以上の考察や調査結果に基づき、本調査のまとめとして日本のソフトウェア産業振興のための国の役割/政策課題についての示唆を整理する。
従来から指摘されているように現在の日本のソフトウェア産業はおもに受託型ソフト開発事業が主体となっている(64.2%)。しかし、今回の調査では今後の注力事業分野に関して下記のようないくつかのタイプが存在することが認められた。
そして、これらのおのおののタイプごとに抱える経営課題や政策ニーズの差異が存在する。
産業としての収益性、今後の成長性、さらには情報サービス産業・エレクトロニクス全般に対する影響力、波及効果を考えた場合、パッケージ事業はソフトウェア産業の中でも戦略的に最も重要な事業分野といえる。パッケージ事業指向企業が4割に達していることに期待が持てるものの、米国企業の躍進に対して日本企業は劣勢を余儀なくされているのが現状である。一方、業務知識やコミュニケーション力が重要視される受託ソフトウェア開発では、パッケージ事業に比べ、日本市場における国内企業の優位性は高い。しかし、経営システムのグローバルスタンダード化や、情報技術、ソフトウェア工学等の技術力を背景に、この分野でも国際競争が始まっている。したがって、各企業は既存顧客資産を維持しながら、生産性の向上、サービス内容の差別化、高付加価値化を進める必要があろう。
したがって、国際競争が激化する状況で、日本のソフトウェア産業の活性化と振興を考えたとき、特に、パッケージ事業指向企業、SI事業指向企業の2つの企業群の事業転換を支援し、促進することが重要といえる。両企業タイプ育成のための主要政策課題は次のように整理することができる。
| 施策分野 | ||
| 市場拡大 | 中小企業等へのパッケージ導入補助 | ソフトウェア開発取引の適正化と官公庁/産業情報化の加速による市場拡大 |
| 研究開発 | ベンチャー育成のための製品化までを視野に入れた研究開発支援 | 生産性向上のための研究開発支援 |
| 経営支援 | 融資・債務保証の拡充とベンチャー投資環境の整備 | 人材育成環境の整備と支援 |
| 環境整備 | 産官学・企業間提携を促進するためのインフラ環境整備 | − |
(1) 中小企業等に対するパッケージ導入補助によるパッケージ市場拡大
パッケージ事業を主事業としている企業では、経営課題として「新規顧客・市場の拡大」(68.8%)が第一に挙げられている。また、現在パッケージ事業を行っている企業の事業上の問題としても「市場開拓が難しい」(41.8%)「市場・顧客の需要が小さい」(31.6%)といった点が上位を占めている。
このような背景から、パッケージ事業を指向する企業では「システム開発/ソフトウェア調達に関する優遇税制を導入し、パッケージ製品購入による情報化投資を促進させる」に高い期待を寄せていた(66.7%)。パッケージ活用の啓発活動とその支援制度が求められる。
また、「中小企業の情報化を促進するための税制補助を拡大する」(53.1%)の指摘も多かった。中小企業市場は、商慣習、日本語といったローカリゼーションの重要性も高く諸外国の大手ベンダーが参入しにくい分野でもある。国内パッケージ事業者にとって有望なテーマと考えられる。
したがって、政府調達におけるソフトウェアパッケージ比率の拡大、中小規模のソフトウェア業の中心顧客である中小企業に対するパッケージ導入の補助・優遇制度が有効といえる。
(2) ベンチャー育成のための製品化までを視野に入れた研究開発支援
研究開発に関する政策としては、パッケージ事業指向企業の中では「パッケージ製品を開発し、商品化/企業化するソフトウェア企業に対して補助金等により支援する」(63.5%)や、「ベンチャー企業を対象とした公募型研究開発プロジェクトの枠を拡大する」(42.7%)の希望が多い。記述回答でも、『これまでの研究開発支援が大企業や技術開発に重点を置きすぎている』という指摘が散見された。パッケージ開発にかかる投資費用比率が、試験研究1割強、その後の製品開発7割弱、マーケティング2割という調査結果を踏まえると、特定プログラム委託開発等においてベンチャー企業を対象とした製品化段階に対する適用拡大が求められている。
(3) 融資・債務保証の拡充とベンチャー投資環境の整備による財務支援
今回の調査では、パッケージ事業を行う上で経営資源が大きなボトルネックになっていることが明らかになった。最も大きい点は事業化・製品開発のための財務力である。パッケージ事業を主事業としている企業の約半数が「財務体質の改善」を経営課題として挙げている。研究開発の必要性を認めながらも、「投資できる資金余裕がない」(56.1%)ため十分取り組めていないという傾向も示されている。具体的な政策ニーズとしては、「政府系金融機関における融資制度枠を拡大する」(51.0%)、「政府系金融機関における債務保証制度を充実させる」(42.7%)の希望が高い。現行制度の拡充が必要といえる。
また、パッケージ事業指向企業では、他の企業に比較して「ベンチャーキャピタル事業を拡大するための環境整備を支援する」(28.1%)も高い回答率をえている。受託ソフト開発が中心の経営では、運転資金確保のための融資が資金調達の主眼であるが、パッケージ事業には研究開発、製品開発等の事業化のための先行投資が不可欠である。そこで、担保融資中心の資金調達でなく、ベンチャー企業、事業に対して投資資金を供給するための金融環境を整備することが求められる。ベンチャー投資に対する優遇税制や、土地、建物等の物的担保が乏しいソフトウェア企業に対するソフトウェア担保融資が有効な手段と考えられる。普及・拡大に向けては、担保・質権設定のための知的財産権の登録制度の整備、評価のためのソフトウェア事業会計の標準化、事業・ソフトウェア評価のための第三者機関の育成等が必要である。政府系金融機関におけるソフトウェア担保融資の拡大や債務保証制度の拡充も普及加速のための有効な施策となろう。
(4) 産官学・企業間提携を促進するためのインフラ環境整備
パッケージ事業推進の担い手として期待される中小のベンチャー企業は、経営資源を差別化するコア技術・機能に充て、その他の経営機能に関して外部リソースを活用する傾向にある。いわゆるネットワーク組織、バーチャルコーポレーションがダイナミックに編成される環境・産業構造が必要である。すなわち、事業プランナー、研究開発、商品化、マーケター、ファイナンスといった経営機能ごとに独立した専門企業が連携することもありうる。
今回の調査の中のパッケージ事業指向企業は、基本的にはパッケージソフトを商品化し、販売する事業を行おうとしている企業であるが、前述のようにファイナンスでは外部の支援を必要としている。また、「国が開発した研究成果・ソフトウェアに関するデータベースを整備し、公開する」(47.9%)の意向が高い等、研究開発の面でも外部機関の活用を検討している企業が少なくない。記述回答には、『気軽に研究開発の相談及び相手を探し出すような機関が欲しい』といった要望があった。
(1) ソフトウェア開発取引の適正化と官公庁/産業情報化の加速による市場拡大
受託ソフトウェア開発事業の高付加価値化を図るためには、顧客側を含めた委託開発の取引のあり方を改善することが重要である。日本におけるこれまでの委託ソフトウェア開発は、システム開発方法、発注側と受託側の役割分担、仕様変更の取り扱い等について不明確な部分が多く、通常受注側に負担が強いられる場合が多い。特に、「受注後の仕様変更が多い」(42.3%)の指摘が多かった。政策ニーズとして「ソフトウェア取引に関する共通フレームワークを整備・普及させ、SI事業者と専門的企業の育成を図る」(60.3%)が求められている。
SI事業に関する需要創出施策として、「官公庁における情報化を加速し、政府調達市場を拡大する」(43.8%)が直接的な効果につながる。ただしこの場合も、「行政機関の調達情報を情報ネットワークにより公開し、よりアクセスしやすくする」(42.5%)、総合評価方式の導入等によって、オープンで公正な競争を促進することが重要な条件といえる。
「産業の情報化を促進するための実験開発プロジェクトを推進・支援する」(27.4%)の回答率はそれほど高くないが、実用システムとして展開していくことができれば波及効果は大きいといえる。
(2) 生産性向上のための研究開発支援
SIを主事業としている企業では、人材の確保・育成に加えて、「生産性向上、開発コストの低減」(47.2%)が重要な経営課題として挙げられている。そのため、SI事業指向企業では「ソフトウェア開発技術、ソフトウェアエンジニアリングの研究開発を促進し、ソフトウェア生産性の向上を支援する」(54.8%)に対する要望も多い。SI事業では、基幹業務に係る事務システムが中心であり、この領域における生産技術向上の研究開発を実務的な観点から実施する必要がある。
(3) 人材育成環境の整備と支援
受託型事業の本質は人材にある。事業規模は需要に対応できる技術者の数に依存する。そのため、経営課題として「人材の獲得」(SIを主力事業とする企業:66.7%、受託ソフト開発を主力事業とする企業:64.9%)、事業遂行上の問題として「人材確保が難しい」(44.1%)が高くなっている。今後は、さらに量だけではなく、差別化、高付加価値化のための質が問われる時代になる。「人材教育・研修の充実度」の今後の重要性を認識しながらも、受託開発業務に追われ、教育・研修が疎かになり、教育・研修の現状評価が低くなっている企業が多い(注1)。
本調査の政策ニーズで、「民間企業における情報処理教育面での優遇税制制度を導入する」(79.5%)が最も回答が多かったのはこのような背景を物語っている。企業外における共同教育・研修施設の整備や、当該施設等における教育・研修機会(例えば情報処理技術資格取得者の再教育等)の拡大を図るとともに、各企業がそれらを利用するための補助や奨励を行うことが有効と思われる。
------------------------------
注1)調査結果によれば、重要性は1-1点尺度中平均2.6、現状は評価1-3点尺度中平均1.44だった。
以上の政策を具体化・展開する上では、次の点を併せて考慮することが重要といえる。
(1) これまでの施策の問題と実施評価機能の必要性
今回の調査では、これまでの施策に対する問題指摘もされている。
研究開発支援施策に関しては、「製品化/事業化に貢献した」(37.2%)という評価以上に、「報告・事務面での制約が多い」(46.5%)という回答が多かった。また、記述回答の中には、『公募型研究開発プロジェクトの選択が、将来性や市場性を踏まえた決定とは思えない』、『大企業を重視する』といったテーマ選定や選定方法に関する問題指摘があった。
融資・債務保証に関しては、『担保が前提であり、資金調達ができない(ソフト産業に不動産担保を求めても無理)』といった民間金融機関の融資姿勢に対する不満が多いことに加えて、一部には政府系金融機関の融資・債務保証の運用も硬直的で、民間金融の補完になっていないと評価されている。
調査結果からは、「特定プログラム委託開発」、「汎用プログラム準備金制度」等の既存の制度・施策が十分活用されていないと思われる点も多い。また、記述回答には『プログラム準備金の引当率が改定されるが、元の水準に25%くらい戻して欲しい』などの具体的な要望事項もあった。
したがって、有効な施策を検討・計画し、実施する中で、定期的に運用の適切性/有効性/問題点をチェックするとともに、施策・制度等についての広報活動を充実させることが重要であるといえる。
(2) 業界、顧客・市場の同期をとった高度化と政策連携の必要性
日本市場は米国に比して、パッケージ利用比率が低いといわれており、情報システム開発効率・生産性の低さが懸念されている。パッケージの普及はこのような視点からも求められている。業界側各企業の努力に加えて、顧客側を含めたパッケージ利用型システム開発への転換が必要といえる。
自由記述回答の中には、『開発側と使用する側に、技術面で大きな差がある』、『利用者の意識改革のための環境構築を望む』といった意見があり、管理面、技術面に関する供給側と需要側のギャップがボトルネックになっていることをうかがわせる。
国際競争力を有する日本の他産業の例を見ても、よい顧客・市場があるかどうかが産業を育成するための重要な条件となっている。したがって、業界各企業と顧客・市場が同期を取りながら、ソフトウェア開発/情報化プロセスを高度化させていくことが求められる。そのためには業界側・需要側の問題を構造的・立体的に捉えた体系的な解決方策が必要であり、例えば、各産業分野における応用技術開発や情報化関連プロジェクト等を通じてのソフトウェアの重点開発と成果の実証・普及・広報や各省庁施策間の連携・調整等が国に期待される。
本調査では、日本のソフトウェア業776社に対してアンケート調査票を郵送し、240社からの有効回答を得た。調査結果、およびそこから得られた示唆は次のとおりである。
(ソフトウェア産業の現状と育成方向)
(パッケージ事業指向企業育成の主要な政策課題)
(SI事業指向企業育成の主要な政策課題)
(推進上の課題)