方式の概略

KL1 から C へのコンパイラが, KL1 プログラムを C プログラムに変換します. 後は普通の Unix 上のプログラムの実行と同じです. C からのコンパイルは 対象システムごとの C コンパイラで行ないます. コンパイル結果は KLIC の 実行時システムや他言語で書いたプログラムなどとリンクして, 実行可能形式 になります.

これまでの記号処理言語 (Lisp や Prolog など ) の処理系では, コンパイラ もデバッガも実行時サポートもすべて含んだシステムがあり, いったんそれを 立ち上げるとすべてその中で作業する方式が良く見られました. このやりか たはソフトウェア開発には便利な面もあるのですが, できあがったソフトウェ アを走らせるだけの場合でも, 使わない機能も含んだ大きなシステムを動かさ ねばならない欠点がありました.

KLIC では実行に必要なプログラムだけをその都度リンクします. たとえば, トレース機能が必要な場合には, トレース機能付の実行時システムをリンクす ればトレース機能が得られます. 多倍長整数を使わないプログラムには, 多 倍長整数のライブラリはリンクされません. このため, プログラムの実行だ けなら, ごく小規模なシステム (たとえば組込み計算機 ) 上でも可能です.

4. 性能

KL1 と C とではプログラム実行のやり方が全く違いますから, C へコンパイ ルするのは直接機械語を生成する方式よりも性能面で不利なのは明らかです. どのハンディキャップをどの程度克服できるかが, KLIC の開発の要点のひと つです.

幸いさまざまな実行方式の工夫によって, 速度面での不利はかなり小さくでき ました. KLIC の実験システムの性能を, もっとも普及した, しかも効率的な Prolog 処理系である SICStus Prolog 2.1 版 (直接機械語を生成するモード でコンパイル ) と同じ計算機ハードウェア (Sparc-10 model 30) 上で比べた 結果は, 以下のようになりました.

プログラムデータ 実行時間比 コードサイズ比
(SICStus/KLIC)(SICStus/KLIC)
nreverse list30 1.77 1.37
qsort list50 2.47 1.17
deriv timse10 2.23 1.79
divide10 2.00 同上
log10 2.72 同上
ops8 2.73 同上
serialize palin25 3.05 1.39
primes 10000 2.31 1.40
tak 8 2.07 0.94

表からわかるように, 速度は KLIC が約 1.8〜3倍速くなっています (KL1 は Prolog より処理が簡単な部分もありますから, 単純には比較できませんが ). オブジェクトコードもほとんどが SICStus Prolog より小さくなっています. しかも, この結果は最適化をあまり行なっていない現在の KLIC についてのも ので, 今後まだ大幅に性能を向上させる余地があると考えています.

なお, 絶対性能としては Sparc-10 model 30 上の naive reverse で約 2 M LIPS を得ています.

5. KLIC システムの公開

KLIC システムを検討するために作った実験的な処理系は, 既に ICOT Free Software の一部として公開されています (KL1-C 変換処理系 実験版 pkl1). この処理系はまだバグも多く機能も限られていますが, どのような変換を行な うのか, どの程度の性能が出るのかなどに興味をお持ちの方には, すぐにお使 いいただけます.

もっと本格的な処理系の公開は, 10 月になる見込みです. 最初の並列動作版 は 94 年 3 月頃の公開を目指しています.

10 月に公開する版では, 以下の機能を提供する予定です.

現在 KL1 から C へのコンパイラは Prolog で記述してあり, 10月の公開はこ の版になる見込みです. これは近々 KL1 自身で記述した版に移行する予定で, その際には KL1 からコンパイルした結果の C のコードで配布することになる でしょう.

その後も, データ型の充実 (多倍長整数, 浮動小数点数 など ) や非同期入出 力などの機能の拡張と, トレーサの機能拡張やプロファイラの導入など, プロ グラム開発環境の充実を順次行なっていきます. また, コンパイル時のプロ グラム解析による最適化を主に, 効率面での改良も進めていく予定です. こ うした改良の結果は, その都度 ICOT Free Software として公開していきたい と考えています.

以上


[Message from Editorial desk]

以上、ICOT Today 第 2号、お楽しみいただけましたでしょうか ?

今号では、公開間近の KLIC システムの最新情報をお届けしました。たくさん の方に KLICを使っていただきたいので、ICOTでは「無料 KLIC 講習会」を 12 月頃に開催する計画を立てています。KLIC については既に問い合わせも多く、 会場として考えている ICOT Annex のスペースで希望者を全員受け入れられる かどうか、関係者は今から心配しています。日程等が具体的になりましたら、 ICOT Today で参加者募集のお知らせを致しますので、お見逃しなく !!

さて、より楽しく、より informative な次号 のために、今号の記事、編集等 についての皆様のご意見、ご感想をお聞かせ下さい。下記アドレスまでお送り 下さるようお願いします。

ICOT Todayの編集・配布を担当している海外渉外・広報グループ (IR&PR-G)は、 現在次のようなメンバーで構成されています。いずれメンバーのプロフィール なども紹介していきたいと思っています。

内田俊一 相場 亮 成田一夫 兼子利夫 浪越徳子
仲瀬明彦 白井康之 田中秀俊 坂田 毅 

次号は、以下のような内容を予定しています。

  1. ICOT と大学・メーカ等との協力体制について
  2. IJCAI '93 報告
  3. 最新 ICOT Free Software 事情

ICOT Today, Issue No. 3 は、10月末頃に発行予定です。ご期待下さい !!


I C O T T O D A YIssue #2
発行  1993年 8月
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