本ワーキンググループでの今年度の議論の中心は、ペタフロップスという超高性能計算機の開発に向けた技術やその利用形態を遠くに見ながら、これから5年後程度の情報処理技術を高めるために今何をなすべきかというものであった。本報告書における各委員の見解は、ワーキンググループにおける議論を踏み台にしてはいるが、昨年と同様に、各委員独自の見解を展開しており、必ずしも整合性がとられているわけではないのでその点はご了承願いたい。また、ある程度意見を整理をするために、各委員の見解をアーキテクチャ関係、ソフトウェア関係、アプリケーション関係という3つに分類して掲載した。ただし、委員の意見はそのような分野にとどまらず、もっと幅広く情報処理技術全般に渡っているものもある。
各委員の見解をもとに、私見を交えて技術課題をまとめてみると以下のようになる。
(1) アーキテクチャに関して
(2) ソフトウェア(システム技術を含む)に関して
(3) アプリケーションに関して
これらを総合すると我が国は、情報処理産業の各分野で米国に水をあけられているという認識が共通している点が指摘できる。ただし、半導体メモリや液晶といった情報処理機器の部品ではなく(むしろこの分野ではアジア諸国からの追い上げが問題となっている)米国に大きく遅れをとっているものは、プロセッサや基盤ソフトである。アプリケーションはどうであろうか。これはアプリケーションの分野によってまちまちである。アプリケーションといっても、ミドルウェアと呼ばれているような基盤ソフトに近いものは、やはり米国にリードを許している。また、CADなどの一般ユーザを対象としないソフトも同様である。ゲームソフトやワープロソフトなどでは、日本も対等以上に闘っているが、上述のまとめにあるように基本的なモデリングの面では弱い部分が多い。このように考えてくると、日本の技術開発で欠けているものが自ずと明らかになってくる。それは、共通した仕様や共通のインタフェースの抽出とそれをいかに効率よくインプリメントするかといった戦略である。これは、いわば構成力(一般的には構想力と呼ばれるかも知れない)の差であると言い換えられる。したがって、これから我が国における情報処理技術を活性化し、米国に対抗するためには、情報処理技術における構成力を高める必要があるのではないだろうか。21世紀に向かって、このような構成力に基づいた戦略的な技術開発がより重要になると考えられる。
昨年来、我が国のシステムが金融業界を代表として国際的な競争に太刀打ちできなくなっていることが盛んに指摘されている。これに対して特に米国のシリコンバレーを中心とした情報処理産業はベンチャー企業を中心として活況を呈している。米国のこのような企業は専門家集団として活動し、様々なネットワークを通じて情報をすばやく取り入れるとともに、他の企業と提携することによって多様な組み合わせが可能となるという特長を持っている。もうひとつの米国企業の強みは、オープン性を最大限利用してグローバルスタンダードを早めに手に入れてしまうという戦略が効を奏しているという点である。我が国においても、情報処理のハイテク産業のポテンシャルを高めるためには、企業がすばやく行動できるような身軽さや環境が必要であろう。このような点は、我が国と米国とを比較すると、現時点では明らかに大きな差があると考えられるが、日米の個々の技術的なポテンシャルはそれほど大きな差があるとは考えられないので、構成力と機動性と多様性を生かす工夫があれば、我が国の情報処理のハイテク分野をより活性化することが可能であろう。
さらに、米国ではシリコンバレー的な企業の活動を補完する政府の役割も戦略的に考慮されており、それに加えて研究予算の配分や公募するプロジェクトなどの査定におけるオープン性も発揮されている。後述のSC97の報告の中で述べる例を引くと、米国では1985年に米国内に5つのスーパコンピュータセンタを設置したが、その時10年後に見直すということになっていたそうである。実際に10年が経って、ダウンサイジングやネットワークの発展などにより、センタの役割も異なってきているはずであり、米国では、この見直しを数年かけて行った。センタの存在意義は認めたものの、結局2つのセンタに集中投資をするという方向を打ち出した。しかも、これらの議論の過程はある程度オープンにして行われている。このように、米国では、米国の先端技術分野での優位性を保つために、NSFやDOEなどの国家機関が中心となって様々な施策が講じられており、それがオープンに議論されることによってより実のあるものとなっている。
したがって、これからの我が国の施策としては、個々の企業の機動性を高め、競争によってポテンシャルを高めることを可能とする施策を行うとともに、政府としては日本全体の先端技術、特に情報処理技術の競争力を高めるために必要となる施策を講ずるべきではないだろうか。その第1は、情報処理研究や情報処理技術の進展に必要となるインフラの整備であろう。ただし、この場合に、施設だけを整備するという通り一遍のものではなく、その中身まで考慮した計画ときめ細かなチューニングが不可欠である。例えば、高速のネットワーク網を張り巡らすにしても、どこにどのようにネットワークを張ればそれを有効に活用できるかを策定することも重要であり、また米国のHPCC計画に見られたようにそのネットワークを用いてソフト、教育、通信など広範囲の応用的な研究が多省庁間で横断的に行われたことは参考にすべきであろう。その第2は、21世紀前半における情報処理技術において、我が国が主導的な役割を果たすために、現時点で解決しなければならない、いくつかの点について戦略的な観点からの技術推進プログラムの設定であろう。この点に関しては、本報告書での各委員の意見が参考になるであろう。例えば、ハードウェア的には、DRAM混載などを含んだシステムオンアチップあるいはオンチップマルチプロセッサあるいは、大規模なFPGAの開発とその応用技術などへの潮流があり、このための技術開発を進める必要がある。私見では、このような技術開発に向けた重要な視点としては、ただ単にハードウェア素子の技術開発よりむしろ、このようなチップを開発するための、CADシステムやIP(Intellectual Property)と呼ばれる、機能ブロックの標準化を図りそのインタフェースを規定することなどがより重要になると思える。ソフトウェア分野においては、並列処理が一般化してくるという潮流の中で、並列処理コンパイラや最適化技術、あるいはクラスタ計算機上での処理技術などの果たす役割はさらに大きくなってくるため、それに備えた施策が必要である。また、今後、技術開発における構成力や組織力に基づいたデファクトスタンダード化がますます重視されると考えられる。このようなことを米国と対等に行うことのできる人材を育てる必要もあろう。そのためには、構成力のある技術に対する資金的なあるいは制度的な支援を行い得るスキームを確立することや技術的な構成力をつけるための、教育やこれをエンカレッジするための仕組みに援助を行うことも重要な課題であろう。
(山口喜教主査)