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第1編 国が支援する情報技術研究開発のあり方

第1編 国が支援する情報技術研究開発のあり方

まえがき

 情報革命もその第一の山を越え、第二の山に向かっていると言われる。第一の山は、インターネットを中核とする世界に広がるコンピュータ網の構築と、それを一般市民や企業の道具としたことであろう。インターネットは今やわれわれの社会における不可欠の道具となり、その利用範囲は日々拡大を続けている。第二の山は、ネットワークの広帯域化(ブロードバンド化)やインターネットの網の目の緻密化(ユビキタスコンピューティング)、その一部を切り出して超分散システムとして使う(グリッドコンピューティング)ような新しいプラットフォーム技術の実用化などであろう。その上にどのような新しい応用が出現するのかは第二の山を越えたとき見えてくるのであろう。
 インターネットは、人間社会のもっとも基本的な機能の一つである情報伝達手段に革新的な新手法をつけ加えた。その手法はきわめて融通性に富み、これまでの情報伝達手段であった、出版、電話、放送などをも飲み込む能力を有している。さらに、その高速化、利用料金の低廉化が、その利用範囲を広げ、企業構造やわれわれの社会構造までを変革するものとなった。まさに、IT革命という名前にふさわしい技術革新である。
 このような新しいテクノロジーの登場は、人類の歴史上何度か現れ、革命を起こしてきた。そしていつも、この革命に効果的に対応し発展した国と衰亡した国が存在してきた。明治維新においては、わが国は欧米の新技術を取り入れ、さらに政治や行政、教育、企業構造、その他の社会制度までをも新規に構築したり入れ替えてしまうという荒療治を施した。かなりの混乱や抵抗はあったものの国をまるごと作り変えるような革命は成功し、それが今日の繁栄につながっている。
 今回の情報革命も、本来は、明治維新に匹敵する政治、企業、社会などの革命的改革を前提として臨むべきものであり、多くの日本人がそれに気付きはじめている。しかし、幸か不幸か、今日の日本は明治の日本に比べはるかに豊かであり、危機感に乏しく、それが大胆な国の構造改革を阻んでいる。
 その間にもインターネットは、情報を求めて地球上を渡り歩く時間と距離を無くし、世界を一つの市場に統合し、グローバルマーケットを作り出した。多くのビジネスは世界相手のものとなり、日本企業は、米国のみならず、労働コストが極端に低く、ハングリー精神旺盛な人々にあふれた中国やインドなどの諸国との競争を余儀なくされている。
 このような状況の中で、GDP世界2位の大国は情報革命の時代に向けた構造改革の実施につまずき、バブルの時代の後遺症を背負い、その経済は低迷し、新規技術開発やインフラ投資もままならない状態である。日本のお家芸であった製造産業は、グローバルマーケットにおけるコスト削減競争に耐え切れず、国外脱出に活路を求めている。その結果、国内の産業空洞化の進行と雇用機会の喪失、失業率の上昇が急速に進行している。
 また、わが国の繁栄の要ともいうべき製造産業は、産業のIT化、ソフトウェア産業の強化、および技術(ライセンス)貿易時代に向けての対応、知的財産権(IPR)の生産と蓄積に向けた構造改革に大きな遅れをとり、依然として箱物作り時代の構造から抜け出せないでいる。国の研究開発や調達制度もまたしかりである。
 米国では、マイクロソフトやオラクルなどソフトウェア企業の発展とともに、ITを利用した新産業が続々と誕生し、従来の産業のIT化も進み、GDPの3分の1を稼ぎ出している。これに対して、わが国のソフトウェア産業には米国のような爆発的発展は無く、わが国が輸出するIT産業の主力製品は、依然として、携帯電話などのIT機器の部品など、ハードウェアが中心であり、ソフトウェアの輸出は微々たるものである。ほかの産業のIT化もこれからというところが多く、わが国は米国で達成されたIT産業のソフト化が、まだ達成されていない状況にある。すなわち、IT革命の第一の山を越えていないのである。
 「わが国が行う情報技術研究開発のあり方に関する調査研究」は、平成8年より本格的な調査を開始した。当初は、わが国の「国の行う情報技術、特にソフトウェア技術の研究開発や産業育成への投資効率が悪い」ことについて、その原因を突き止め改革提言を行うことを目指した。
 このため、情報先進国であり、IT革命を先導していた米国の連邦政府の支援するIT研究開発計画、新産業育成の仕組み、法制度を綿密に調査し、その結果をわが国の仕組み、法制度と比較し、わが国の研究開発の仕組み、法制度が抱える問題点の明確化と改革提言を行ってきた。これらの調査報告は、わが国の情報革命を推進しようとしていた経済産業省(通商産業省)を始めとする省庁や大学、研究機関、民間企業の関係者に広く利用された。特に、経済産業省のIT関連の政策立案者、総合科学技術会議や学術会議などの関係者には、国の研究開発の仕組み、法制度の改革提案作成の基礎データとして有効に使って頂けたのではないかと考えている。
 調査のスコープも、当初の国内のソフトウェア研究開発の仕組み、法制度の改革提言から徐々に拡大し、IT革命に対するわが国の対応が遅れ、米欧はおろかアジア諸国にまで追撃されている要因の解明や、技術貿易時代への対応策を提言するまでになっている。平成12年度は、「21世紀は技術貿易の時代」といわれる中で、着々とそれに向けてプロパテント政策を強化し基礎研究投資を増額している米国と、それに対抗すべきフロントランナーとしての研究開発の仕組みを構築できないでいる日本の姿を比較分析して示した。
 米国は、基礎研究成果のIPR化に有利なルールを設定し、同時に、NITRD計画の継続、バイオテクノロジーやナノテクノロジーなどの新分野への基礎研究投資の追加を行い、ITのみならず、21世紀に花開くであろう先端技術のIPRの先行取得を進め、同時に新技術を商品化するベンチャー企業育成に毎年1,000億円以上を投資し、主要分野における市場の覇者となるための地盤を着々と固めている。
 一方、わが国の研究開発の仕組み、法制度を日米比較の観点から分析すると、研究開発の上流段階においてアイデアを組織的な研究開発活動へ成長させる芽出し段階を担当すべき大学、国研が弱体であり、わが国のIT化の大きな阻害要因となっている。また、成長した研究開発成果を商品化して市場参入を促進する起業支援や、新技術を抱えて市場参入を果たしたベンチャーや中小企業を育成する支援体制がほとんどない。平成12年度調査では、わが国の仕組み、法制度における問題点として、これら2点を指摘した。
 米国は、国全体を、先端技術開発と成果の商品化、およびその商品を携えて市場参入する新規企業を育成し市場創成まで、すなわち、アイデア誕生から、その市場作りまでをシームレスに支援する国の仕組み、法制度を完成させている。これが有効に機能し、その結果として、常に新製品を産み、産業の新陳代謝を進め、世界の先端産業のリーダの地位を確固たるものにしている。
 国の研究開発予算の配分機関についても、上流段階のアイデアから基礎研究に至る過程を担当するNSFやNIH、その後、成功裏に上流段階を乗り切ったものの研究開発規模の拡大を支援するNASA,DOE、商品化や起業段階を支援するNISTやDOEなど、さらに超革新的な基礎研究から、軍事利用を含め高度な応用研究を支援するDARPAなどが、優れた研究成果を求めて競い合っている。これらの機関の支援対象の重なりと有望なテーマの発掘競争が、小さな研究の芽を巨木へと成長させるファンディングのリレーを実現している。さらに、大統領直下において、ファンディングする研究テーマの省庁横断的な調整を行うOSTPやNSTCのような組織、国全体の情報技術の将来ビジョンと研究開発政策を見守り、大統領に的確なアドバイスを送るPITACなどの仕組みがあり、省庁縦割りの弊害を防いでいる。
 このような仕組みの中に、多くの研究者が活躍の場を得ており、大学においては約27,000人、国研においては、約30,000人を擁している。これは、わが国の大学の研究者約2,600人、国研の研究者約1,000人を大きく引き離している。同様に、プロジェクト予算については、日本に比べ、米国の大学への投資は約10倍($26,400M)、産業への投資は約5倍($22,100M)となっている。
 また、これら大学、国研で生まれた技術シーズを商品化し、企業を起こし市場形成を行うために、SBIRなどのベンチャー育成支援を行い、2000年度では、年間約11億ドルの投資を、5,000件近い中小企業のプロジェクトに対して実施した。
我々はこのような米国全体を新技術開発に向けて連携して動かす仕組みをフロントランナー構造と呼んでいる。わが国においては、このようなフロントランナー構造の構築が遅々として進まない中で、先端産業の製造拠点や、その技術シーズ創成に重要な役割を演ずる企業の研究機関の海外移転が相次いでいる。当然、その帰結は、わが国の産業の空洞化であり、国家目標とした日本のIT先進国化、技術立国の達成が危うくなることを意味している。
 そこで、平成13年度は、このような現実に注目し、「IT研究開発拠点の国内立地とその発展のための条件」との調査テーマのもとに、IT立国実現の道を探ることを目指した。かつて米国は、現在の日本と同様、日本やドイツの追い上げにより、自動車産業を始めとする主要産業が国際競争力を失った。その後に、国を挙げて産業の競争力強化に取り組み、プロパテント政策を実施し、同時に情報技術への重点投資とフロントランナー構造の強化に取り組んだ。
 現在、米国は、フロントランナー構造を駆使し、IPRなどのライセンスの先行取得を行う新技術の研究開発拠点となり、さらにソフトウェアやネットワーク技術に関する先端技術を用いた高付加価値製品の製造拠点として繁栄している。先端技術を利用した製品は、アジア諸国などでは容易に真似のできない高度なものであり、また、そのような先端技術の国外流出を防ぐIPRの防護壁を築いている。このような仕組み、法制度を基に、米国内での先端産業の立地を確保している。
 本年度の調査では、わが国においても、IT研究開発拠点を国内に持ち、その成果を生かした先端技術応用製品の製造拠点を国内に展開するという米国に類したアプローチが可能かという質問と、わが国が置かれている現状説明を準備し、わが国産業界において、ITの研究開発に従事している有識者のヒヤリング調査を行うこととした。
 調査における主な質問、および分析項目は以下のようなものであった。

(1) わが国は研究開発のフロントランナーとなるべきか
(2) 国全体のIT投資のあるべき姿
(3) IT研究開発拠点の国外流出の是非
(4) わが国の研究開発支援構造への提言
(5) 研究のゆりかごとなる大学の充実の必要性

 これらについて、多岐にわたる回答が得られた。それらを一言でまとめると、「わが国は、多くの困難な問題を解決して、フロントランナーとなり、世界に先駆けた技術開発、商品開発を行えるようにならねばならず、それ以外に繁栄を持続する道は無い」というものであった。大学の強化などはその問題の一つであり、これら解決すべき問題の明確化とその解決策についての意見と提言をまとめている。
 これらの意見や提言が、わが国のIT立国の論議を活発化し、その実現のために行うべき改革は何かを明確化し、国民的コンセンサスの構築にいくばくかの貢献ができることを切に願うものである。

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